29 / 41
29
しおりを挟む
「拓海、お見合いをしなさい」
親父からいきなり見合い写真と釣書を渡された俺は呆然とした。
…俺がどんな女を見ても能面にしか見えないと知っている親父がこんなことを言い出すとは思ってもみなかったからだ。
親父は「いいな?今週末、正午にプリンセスホテルのロビーで待ち合わせしているから必ず行くこと。すっぽかしたら帰る家は無いと思え‼」そう怒鳴ると固まっている俺を置き去りに家へ入っていった。
…まだ大学生の俺がお見合いってどういうこと…?
ノソノソと家に入ると姉貴が「拓海…ちょっと」と自室で手招きした。
「あんた、原山さんて女の子知っている?」
ズバリ聞かれた名前…それは、少し前に俺が体だけの関係になっていた女性だった。
「…まあ、一応。それが何?」聞く俺の耳を引っ張りながら姉貴は小声で「来たのよ、今日」と囁いた。…はあ?
「来たって…家に?何しに?」
俺の頭の中はハテナマークでいっぱいだった。既に別れている…もとい、体だけの関係だった女がここに来る理由が分からない。
「あのね、あんたと付き合っていたけれど、最近の彼は冷たくなって以前みたいに愛してくれなくなったって言ってきたのよ」
姉の話を要約すると、俺と相思相愛でいつも体を求め合っていたのに、最近は冷たくなった。
彼が心変わりする訳はないし、ご家族が私たちを引き裂こうとしているんじゃないかと思って乗り込んできた…と。
…怖っ⁈ええ?頭の中でなんのラブストーリーが展開している訳?俺は一度だって好きだとか愛しているなんて言った覚えも無いし、第一顔が能面の女だから目をつむってヤッていたしな。
…まあ、私の事好き?って聞かれればコトの最中だったら「うん」ぐらいは言っていたかもしれないが…それにしても怖すぎる。
「あんまり思い込みが激しいからお父さんが『我が家は代々の旧家ですから、拓海には婚約者がいます。お引き取りを』って言って追い返したんだから」
なるほど…だからさっき怒っていたわけか…。
「だからってなんでお見合い?」未だ訳が分からない俺を呆れたように横目で見ると、「まあ、悪さばっかりしていて自分でつがいを探せないから見合いで探そうっちゅうことじゃないの?」と冷たく言った。
「諦めて、お見合いしてきなさいよ。上手くいけばつがいかもしれないわよ?」
姉の言葉に渋々頷き、週末見合いに向かった俺は更に絶望に突き落とされることとなった。
「こちらが、地元の名士でいらっしゃいます伊集院家のご令嬢、椿子様でございます」
「初めまして、伊集院椿子でございます」
何故か親ではなく付き添いの方と共に現れた見合い相手のご令嬢は上品な着物姿で登場した。…美しい所作と、美しい着物&立姿。でも顔は能面…。
何で、こんなことに…とうんざりしつつも顔には出さず必死で笑顔を作った。
「それでは若い方だけで、散策でも…」という使い古された言い回しで二人きりでホテルの庭を散策しろと放り出された。…仕方ない…歩けばいいんだろう…。
「椿子さんは本当に物静かな方ですね?」
俺はあまりしゃべらない見合い相手にうんざりしつつ声を掛けた。
「そんなことは…。拓海様は、私のような女はお嫌いですか?」と絡んでくる…。
「初めてお会いしたのに嫌いになるはずないじゃないですか。しかもこんなに素敵な方を」と適当に愛想を言うと『嬉しい…』といきなり胸に飛び込んできたのは驚いた。
「私、拓海様に会うのは初めてではございません。以前お見かけした時から、ずっと貴方様のことをお慕いしておりましたから」
そう嬉しそうに言うが俺は恐怖に慄いていた。
怖っ‼こいつストーカーかよ…冷たい汗が背中を伝うが彼女は興に乗ったようにしゃべり続ける。
「最近まで貴方様の彼女面をしていた原山という女性にも私とお見合いをするから別れてくれるようにお話をしましたの。随分と聞き分けのない女性で、私気分を害しましたわ」
…こいつが、原因で原山が家まで突撃してきたのか…。納得はしたが理解はできない。
「もう、過去の女のことは私気にしませんから、幸せな夫婦になりましょうね」
そう言った伊集院椿子の顔が【若女】の仮面に見えて、俺は恐怖に固まっていた。
もしかしたら、これ自体も呪いの影響なのか…関係した女が愛に狂っていく呪いなのか…?と俺はパニックになりながら家へと帰り、親父に全てを打ち明けた。
「うーん…。なかなか厄介な呪いを貰ったもんだな…」
そう言った親父にもどうしようもない話である。
なんとか恐怖のストーカー令嬢の見合い話は破談にしてもらったが、俺は益々女性の能面恐怖症を拗らせていった。
「…でも独り身でいる限り、勝手に見初められて、お見合い話は持ち込まれちゃうわよ?」
そう言った母の手元には積み上げられた見合い写真と釣り書の山が…。
「まあまあ、もしかしたら、この中に運命の相手がいるかもしれないじゃない?一応見てみなさいよ」と乗せられて、おびただしい数の写真を見るも、全てが能面のモノばかりだった。
「…仕方がないだろう?嫌なのは判るが、時々はお見合いをして、せめて男色家の噂だけでも消しなさい」
そう若干の匙を投げられた頃、俺は地元の【狭間田市役所】へ就職することとなった。
元々霊能力も高く、除霊の心得もある俺は最初から【初期課】へ配属が決まっていたらしい。上司があの時【若女】の能面を持ち込んだ田中さんだったのには驚いたけれど。
「あの時、私が能面を持っていかなければこんな目に遭わなくて済んだのに、拓海君には本当に申し訳ないことをしたね」と頭を下げられて、彼がずっと俺の為に苦しんでいたことを知った。
「いえ、あの日自分が愚かだったことが原因ですから。田中さんのせいじゃないですよ」
俺の言葉に男泣きしてくれて、事情を判ってくれる人がいることのありがたみを知った。
「まだ、君の運命の女性が見つかっていないとしても、チャンスはあるし、諦めちゃいけないよ」
そう励ましてくれる存在のなんとありがたいコトか。
相変わらず能面女子たちに纏わりつかれ、イライラしても何とかやり過ごせるようになった年の春、まさかの奇跡が起こった。
「初めまして、今年入庁しました東雲理来と言います。よろしくお願いします」
よく通る声で元気にあいさつした彼女には顔があったのだ…。
親父からいきなり見合い写真と釣書を渡された俺は呆然とした。
…俺がどんな女を見ても能面にしか見えないと知っている親父がこんなことを言い出すとは思ってもみなかったからだ。
親父は「いいな?今週末、正午にプリンセスホテルのロビーで待ち合わせしているから必ず行くこと。すっぽかしたら帰る家は無いと思え‼」そう怒鳴ると固まっている俺を置き去りに家へ入っていった。
…まだ大学生の俺がお見合いってどういうこと…?
ノソノソと家に入ると姉貴が「拓海…ちょっと」と自室で手招きした。
「あんた、原山さんて女の子知っている?」
ズバリ聞かれた名前…それは、少し前に俺が体だけの関係になっていた女性だった。
「…まあ、一応。それが何?」聞く俺の耳を引っ張りながら姉貴は小声で「来たのよ、今日」と囁いた。…はあ?
「来たって…家に?何しに?」
俺の頭の中はハテナマークでいっぱいだった。既に別れている…もとい、体だけの関係だった女がここに来る理由が分からない。
「あのね、あんたと付き合っていたけれど、最近の彼は冷たくなって以前みたいに愛してくれなくなったって言ってきたのよ」
姉の話を要約すると、俺と相思相愛でいつも体を求め合っていたのに、最近は冷たくなった。
彼が心変わりする訳はないし、ご家族が私たちを引き裂こうとしているんじゃないかと思って乗り込んできた…と。
…怖っ⁈ええ?頭の中でなんのラブストーリーが展開している訳?俺は一度だって好きだとか愛しているなんて言った覚えも無いし、第一顔が能面の女だから目をつむってヤッていたしな。
…まあ、私の事好き?って聞かれればコトの最中だったら「うん」ぐらいは言っていたかもしれないが…それにしても怖すぎる。
「あんまり思い込みが激しいからお父さんが『我が家は代々の旧家ですから、拓海には婚約者がいます。お引き取りを』って言って追い返したんだから」
なるほど…だからさっき怒っていたわけか…。
「だからってなんでお見合い?」未だ訳が分からない俺を呆れたように横目で見ると、「まあ、悪さばっかりしていて自分でつがいを探せないから見合いで探そうっちゅうことじゃないの?」と冷たく言った。
「諦めて、お見合いしてきなさいよ。上手くいけばつがいかもしれないわよ?」
姉の言葉に渋々頷き、週末見合いに向かった俺は更に絶望に突き落とされることとなった。
「こちらが、地元の名士でいらっしゃいます伊集院家のご令嬢、椿子様でございます」
「初めまして、伊集院椿子でございます」
何故か親ではなく付き添いの方と共に現れた見合い相手のご令嬢は上品な着物姿で登場した。…美しい所作と、美しい着物&立姿。でも顔は能面…。
何で、こんなことに…とうんざりしつつも顔には出さず必死で笑顔を作った。
「それでは若い方だけで、散策でも…」という使い古された言い回しで二人きりでホテルの庭を散策しろと放り出された。…仕方ない…歩けばいいんだろう…。
「椿子さんは本当に物静かな方ですね?」
俺はあまりしゃべらない見合い相手にうんざりしつつ声を掛けた。
「そんなことは…。拓海様は、私のような女はお嫌いですか?」と絡んでくる…。
「初めてお会いしたのに嫌いになるはずないじゃないですか。しかもこんなに素敵な方を」と適当に愛想を言うと『嬉しい…』といきなり胸に飛び込んできたのは驚いた。
「私、拓海様に会うのは初めてではございません。以前お見かけした時から、ずっと貴方様のことをお慕いしておりましたから」
そう嬉しそうに言うが俺は恐怖に慄いていた。
怖っ‼こいつストーカーかよ…冷たい汗が背中を伝うが彼女は興に乗ったようにしゃべり続ける。
「最近まで貴方様の彼女面をしていた原山という女性にも私とお見合いをするから別れてくれるようにお話をしましたの。随分と聞き分けのない女性で、私気分を害しましたわ」
…こいつが、原因で原山が家まで突撃してきたのか…。納得はしたが理解はできない。
「もう、過去の女のことは私気にしませんから、幸せな夫婦になりましょうね」
そう言った伊集院椿子の顔が【若女】の仮面に見えて、俺は恐怖に固まっていた。
もしかしたら、これ自体も呪いの影響なのか…関係した女が愛に狂っていく呪いなのか…?と俺はパニックになりながら家へと帰り、親父に全てを打ち明けた。
「うーん…。なかなか厄介な呪いを貰ったもんだな…」
そう言った親父にもどうしようもない話である。
なんとか恐怖のストーカー令嬢の見合い話は破談にしてもらったが、俺は益々女性の能面恐怖症を拗らせていった。
「…でも独り身でいる限り、勝手に見初められて、お見合い話は持ち込まれちゃうわよ?」
そう言った母の手元には積み上げられた見合い写真と釣り書の山が…。
「まあまあ、もしかしたら、この中に運命の相手がいるかもしれないじゃない?一応見てみなさいよ」と乗せられて、おびただしい数の写真を見るも、全てが能面のモノばかりだった。
「…仕方がないだろう?嫌なのは判るが、時々はお見合いをして、せめて男色家の噂だけでも消しなさい」
そう若干の匙を投げられた頃、俺は地元の【狭間田市役所】へ就職することとなった。
元々霊能力も高く、除霊の心得もある俺は最初から【初期課】へ配属が決まっていたらしい。上司があの時【若女】の能面を持ち込んだ田中さんだったのには驚いたけれど。
「あの時、私が能面を持っていかなければこんな目に遭わなくて済んだのに、拓海君には本当に申し訳ないことをしたね」と頭を下げられて、彼がずっと俺の為に苦しんでいたことを知った。
「いえ、あの日自分が愚かだったことが原因ですから。田中さんのせいじゃないですよ」
俺の言葉に男泣きしてくれて、事情を判ってくれる人がいることのありがたみを知った。
「まだ、君の運命の女性が見つかっていないとしても、チャンスはあるし、諦めちゃいけないよ」
そう励ましてくれる存在のなんとありがたいコトか。
相変わらず能面女子たちに纏わりつかれ、イライラしても何とかやり過ごせるようになった年の春、まさかの奇跡が起こった。
「初めまして、今年入庁しました東雲理来と言います。よろしくお願いします」
よく通る声で元気にあいさつした彼女には顔があったのだ…。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
【R18】こんな産婦人科のお医者さんがいたら♡妄想エロシチュエーション短編作品♡
雪村 里帆
恋愛
ある日、産婦人科に訪れるとそこには顔を見たら赤面してしまう程のイケメン先生がいて…!?何故か看護師もいないし2人きり…エコー検査なのに触診されてしまい…?雪村里帆の妄想エロシチュエーション短編。完全フィクションでお送り致します!
官能令嬢小説 大公妃は初夜で初恋夫と護衛騎士に乱される
絵夢子
恋愛
憧れの大公と大聖堂で挙式し大公妃となったローズ。大公は護衛騎士を初夜の寝室に招き入れる。
大公のためだけに守ってきたローズの柔肌は、護衛騎士の前で暴かれ、
大公は護衛騎士に自身の新妻への奉仕を命じる。
護衛騎士の目前で処女を奪われながらも、大公の言葉や行為に自分への情を感じ取るローズ。
大公カーライルの妻ローズへの思いとは。
恥辱の初夜から始まった夫婦の行先は?
~連載始めました~
【R-18】藤堂課長は逃げる地味女子を溺愛したい。~地味女子は推しを拒みたい。
~連載中~
【R-18有】皇太子の執着と義兄の献身
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】
remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。
干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。
と思っていたら、
初めての相手に再会した。
柚木 紘弥。
忘れられない、初めての1度だけの彼。
【完結】ありがとうございました‼
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる