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■5.それは前に進むための決心
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「わかった。いい返事を期待してるよ」
そう言って緩く微笑んだ水城は、けれど表情や言葉とは裏腹に、何かを悟っているような目をしていた。その目に気づかないふりをして、紗雪は「じゃあ」と片手を上げて休憩室を出ていこうとする水城の背中に「午後からは住吉さんと外の草むしりをしますね」と声をかけた。
ドアを半分ほど開けたまま顔だけで振り返った水城は、その横顔にまた緩く微笑を添えて「じゃあそれ、副館長に言っておくよ。白坂さんはそのまま外に出ていいからね」と言って、今度こそ休憩室を出ていった。
ふぅ、と一つ息をついて時計を見ると、昼休みの残り時間はあと五分と迫っていた。周りを見回すと、さっきまで休憩室にいたはずの同僚たちの姿はすでになく、まだ中にいるのは紗雪だけだった。
私もそろそろ行かないと住吉さんに申し訳ないと思いながらも、紗雪はその五分でスマホに登録している自宅アパート近くの美容室へ電話をかけ、カットの予約を入れる。幸い今日はほかに予約は入っていないそうで、それなら少し何か食べてから行きたいと思った紗雪は、時間に余裕をもって午後六時半からとした。
数ヵ月に一度、利用している美容室だ。営業は午後八時半まで。髪に色を加えたりパーマをかけるには日を改めたほうがいいけれど、カットだけならギリギリ営業時間終了までには終わるだろう。
よろしくお願いします、と通話を切ると、この長い髪ともいよいよサヨナラか、と感慨に耽る間もなく紗雪は急いで休憩室を飛び出した。鞄を入れるのと入れ替わりにロッカーからタオルや帽子を取り出し、マイボトルのお茶も脇に抱える。職員トイレ脇の物置きからゴム手袋やカマ、バケツを取り出し、裏の通用口から炎天下の中へ。
「うっ……」
立っているだけで汗が噴き出るほど焼けるように暑い日差しだった。というか、痛い。今まで館内の涼しい空気に慣れきっていたので、暑さが何倍にも増して感じられる。
でも、これくらいがちょうどいいと、抜けきった青空を仰いで紗雪は思う。これからまっさらに戻るために船出をするのだから、そういうときはやっぱり晴れのほうがいい。
「住吉さん、ちょっと遅くなりました。私はどこをやりましょう?」
「ううん、いいのよ。じゃあ白坂さんは、向こうの草取り、お願いしていい?」
「はい」
住吉さんの姿を探して指示を仰ぐ。彼女が指さすほうへ向かい、そこへ腰を下ろすと、それから紗雪は無心で草を取った。住吉さんはすでに玉の汗をかいていたけれど、紗雪もすぐに額やこめかみを大粒の汗が伝っていった。
これくらい暑いと、考えごとには向かなかった。これからのことをちゃんと考えようと思えば思うだけ、暑さに思考力が奪われていくようで、黙々と手だけを動かさずにはいられなくなったのだ。
そうやってこまめに休憩を挟みつつ二時間ほど草取りに励んだあとには、心地いい疲労感や達成感が紗雪を待っていた。職員駐車場のほうは手付かずの状態なので、また折りを見て草取りに勤しまなければならないだろうけれど、利用者さんが出入りする表側や駐輪場の草はさっぱりさせることができたので、目に見える成果に住吉さんと二人、しゃがみっぱなしで凝り固まった腰を伸ばして、ぱちんと手を合わせて喜び合う。
そんなことをしていると、ふと胸がスーッとしていることに気づいた。炎天下の中で炙られてかいた汗が、紗雪の決心をよりいっそう固く引き締めてくれたらしい。
「あ、その顔は今日、髪を切りに行く顔だ。でしょう?」
住吉さんにも確信を持ってそう言わせるほど、紗雪の顔には決心が溢れているようだった。どうやら、心が決まると表情にも出るらしい。「まだボブかショートか決めかねてるところがあるんですけど」と照れ笑いをしながら白状すると、彼女は鷹揚に笑って「どっちも似合うだろうから、美容師さんのおススメがいいんじゃない?」と言う。
「はい、そうします」
素直に頷いて、後片付けをする。バケツやカマを物置きに戻したり、手を洗ったりして館内に戻ると、時刻はすでに午後四時半になろうかというところだった。
あと二時間でこの髪がばっさりなくなるんだな……。
まだ火照る頬を手でパタパタと仰ぎながら館内の仕事に戻った紗雪は、今さらながら、そんな感慨に耽る。でも、名残惜しくはなかった。こだわりなくロングヘアで通してきたものの、少しくらい、もったいないなと思うかもしれないと思っていたのだけれど。不思議なほどに未練はなく、そんな自分にびっくりだ。
しかも、まだ髪を切っていないのにすっきりした気分にもなっている。やはり心が決まると気持ちにも出るらしい。
それからほどなくして定時で仕事を終えた紗雪は、アパートに戻ると軽く食べ、時間になると美容室へ出向いた。美容師のおススメは、前下がりショートボブ。ブローまで終わって店を出る頃には、当たり前だけれどすっかり日は暮れ落ちていて、見上げた先の夜空には夏の代三角形が堂々と瞬いていた。
緩やかに吹く夏の夜風に、すっかり短くなった髪が揺れる。その合間に、どこからか綺麗な音色で鳴く虫の声が聞こえた。
*
「それにしても、ずいぶん思いきったよね。朝に見たとき、一瞬、誰かと思った」
翌日の金曜日。
二人掛けの席でテーブルを挟みながらパスタやピザを食べていると、グラスの水を含んだ水城が、今日、何度も話題にのぼったその話を食事の席でも繰り返した。
図書館の仕事を終えていったん着替えにアパートに帰り、水城とは午後六時半に最寄りの駅で待ち合わせることになっていた。その間、水城は少し残って事務仕事を片付けるとかで、ネクタイは緩めているもののスーツ姿のままだった。
そこから少し歩くとリーズナブルなイタリアンレストランが見えてくる。「ここにしようか」と水城が足を止めたので紗雪は「はい」と頷き、少しの待ち時間のあと席に通され、今に至る。
「ずっと長かったですからね。シャンプーやドライヤーが驚くほど楽になって、やっぱり切ってよかったなって思いました。この長さだと、寝癖もそんなにつかないですし」
「はは。そこが重要なんだ? じゃあ、けっこう現実的な理由で切ったわけだ」
「まあ、そうですね。夏で暑いですし」
チキンとモッツァレラチーズのクリームソースパスタをクルクルとフォークに巻きつけながら、ふ~ん、と相づちを打つ水城をちらりと見やる。水城はちょうどピザを取り分けようとしているところで、紗雪からはその表情はよく見えなかった。
「……」
パスタを口に含み、もぐもぐと咀嚼しながら、水城さんの様子を窺ってばかりじゃいつまで経っても切り出せない、と紗雪は自分を叱咤する。せっかく髪を切った理由を聞いてくれたのに、どうして変に誤魔化してしまったんだろうか。夏場は特に手入れが大変なので、時間短縮には大いにメリットがあったけれど、理由はそれだけではないはずだ。
なのに、のん気にパスタなんか食べて……。
言わなきゃいけないことはもう決まっているのに、それが言えないなんて、髪を切っても前と少しも変わっていないじゃないかと紗雪は思う。水城にとっては酷な話になるために、それで言い出しにくいというのもある。同僚たちと今のような友好な関係を築けたのも水城のおかげだ。そのことを思うと、返しても余りあるほど恩を感じる。
けれど、髪まで切って気合いを入れたのだ。自分のためにも、水城のためにも、やはり〝返事〟は紗雪の口から話題に出さなければならないような気がする。
「――あの、水城さん」
フォークをぐっと握り、パスタ皿に落としていた顔を上げると同時に呼びかける。
今までは、返事をする前に手のひらを返され、こちらからはそれ以上、何も言えない状況になってしまっていた。だけど今回は――水城は違う。そういう人だから告白を受け入れることができたし、その過程で自分が誰を好きか知ることができた。
きっと、精いっぱい言葉を尽くせば、水城ならきっとわかってくれる。だからこそ、なおさら言い出しにくいというのもあるけれど、でもこればっかりは水城を頼るわけにはいかない。
「はいこれ、白坂さんのぶんのピザね。熱いうちにどうぞ」
「あ、はい……。……あの、水城さん、私の話――」
「うん。わかってるよ、告白の返事でしょう? でも、俺のほうにも気持ちの準備があるからさ。まずはいったん忘れて食べない? ごめんね、俺、けっこうヘタレなんだ」
けれど水城は、半ばピザを乗せた皿を紗雪に押し付けるようにして渡すと、手で顔の上半分を覆ってしまった。指の隙間から紗雪の様子をちらりと窺う瞳には、胸に迫るほど緊張感が宿っていて、このまま無理に話を進めるのは申し訳ないくらいだった。
何でもないように振る舞っているけど、水城さんだって本当は怖いんだ……。
そんな当たり前のことに今さらながら気づいて、紗雪は自分の勝手を恥じた。返事をして自分が楽になることばかり考えていたけれど、そうじゃない。返事を受ける水城のほうこそ、タイミングや気持ちの準備が必要なのだ。彼が〝じゃあ返事を聞かせてくれる?〟と水を向けてくるまでは、こちらからは黙っているべきなのだろう。
「そうですね。冷めないうちに食べましょう」
「うん。ほんとヘタレでごめん」
いいえ、と笑って首を振り、受け取ったピザを一口かじる。さっき運ばれてきたばかりのマルゲリータは、チーズがトロトロに溶けて糸を引き、かなり熱くてハフハフ言ってしまう。すると水城はそんな紗雪を見て声を立てて笑い、場が一気に和む。
そのまま食事の席は続き、お互いにワインも入って満腹になった頃。
「じゃあ、そろそろ出ようか。外に出てから返事を聞かせてくれる?」
そう言って腰を上げた水城に、いよいよだ……と紗雪の緊張は高まっていった。それは水城も同じようで、とたんに緊張した面持ちになって閉口する。会計を済ませて夜の駅前通りを歩いても、どこかギクシャクしたままで、二人の間には微妙な距離が開く。
それほど大きな駅ではないけれど、週末の夜というだけあって人通りは多かった。大学生のグループやサラリーマン、OLなど、紗雪たちとすれ違う人も追い越していく人も、五~六人で固まって歩く人が多いように見受けられる。
そんな中をしばらく歩いて、繁華街を一本奥へ入った児童公園の入口付近。自転車やバイクなどでの進入禁止のポールに浅く腰掛けた水城は、
「――ここなら静かだし、気持ちの準備も整った。改めて聞かせてくれる?」
ふぅ、と一つ息を吐き出し、立ったままの紗雪を少しだけ見上げて笑顔を作った。
「はい。私は……」
そう切り出した紗雪の声は震えていて、バクバクと鳴る心臓の音がやけにリアルに聞こえた。でもちゃんと答えは出ているんだし、髪も切って気合いも入れた、水城は言葉を尽くせばわかってくれる人だと自分に強く言い聞かせて、紗雪は震える唇を開く。
そう言って緩く微笑んだ水城は、けれど表情や言葉とは裏腹に、何かを悟っているような目をしていた。その目に気づかないふりをして、紗雪は「じゃあ」と片手を上げて休憩室を出ていこうとする水城の背中に「午後からは住吉さんと外の草むしりをしますね」と声をかけた。
ドアを半分ほど開けたまま顔だけで振り返った水城は、その横顔にまた緩く微笑を添えて「じゃあそれ、副館長に言っておくよ。白坂さんはそのまま外に出ていいからね」と言って、今度こそ休憩室を出ていった。
ふぅ、と一つ息をついて時計を見ると、昼休みの残り時間はあと五分と迫っていた。周りを見回すと、さっきまで休憩室にいたはずの同僚たちの姿はすでになく、まだ中にいるのは紗雪だけだった。
私もそろそろ行かないと住吉さんに申し訳ないと思いながらも、紗雪はその五分でスマホに登録している自宅アパート近くの美容室へ電話をかけ、カットの予約を入れる。幸い今日はほかに予約は入っていないそうで、それなら少し何か食べてから行きたいと思った紗雪は、時間に余裕をもって午後六時半からとした。
数ヵ月に一度、利用している美容室だ。営業は午後八時半まで。髪に色を加えたりパーマをかけるには日を改めたほうがいいけれど、カットだけならギリギリ営業時間終了までには終わるだろう。
よろしくお願いします、と通話を切ると、この長い髪ともいよいよサヨナラか、と感慨に耽る間もなく紗雪は急いで休憩室を飛び出した。鞄を入れるのと入れ替わりにロッカーからタオルや帽子を取り出し、マイボトルのお茶も脇に抱える。職員トイレ脇の物置きからゴム手袋やカマ、バケツを取り出し、裏の通用口から炎天下の中へ。
「うっ……」
立っているだけで汗が噴き出るほど焼けるように暑い日差しだった。というか、痛い。今まで館内の涼しい空気に慣れきっていたので、暑さが何倍にも増して感じられる。
でも、これくらいがちょうどいいと、抜けきった青空を仰いで紗雪は思う。これからまっさらに戻るために船出をするのだから、そういうときはやっぱり晴れのほうがいい。
「住吉さん、ちょっと遅くなりました。私はどこをやりましょう?」
「ううん、いいのよ。じゃあ白坂さんは、向こうの草取り、お願いしていい?」
「はい」
住吉さんの姿を探して指示を仰ぐ。彼女が指さすほうへ向かい、そこへ腰を下ろすと、それから紗雪は無心で草を取った。住吉さんはすでに玉の汗をかいていたけれど、紗雪もすぐに額やこめかみを大粒の汗が伝っていった。
これくらい暑いと、考えごとには向かなかった。これからのことをちゃんと考えようと思えば思うだけ、暑さに思考力が奪われていくようで、黙々と手だけを動かさずにはいられなくなったのだ。
そうやってこまめに休憩を挟みつつ二時間ほど草取りに励んだあとには、心地いい疲労感や達成感が紗雪を待っていた。職員駐車場のほうは手付かずの状態なので、また折りを見て草取りに勤しまなければならないだろうけれど、利用者さんが出入りする表側や駐輪場の草はさっぱりさせることができたので、目に見える成果に住吉さんと二人、しゃがみっぱなしで凝り固まった腰を伸ばして、ぱちんと手を合わせて喜び合う。
そんなことをしていると、ふと胸がスーッとしていることに気づいた。炎天下の中で炙られてかいた汗が、紗雪の決心をよりいっそう固く引き締めてくれたらしい。
「あ、その顔は今日、髪を切りに行く顔だ。でしょう?」
住吉さんにも確信を持ってそう言わせるほど、紗雪の顔には決心が溢れているようだった。どうやら、心が決まると表情にも出るらしい。「まだボブかショートか決めかねてるところがあるんですけど」と照れ笑いをしながら白状すると、彼女は鷹揚に笑って「どっちも似合うだろうから、美容師さんのおススメがいいんじゃない?」と言う。
「はい、そうします」
素直に頷いて、後片付けをする。バケツやカマを物置きに戻したり、手を洗ったりして館内に戻ると、時刻はすでに午後四時半になろうかというところだった。
あと二時間でこの髪がばっさりなくなるんだな……。
まだ火照る頬を手でパタパタと仰ぎながら館内の仕事に戻った紗雪は、今さらながら、そんな感慨に耽る。でも、名残惜しくはなかった。こだわりなくロングヘアで通してきたものの、少しくらい、もったいないなと思うかもしれないと思っていたのだけれど。不思議なほどに未練はなく、そんな自分にびっくりだ。
しかも、まだ髪を切っていないのにすっきりした気分にもなっている。やはり心が決まると気持ちにも出るらしい。
それからほどなくして定時で仕事を終えた紗雪は、アパートに戻ると軽く食べ、時間になると美容室へ出向いた。美容師のおススメは、前下がりショートボブ。ブローまで終わって店を出る頃には、当たり前だけれどすっかり日は暮れ落ちていて、見上げた先の夜空には夏の代三角形が堂々と瞬いていた。
緩やかに吹く夏の夜風に、すっかり短くなった髪が揺れる。その合間に、どこからか綺麗な音色で鳴く虫の声が聞こえた。
*
「それにしても、ずいぶん思いきったよね。朝に見たとき、一瞬、誰かと思った」
翌日の金曜日。
二人掛けの席でテーブルを挟みながらパスタやピザを食べていると、グラスの水を含んだ水城が、今日、何度も話題にのぼったその話を食事の席でも繰り返した。
図書館の仕事を終えていったん着替えにアパートに帰り、水城とは午後六時半に最寄りの駅で待ち合わせることになっていた。その間、水城は少し残って事務仕事を片付けるとかで、ネクタイは緩めているもののスーツ姿のままだった。
そこから少し歩くとリーズナブルなイタリアンレストランが見えてくる。「ここにしようか」と水城が足を止めたので紗雪は「はい」と頷き、少しの待ち時間のあと席に通され、今に至る。
「ずっと長かったですからね。シャンプーやドライヤーが驚くほど楽になって、やっぱり切ってよかったなって思いました。この長さだと、寝癖もそんなにつかないですし」
「はは。そこが重要なんだ? じゃあ、けっこう現実的な理由で切ったわけだ」
「まあ、そうですね。夏で暑いですし」
チキンとモッツァレラチーズのクリームソースパスタをクルクルとフォークに巻きつけながら、ふ~ん、と相づちを打つ水城をちらりと見やる。水城はちょうどピザを取り分けようとしているところで、紗雪からはその表情はよく見えなかった。
「……」
パスタを口に含み、もぐもぐと咀嚼しながら、水城さんの様子を窺ってばかりじゃいつまで経っても切り出せない、と紗雪は自分を叱咤する。せっかく髪を切った理由を聞いてくれたのに、どうして変に誤魔化してしまったんだろうか。夏場は特に手入れが大変なので、時間短縮には大いにメリットがあったけれど、理由はそれだけではないはずだ。
なのに、のん気にパスタなんか食べて……。
言わなきゃいけないことはもう決まっているのに、それが言えないなんて、髪を切っても前と少しも変わっていないじゃないかと紗雪は思う。水城にとっては酷な話になるために、それで言い出しにくいというのもある。同僚たちと今のような友好な関係を築けたのも水城のおかげだ。そのことを思うと、返しても余りあるほど恩を感じる。
けれど、髪まで切って気合いを入れたのだ。自分のためにも、水城のためにも、やはり〝返事〟は紗雪の口から話題に出さなければならないような気がする。
「――あの、水城さん」
フォークをぐっと握り、パスタ皿に落としていた顔を上げると同時に呼びかける。
今までは、返事をする前に手のひらを返され、こちらからはそれ以上、何も言えない状況になってしまっていた。だけど今回は――水城は違う。そういう人だから告白を受け入れることができたし、その過程で自分が誰を好きか知ることができた。
きっと、精いっぱい言葉を尽くせば、水城ならきっとわかってくれる。だからこそ、なおさら言い出しにくいというのもあるけれど、でもこればっかりは水城を頼るわけにはいかない。
「はいこれ、白坂さんのぶんのピザね。熱いうちにどうぞ」
「あ、はい……。……あの、水城さん、私の話――」
「うん。わかってるよ、告白の返事でしょう? でも、俺のほうにも気持ちの準備があるからさ。まずはいったん忘れて食べない? ごめんね、俺、けっこうヘタレなんだ」
けれど水城は、半ばピザを乗せた皿を紗雪に押し付けるようにして渡すと、手で顔の上半分を覆ってしまった。指の隙間から紗雪の様子をちらりと窺う瞳には、胸に迫るほど緊張感が宿っていて、このまま無理に話を進めるのは申し訳ないくらいだった。
何でもないように振る舞っているけど、水城さんだって本当は怖いんだ……。
そんな当たり前のことに今さらながら気づいて、紗雪は自分の勝手を恥じた。返事をして自分が楽になることばかり考えていたけれど、そうじゃない。返事を受ける水城のほうこそ、タイミングや気持ちの準備が必要なのだ。彼が〝じゃあ返事を聞かせてくれる?〟と水を向けてくるまでは、こちらからは黙っているべきなのだろう。
「そうですね。冷めないうちに食べましょう」
「うん。ほんとヘタレでごめん」
いいえ、と笑って首を振り、受け取ったピザを一口かじる。さっき運ばれてきたばかりのマルゲリータは、チーズがトロトロに溶けて糸を引き、かなり熱くてハフハフ言ってしまう。すると水城はそんな紗雪を見て声を立てて笑い、場が一気に和む。
そのまま食事の席は続き、お互いにワインも入って満腹になった頃。
「じゃあ、そろそろ出ようか。外に出てから返事を聞かせてくれる?」
そう言って腰を上げた水城に、いよいよだ……と紗雪の緊張は高まっていった。それは水城も同じようで、とたんに緊張した面持ちになって閉口する。会計を済ませて夜の駅前通りを歩いても、どこかギクシャクしたままで、二人の間には微妙な距離が開く。
それほど大きな駅ではないけれど、週末の夜というだけあって人通りは多かった。大学生のグループやサラリーマン、OLなど、紗雪たちとすれ違う人も追い越していく人も、五~六人で固まって歩く人が多いように見受けられる。
そんな中をしばらく歩いて、繁華街を一本奥へ入った児童公園の入口付近。自転車やバイクなどでの進入禁止のポールに浅く腰掛けた水城は、
「――ここなら静かだし、気持ちの準備も整った。改めて聞かせてくれる?」
ふぅ、と一つ息を吐き出し、立ったままの紗雪を少しだけ見上げて笑顔を作った。
「はい。私は……」
そう切り出した紗雪の声は震えていて、バクバクと鳴る心臓の音がやけにリアルに聞こえた。でもちゃんと答えは出ているんだし、髪も切って気合いも入れた、水城は言葉を尽くせばわかってくれる人だと自分に強く言い聞かせて、紗雪は震える唇を開く。
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