173 / 222
次世代社会1
しおりを挟む
アリス姫が本格的に人と違うナニカに変異した後。日本は驚くほど容易に引っ繰り返された。
人型の姿に戻ったアリス姫のようなナニカはまず国会議事堂で政治家を軒並み殺して蘇らせた。エインヘリヤルとして。
他者覚醒によるチートの恩恵は与えないままに重傷を負わせてエインヘリヤルの契約を強要する。回復魔法も合わせた終わらない拷問に誰もが得体の知れない契約を結ばされた。
アリス姫のようなナニカが警察組織・メディア関連・裁判所・銀行・自衛隊と日本の社会を動かす組織の中核の人員を適確にエインヘリヤルへ変貌させ続けていると、何故か日本は諸外国との連絡や行き来が出来なくなった。まるで日本と海外との間に透明な行き止まりでもあるかのように船や飛行機で移動をしても海外に辿り着けない。必ず逆側の行き止まりから日本に戻る経路へ出てしまう。地球の大きさを日本の収まる大きさに縮められてしまったかのような非現実的な現象が起こっていた。
海外からのアプローチも残らず絶えた。こちらは日本とは違い平穏そのものだ。
まるで日本という国の歴史が世界から消されたかのように誰も日本を知覚できなくなっていた。その影響は人間の記憶や認識だけではない。日本由来の書物の殆どが密かに焚書(ふんしょ)され検閲され痕跡の一切を抹消されていく。密かに世界各国が共同で日本を無かった事にしていった。この事態の背景にはとある世界規模の秘密結社と伝説の錬金術師が絡んでいるのだが、詳しくは判然としない。
まるで何度も似たような事をやった事があるかのようにスムーズに情報は抹消された。海外で日本はアトランティスやムー大陸と同じ怪しげな都市伝説としてのみ語られるに留まっている。或いは日本が実際に滅びた後はメソアメリカ文明やアイヌ民族のように過去に実在した不可思議な国であったと歴史には記されるのかもしれない。
そうやって海外は現神の影響を完全に遮断したが、切り捨てられた日本は当然そうも行かなかった。
現代兵器などでは止められない怪物と化したアリス姫は淡々とエインヘリヤルを増やし続け、人々は異常事態に恐慌したが、ある日を境に潮目が変わる事になった。
エインヘリヤルの契約は人間を不老不死の存在へと変えるのだという情報が世間に広まったのだ。その上、アリス姫は殺害される前に自ら契約を結べば危害を加えようとはしなかった。この二つの情報は人々のアリス姫に対する見方を変えるには十分過ぎた。
自らもエインヘリヤルにしてもらおうと人々がアリス姫に詰め寄せるようになり、警察が混乱を収めようと群衆を整理し始め、政府が契約を結んだ人々を前提とした法律を制定し、メディアがアリス姫を天女のようなイメージで報道をし始め、アリス姫を信仰する新興宗教が勃発し。
気が付けばかつて穂村雫が予知したような人をエインヘリヤルに変えるだけの人形のようなアリス姫が玉座に座っていた。
「これが穂村雫の予言したディストピア社会に至った経緯になるねぇ。アリス姫も惜しい所まで頑張ったのだけれど、あと一歩足りなかった」
「可哀想。先生、何とかならないの?」
「残念ながら。私でもアリス姫の立場だったら同じ結末さ。眷属に過ぎない歩く妖蛆はどうにか出来ても現神を諫(いさ)めるなんて無理難題というもの」
両手を挙げてお手上げだと笑う清明を胡散臭そうに生徒達は見た。
この男は昔から表舞台に立たず、そのくせ全てを見透かすようにあらゆる物事を知り得ていた。ほんの一言二言の助言で事件を解決する事も珍しくないシャーロック・ホームズのような人物なのだ。
それが今回の事件に限り、まるでワザと事態を悪化させるように情報を秘匿した。現状の世界に誘導したのではないかと疑われるのも珍しくはなかった。
「やれやれ。君達まで私を犯罪者のような目で見るのかい?」
「だってなぁ……」
顔を見合わせる生徒達に清明は溜息を吐いた。彼が安倍晴明のネームバリューに要らぬ心労を背負わされるのは何時もの事だった。
「そもそもの話なんだけどねぇ。穂村雫の予言が世間に拡散してからディストピア社会、ディストピア社会と騒がれて教科書にすら載っちゃったけれど。本当に現代社会はディストピアかい?」
「え? だって予言は変えられなかったんでしょ?」
「変えられたさ。彼女自身、否定するかもしれないけれどねぇ」
人間の夢である不老不死を実現した社会。現状をユートピアだと喜ぶ人間もいる。それは自分の人生を幸福だと言い切れるような恵まれた一部の人間に過ぎなかったが。
大半の人間は些細な不満を盛大に吐き出しながら日々を暮らしていた。現状をユートピアだと言われると首を傾げる人間は多いが、ディストピアかと聞かれると否定するような、そんな平凡な日々を。
アリス姫が世界を変えて5年10年と経った今、価値観が微妙に変わりエインへリヤルと普通の人間の間に溝が生まれてしまってはいる。
だが、それでも大半の人間は普通の暮らしを送っていた。穂村雫の予言した倫理が崩壊したような社会ではない。
何故か。
「アリス姫が未だに抵抗しているのさ。全ての人間をエインヘリヤルにするまで決して止まらなかった予言のアリス姫とは別物だよ。目の輝きが違う」
たとえ人形のように自意識を無くして見えてもアリス姫はまだ戦い続けている。
おそらくそれは自我の崩壊した際に対峙していた敵が違うからであろう。
「八咫烏は本当にワンダーランドのメンバーを殺してしまったんだろうねぇ。悪霊に喰われてしまえば蘇らない。だが、藤原史郎にエインヘリヤルの魂を殺す術はない。おかげで未だに寄り添っているじゃないか」
「高橋真帆さんですね。あの、返事が返ってこないのにずっと話しかけ続けている姿を見るのは心が痛いのですが……」
「マヤちゃん。愛の形は人それぞれだよ」
「視線を逸らされて言われましても」
あの日から時計の針が止まってしまった彼女らを除いて人々は平和を謳歌していた。
……表向きは。
人型の姿に戻ったアリス姫のようなナニカはまず国会議事堂で政治家を軒並み殺して蘇らせた。エインヘリヤルとして。
他者覚醒によるチートの恩恵は与えないままに重傷を負わせてエインヘリヤルの契約を強要する。回復魔法も合わせた終わらない拷問に誰もが得体の知れない契約を結ばされた。
アリス姫のようなナニカが警察組織・メディア関連・裁判所・銀行・自衛隊と日本の社会を動かす組織の中核の人員を適確にエインヘリヤルへ変貌させ続けていると、何故か日本は諸外国との連絡や行き来が出来なくなった。まるで日本と海外との間に透明な行き止まりでもあるかのように船や飛行機で移動をしても海外に辿り着けない。必ず逆側の行き止まりから日本に戻る経路へ出てしまう。地球の大きさを日本の収まる大きさに縮められてしまったかのような非現実的な現象が起こっていた。
海外からのアプローチも残らず絶えた。こちらは日本とは違い平穏そのものだ。
まるで日本という国の歴史が世界から消されたかのように誰も日本を知覚できなくなっていた。その影響は人間の記憶や認識だけではない。日本由来の書物の殆どが密かに焚書(ふんしょ)され検閲され痕跡の一切を抹消されていく。密かに世界各国が共同で日本を無かった事にしていった。この事態の背景にはとある世界規模の秘密結社と伝説の錬金術師が絡んでいるのだが、詳しくは判然としない。
まるで何度も似たような事をやった事があるかのようにスムーズに情報は抹消された。海外で日本はアトランティスやムー大陸と同じ怪しげな都市伝説としてのみ語られるに留まっている。或いは日本が実際に滅びた後はメソアメリカ文明やアイヌ民族のように過去に実在した不可思議な国であったと歴史には記されるのかもしれない。
そうやって海外は現神の影響を完全に遮断したが、切り捨てられた日本は当然そうも行かなかった。
現代兵器などでは止められない怪物と化したアリス姫は淡々とエインヘリヤルを増やし続け、人々は異常事態に恐慌したが、ある日を境に潮目が変わる事になった。
エインヘリヤルの契約は人間を不老不死の存在へと変えるのだという情報が世間に広まったのだ。その上、アリス姫は殺害される前に自ら契約を結べば危害を加えようとはしなかった。この二つの情報は人々のアリス姫に対する見方を変えるには十分過ぎた。
自らもエインヘリヤルにしてもらおうと人々がアリス姫に詰め寄せるようになり、警察が混乱を収めようと群衆を整理し始め、政府が契約を結んだ人々を前提とした法律を制定し、メディアがアリス姫を天女のようなイメージで報道をし始め、アリス姫を信仰する新興宗教が勃発し。
気が付けばかつて穂村雫が予知したような人をエインヘリヤルに変えるだけの人形のようなアリス姫が玉座に座っていた。
「これが穂村雫の予言したディストピア社会に至った経緯になるねぇ。アリス姫も惜しい所まで頑張ったのだけれど、あと一歩足りなかった」
「可哀想。先生、何とかならないの?」
「残念ながら。私でもアリス姫の立場だったら同じ結末さ。眷属に過ぎない歩く妖蛆はどうにか出来ても現神を諫(いさ)めるなんて無理難題というもの」
両手を挙げてお手上げだと笑う清明を胡散臭そうに生徒達は見た。
この男は昔から表舞台に立たず、そのくせ全てを見透かすようにあらゆる物事を知り得ていた。ほんの一言二言の助言で事件を解決する事も珍しくないシャーロック・ホームズのような人物なのだ。
それが今回の事件に限り、まるでワザと事態を悪化させるように情報を秘匿した。現状の世界に誘導したのではないかと疑われるのも珍しくはなかった。
「やれやれ。君達まで私を犯罪者のような目で見るのかい?」
「だってなぁ……」
顔を見合わせる生徒達に清明は溜息を吐いた。彼が安倍晴明のネームバリューに要らぬ心労を背負わされるのは何時もの事だった。
「そもそもの話なんだけどねぇ。穂村雫の予言が世間に拡散してからディストピア社会、ディストピア社会と騒がれて教科書にすら載っちゃったけれど。本当に現代社会はディストピアかい?」
「え? だって予言は変えられなかったんでしょ?」
「変えられたさ。彼女自身、否定するかもしれないけれどねぇ」
人間の夢である不老不死を実現した社会。現状をユートピアだと喜ぶ人間もいる。それは自分の人生を幸福だと言い切れるような恵まれた一部の人間に過ぎなかったが。
大半の人間は些細な不満を盛大に吐き出しながら日々を暮らしていた。現状をユートピアだと言われると首を傾げる人間は多いが、ディストピアかと聞かれると否定するような、そんな平凡な日々を。
アリス姫が世界を変えて5年10年と経った今、価値観が微妙に変わりエインへリヤルと普通の人間の間に溝が生まれてしまってはいる。
だが、それでも大半の人間は普通の暮らしを送っていた。穂村雫の予言した倫理が崩壊したような社会ではない。
何故か。
「アリス姫が未だに抵抗しているのさ。全ての人間をエインヘリヤルにするまで決して止まらなかった予言のアリス姫とは別物だよ。目の輝きが違う」
たとえ人形のように自意識を無くして見えてもアリス姫はまだ戦い続けている。
おそらくそれは自我の崩壊した際に対峙していた敵が違うからであろう。
「八咫烏は本当にワンダーランドのメンバーを殺してしまったんだろうねぇ。悪霊に喰われてしまえば蘇らない。だが、藤原史郎にエインヘリヤルの魂を殺す術はない。おかげで未だに寄り添っているじゃないか」
「高橋真帆さんですね。あの、返事が返ってこないのにずっと話しかけ続けている姿を見るのは心が痛いのですが……」
「マヤちゃん。愛の形は人それぞれだよ」
「視線を逸らされて言われましても」
あの日から時計の針が止まってしまった彼女らを除いて人々は平和を謳歌していた。
……表向きは。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【完結】【R18百合】女子寮ルームメイトに夜な夜なおっぱいを吸われています。
千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。
風月学園女子寮。
私――舞鶴ミサが夜中に目を覚ますと、ルームメイトの藤咲ひなたが私の胸を…!
R-18ですが、いわゆる本番行為はなく、ひたすらおっぱいばかり攻めるガールズラブ小説です。
おすすめする人
・百合/GL/ガールズラブが好きな人
・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人
・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人
※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。
※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)
【R18】無口な百合は今日も放課後弄ばれる
Yuki
恋愛
※性的表現が苦手な方はお控えください。
金曜日の放課後――それは百合にとって試練の時間。
金曜日の放課後――それは末樹と未久にとって幸せの時間。
3人しかいない教室。
百合の細腕は頭部で捕まれバンザイの状態で固定される。
がら空きとなった腋を末樹の10本の指が蠢く。
無防備の耳を未久の暖かい吐息が這う。
百合は顔を歪ませ紅らめただ声を押し殺す……。
女子高生と女子高生が女子高生で遊ぶ悪戯ストーリー。
漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?
みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。
なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。
身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。
一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。
……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】【R18】同窓会で会った元クラスメイトたちが、とてつもなくエロい件
船橋ひろみ
恋愛
【エロシーンを読みたい方へ】タイトルのはじめに※がついています。ちなみに大抵のシーンはエロシーンです。
戸塚隼人、30代半ばで独身。地元飲料メーカーに勤める、スイーツ好きのお気楽営業マン。
そんな平凡で退屈なルートセールスの日々を変えたのは、何気なく参加した数ヶ月前の同窓会だった。
再会したかつての同級生達は卒業後、それぞれの日々を送りながら、隼人の前で熟れきった性欲をさらけ出すのだった。
人妻で欲求不満のかおり。バツイチ女教師で男性不信の清美、独身でキャリアウーマンの佳苗……美熟女達に囲まれた隼人の愛欲を描く、30代の性春ロマン。
※「小説家になろう」と重複投稿しています。こちらの版は「小説家になろう」版に加筆修正したものです。
※挿し絵はAIイラストを使っています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる