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そしてディストピアの未来へと後編
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「あ……え……? 何で、俺は倒れて?」
地面にうつ伏せに倒れ込んでいたアリス姫はアスファルトに手をつき身体を起こした。
酷く、喉が渇く。記憶が不自然に途切れている。
「リデル?」
己のバーチャルキャラクターに現状を問いかけてみてもリデルは現れなかった。異常事態である。
主であるアリス姫の呼び出しを無視すること自体は禁則事項に常に該当しうるような『見ざる聞かざる』を信条とするリデルならば可能ではあったが、禁則事項に自ら違反してまで主のために尽くしていたリデルらしくはない。何らかの事情で現れる事が出来ないと考えた方が理に適っている。
「拓巳と陽子は無事、なのか?」
ふらつく身体で仲間の無事を確認しようと立ち上がったアリス姫は猛烈に感じる吐き気にえずいて地面へ吐瀉物をぶちまけた。
涙を流しながら胃の中身を吐き出したアリス姫は胃液以外に自分の身体から出て行った物を見て背筋が凍った。
「虫が、ウジ虫が何で俺の身体の中から」
地面にのたうち回る生きたウジ虫を見て、言いようのない恐怖を感じたアリス姫は足で虫を残らず踏みにじった。
だが、そんな事をしても体内に虫が寄生していた事実は消せない。
ウゾウゾと身体の中を這い回る虫の気配を感じてアリス姫は悲鳴を上げた。
「おかしい。何かがおかしい。何だ。俺は何を忘れている?」
クラクラする頭を押さえてアリス姫は独り言を呟いた。ブツブツと迫真の表情で言葉を呟き続ける様は異様で、まるで狂気に呑まれているかのようであった。
「そうだ。陽子を止めて、ディストピアの未来にならないようオカルトの情報を隠蔽して……」
そこで、ふとした疑問にアリス姫は首を傾げた。
「あれ? 何でディストピアになっちゃいけないんだっけ?」
間が空いた。
何処も見ていないような目でアリス姫は虚空を見て、固まった。
呆然とするように地面に座り込んだアリス姫は頭部を勢いよくアスファルトの地面に叩き付けた。
「しっかりしろ俺。現神だ。邪神にナニカをされたんだ。人としての価値観を揺さぶられている」
事態を言い当てたアリス姫は歯を食いしばって立ち上がった。
そう、未だにアリス姫は正気のままだ。歩く妖蛆に混ぜ合わされても尚、正気のままなのだ。
アリス姫は、前田孝は変わらない。
いっそ哀れな程に強靱な意志がアリス姫が狂うことを許さない。
「無礼るなよ邪神め。俺が、俺が。容易く発狂するとでも思ったか?」
歩く。アリス姫は何処とも知れない場所を歩き続ける。
常人なら既に何度も発狂してるだろう状況を既にアリス姫は乗り越えつつあった。
いや、或いは。
アリス姫は最初から狂っていたのかもしれない。正気に見える狂い方をしてるだけで前田孝の頃から狂人であったのかもしれない。
そう思わせる程にアリス姫の精神は人とかけ離れた形をしていた。
正気の状態こそが異常である。そんな只中で無意識に救いを求めていたアリス姫の目が彼女を捉えた。
「お姫ちん!」
笑顔で駆け寄ってくる高橋真帆にアリス姫は目から涙を流した。
どんなに歪な精神であろうとも。正気に見えるだけの狂人であろうとも。
傍で支えてくれる人間がいる。それだけの事が何よりも救いであった。
故に。
高橋真帆が目の前で凶刃に倒れた時、アリス姫の中で何かが終わった。
「いよっし。奇襲成功! いやー、リンク能力者は真面に戦うとヤバいっすけど変身させなきゃ常人と変わらないっすね。経験値も上手いし暗殺スタイルを極めるべきだな、こりゃ」
ワンダーランドマンションから逃亡した藤原史郎は既に身体を再生させ、商店街から略奪した衣服と刃物を手に入れていた。
新たに手に入れた衣服を既に真っ赤に染めた藤原史郎は手に斧のように刃渡りのデカく頑丈な精肉用の肉切り包丁を握っている。
藤原史郎が武装を手に入れた。ただそれだけで、日本でも上位に位置する災害のような脅威となるのだが、この時間軸でその事実は何の影響も与えなかった。
何故なら彼は自分の死亡届にサインをしてしまったからだ。
【ポン太】
「ん、なんっすか?」
【今すぐ殺してやるから、そこを動くな】
ハハッと笑ってラスボス退治だと勢い込んだ藤原史郎はパキョっと身体を奇妙に変形させたアリス姫に顔を引きつらせた。
「あっれ、姫様ってそんな感じだったんすか。もう3メートル近い大きさに膨らんで触手が何本か生えてますけど、会話、通じてます? ちょ、ちょーっと挑むにはレベル不足だったみたいなんで一旦、帰って良いですかね? いや、すみませんね。お時間取らせちゃって。じゃあ俺はこの辺で」
生物としての格差を感じ取った藤原史郎はその場から逃走しようとしたが、アリス姫には神造モンスターが混ぜ込まれている。
成り立ての異能者如きでは勝負の舞台にすら立てはしない。
ただ、その場にはナニカに貪り食われる音と悲鳴だけが木霊したのであった。
地面にうつ伏せに倒れ込んでいたアリス姫はアスファルトに手をつき身体を起こした。
酷く、喉が渇く。記憶が不自然に途切れている。
「リデル?」
己のバーチャルキャラクターに現状を問いかけてみてもリデルは現れなかった。異常事態である。
主であるアリス姫の呼び出しを無視すること自体は禁則事項に常に該当しうるような『見ざる聞かざる』を信条とするリデルならば可能ではあったが、禁則事項に自ら違反してまで主のために尽くしていたリデルらしくはない。何らかの事情で現れる事が出来ないと考えた方が理に適っている。
「拓巳と陽子は無事、なのか?」
ふらつく身体で仲間の無事を確認しようと立ち上がったアリス姫は猛烈に感じる吐き気にえずいて地面へ吐瀉物をぶちまけた。
涙を流しながら胃の中身を吐き出したアリス姫は胃液以外に自分の身体から出て行った物を見て背筋が凍った。
「虫が、ウジ虫が何で俺の身体の中から」
地面にのたうち回る生きたウジ虫を見て、言いようのない恐怖を感じたアリス姫は足で虫を残らず踏みにじった。
だが、そんな事をしても体内に虫が寄生していた事実は消せない。
ウゾウゾと身体の中を這い回る虫の気配を感じてアリス姫は悲鳴を上げた。
「おかしい。何かがおかしい。何だ。俺は何を忘れている?」
クラクラする頭を押さえてアリス姫は独り言を呟いた。ブツブツと迫真の表情で言葉を呟き続ける様は異様で、まるで狂気に呑まれているかのようであった。
「そうだ。陽子を止めて、ディストピアの未来にならないようオカルトの情報を隠蔽して……」
そこで、ふとした疑問にアリス姫は首を傾げた。
「あれ? 何でディストピアになっちゃいけないんだっけ?」
間が空いた。
何処も見ていないような目でアリス姫は虚空を見て、固まった。
呆然とするように地面に座り込んだアリス姫は頭部を勢いよくアスファルトの地面に叩き付けた。
「しっかりしろ俺。現神だ。邪神にナニカをされたんだ。人としての価値観を揺さぶられている」
事態を言い当てたアリス姫は歯を食いしばって立ち上がった。
そう、未だにアリス姫は正気のままだ。歩く妖蛆に混ぜ合わされても尚、正気のままなのだ。
アリス姫は、前田孝は変わらない。
いっそ哀れな程に強靱な意志がアリス姫が狂うことを許さない。
「無礼るなよ邪神め。俺が、俺が。容易く発狂するとでも思ったか?」
歩く。アリス姫は何処とも知れない場所を歩き続ける。
常人なら既に何度も発狂してるだろう状況を既にアリス姫は乗り越えつつあった。
いや、或いは。
アリス姫は最初から狂っていたのかもしれない。正気に見える狂い方をしてるだけで前田孝の頃から狂人であったのかもしれない。
そう思わせる程にアリス姫の精神は人とかけ離れた形をしていた。
正気の状態こそが異常である。そんな只中で無意識に救いを求めていたアリス姫の目が彼女を捉えた。
「お姫ちん!」
笑顔で駆け寄ってくる高橋真帆にアリス姫は目から涙を流した。
どんなに歪な精神であろうとも。正気に見えるだけの狂人であろうとも。
傍で支えてくれる人間がいる。それだけの事が何よりも救いであった。
故に。
高橋真帆が目の前で凶刃に倒れた時、アリス姫の中で何かが終わった。
「いよっし。奇襲成功! いやー、リンク能力者は真面に戦うとヤバいっすけど変身させなきゃ常人と変わらないっすね。経験値も上手いし暗殺スタイルを極めるべきだな、こりゃ」
ワンダーランドマンションから逃亡した藤原史郎は既に身体を再生させ、商店街から略奪した衣服と刃物を手に入れていた。
新たに手に入れた衣服を既に真っ赤に染めた藤原史郎は手に斧のように刃渡りのデカく頑丈な精肉用の肉切り包丁を握っている。
藤原史郎が武装を手に入れた。ただそれだけで、日本でも上位に位置する災害のような脅威となるのだが、この時間軸でその事実は何の影響も与えなかった。
何故なら彼は自分の死亡届にサインをしてしまったからだ。
【ポン太】
「ん、なんっすか?」
【今すぐ殺してやるから、そこを動くな】
ハハッと笑ってラスボス退治だと勢い込んだ藤原史郎はパキョっと身体を奇妙に変形させたアリス姫に顔を引きつらせた。
「あっれ、姫様ってそんな感じだったんすか。もう3メートル近い大きさに膨らんで触手が何本か生えてますけど、会話、通じてます? ちょ、ちょーっと挑むにはレベル不足だったみたいなんで一旦、帰って良いですかね? いや、すみませんね。お時間取らせちゃって。じゃあ俺はこの辺で」
生物としての格差を感じ取った藤原史郎はその場から逃走しようとしたが、アリス姫には神造モンスターが混ぜ込まれている。
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