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47 ルイスとの密談

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(あー…本当にどうしたらいいの⁈ 難しい問題過ぎて、私だけでは手に負えないわ…)

 中庭でマリアーナと和解した私は、その後帰宅した邸宅で、王立学術院から出された大量の休暇課題を前に一人でウンウンと唸っていた。

 …一応、誤解の無いように言っておくけれど、別に課題が難しくて手が出なかった訳では無い。
 ルイスにマリアーナの事を上手く紹介し、恋人へと発展させる手立ては無いか、そしてフランツのマリアーナに対する最低・最悪の嫌悪感をどのように好感度へと転換させれば良いのかと悶々と悩んでいたわけだ。

 彼女に対する現時点での兄の評価は『社交デビュタントしたとは思えない程、礼儀作法も常識も欠落した残念な男爵令嬢』という大層不名誉なものになっている。
 これはルイスの口から直接聞かされた以上、間違いは無いだろう。
 その上、私が噴水に落ちて、風邪を引いた理由もマリアーナに起因していると、フランツから散々吹き込まれているせいで、ルイスは益々冷ややかな目で彼女の事を見るようになっていた。

 ――こんな現状を、私一人の知恵でどうやって打開すれば良いというのか…?

 冒頭の私が唸っていた理由がお判りいただけたと思うが、これはかなりの難問だった。

(マリアーナの美点を上げ連ねて、ルイスに意識して貰うとか…?…いや、あの兄がそんなことぐらいで、自分の考えを変えるはずが無いわ…)

 兄のカール――ルイスは幼い頃から聡明で、非常に優れた少年であった。
 体が弱いせいで、剣術や体術を学ぶことが出来なかった分も、座学で優れた成績を収め、ベッドに縛り付けられた生活を余儀なくされていても、それを嘆くでもなく、淡々と学術書や目論見論の本を熱心に読み込むような、ある意味大人しい、けれど一風変わった性質の少年だったのだ。
 そんな内面に反して、ルイスの外見は華奢な体躯と透けるように白い肌の儚げな美少女だったのだから、その美貌に惚れてうっかり道を踏み外した幼馴染がどうにも気の毒でならないのだが…。

(男だと知らなければ、あの外見はどう見ても美少女だったもの。フランツだって惚れるわよねぇ)

 しかし儚げな外見からは想像も出来ない程、実際の兄は中々に図太い性格をしているのも事実なのだ。
 良く言えば、好奇心旺盛で、探求心豊かな、一度手に入れたものを粗雑に扱わない性格。
 それは裏を返せば、執着心が強く、興味を持ったものを手に入れるまで諦めない頑固さを持つという事。
 カール如きが知恵を絞ってルイスの興味を引こうとしても、到底上手くいく気がしない。

 そんな兄がマリアーナに興味を持つとしたら――どう考えても“マリアーナから聞いた話を全て話した方が良い”という単純明快な回答しか導き出せなかった。

(どうせ口を割らされるのなら、最初から全てを話してしまった方が気も楽だわ…)

 こうして、私はマリアーナ達から口止めされなかったことをこれ幸いに【王家の秘匿能力】以外の、ゲーム世界だと彼女らから聞かされたシナリオの内容を、ルイスに洗いざらい話したのだった。



「…へぇ…。つまり、私たちの生きるこの世界は誰かに作られた物語であり、私たちはその流れ通りの出来事をなぞって生きているという事?その世界で、マリアーナは聖女としての役割を持ち、今はまだ開花しないその聖魔力で、私の体を蝕む“聖魔力欠乏症”から救ってくれるつもりだと――そう解釈すれば良いのかい?」

 簡潔に纏められたルイスの言葉にコクコクと頷くと「荒唐無稽な話ではあるけれど、実に興味深い女性じゃないか」とクスクス笑っている。

「…どうせ、カールの事だから『マリアーナが聖女様ならば、兄様の命を救って下さい』とでも、彼女に懇願したんだろう?」

 私の声真似をするルイスに、思わず瞠目すると「何年兄妹をやっていると思っているの。カールが私の為に考えそうなことぐらい判るよ」と苦笑している。

「…マリアーナが嘘を吐いて君を騙しているとは考えなかったの?カールに令嬢たちから庇われても、お礼一つ言わないような性悪な令嬢なんだよ?」

 ルイスの明らかに嫌悪感を含んだ物言いに首を振る。
 学術院での彼女は、周りに虚勢を張っていただけで、本当は素直で友人が欲しかっただけの年相応の少女だと感じたからだ。

「私は彼女を信じるわ。あの時のマリアーナは真実を語っていたと…そう思えるの。ルイスを助けて欲しいと必死で縋った私の手を握りしめて『彼を救ってみせるわ』と言ってくれた彼女の気持ちを信じたい…」

 私の言葉を無言で聞いていたルイスは「まったく…私の妹は本当にお人好しなんだから」とため息交じりで笑顔を見せた。

「確かに、彼女の話には他人が知りえない情報がかなり含まれているし、今確認できる範囲でも、それが正しい情報だという事は認めざるを得ない。…その中で、私が一番気になる点は彼女自身が自分の事を【救済の乙女】だと信じ込んでいる処だね。今は発現していなくても、本物の聖女さまだった場合は何れ頭角を現して、聖女信仰の教会に囲い込まれてしまう。そうなったら、私には手の届かない“高嶺の花”になるという事なんだろう?」

 ――もしマリアーナが本当に【救済の乙女】だと認定されれば、王族との婚姻も可能になる。そうなれば男爵家程度の貴族令息では手が出せない女性になる事は間違いないだろう。
 ただ、今の彼女では土台無理な話だ。マリアーナが聖女になる為には、攻略対象者と相思相愛になる必要があり、聖魔力を行使する必要があると彼女自身も言っていた。

「ふーん…私の命を救わなければ、彼女自身にも死の危険が及ぶ可能性がある訳か。不確かな愛情というよりは共存共栄関係みたいで凄く面白いよね。…もしこれがマリアーナの妄言だとしても、私の死の間際まで楽しませてくれるのなら十分楽しめそうだな」

 クスクスと笑う、ルイスの顔は喜びに満ち溢れていて、どう見ても悪役にしか見えない悪い微笑みを浮かべていた。

(あー…この顔は見おぼえがあるわ…。兄様が本気で彼女に興味を惹かれて手に入れようと胸を膨らませているのが伝わってくる…)

「可愛い妹に風邪を引かせたような令嬢だから、どんな酷い目に遭わせてやろうかと画策していたけれど、この様子だと、どうやら私の運命の女性になりそうだから許してあげようか。ねえ、カールは彼女の事を許せる?」
「も…勿論‼もう私たちは友人になったんだから、彼女の事は怒っていないよ」

 慌てて何度も頷くと「いい子だね」と益々笑みを深めて頭を撫でられた。

「こんなに胸が高鳴るのは久しぶりの感覚だよ。彼女と語らい、人となりを知ることが出来れば、よりマリアーナ嬢の魅力を感じることが出来そうだ」
「それじゃあ、兄様さえ良ければマリアーナを我が家のお茶会に招待するのは如何かしら?そこで交流して親睦を深めれば、きっとルイスも彼女の魅力に夢中になるわよ」
「うん、それは良い考えだね。では私がマリアーナに招待状を書いておくよ。素晴らしい一日になりそうだ」
「…それと、フランツがマリアーナの事を怒っているのも何とかしなくてはいけないの。兄様の方から、なんとか彼を宥めて貰う事は出来るかしら…?」

 すると、ルイスは「ああ、フランツの怒りを解くくらい造作もないよ」と事も無げに頷くではないか。

「フランツの件も私に任せてくれれば大丈夫さ。カールはマリアーナを招待するお茶会のメニューの事だけを考えていれば良いからね」

 満面の笑みで何かを企む美貌の兄はそれだけを告げると、楽し気に部屋へと戻っていったのだった。
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