ネカマ姫のチート転生譚

八虚空

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次世代社会1

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 アリス姫が本格的に人と違うナニカに変異した後。日本は驚くほど容易に引っ繰り返された。
 人型の姿に戻ったアリス姫のようなナニカはまず国会議事堂で政治家を軒並み殺して蘇らせた。エインヘリヤルとして。
 他者覚醒によるチートの恩恵は与えないままに重傷を負わせてエインヘリヤルの契約を強要する。回復魔法も合わせた終わらない拷問に誰もが得体の知れない契約を結ばされた。

 アリス姫のようなナニカが警察組織・メディア関連・裁判所・銀行・自衛隊と日本の社会を動かす組織の中核の人員を適確にエインヘリヤルへ変貌させ続けていると、何故か日本は諸外国との連絡や行き来が出来なくなった。まるで日本と海外との間に透明な行き止まりでもあるかのように船や飛行機で移動をしても海外に辿り着けない。必ず逆側の行き止まりから日本に戻る経路へ出てしまう。地球の大きさを日本の収まる大きさに縮められてしまったかのような非現実的な現象が起こっていた。

 海外からのアプローチも残らず絶えた。こちらは日本とは違い平穏そのものだ。
 まるで日本という国の歴史が世界から消されたかのように誰も日本を知覚できなくなっていた。その影響は人間の記憶や認識だけではない。日本由来の書物の殆どが密かに焚書(ふんしょ)され検閲され痕跡の一切を抹消されていく。密かに世界各国が共同で日本を無かった事にしていった。この事態の背景にはとある世界規模の秘密結社と伝説の錬金術師が絡んでいるのだが、詳しくは判然としない。

 まるで何度も似たような事をやった事があるかのようにスムーズに情報は抹消された。海外で日本はアトランティスやムー大陸と同じ怪しげな都市伝説としてのみ語られるに留まっている。或いは日本が実際に滅びた後はメソアメリカ文明やアイヌ民族のように過去に実在した不可思議な国であったと歴史には記されるのかもしれない。

 そうやって海外は現神の影響を完全に遮断したが、切り捨てられた日本は当然そうも行かなかった。
 現代兵器などでは止められない怪物と化したアリス姫は淡々とエインヘリヤルを増やし続け、人々は異常事態に恐慌したが、ある日を境に潮目が変わる事になった。
 エインヘリヤルの契約は人間を不老不死の存在へと変えるのだという情報が世間に広まったのだ。その上、アリス姫は殺害される前に自ら契約を結べば危害を加えようとはしなかった。この二つの情報は人々のアリス姫に対する見方を変えるには十分過ぎた。

 自らもエインヘリヤルにしてもらおうと人々がアリス姫に詰め寄せるようになり、警察が混乱を収めようと群衆を整理し始め、政府が契約を結んだ人々を前提とした法律を制定し、メディアがアリス姫を天女のようなイメージで報道をし始め、アリス姫を信仰する新興宗教が勃発し。
 気が付けばかつて穂村雫が予知したような人をエインヘリヤルに変えるだけの人形のようなアリス姫が玉座に座っていた。


「これが穂村雫の予言したディストピア社会に至った経緯になるねぇ。アリス姫も惜しい所まで頑張ったのだけれど、あと一歩足りなかった」
「可哀想。先生、何とかならないの?」
「残念ながら。私でもアリス姫の立場だったら同じ結末さ。眷属に過ぎない歩く妖蛆はどうにか出来ても現神を諫(いさ)めるなんて無理難題というもの」

 両手を挙げてお手上げだと笑う清明を胡散臭そうに生徒達は見た。
 この男は昔から表舞台に立たず、そのくせ全てを見透かすようにあらゆる物事を知り得ていた。ほんの一言二言の助言で事件を解決する事も珍しくないシャーロック・ホームズのような人物なのだ。
 それが今回の事件に限り、まるでワザと事態を悪化させるように情報を秘匿した。現状の世界に誘導したのではないかと疑われるのも珍しくはなかった。

「やれやれ。君達まで私を犯罪者のような目で見るのかい?」
「だってなぁ……」

 顔を見合わせる生徒達に清明は溜息を吐いた。彼が安倍晴明のネームバリューに要らぬ心労を背負わされるのは何時もの事だった。

「そもそもの話なんだけどねぇ。穂村雫の予言が世間に拡散してからディストピア社会、ディストピア社会と騒がれて教科書にすら載っちゃったけれど。本当に現代社会はディストピアかい?」
「え? だって予言は変えられなかったんでしょ?」
「変えられたさ。彼女自身、否定するかもしれないけれどねぇ」

 人間の夢である不老不死を実現した社会。現状をユートピアだと喜ぶ人間もいる。それは自分の人生を幸福だと言い切れるような恵まれた一部の人間に過ぎなかったが。
 大半の人間は些細な不満を盛大に吐き出しながら日々を暮らしていた。現状をユートピアだと言われると首を傾げる人間は多いが、ディストピアかと聞かれると否定するような、そんな平凡な日々を。

 アリス姫が世界を変えて5年10年と経った今、価値観が微妙に変わりエインへリヤルと普通の人間の間に溝が生まれてしまってはいる。
 だが、それでも大半の人間は普通の暮らしを送っていた。穂村雫の予言した倫理が崩壊したような社会ではない。
 何故か。

「アリス姫が未だに抵抗しているのさ。全ての人間をエインヘリヤルにするまで決して止まらなかった予言のアリス姫とは別物だよ。目の輝きが違う」

 たとえ人形のように自意識を無くして見えてもアリス姫はまだ戦い続けている。
 おそらくそれは自我の崩壊した際に対峙していた敵が違うからであろう。

「八咫烏は本当にワンダーランドのメンバーを殺してしまったんだろうねぇ。悪霊に喰われてしまえば蘇らない。だが、藤原史郎にエインヘリヤルの魂を殺す術はない。おかげで未だに寄り添っているじゃないか」
「高橋真帆さんですね。あの、返事が返ってこないのにずっと話しかけ続けている姿を見るのは心が痛いのですが……」
「マヤちゃん。愛の形は人それぞれだよ」
「視線を逸らされて言われましても」

 あの日から時計の針が止まってしまった彼女らを除いて人々は平和を謳歌していた。
 ……表向きは。
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