ネカマ姫のチート転生譚

八虚空

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四十八話 意外な側面

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「で、こんな感じの結末になったがミサキはそれで良かったか?」
「いやー感謝の言葉しか出ないですよ」

 案の定、絵描きの作業部屋の外にミサキが所在なげに佇んでいたので確認する。
 能力が高すぎるのも善し悪しだな。こんな気付かなくてもいいことに気付いてしまう。
 微妙に状況が違うが、友達グループが自分の陰口で盛り上がっているのを偶然にも耳にしてしまったような気まずさがあるな。ミサキも何時もより元気がない。

「気にするなよ。陰口つーのはちょっとしたストレス発散と仲間の結束を強める為に自然と出ることの方が多いもんだ。本気で嫌いな奴を扱き下ろしていることはむしろ少ない。友達の陰口を言ったからって友達じゃないって判断するのは早計ってもんだ」

 喋ってて思ったが微妙に的外れなことを言ったな。別にミサキは絵描き達と友達だったわけでも、友達になりたいわけでもないだろ。
 どっちかというと。

「うーん。アタシは別に気にしてるつもりはないんですけど。やっぱそう見えます?」
「見える」

 元風俗嬢であったことの後ろめたさが原因なのか?
 ミサキはその点は完全に割り切っていると思っていたんだが。金にチョロいのも元気キャラなのも素だと思う。
 むしろ空元気で何も気にしてないように見せてるのは地下アイドルの陽子の方だ。あっちは何かの拍子で折れそうな危うさがある。
 アイドルマインドでファンの熱意を感じて少しは持ち直したようだが、読心能力者は病みやすいってフィクションでよく言われるからな。
 感情を判別できる程度のアイドルマインドでも危険かもしれないから目を離せない。
 チートは任意で切れるから使用しなきゃいいんだが、エゴサを止められない人間も多いしなぁ。
 俺のエインヘリヤルのテレパシー能力も、通話をするように意識してラインを繋いで喋らなきゃお互いに何も伝わらないって設定じゃなきゃ危なかったかも。細かい気配りを欠かさない神様に感謝だな。

「身体を売るってそこまで悪いことなんですかね。時々、風俗に来て女を抱いてるのに説教してくる変な客がいたんですけど」
「まあ一般的に考えりゃそうなんじゃねえかな。でもその説教おじさんは只の性癖だから気にしなくていい」

 風俗嬢に生んでくれた親のことを考えろとか、妊娠の危険性だとか、性病のリスクだとか風俗に来てよく説教する人がいるけどそんなん言われなくても十分わかってるだろ。
 借金とかやむにやまれぬ事情があるかもしれないし、そうでないとしても新しい就職先の面倒を見てくれるわけでもないんだろ?
 だったら精神的苦痛を風俗嬢に与えてるだけのSEKKYOUが気持ちよくてやってる変態性癖おじさんだと思うんだよな。
 他人にマウントを取るのは楽しいからね。俺も引き出し屋を怒鳴った時はスカッとした。

「うーん、何て言えばいいのかな。別に善い悪いを気にしてるわけじゃないんですよね。そういうのは別にどうでもよくて。でも、Vtuberはこうなんていうか……」
「きらめいて見える?」
「そう、それ! 何か輝いている気がするんですっ。モロホシさんの初配信とか凄かったじゃないですか。初めて見るリスナーばかりのはずなのに皆でモロホシさんを心配して心から応援して。アタシが個人勢ならともかくワンダーランド所属だと何ていうのか」

 場違い。そう思ったか。
 こんなに爽やかで人生を楽しんでるように見えたミサキでさえ、内心で自分を卑下していたのか。
 人は見かけによらないとは言うが、理解してるつもりで理解できていないことなんて幾らでもあるな。また一つミサキの新たな側面を発見したような気がする。

「モロホシだって5年間引き籠もって外に出なかった過去があるだろ。気にしなくてもいいと思うぞ」
「そうなんですけど、でも、取り返しのつかない過去だってあるじゃないですかっ」
「あるな。でもミサキはそうじゃないだろ」

 マリッジブルーならぬVtuberブルーか。デビュー前に自分なんかが本当にやっていけるのか迷惑なんじゃないかと不安になって精神が不安定になってるんだな。
 今までのミサキと同一人物だと信じられないくらいに目が不安で泳いでいる。

「社会は善人で真面目で一生懸命で努力をすれば必ず報われるか? 悪人は必ず裁かれて地獄に落ちるか?」
「いや、それはちょい無理があるんじゃないですかね」
「だろ。善人が割を食って悪人がのさばるなんて珍しくもない。だからな」

 少し屈(かが)んでミサキと目を合わせる。綺麗な瞳をしてると思う。何処にでもいるような普通の女の子だ。

「ちょっとした傷くらい社会は許容してくれる。ミサキは只の可愛い女の子だ」
「うっ」

 ミサキの頬が見る間に赤く染まっていく。

「あの、もしかして口説いてます?」
「え、いや別に?」
「えええっ、今のはどう考えてもそうだったじゃないですか!」

 キャイキャイっと元気になったミサキにじゃれつかれながらその日は終わった。
 帰り際にミサキが小声で、やっぱ好きだな……と呟いていたのが聞こえてしまったのは内緒にしておこう。
 やはり能力が高すぎるのも善し悪しだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「なるほど。それで、あと2日足らずで2Dモデルを作れという話になったんですか」
「うん、そうなの」
「可能でしょうけど、クオリティを下げるのは駄目なんでしょう?」
「企業Vtuberとして過不足ない出来にはしたいね」
「そうですか、わかりました」

 深夜3時。みさきの2Dモデルのクオリティを満足いく出来にまで仕上げたと納得して仕事を終わらせようとした矢先の話である。
 新しく一からやり直してくれとVtuberグループ『ワンダーランド』のリーダーにしてVtuber企業『ひめのや』のボスであるアリス姫からタラコ唇こと高橋真帆へ頭を下げられたのは。
 何一つ文句も言わずに話を聞き終えた高橋真帆は職場に即座にユーターンして加藤総次郎へと仕事の延長を告げた。

「私が言うのもなんだけど不満じゃないの?」
「これが無意味な仕様変更だったならボロクソに言ったかもしれませんね。でも、そうじゃないんでしょう?」

 理由は一人のイラストレーターが現状の2Dモデルでは駄目だと言ったからに過ぎない。
 これを無意味だと判断するかは人によるだろうが、不満に思ってもおかしくはない話だ。

「少なくともデビュー時期を遅らせてでもやり直そうとするくらいには真面目な話だと私は理解しました。貴女こそ、不満じゃないんですか。相手は恋敵でしょう。あからさまに好意が透けて見えますが」
「アハハ……。ミサキちゃんがお姫ちんを好きなのは周知の事実なんだね」

 今度は高橋真帆が苦笑いを浮かべて返答する。

「でもミサキちゃん良い娘だし。私には気持ちが分かっちゃうから」
「辛いなら私一人で構いませんよ」

 切なそうな表情をする高橋真帆に加藤総次郎は簡単に言い切る。

「与えられたに過ぎない才能にせよ、私は天才です。こんな仕事、余裕でこなせます」

 加藤総次郎の表情には強力な自負と迫力があった。本心からそう思っているのだろう。
 それを見て高橋真帆は笑った。らしくない挑発的な笑みだった。

「加藤君。貴方が天才なのは確かだよ。でもね」

 一泊を置いて高橋真帆は答える。

「年期が違うよ。Vtuberを補佐することにかけては私は誰にも負ける気がない」

 二人は見合って笑った。それは肉食獣が牙をむく顔にとても似ていた。
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