4 / 4
4話「暴走は危険です!」
しおりを挟む大草原の真ん中で生着替えを済ませたわたしは、改めてマップ画面を開く。レイアウトはゲーム画面と同じで、現在地と周囲の大まかな地図が表示される。
(表記も日本語……。やっぱりここはカナン平原か)
マップ上で二本の指をスライドさせて、画面を拡大したり、回転させてみる。自分の現在地を中心に広がるタイプのマップなら、街までの正確な距離は分からないけれど、方角がズレても細かい進路修正は可能だ。
「それに、わたしにはコレがあるもんね~」
イベントの上位ランカーに配布された限定アイテム、高速移動用魔法具。大人カワイイデザインになってはいるが、要は空飛ぶ箒だ。
渋めの赤い装飾とチャコールグレーの木製の柄に、黒と白のストライプのリボンと赤い宝石が着いた魔法の箒に横座りする、これまたイベント限定の黒地に金糸の刺繍と魔法防御の付与されたスパンコール大の宝石、真っ白のフリルをあしらったゴシック調のフード付きローブと、セットのワンピースとブーツを身に着けたわたし……。
(いっそころして……)
特にかわいくもキレイでもない地味顔でシンプルな服しか着ない自分としては、派手なゴスロリ衣装を身にまとった今なら恥ずかしさで死ねる。街に着いたらいちばんに目立たない魔法装備の服を買いに行かなきゃ。
「マップ確認良し、装備良し」
さっきの獣退治の時みたいに、いきなり魔法を発動させないように注意しないと。数度深呼吸して箒に魔力を少しずつ込める。気を付けて、まずは足先が浮く程度に……。
「大気を巡る風の精霊達よ。我が進む道へと導き給え」
ふわりと身体の周りをゆるやかな風が取り巻く。足先が数センチ浮いて、箒はわたしを乗せてふわふわとゆっくり前に進んだ。
「やった! 成功したー!」
嬉しくて声を上げた瞬間、ノロノロ運転だった箒は新幹線すら追い越しそうな速度で加速した。
「……死ぬかと思った」
箒に跨る事約2時間。わたしはようやく魔力を使って、適正な速度で箒に乗る事に慣れた。
魔法防御の掛かった衣装のおかげか、とんでもない高速で飛ぶ箒から振り落とされる事も無く、空気抵抗で呼吸ができないといった事もなく、音速すら超えそうな箒にしがみつきながら己の魔力のコントロールに努めた。
今は幹線道路を走る車程度のスピードで飛んでいる。
「でも箒で飛ぶのって、細かい魔力調節の練習に良さそう」
町中や人が行き来する場所を飛ぶとすると、今より遅い速度でないと危ないし、場合によっては高度を上げて飛ぶ方がいいかもしれない。適正な速度と高度を保つ練習が必要だ。
(あんまり高く上がると上下の感覚狂いそうだし、単純に高い所って怖いんだよね)
建物の中や柵があるならまだしも、ただ細い箒の柄を両手で握っているだけで足元はスッカスカ。正直、1メートル以上浮いてる今ですら怖い。
出しっぱなしにした手元のマップと今までの移動の感覚だと、この速度で10分も飛べば交易都市にたどり着くはずだ。街が近いせいか、遠目にいくつか隊商の列が見えてきた。
(できるだけ人目に付きにくいルートで街に入りたい……)
街の出入り口は東西南北に合計4箇所の門がある。西と東は大規模な隊商が通るのでいつも人で溢れかえって人目に付くし、北は国境警備隊の駐屯地が近いのでできれば避けたい。
そうすると入るのは南門一択。あの辺りは大森林地帯の端と接しているので木が多い。
(広めの道が整備されてるとはいえ、箒を降りて歩いたほうが良さそう)
直線に進んできたコースを右へと舵を切り、遠くに見える森林地帯へと向かう。遠くに見える大森林はゲームとは違い不気味で、上空の空気も澱んで見えた。
ちょっと怖いけど、魔物がいたら倒せばいいし、ゲームでは可愛かった串刺しウルフがあんなに怖かったんだから、森林もゲームよりホラーテイストに見えるのかもね。
(門を抜けたら服を探して宿を決めなくちゃ)
街に入った後の予定を頭の中でシミュレーションしながら飛んでいたせいで、異変に気付くのが遅れてしまった。
近くに迫った森から、一斉に魔物の群れが現れる。
「えええええ!」
スタンピードだ! 白い猪の群れが砂煙を上げて、すごい勢いで此方に向けて走ってくる。
こんなのゲームで見たことない! ていうかなんで恋愛シミュレーションゲーム世界でスタンピードが起きるのよ!
(これ変に避けちゃうと被害出るよね……)
このまま放置すれば、先程見えた隊商がいくつか魔物の暴走に巻き込まれるだろう。
いきなり異世界に飛ばされて、草原のど真ん中で途方に暮れて、ようやくこれから一息付けると思ったのに。
「ああ! もうしょうがない!」
箒から降りて、魔物たちの進路に立ちふさがる。スタンピードとの距離はまだある。でも横に広がり真っすぐに突進してくる猪達の数は多い。
(火力はウルフを倒した時で十分。後は範囲を広げるだけ……)
「火の精霊達よ! 我に力を与え給え! ファイアーアロー横に5倍!」
めちゃくちゃな呪文だがイメージはバッチリなせいか、大砲のような火の矢がウルフの時よりたくさん飛んで行く。
ドドド……と轟音を立て魔物や地面に降り注ぐ火柱が重なり、最終的には高い火の壁となって魔物を焼き尽くす。
(やっぱり火力高いよ聖女パワー。こんな派手に燃えたら絶対警備隊来ちゃうじゃん……)
燃え盛る火を眺めながら、この魔物たちのジェムを回収するかどうか悩み、結局わたしは非難するふりをして街へと入ることにした。
0
お気に入りに追加
7
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!
友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。
探さないでください。
そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。
政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。
しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。
それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。
よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。
泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。
もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。
全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。
そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。
木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。
それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。
誰にも信じてもらえず、罵倒される。
そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。
実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。
彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。
故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。
彼はミレイナを快く受け入れてくれた。
こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。
そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。
しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。
むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる