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五十二話 超常戦闘の開幕
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「ヒバナの固有能力『双転移』による5メートル以内5kg以下の物体の入れ替え、ヨモギの固有能力『予定調和』による20秒間の未来予知。騙されて手に入れたような力ですが、有用ですね。人一人を殺すくらいは簡単でしたか」
爆発に巻き込まれないようバーチャル界から現実世界に避難してきた穂村雫は独りごちる。
たった今、人を殺したばかりだというのにその顔色は全く変わらない。何時も通りの冷静な態度。ヨモギ時代のちょっとしたアクシデントで取り乱していた女はもうそこにはいなかった。豊富な人生経験がそうさせたのか、未来予知による先読みの賜物か、それとも取り乱すだけの情緒が麻痺しているのか、穂村は自分自身でも分からなかった。
だが、穂村はこの判断が間違いだとは思わない。アリス姫は時間経過で強くなり続ける一種の化物だ。今、行動しなければ殺害することすら不可能になるのは目に見えている。そうなってしまえば現在はわきまえている良識も消えて、エインヘリヤルを奴隷のように扱い出すのは自明の理だ。絶対命令権という悪意を助長させる能力すら保持しているのだ。
「そう、人は容易く堕落する。私はそれをよく知っている」
バーチャル界への入り口となったパソコンから離れて穂村は会社の自室を出る。異界という犯行現場で行われた凶行が判明するとは思わないが、ひめのや株式会社には穂村以外のチート能力者も多い。どんな種類のチートがあるか程度の大まかな情報しか知らないのだ。念の為にしばらくは会社には近付かないつもりでいた。
Vtuberは自宅でも出来る仕事なのだし、と。
「何を馬鹿な」
未だにヒバナを続けるつもりかと、可笑しな思考をした自分を穂村は嘲笑(あざわら)った。人を殺害しておいて、しかもその人物はワンダーランドの中核ともいえる存在だったのだ。この仕事を続けられるとは普通は思わない。
薄々と感じてはいたが、どうやら自分は所謂サイコパスと呼ばれる人種なのだと穂村は悟った。常人とは感性が全く違うのだろう。
アリス姫を殺害したことより、ワンダーランドが終わることを残念に思っている。
「あ、穂村さん。お疲れ様です」
「諸星さんですか」
諸星セナ。同じワンダーランド所属のVtuber。引き出し屋に浚われて監禁されていたという少女。
誰からもモロホシと呼ばれ本名を一切明かさないこの少女も自分と同じように闇を抱えていると穂村は思う。死後は同じようにエインヘリヤルという奴隷に堕ちる運命にあった哀れな少女だ。アリス姫を殺害することで同じエインヘリヤルを解放できたことが、人を殺害した自分の唯一の善行ではないだろうかと穂村は密かに思った。
「これから苦労するでしょうが、頑張ってくださいね」
「え?」
「大丈夫。Vtuberの他にも仕事は幾らでもあります」
穂村の言葉に驚いたようにモロホシは目を見開いて固まった。思わず出た言葉に穂村は内心で舌打ちした。
これではアリス姫を行方不明にした容疑者は自分だと白状しているようなものではないかと。
冷静に見えたが、流石に人を殺害して全く動揺していないわけではなかったらしい。
「モロホシちゃん。ソレから離れて」
「えっと、タラコ唇さん?」
静かな声が穂村とモロホシのいる廊下に響いた。高橋真帆こと、タラコ唇。会社設立前からアリス姫を補佐していたプログラマーの技術者で、ひめのや株式会社とVtuberグループ『ワンダーランド』の結成に貢献した陰の功労者だ。
ほんわかした雰囲気と垂れ目が印象的な常に緩い笑顔を浮かべているような人物なのだが、今は一切の表情が消えた顔で穂村を見つめている。
「どうしましたか? 私に何が御用でも」
「動かないで。モロホシちゃん、こっちに来て。早く!」
「は、はいっ」
ただならぬ空気にモロホシは急いでタラコ唇の背後へと移動する。穂村はジッとタラコ唇を見ていた。
どうやら、何事もなく退社とは行かないようだ。そう、穂村は嘆息して犯罪を重ねる覚悟をした。
「自分が何をしたか、分かってる?」
「さて、説明して頂かないと分かりかねますが」
「じゃあ、一つ教えて上げる。アリス姫は限定的なテレパシーを使えるんだ」
「なるほど。よく分かりました」
もはや言葉で解決する道はない。見つめ合うタラコ唇も穂村もそう理解した。
アリス姫がチート能力を配り始めてから、初めてここに異能による戦闘が起こる。
それはサブカルチャーのような心躍るものではない血生臭い殺し合いに過ぎないが。
「サモンバーチャル『茜ヨモギ』」
「リンク『ブレイブソルジャー/タラコ唇』」
人知を超えた闘争であることに変わりはないのだ。
爆発に巻き込まれないようバーチャル界から現実世界に避難してきた穂村雫は独りごちる。
たった今、人を殺したばかりだというのにその顔色は全く変わらない。何時も通りの冷静な態度。ヨモギ時代のちょっとしたアクシデントで取り乱していた女はもうそこにはいなかった。豊富な人生経験がそうさせたのか、未来予知による先読みの賜物か、それとも取り乱すだけの情緒が麻痺しているのか、穂村は自分自身でも分からなかった。
だが、穂村はこの判断が間違いだとは思わない。アリス姫は時間経過で強くなり続ける一種の化物だ。今、行動しなければ殺害することすら不可能になるのは目に見えている。そうなってしまえば現在はわきまえている良識も消えて、エインヘリヤルを奴隷のように扱い出すのは自明の理だ。絶対命令権という悪意を助長させる能力すら保持しているのだ。
「そう、人は容易く堕落する。私はそれをよく知っている」
バーチャル界への入り口となったパソコンから離れて穂村は会社の自室を出る。異界という犯行現場で行われた凶行が判明するとは思わないが、ひめのや株式会社には穂村以外のチート能力者も多い。どんな種類のチートがあるか程度の大まかな情報しか知らないのだ。念の為にしばらくは会社には近付かないつもりでいた。
Vtuberは自宅でも出来る仕事なのだし、と。
「何を馬鹿な」
未だにヒバナを続けるつもりかと、可笑しな思考をした自分を穂村は嘲笑(あざわら)った。人を殺害しておいて、しかもその人物はワンダーランドの中核ともいえる存在だったのだ。この仕事を続けられるとは普通は思わない。
薄々と感じてはいたが、どうやら自分は所謂サイコパスと呼ばれる人種なのだと穂村は悟った。常人とは感性が全く違うのだろう。
アリス姫を殺害したことより、ワンダーランドが終わることを残念に思っている。
「あ、穂村さん。お疲れ様です」
「諸星さんですか」
諸星セナ。同じワンダーランド所属のVtuber。引き出し屋に浚われて監禁されていたという少女。
誰からもモロホシと呼ばれ本名を一切明かさないこの少女も自分と同じように闇を抱えていると穂村は思う。死後は同じようにエインヘリヤルという奴隷に堕ちる運命にあった哀れな少女だ。アリス姫を殺害することで同じエインヘリヤルを解放できたことが、人を殺害した自分の唯一の善行ではないだろうかと穂村は密かに思った。
「これから苦労するでしょうが、頑張ってくださいね」
「え?」
「大丈夫。Vtuberの他にも仕事は幾らでもあります」
穂村の言葉に驚いたようにモロホシは目を見開いて固まった。思わず出た言葉に穂村は内心で舌打ちした。
これではアリス姫を行方不明にした容疑者は自分だと白状しているようなものではないかと。
冷静に見えたが、流石に人を殺害して全く動揺していないわけではなかったらしい。
「モロホシちゃん。ソレから離れて」
「えっと、タラコ唇さん?」
静かな声が穂村とモロホシのいる廊下に響いた。高橋真帆こと、タラコ唇。会社設立前からアリス姫を補佐していたプログラマーの技術者で、ひめのや株式会社とVtuberグループ『ワンダーランド』の結成に貢献した陰の功労者だ。
ほんわかした雰囲気と垂れ目が印象的な常に緩い笑顔を浮かべているような人物なのだが、今は一切の表情が消えた顔で穂村を見つめている。
「どうしましたか? 私に何が御用でも」
「動かないで。モロホシちゃん、こっちに来て。早く!」
「は、はいっ」
ただならぬ空気にモロホシは急いでタラコ唇の背後へと移動する。穂村はジッとタラコ唇を見ていた。
どうやら、何事もなく退社とは行かないようだ。そう、穂村は嘆息して犯罪を重ねる覚悟をした。
「自分が何をしたか、分かってる?」
「さて、説明して頂かないと分かりかねますが」
「じゃあ、一つ教えて上げる。アリス姫は限定的なテレパシーを使えるんだ」
「なるほど。よく分かりました」
もはや言葉で解決する道はない。見つめ合うタラコ唇も穂村もそう理解した。
アリス姫がチート能力を配り始めてから、初めてここに異能による戦闘が起こる。
それはサブカルチャーのような心躍るものではない血生臭い殺し合いに過ぎないが。
「サモンバーチャル『茜ヨモギ』」
「リンク『ブレイブソルジャー/タラコ唇』」
人知を超えた闘争であることに変わりはないのだ。
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