ネカマ姫のチート転生譚

八虚空

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幕間 回想シーン

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「ねえ、何でお姫ちんはさ、絶対命令権を使うのをそんなに嫌がるの?」
「ちゃんと効果時間を延長する為の訓練は続けているじゃん?」
「そうじゃなくて。検証と訓練以外で絶対命令権を利用してるの見たことがないなって。使わなすぎて命令に有効期限があることすら分からなかったくらいに」

 山川陽子にアイドルマインドのチートを渡したことで絶対命令権の仕様が判明したばかりの頃、高橋真帆はそうアリス姫に聞いたことがあった。
 エインヘリヤルのチートは絶対服従の僕の魂を獲得するチートだ。スキルコピーによるチートの複製はあくまでついでの要素であり、本質とは異なる。それにも関わらずアリス姫は頑なに絶対命令権を使用しようとはしなかった。
 暗殺の危険性があると分かりながら、自分に危害を加えるなという命令すらしていないのだ。ここまで行くと異常である。

「うーん、何というかな。嫌な予感がするんだよ」
「直感が理由なの? チートよりも信頼してるんだね」
「そう馬鹿にしたもんでもないぞ直感。カンっていうのはそれまでの人生経験や発想から無意識に感じている警告だからな。しかも今回の警告に関しては理論付けて説明できる」
「あ、ちゃんとした理由があるんだ」

 ビスクドールのようにシミ一つない滑らかな肌に白銀のような光沢のある髪、透き通るような青い瞳からは信じられないようなぶっきらぼうな口調でアリス姫は語る。
 高橋真帆はこんな妖精のような少女から口説かれる度に可笑しな気分になる。美人だと褒められても、褒めている本人と比べたら月とすっぽんなのだ。
 勿論、現在の姿が後天的になったものだとは知っている。生前の写真も見ているのだ。そこに写っていた青年は何処にでもいるような普通の容貌だった。

「絶対命令権は文字通り絶対だ。逆らうことなんて出来ない。その点で言えば専門のチートだろうアイドルマインドすら上回っている。だからエインヘリヤルは命令することが日常になれば俺に逆らわなくなるだろう。怖いからな」
「そうかな? 喜んで従う人も多そうだけど」
「やめて。本当にそうなりそうな気がするから。日本は変態が多すぎるんだよ」

 日本ではなくアリス姫の周辺に多いだけである。
 高橋真帆にはそういう変態が集まる理由がちょっとだけ分かる。現在は少女の姿だが、アリス姫は引き出し屋の件以来、大人バージョンで過ごしている。それは手札を隠すという理由以外にも同じエナジードレインのチートを持つサキュバス達に対する配慮でもある。勝手に能力の情報を拡散するわけにはいかないと考えてるのだ。それと同じように年下の少女が好きだと勘違いされてる高橋真帆の為にアリス姫は二人きりの間は年齢を下げてくれるのだ。
 正確には高橋真帆はアリス姫が好きだからロリが性癖となり、アリス姫に弄られ続ける内にMが性癖となったので大人バージョンも嫌いじゃないのだが。
 まあ、アカリにも少し反応したから、性癖を拗らせてしまった面も多少はあるだろうけれど。

「ともかく周囲がイエスマンだけになり、苦言を言って止めてくれる奴がいなくなるのは間違いない。現状でもその気はあるけど、まだ致命的じゃない」
「そだね。少なくとも意見を封殺しようって空気はないよ。我慢して何も言わないってことはあるだろうけど、それはアリス姫に対する好意とそれまでの環境が原因じゃないかなぁ」

 引き出し屋に監禁されて暴行され続けたトラウマは簡単には消えない。未だに悲鳴を上げて夜中に飛び起きるなんてことも珍しくはないのだ。
 眠るまで手を握ってて欲しいとモロホシに頼まれたことが高橋真帆にもあった。

「続けるぞ。そうなると間違った命令も出すようになる。個人には限界があるからな。それは仕方ないんだが、恐怖で統制すると不都合な情報を隠すようになるんだよ。命令されて行動したのにも関わらず、命令が原因で叱責されては堪らないからな。そうやって偏った情報だけが上に届くようになって、それを元に命令するから更に間違った命令を出す。この負のループの果てに何もかも上手く行かなくなる」
「まるで独裁者だね」
「そう。これが独裁者の陥っている状況で、これが原因で独裁者は病になる。何が原因か分からないけど上手く行っていないのは分かるからな。で、調べたら部下が情報を隠蔽したり改竄(かいざん)してるんだ。一部の人間を処罰してもそういう部下は消えない。何故ならそういう体制だからな。でも独裁者はそうは考えない。苦言をする人間がいないからだ。だから、どんどん人間不信となり、最後には一番身近な側近すらも疑うようになる。これを妄想性パーソナリティ障害と言うんだ」

 またの名を猜疑(さいぎ)性パーソナリティ障害。
 何ら明確な理由や根拠なく、あるいは何の関係もないほんの少しの出来事から勝手に曲解して、人から攻撃される、利用される、陥れられるといった不信感や疑念を病的に激しく抱き、広く対人関係に支障をきたす精神疾患。
 独裁者の多くがこの精神疾患に掛かることから独裁者の病とも揶揄される。

「エインヘリヤルの絶対命令権は使いすぎるとこんな末路になる可能性が高い。普通の権力者と違って超常的な力だから、隠蔽するなとでも命令すれば正確な情報は届くだろうけどね。だけどそれは破綻した体制を常に命令して無理矢理に動かすってことだ。常に猜疑心で満たされる人生を歩むってことだ。俺はゴメンだな」
「でも、暗殺防止にすら使わないってのはやり過ぎだよ……」

 高橋真帆が不安で思わず苦言を言うと、アリス姫は朗らかに笑ってこう答えた。

「現代日本で暗殺しようなんて輩がいるか? 漫画の読み過ぎだって」

 それに、とアリス姫は少し恥ずかしそうに、はにかんだ。その様子は外見に相応しい10代の少女のような夢見心地な可憐さがあった。

「仲間じゃんか」



◇◆◇◆◇◆◇◆



「許さない。絶対に許さないっ!」

 高橋真帆は叫ぶ。裏切られた儚い少女の願いに涙を流して。
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