ネカマ姫のチート転生譚

八虚空

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偶像の叫び声1

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 山川陽子はひめのや株式会社へワンダーランド所属の一期生Vtuberとして面接を受けに来たアイドルである。
 年齢は二十歳とまだ若いが中学生の頃から6年間活動を続けているにも関わらず売れていない所謂、地下アイドルだ。アイドルは人気のピークが20代前半と言われており陽子は全くブレイクする気配のない自分に苛立ちと焦りを感じながらも日々をレッスンとアルバイトとツイッターでの宣伝活動に費やす普通のアイドル候補生であった。
 Vtuberとして面接を受けに来たのもアルバイトの一環であり生活費を稼ぐ為に過ぎない。だが仮想とはいえ誰かに認知されたいという欲求が根本にはあり、その渇いた承認欲求がアリス姫の目に留まりチートを授けられる事になったのであった。

 アイドルマインドと名付けられたチートは、精神エネルギーを吸収すればするほど存在感が大きくなり人の注目を集め本能でカリスマ的な振る舞いを悟らせるアイドルにとっては喉から手が出るくらいに有用なチート能力である。その上、精神エネルギーを吸収すると美容にも磨きが掛かるのだ。
 鏡を見ると髪はサラサラと枝毛の一つもないキューティクルを保っていて、肌は何もせずとも保湿がしっかりされていてプルルンと水を弾く十代の若さを取り戻し、個性を残しながらも心なしか顔立ちも整い、3割増しで美人になっているように陽子には見えた。
 絶対命令権という人に命令できる分かりやすい異能もアイドルマインドには備わっているが、精神エネルギーを消耗して存在感と美貌を損なうという欠点があり、陽子にとっては要らないオマケ機能という印象でしかない。むしろ他人が持っていたら何を命令されるか分からない怖さがあって抵抗感の方が強いくらいだった。

 自分以外に絶対命令権を持つアリス姫もこの異能には忌避感があるらしく訓練以外では使っている様子はなかった。エインヘリヤルとしての結んだ契約に不安を感じてワンダーランドのメンバーとはよくラインやディスコードでやり取りをするのだが、配信時と私生活でアリス姫の態度は変わらないらしく裏表も特段ないらしい。
 どうやらフィクションに登場するような詐欺同然の契約という訳でもないみたいで陽子はホッとしたものだった。

 アリス姫は引き出し屋にギルドメンバーが浚われた時も面識がないにも関わらず救出に動いており人格者と考えても問題はないと思われる。こちらを騙して絶望するのを楽しむような悪魔的な遊びに興じている様子もない。むしろ陽子の所属するアイドル事務所に代わって歌唱とダンスのレッスン手配と費用の負担までしてくれてさえいる。精神エネルギーとして感情を取り込む陽子にはアリス姫が本心で自分に期待していると心で感じ取れて照れくさい嬉しさがあった。

 恵まれている。これ以上ない程の支援を陽子は受け取っていた。
 だからこそ、陽子のアイドル活動が上手く行かなかったとしたらそれはチートに問題があるわけではなく、純粋に陽子の力不足が原因なのだ。

「アンタさ。出しゃばりすぎ。チームとして全体の動きを合わせようってシーンで何で独断行動をすんの?」
「しかも何でか喝采を浴びてるし意味わかんない。私らはお前の引き立て役じゃないっつの」
「ご、ごめん」

 アイドルマインドはカリスマ的な振る舞いを本能的に悟らせるが、それはつまり周りと歩調を合わせない協調性のない振る舞いをしてしまうという事でもあった。
 個人としてなら正しくともチームとしては間違っている。そういう場面も多々あったのだ。
 長年アイドルとして活動していた陽子は地道に築いてきたコネクションでアイドルグループに所属しており売れなくても励まし合ってそれなりにやって来たのだが、最近の陽子の人気上昇にグループ内に不和が生まれていた。売れない事に焦っていたのも承認欲求が満たされなくて飢えていたのも陽子だけの話ではなかったのだ。

 また人気が上昇した事で面白く思わなかったのは同じアイドルのみの話ではない。

「陽子ちゃん最近、人気だよな。希望人数が多すぎてチェキ出来なかった」
「人気なのは良いけどさ、陽子ちゃんってあんな感じだったか? もっと芋っぽい感じだったと思うんだが」
「地味だけど健気に頑張ってる感じが良かったのにな。何か醒めた」

 陽子の昔からのファンは垢抜けない陽子のひたむきさに惹かれて応援していた面と、自分達だけが陽子の魅力に気付いているという特別感に矜持をくすぐられていた面があり、陽子のイメージが変わり人気が高まるとコレジャナイと離れていくことも多かった。古参のファン程その傾向は高く、もっとも陽子を純粋に応援していた人間こそ減っていくという事態に陥っていた。
 また新しいファンは陽子の美貌に釣られて増えた側面が強く、更に一部には地下アイドルは簡単にヤレるというネット情報を真に受けた人間も混ざっており。

『地下アイドルってチョロいらしいし、俺にもチャンスがあるはず』
『ああクソ。早く握手変われよ。長時間粘ってキモいんだよ』
『よし飲み会の店と時間帯ゲット。俺も自然と混ざってあわよくば』

 こういう言葉にしない下心と嫉妬の感情がダイレクトに陽子の心を揺さぶった。
 気持ち悪くてエネルギーとして吸収することも出来ず、かといってアイドルとして生計を立てる以上そういうファンを否定することも出来ず、ジワジワと心を蝕まれながら陽子は表向きは笑顔で対応し続けた。
 だが、アイドルファンの中には常軌を逸した行動をするような人間もいる。

「え、この手紙は何なの?」

 陽子がレッスンから帰ってくると郵便受けに切手の張っていない手紙が投函されていた。
 開封するとそこには印刷された一行の文字が書かれていた。

『お帰り。今日もレッスン頑張ったね陽子』

 家を突き止められている事にぞっとして慌てて専門の業者に頼んでみると、陽子の部屋から盗聴器と盗撮カメラが発見された。
 悩んだ陽子がアイドル事務所に相談してもストーカー紛いのファンなんて珍しくはないと聞き流されて、引っ越しを余儀なくされる結果となった。
 だが、手紙は引っ越し先にも投函されるようになり、陽子は誰かに監視されてるような恐怖と戦い続ける羽目になる。
 アイドルマインドの絶対命令権は相手へ言葉を届ける事で効果を発揮する。姿を見せないストーカーに陽子は無力であったのだ。

 明らかに自分から逃げた陽子へストーカーも粘着して過激な文章を送るようになり、最終的にはネットの海に陽子の隠し撮り写真がばらまかれることになった。
 ストーカーは写真を掲載する際にリベンジポルノだと宣言していて、本来なら擁護されるはずの陽子が男を弄ぶビッチだのアイドルが男漁りをしているだの中傷されることとなった。

 この事件はアイドル事務所にも問題視され、事前に相談していたにも関わらず本当に恋人じゃなかったのかとシツコク追求されて、陽子を追い詰める一因となる。
 この時、裏でユカリが圧力を掛けていたこともあり、ちょうど良いとアイドル事務所は陽子に自宅療養という名の謹慎処分を言い渡していた。

 あまりの理不尽に陽子は歯を食いしばりながらも表向きは平静を装ってレッスンを続けた。レッスン場では一緒に歌やダンスの特訓をするワンダーランドのメンバーが居て陽子の数少ない癒やしとなっていたからだ。エインヘリヤルの契約を警戒して交換したはずのラインやディスコードで陽子は頻繁にワンダーランドのメンバーと連絡を取り、一種の依存状態になっていた。
 だが、陽子はワンダーランドの所属でもVtuberでもない。アリス姫が支援しているのは陽子がアイドルとして成功する為であり、それにはアイドル事務所で仕事を貰う必要がある。冷遇されていると分かりきってるのだから別のアイドル事務所に移籍するなりアリス姫に相談するなり方法は幾らでもあったのだが、視野狭窄に陥っていた陽子には他の選択肢など見えなかった。

 だから謹慎明けに陽子はアイドル事務所へ馬鹿正直に出向き、そこでボロボロになってゴミ箱に捨てられていた自分のアイドル衣装を目にしたのだった。

「わぁ、陽子ちゃん可哀想。誰だろうね、こんなことしたの」
「あ、陽子じゃん。もう来ないと思ってロッカーに入ってた私物を山分けにしちゃったよ」
「良いんじゃない? うちらだって陽子のせいで被害を被ってるし」
「新しいのが欲しかったら彼氏に貢がせればー?」

 かつての仲間達の醜い笑顔を見て、限界だった陽子の心がプツンと音を立ててキレた。

「ねえ親に悪いことをしたら素直に謝りなさいって習わなかった?」
「は? 聞いたことある?」
「えー、私ないなー」
「陽子って田舎育ちだからなぁ。地元の風習じゃない?」
「そっかーアハハ」

 笑う女達に陽子は静かな声で告げた。

【いいから土下座しろよ】

 アイドルマインドの絶対命令権。
 それに逆らえるような人間はこのアイドル事務所には在籍していなかった。
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