ネカマ姫のチート転生譚

八虚空

文字の大きさ
上 下
172 / 222

そしてディストピアの未来へと後編

しおりを挟む
「あ……え……? 何で、俺は倒れて?」

 地面にうつ伏せに倒れ込んでいたアリス姫はアスファルトに手をつき身体を起こした。
 酷く、喉が渇く。記憶が不自然に途切れている。

「リデル?」

 己のバーチャルキャラクターに現状を問いかけてみてもリデルは現れなかった。異常事態である。
 主であるアリス姫の呼び出しを無視すること自体は禁則事項に常に該当しうるような『見ざる聞かざる』を信条とするリデルならば可能ではあったが、禁則事項に自ら違反してまで主のために尽くしていたリデルらしくはない。何らかの事情で現れる事が出来ないと考えた方が理に適っている。

「拓巳と陽子は無事、なのか?」

 ふらつく身体で仲間の無事を確認しようと立ち上がったアリス姫は猛烈に感じる吐き気にえずいて地面へ吐瀉物をぶちまけた。
 涙を流しながら胃の中身を吐き出したアリス姫は胃液以外に自分の身体から出て行った物を見て背筋が凍った。

「虫が、ウジ虫が何で俺の身体の中から」

 地面にのたうち回る生きたウジ虫を見て、言いようのない恐怖を感じたアリス姫は足で虫を残らず踏みにじった。
 だが、そんな事をしても体内に虫が寄生していた事実は消せない。
 ウゾウゾと身体の中を這い回る虫の気配を感じてアリス姫は悲鳴を上げた。

「おかしい。何かがおかしい。何だ。俺は何を忘れている?」

 クラクラする頭を押さえてアリス姫は独り言を呟いた。ブツブツと迫真の表情で言葉を呟き続ける様は異様で、まるで狂気に呑まれているかのようであった。

「そうだ。陽子を止めて、ディストピアの未来にならないようオカルトの情報を隠蔽して……」

 そこで、ふとした疑問にアリス姫は首を傾げた。

「あれ? 何でディストピアになっちゃいけないんだっけ?」

 間が空いた。
 何処も見ていないような目でアリス姫は虚空を見て、固まった。

 呆然とするように地面に座り込んだアリス姫は頭部を勢いよくアスファルトの地面に叩き付けた。

「しっかりしろ俺。現神だ。邪神にナニカをされたんだ。人としての価値観を揺さぶられている」

 事態を言い当てたアリス姫は歯を食いしばって立ち上がった。
 そう、未だにアリス姫は正気のままだ。歩く妖蛆に混ぜ合わされても尚、正気のままなのだ。
 アリス姫は、前田孝は変わらない。
 いっそ哀れな程に強靱な意志がアリス姫が狂うことを許さない。

無礼なめるなよ邪神め。俺が、俺が。容易く発狂するとでも思ったか?」

 歩く。アリス姫は何処とも知れない場所を歩き続ける。
 常人なら既に何度も発狂してるだろう状況を既にアリス姫は乗り越えつつあった。
 いや、或いは。
 アリス姫は最初から狂っていたのかもしれない。正気に見える狂い方をしてるだけで前田孝の頃から狂人であったのかもしれない。

 そう思わせる程にアリス姫の精神は人とかけ離れた形をしていた。
 正気の状態こそが異常である。そんな只中で無意識に救いを求めていたアリス姫の目が彼女を捉えた。

「お姫ちん!」

 笑顔で駆け寄ってくる高橋真帆にアリス姫は目から涙を流した。
 どんなに歪な精神であろうとも。正気に見えるだけの狂人であろうとも。

 傍で支えてくれる人間がいる。それだけの事が何よりも救いであった。

 故に。
 高橋真帆が目の前で凶刃に倒れた時、アリス姫の中で何かが終わった。

「いよっし。奇襲成功! いやー、リンク能力者は真面に戦うとヤバいっすけど変身させなきゃ常人と変わらないっすね。経験値も上手いし暗殺スタイルを極めるべきだな、こりゃ」

 ワンダーランドマンションから逃亡した藤原史郎は既に身体を再生させ、商店街から略奪した衣服と刃物を手に入れていた。
 新たに手に入れた衣服を既に真っ赤に染めた藤原史郎は手に斧のように刃渡りのデカく頑丈な精肉用の肉切り包丁を握っている。

 藤原史郎が武装を手に入れた。ただそれだけで、日本でも上位に位置する災害のような脅威となるのだが、この時間軸でその事実は何の影響も与えなかった。
 何故なら彼は自分の死亡届にサインをしてしまったからだ。

【ポン太】
「ん、なんっすか?」
【今すぐ殺してやるから、そこを動くな】

 ハハッと笑ってラスボス退治だと勢い込んだ藤原史郎はパキョっと身体を奇妙に変形させたアリス姫に顔を引きつらせた。

「あっれ、姫様ってそんな感じだったんすか。もう3メートル近い大きさに膨らんで触手が何本か生えてますけど、会話、通じてます? ちょ、ちょーっと挑むにはレベル不足だったみたいなんで一旦、帰って良いですかね? いや、すみませんね。お時間取らせちゃって。じゃあ俺はこの辺で」

 生物としての格差を感じ取った藤原史郎はその場から逃走しようとしたが、アリス姫には神造モンスターが混ぜ込まれている。
 成り立ての異能者如きでは勝負の舞台にすら立てはしない。

 ただ、その場にはナニカに貪り食われる音と悲鳴だけが木霊したのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

TSしちゃった!

恋愛
朝起きたら突然銀髪美少女になってしまった高校生、宇佐美一輝。 性転換に悩みながら苦しみどういう選択をしていくのか。

達也の女体化事件

愛莉
ファンタジー
21歳実家暮らしのf蘭大学生達也は、朝起きると、股間だけが女性化していて、、!子宮まで形成されていた!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

新しい自分(女体化しても生きていく)

雪城朝香
ファンタジー
明日から大学生となる節目に突如女性になってしまった少年の話です♪♪ 男では絶対にありえない痛みから始まり、最後には・・・。

女体化入浴剤

シソ
ファンタジー
康太は大学の帰りにドラッグストアに寄って、女体化入浴剤というものを見つけた。使ってみると最初は変化はなかったが…

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...