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4話「暴走は危険です!」

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 大草原の真ん中で生着替えを済ませたわたしは、改めてマップ画面を開く。レイアウトはゲーム画面と同じで、現在地と周囲の大まかな地図が表示される。

(表記も日本語……。やっぱりここはカナン平原か)

 マップ上で二本の指をスライドさせて、画面を拡大したり、回転させてみる。自分の現在地を中心に広がるタイプのマップなら、街までの正確な距離は分からないけれど、方角がズレても細かい進路修正は可能だ。

「それに、わたしにはコレがあるもんね~」

 イベントの上位ランカーに配布された限定アイテム、高速移動用魔法具。大人カワイイデザインになってはいるが、要は空飛ぶ箒だ。

 渋めの赤い装飾とチャコールグレーの木製の柄に、黒と白のストライプのリボンと赤い宝石が着いた魔法の箒に横座りする、これまたイベント限定の黒地に金糸の刺繍と魔法防御の付与されたスパンコール大の宝石、真っ白のフリルをあしらったゴシック調のフード付きローブと、セットのワンピースとブーツを身に着けたわたし……。

(いっそころして……)

 特にかわいくもキレイでもない地味顔でシンプルな服しか着ない自分としては、派手なゴスロリ衣装を身にまとった今なら恥ずかしさで死ねる。街に着いたらいちばんに目立たない魔法装備の服を買いに行かなきゃ。

「マップ確認良し、装備良し」

 さっきの獣退治の時みたいに、いきなり魔法を発動させないように注意しないと。数度深呼吸して箒に魔力を少しずつ込める。気を付けて、まずは足先が浮く程度に……。

「大気を巡る風の精霊達よ。我が進む道へと導き給え」

 ふわりと身体の周りをゆるやかな風が取り巻く。足先が数センチ浮いて、箒はわたしを乗せてふわふわとゆっくり前に進んだ。

「やった! 成功したー!」

 嬉しくて声を上げた瞬間、ノロノロ運転だった箒は新幹線すら追い越しそうな速度で加速した。



「……死ぬかと思った」

 箒に跨る事約2時間。わたしはようやく魔力を使って、適正な速度で箒に乗る事に慣れた。

 魔法防御の掛かった衣装のおかげか、とんでもない高速で飛ぶ箒から振り落とされる事も無く、空気抵抗で呼吸ができないといった事もなく、音速すら超えそうな箒にしがみつきながら己の魔力のコントロールに努めた。

 今は幹線道路を走る車程度のスピードで飛んでいる。

「でも箒で飛ぶのって、細かい魔力調節の練習に良さそう」

 町中や人が行き来する場所を飛ぶとすると、今より遅い速度でないと危ないし、場合によっては高度を上げて飛ぶ方がいいかもしれない。適正な速度と高度を保つ練習が必要だ。

(あんまり高く上がると上下の感覚狂いそうだし、単純に高い所って怖いんだよね)

 建物の中や柵があるならまだしも、ただ細い箒の柄を両手で握っているだけで足元はスッカスカ。正直、1メートル以上浮いてる今ですら怖い。

 出しっぱなしにした手元のマップと今までの移動の感覚だと、この速度で10分も飛べば交易都市にたどり着くはずだ。街が近いせいか、遠目にいくつか隊商の列が見えてきた。

(できるだけ人目に付きにくいルートで街に入りたい……)

 街の出入り口は東西南北に合計4箇所の門がある。西と東は大規模な隊商が通るのでいつも人で溢れかえって人目に付くし、北は国境警備隊の駐屯地が近いのでできれば避けたい。

 そうすると入るのは南門一択。あの辺りは大森林地帯の端と接しているので木が多い。

(広めの道が整備されてるとはいえ、箒を降りて歩いたほうが良さそう)

 直線に進んできたコースを右へと舵を切り、遠くに見える森林地帯へと向かう。遠くに見える大森林はゲームとは違い不気味で、上空の空気も澱んで見えた。

 ちょっと怖いけど、魔物がいたら倒せばいいし、ゲームでは可愛かった串刺しウルフがあんなに怖かったんだから、森林もゲームよりホラーテイストに見えるのかもね。

(門を抜けたら服を探して宿を決めなくちゃ)

 街に入った後の予定を頭の中でシミュレーションしながら飛んでいたせいで、異変に気付くのが遅れてしまった。

 近くに迫った森から、一斉に魔物の群れが現れる。

「えええええ!」

 スタンピードだ! 白い猪の群れが砂煙を上げて、すごい勢いで此方に向けて走ってくる。

 こんなのゲームで見たことない! ていうかなんで恋愛シミュレーションゲーム世界でスタンピードが起きるのよ!

(これ変に避けちゃうと被害出るよね……)

 このまま放置すれば、先程見えた隊商がいくつか魔物の暴走に巻き込まれるだろう。

 いきなり異世界に飛ばされて、草原のど真ん中で途方に暮れて、ようやくこれから一息付けると思ったのに。

「ああ! もうしょうがない!」

 箒から降りて、魔物たちの進路に立ちふさがる。スタンピードとの距離はまだある。でも横に広がり真っすぐに突進してくる猪達の数は多い。

(火力はウルフを倒した時で十分。後は範囲を広げるだけ……)

「火の精霊達よ! 我に力を与え給え! ファイアーアロー横に5倍!」

 めちゃくちゃな呪文だがイメージはバッチリなせいか、大砲のような火の矢がウルフの時よりたくさん飛んで行く。

 ドドド……と轟音を立て魔物や地面に降り注ぐ火柱が重なり、最終的には高い火の壁となって魔物を焼き尽くす。

(やっぱり火力高いよ聖女パワー。こんな派手に燃えたら絶対警備隊来ちゃうじゃん……)

 燃え盛る火を眺めながら、この魔物たちのジェムを回収するかどうか悩み、結局わたしは非難するふりをして街へと入ることにした。

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