上 下
12 / 26

地球人

しおりを挟む
「サヴロスと、傀儡か? あの少年はどうした」

 深緑の翼髪を持つシルウェスが、不満そうに開口一番言う。

『ごめんなさい。少し怪我をして、いま治療してもらってます。モニター越しで失礼します』

 ホロ・モニターを支えるように両手で持つ妙齢の淑女は、ベスが操る人型。ボブカットの黒髪は普段通りだが、ランニングシャツとジャージ素材のハーフパンツ。その下から黒のスパッツが覗き、足下はランニングシューズと、荒事を想定しての衣装だ。

「そうか。養生してくれ」
「あ、は、はい」
「それはそれとして、以前話したサヴロスの治療は終わったのか?」
『いえ、治療はトラブルもあって予想以上に難航しています。引き渡しには応じられません』

 それに、とトルアが続ける。

「信頼できる筋からの情報によれば、タリア姫は三人組に連れ去られた、と伝わっています。あなた方が追っているのは単身。ならば嫌疑をかけようがないと思われます」
「三人組?」
「ええ。仮面を被り、香草の匂いを付けたローブで頭から全身を隠していて種族すら分からなかったと聞いています」

 剣士としてのトルアの、観測者としてのベスの両方の目を持ってしても三人に動揺などは見られなかった。

『ですのでお引き取りいただけますでしょうか。病人も怪我人もいます。できるだけ安静にさせたいので』

 そうか、と下がろうとする三人の背後に、人影がひとつ落ちる。

「なぁにあんたたち、そんな戯れ言で引き下がるつもり?」

 女だった。
 口元をガスマスクで覆ったユヱネスとおぼしき女が、挑発的な足取りでこちらへやってくる。
 黒のロングブーツの足下はハイヒール。黒のタイトスカートに同じく黒のレザージャケット。それらを太ももまである白衣で覆っている。
 竜族《サヴロス》にしろ獣族《シルウェス》にしろ、ほぼ全ての龍種は全身を覆うような衣服は身につけない。それはこの星の気候が温暖湿潤であることがおもな要因であり、サトルも休養日はトランクス一枚で過ごそうとしてはベスに叱られたりしている。
 なのにこの女は全身を衣服で覆っている。
 衣服を身につけている他者と言えば船に居た頃の母か、義体のベスぐらいしか見たことのないサトルにとって、衣服を着た完全な他者の存在は新鮮に感じた。

「言ったでしょ。サングィスはもうどうでもいいって」

 三人の少し後ろで止まり、腕を組み、くい、と顎を上げてこちらを睨み付けてくる。

『どちらさまでしょうか』

 サトルには礼儀作法も教えていたので、当然、こういう相手には警戒を怠らない。

「私のことなんてどうでもいいでしょ」
『いいえ。招かれざる方を前にして素性を確認しないのは主人への不遜。これ以上黙秘なさるというならば、実力を持って排除させていただきます』

 女はつまらなそうにため息を吐き、次いで嘲笑する。

「ならいいわ。押し通るだけだから」

 女はレザージャケットから、小さなダイヤルとアンテナの付いた四角い機械を取り出す。

「いきなさい!」

 女の号令と共に三人の兜が膨れ上がり、そこから飛び出た真っ白な仮面が顔に張り付き、同時に飛び出したローブが全身を包む。
 三人がもがいていたのもわずか。ローブがぴったりと閉じられると三人はふらりと刺叉を構え、無造作に突き込んでくる。ベスは右に、トルアは左に避け、残りの二人からの刺叉を絡め取り、持ち上げ、背中から地面へ叩き付ける。
 示し合わせたわけでもない、互いの動きに驚きつつも、ふたりは伸びきった中央の刺叉を掴み、根元のシルウェスを同時に蹴り飛ばした。

「やっぱこのぐらいじゃダメね」

 手にした機械のダイヤルをぐい、と捻る。直後、びくん! と三人のからだが跳ね上がり、苦悶とも威嚇とも付かない咆哮をあげる。
 ふう、とトルアは息を吐き、左拳を前にして腰を落とす。腰の刀には手をかけようともしない。
 ベスもホロ・モニターを少し離れた中空に移動させてから、トルアに向かい合い、鏡合わせのように右拳を前に腰を落とす。
 背中から叩き付けたふたりが立ち上がり、刺叉による連撃を繰り出す。
 ぬるりと、ひどく遅く感じる挙動でありながら、ふたりは連撃をくぐり抜け、無造作に拳を頬にたたき込む。左右からの打撃に仮面のふたりは互いの頭部を打ち付けられる。
 ぐらりと揺れるふたりの腹部へ、トルアは右拳、ベスは左拳を放つ。一瞬、ふわりと浮いたふたりのからだは、拳の衝撃が全身へ伝わった直後、くの字に吹っ飛ぶ。やっと立ち上がった中央のひとり目がけて。
 三人は無様にぶつかり、ひとかたまりになって森林へ転がっていった。

『あの、私が言うのもなんですが、身体だけ操っても強くはなれませんよ』

 ふふ、とトルアが笑う。だが構えは解いていない。

「あれがあなたの切り札なら、おとなしく帰ったほうがいい。これ以上は無意味だ」

 しかし女は悔しがることもせずに機械を三人に向け、ダイヤルを押し込む。

「ま、実験はついでだから。生死は問わないから」

 三人のローブがそれぞれに絡みつくように蠢き、縛り上げる。

「やっぱりこういうのってレギュレーション違反になるのかなぁ。ローブを装着者の細胞とかで作れば、いけるかな」

 不穏なつぶやきを耳にしたベスが、ほんの僅か沈黙し、解析を始める。
 あのガスマスクの女。
 そうだ。なぜガスマスクをしているのかがずっと疑問だった。
 サトルたちユヱネスは、母星とは大気組成が僅かに、だが長時間の活動には生命の危険が伴うこの星の大気に遺伝子改造することで適応し、獣族シルウェスに次ぐ第四の種として生活してきた。
 この星に降り立ったばかりの先祖たちは、地上で活動をする際に必ず、与圧服を改造したマスクを付けていた。
 まさか。

『あなたは、地球人なのですか?』

 ベスの神妙な問いかけに、女は拍子抜けしたように瞬きをする。

「え、いままで気付いてなかったの? あんたオリジナルでしょ? 冗談やめてよ」

 サトルやフウコの先祖以外に龍種と交流をしなかった地球人類が存在していた。それは驚くべきことではない。
 龍種と地球人類で交配が可能なことは、交流が始まってから十年も経たずに物理的に証明された。
 それはあくまで、愛が成した結果であり、多くの地球人も龍種たちも歓迎した。が、この結果に目を不健全に輝かせた連中もいた。
 龍種を純粋に研究対象として見做した一派だ。連中はこの星の調査を開始した当初から明確に存在していた。
 龍種を徹頭徹尾、研究対象しか見ない彼らは他の地球人たちからも忌避され、いつの間にか船から姿を消していた。

 ──とっくに野垂れ死んていたものだと思っていましたが。

 研究者たちの傍若無人な振る舞いに、ベスは自身の立場も忘れるほどに辟易していたから、居なくなったことには不満はなかった。
 それが、千年を経たいまでも命を繋いでいたなんて。
 驚きを隠しつつ、ベスは冷静に返す。

『それとこれとは別です』
「なにそれつまんない。やっとまともな会話ができるAIが見つかったと思ってたのに」
『あなたのような傍若無人な振る舞いをする方には、分身(わけみ)の私も辟易しているのでしょう。いつまでもこちらをただの機械だと思わないほうがいいですよ』

 口調こそ丁寧であったが、その奥にあるのは激しい怒りだった。
 ユヱネスが機械を使うこと、そしてその機械に自由意志が存在することを、トルアは知識として知っている。フウコが輿入れした時にもいくつか見せてもらったこともあるからベスのような存在も受け入れられた。
 が、その自由意志が怒気を発するまでのものだとは思っていなかった。

「ベス殿、落ち着いて。怒りは拳を曇らせます」
『はい。存じています。……もう、大丈夫です』

 ふしゅぅ、とベスの全身から圧搾空気が放出される。本当に熱を帯びていたらしい。

「ケチからなにか出てくるのを待ったり期待したり交渉したりするより、適当にぶっ叩いて言うこと聞かせるほうがはやいよね」

 女は拒絶に堪えた様子もなく手にした機械をいじり、投げ捨て、ブーツで踏み砕いた。
 三人が咆哮をあげる。
 怒りも苦しみもない、ただ力を誇示するためだけの、獣の雄叫びを。
 三人に絡みついていたローブは刺々しく先鋭化する。五指を含めた全身の鱗が逆立ったその姿は、竜ではなく漆黒のドラゴン。だが知性を感じさせないその挙動は、醜悪なゴブリンのようですらあった。

「ガアッ!」

 一体が牙をむきだしに飛びかかってくる。
 トルアが迎撃の構えを見せるが、彼女が対応するよりもはやく、船の警備ロボット合計二十基が扇状に三体を取り囲む。

『一斉射』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

処理中です...