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18 騎士様の告解
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「あー…やっぱり遅かったか…」
いつもの時間より一時間以上遅れて王宮へ到着し、辺りを見回すも、既に出迎えてくれるはずのジアンの姿は無い。
フランツの急な訪問でバタバタしたせいで、到着が遅れると連絡する事さえ出来なかったのだから仕方は無いだろう。
後で謝らなくてはと思いつつ、急ぎ足で王宮内を歩いていくと、中庭の方から一際大きな声援とどよめきが聞こえた。
(…確かこの時間は、王宮騎士団が訓練をしているはずだけれど…)
気になり、踵を返して中庭へ足を向けると、今現在も騎士の鍛錬の真っ最中のようだった。
普段は目にしたことの無い、若き騎士たちがずらりと並ぶ姿は圧巻の一言に尽きる。
しかも模擬戦をやっている様で、その白熱した戦いに、先ほどから声援が飛んでいたのだと理解した。
(…あっ、あそこで剣を構えているのはジョエルじゃないか⁈)
いつもとは違った彼の厳しい表情に、どんな戦いぶりをするのかを見たくなった私は、目立たないように隠れて観戦することに決めた。
(フフフ…どの程度の実力なのか、見せて貰おうじゃ無いの)
騎士の鍛錬には通常は木剣を使うことが多いのだが、今回は“実戦形式”のため、あえて真剣が使われているようだった。
普段使用している物とは違う“命を奪える武器”に、戸惑いながら戦う実戦慣れしていない様子の騎士たちと、それを物ともせず、しなやかな動きで対戦相手を倒していくジョゼルが対照的に目に映る。
人を傷つける武器だからこそ、如何に傷つけずに戦うか。それは顕著に実力の差として現れていた。
(本当にジョゼルって実力があるんだな…)
以前、ドルディーノ子爵を捕らえた時のお手並みは惚れ惚れするくらいに鮮やかだったけれど、正直、ここまで歴然とした違いがあるものだとは思ってもみなかった。
自分よりも二回り以上体格のいい騎士を相手に、ジョゼルは無駄な動きはせず、隙を見つけては懐に飛び込んで、剣の鞘当てで軽く制圧しているのだから凄い。
…これだけ圧倒的な力の差を見せつけられては、他の新人騎士たちだってジョゼル様がディミトリ殿下の傍に置かれていることに文句が言えるはずもないだろう。
その戦いぶりに、只々見惚れていたら、また一人倒したようだ。
ジョゼルは、どうやら新人騎士の優勝決定戦まで勝ち上がったらしく、周りもやんややんやと囃し立てる声が今まで以上に五月蠅い。
…決勝戦の対戦相手は、ジョゼルと同じぐらいの体格の騎士だった。
対戦相手はブラウンの髪を肩まで伸ばしたいけ好かない感じの男で、仲間内と何事かを囁き合ってはニヤニヤと笑っている。
決勝戦が始まると、その男は大振りに真剣を振り回しては、わざと怪我を負わせる為だけにジョゼルの顔を狙っている様にしか見えない動きを繰り返していた。
今迄の相手とは違い、その騎士には確かに実力もあるのだろう。
だからこそ、それまでは軽くいなしていたジョゼルも必死に攻防を繰り返しているけれど、相手を傷つけないように動いている分、彼は圧倒的に不利に見えた。
“汚いやり方をする奴だ”と言うのが第一印象だけれど、いざ戦闘になれば生き残るためにはどんな戦法を使われるのか判らないのが常だ。
だからだろう、周りを取り囲んでいる指南役の騎士たちも誰一人彼らの戦いを止めようとはしなかった。
相手がジョゼルの眼前で大きく真剣を振った時、ごく僅かにジョゼル様の皮膚を裂いたのか、彼の左瞼の上から一筋の鮮血が吹き出る。
相手がさらに切り込もうと、グッと前に踏み込んだ瞬間、ジョゼルの流血に気を取られたのかほんの僅かに行動が遅れた。そこを見逃さず、ジョゼル様が真剣の鞘で相手の真剣を叩き落したことで、その戦いはジョゼル様の勝利という形で決着したのだった。
喝采を浴び、優勝者として讃えられていてもジョゼルは何故か厳しい表情を崩さない。
怪我を心配する同僚にも眼を向けずに、瞼から流れる血もそのままで、一人黙々と後片付けを始めていた。
やがて熱気は去り、騎士たちが一人また一人とその場を去って行くのに、ジョゼルだけはその場から動かず、最後に残った指南役に何事かを伝えると、中庭の隅に植えられた大木の陰へと消えてしまった。
誰もいなくなった頃合いを見計らってから、大木を背に俯くジョゼルの元へと駆け寄る。
「ジョゼル様、さっきの怪我の具合は…」
私の気配に気づいていなかったのか、大きく体を震わせると、驚愕の表情でこちらを見たジョゼル様は――声も出さずに泣いていたのだった。
見られたくないだろうと、咄嗟に顔を背けてしまったけれど、もしかしたら彼は酷い怪我の痛みに涙していたのかもしれないと気が付いた。
「ジョゼル様、頼むからこっちを向いて。その怪我の様子も見たいし、このままじゃ心配なんだよ」
「…別に大した怪我じゃない。別に心配もいらないから、カールは向こうに行けよ」
“シッシッ”と犬でも追い払う様に手を振られるけれど、心配させておいて随分な言い草だなと、無性に腹が立つ。
「だったら怪我なんかするんじゃねーよ‼私は自分が気になるからお前の怪我の状況を確認したいんだよ‼つべこべ言わずさっさとこっちを向け‼」
そう言って無理やり両手で顔を掴むとこちらを向かせる。
(…左目の瞼から出血しているけれど、眼球に傷はついていないようだし他に大きな外傷も無さそうだな)
取り敢えず、持っていたハンカチを傍の水場で濡らしてから、ジョゼル様の傷口に当てると痛そうに顔をしかめられた。
「…痛い。治療するつもりなら、もっと優しくやれよ」
それだけ憎まれ口が出るなら大丈夫そうだな。
「バーカ。何で私が優しくしてやらなくちゃいけないんだよ。…まあ、あんな卑怯な戦法を使う相手に良く勝ったよな。そこだけは褒めてやる」
ニヤニヤしながら軽口をたたくと、模擬戦を見られていたとは思わなかった様で、彼の表情が大きく歪んだ。
「カール…お前さっきの…見ていたのか?」
「ああ。お前が相手を傷つけないように正々堂々と戦っていたのも、卑怯なヤツに怪我をさせられたのもバッチリ見てた。お前格好よかったよ」
せっかく褒めたのに、ジョゼル様は却って俯いてしまった。
…これは言い方を間違えたのだろうか?
「俺は格好よくなんか無いんだ。…相手を怪我させないようにしたのも全部自分の為だし、ずっとそれに怯えながら戦っていたんだから」
ジョゼル様は震える声でポツリポツリと心の内を話し始めた。
昔、自分が友人である騎士見習と共に王宮騎士を目指していた事を。
「そいつとは妙に馬が合って、いつも一緒に鍛錬していたんだ。だから二人とも王宮騎士になれるって信じていた」
でも今回と同じように“実戦形式”での真剣試合をやった時、悲劇が起きた。
「実力は拮抗していたと思うし、俺たちは確かに互いを倒す目的で戦っていた。でも、俺が真剣を突き出した時に、丁度そいつがバランスを崩して…足の腱を切ってしまったんだ。足からは沢山の血が出て…それが原因でもう二度と騎士になれないからとそいつは騎士団を辞めていったんだ」
それ以来、自分が親しい相手を傷つけてしまうことを過剰に恐れるようになった。
周りからも『不幸な事故だったのだから忘れろ』と言われたし、騎士という立場はいつ誰が命を落とすかもしれない状況にあることも理解している。
ありきたりで、よくある事故で、偶々それが自分たちだったというだけの事だ。
それでも…自分が付けた傷のせいで人の一生を棒に振ってしまった衝撃はあまりにも大きかった。
「だから俺は自分自身の心の弱さで、相手を攻撃できない臆病者なんだ。騎士なんて格好をつけておきながらどうしようも無い役立たずだ」
これが自分の罪だと告白したジョゼル様の目からは、とめどなく涙が零れ落ちていた。
(…真面目な彼の事だから、ずっと一人で悔やんでいたんだろうな…)
そうは思うけれど、自分でつけた傷はどうしたって自分で解決するしか無いだろう。
一先ず自分が出来る事…そう考えた時、自然に体が動いていた。
鞄の中をゴソゴソと漁ると、ジョゼルの為に用意しておいた包みを取り出す。
「ジョゼル様、口を開けろよ」
そう言うと、包みから取り出した一枚のクッキーを薄く開いた彼の唇の中にねじ込んでやった。
驚きに目を丸くする様は子供の様で、思わず“プハッ”と噴き出してしまった。
「フフ…マヌケな顔。それさ、私が作ったクッキーだから味見してくれよ」
包みを手渡しながら、彼の左隣に座り込むとジョゼルは怪訝な顔をしながら、私と包みを交互に見つめてくる。
「人って腹が減ると、どんどん悲観的になるって言うだろう?お腹が空いて泣いたことは黙っていてやるから、取り敢えず黙って食えよ」
ニコっと笑いかけると、ジョゼルは無言で口の中に新たなクッキーを放り込んだのだった。
いつもの時間より一時間以上遅れて王宮へ到着し、辺りを見回すも、既に出迎えてくれるはずのジアンの姿は無い。
フランツの急な訪問でバタバタしたせいで、到着が遅れると連絡する事さえ出来なかったのだから仕方は無いだろう。
後で謝らなくてはと思いつつ、急ぎ足で王宮内を歩いていくと、中庭の方から一際大きな声援とどよめきが聞こえた。
(…確かこの時間は、王宮騎士団が訓練をしているはずだけれど…)
気になり、踵を返して中庭へ足を向けると、今現在も騎士の鍛錬の真っ最中のようだった。
普段は目にしたことの無い、若き騎士たちがずらりと並ぶ姿は圧巻の一言に尽きる。
しかも模擬戦をやっている様で、その白熱した戦いに、先ほどから声援が飛んでいたのだと理解した。
(…あっ、あそこで剣を構えているのはジョエルじゃないか⁈)
いつもとは違った彼の厳しい表情に、どんな戦いぶりをするのかを見たくなった私は、目立たないように隠れて観戦することに決めた。
(フフフ…どの程度の実力なのか、見せて貰おうじゃ無いの)
騎士の鍛錬には通常は木剣を使うことが多いのだが、今回は“実戦形式”のため、あえて真剣が使われているようだった。
普段使用している物とは違う“命を奪える武器”に、戸惑いながら戦う実戦慣れしていない様子の騎士たちと、それを物ともせず、しなやかな動きで対戦相手を倒していくジョゼルが対照的に目に映る。
人を傷つける武器だからこそ、如何に傷つけずに戦うか。それは顕著に実力の差として現れていた。
(本当にジョゼルって実力があるんだな…)
以前、ドルディーノ子爵を捕らえた時のお手並みは惚れ惚れするくらいに鮮やかだったけれど、正直、ここまで歴然とした違いがあるものだとは思ってもみなかった。
自分よりも二回り以上体格のいい騎士を相手に、ジョゼルは無駄な動きはせず、隙を見つけては懐に飛び込んで、剣の鞘当てで軽く制圧しているのだから凄い。
…これだけ圧倒的な力の差を見せつけられては、他の新人騎士たちだってジョゼル様がディミトリ殿下の傍に置かれていることに文句が言えるはずもないだろう。
その戦いぶりに、只々見惚れていたら、また一人倒したようだ。
ジョゼルは、どうやら新人騎士の優勝決定戦まで勝ち上がったらしく、周りもやんややんやと囃し立てる声が今まで以上に五月蠅い。
…決勝戦の対戦相手は、ジョゼルと同じぐらいの体格の騎士だった。
対戦相手はブラウンの髪を肩まで伸ばしたいけ好かない感じの男で、仲間内と何事かを囁き合ってはニヤニヤと笑っている。
決勝戦が始まると、その男は大振りに真剣を振り回しては、わざと怪我を負わせる為だけにジョゼルの顔を狙っている様にしか見えない動きを繰り返していた。
今迄の相手とは違い、その騎士には確かに実力もあるのだろう。
だからこそ、それまでは軽くいなしていたジョゼルも必死に攻防を繰り返しているけれど、相手を傷つけないように動いている分、彼は圧倒的に不利に見えた。
“汚いやり方をする奴だ”と言うのが第一印象だけれど、いざ戦闘になれば生き残るためにはどんな戦法を使われるのか判らないのが常だ。
だからだろう、周りを取り囲んでいる指南役の騎士たちも誰一人彼らの戦いを止めようとはしなかった。
相手がジョゼルの眼前で大きく真剣を振った時、ごく僅かにジョゼル様の皮膚を裂いたのか、彼の左瞼の上から一筋の鮮血が吹き出る。
相手がさらに切り込もうと、グッと前に踏み込んだ瞬間、ジョゼルの流血に気を取られたのかほんの僅かに行動が遅れた。そこを見逃さず、ジョゼル様が真剣の鞘で相手の真剣を叩き落したことで、その戦いはジョゼル様の勝利という形で決着したのだった。
喝采を浴び、優勝者として讃えられていてもジョゼルは何故か厳しい表情を崩さない。
怪我を心配する同僚にも眼を向けずに、瞼から流れる血もそのままで、一人黙々と後片付けを始めていた。
やがて熱気は去り、騎士たちが一人また一人とその場を去って行くのに、ジョゼルだけはその場から動かず、最後に残った指南役に何事かを伝えると、中庭の隅に植えられた大木の陰へと消えてしまった。
誰もいなくなった頃合いを見計らってから、大木を背に俯くジョゼルの元へと駆け寄る。
「ジョゼル様、さっきの怪我の具合は…」
私の気配に気づいていなかったのか、大きく体を震わせると、驚愕の表情でこちらを見たジョゼル様は――声も出さずに泣いていたのだった。
見られたくないだろうと、咄嗟に顔を背けてしまったけれど、もしかしたら彼は酷い怪我の痛みに涙していたのかもしれないと気が付いた。
「ジョゼル様、頼むからこっちを向いて。その怪我の様子も見たいし、このままじゃ心配なんだよ」
「…別に大した怪我じゃない。別に心配もいらないから、カールは向こうに行けよ」
“シッシッ”と犬でも追い払う様に手を振られるけれど、心配させておいて随分な言い草だなと、無性に腹が立つ。
「だったら怪我なんかするんじゃねーよ‼私は自分が気になるからお前の怪我の状況を確認したいんだよ‼つべこべ言わずさっさとこっちを向け‼」
そう言って無理やり両手で顔を掴むとこちらを向かせる。
(…左目の瞼から出血しているけれど、眼球に傷はついていないようだし他に大きな外傷も無さそうだな)
取り敢えず、持っていたハンカチを傍の水場で濡らしてから、ジョゼル様の傷口に当てると痛そうに顔をしかめられた。
「…痛い。治療するつもりなら、もっと優しくやれよ」
それだけ憎まれ口が出るなら大丈夫そうだな。
「バーカ。何で私が優しくしてやらなくちゃいけないんだよ。…まあ、あんな卑怯な戦法を使う相手に良く勝ったよな。そこだけは褒めてやる」
ニヤニヤしながら軽口をたたくと、模擬戦を見られていたとは思わなかった様で、彼の表情が大きく歪んだ。
「カール…お前さっきの…見ていたのか?」
「ああ。お前が相手を傷つけないように正々堂々と戦っていたのも、卑怯なヤツに怪我をさせられたのもバッチリ見てた。お前格好よかったよ」
せっかく褒めたのに、ジョゼル様は却って俯いてしまった。
…これは言い方を間違えたのだろうか?
「俺は格好よくなんか無いんだ。…相手を怪我させないようにしたのも全部自分の為だし、ずっとそれに怯えながら戦っていたんだから」
ジョゼル様は震える声でポツリポツリと心の内を話し始めた。
昔、自分が友人である騎士見習と共に王宮騎士を目指していた事を。
「そいつとは妙に馬が合って、いつも一緒に鍛錬していたんだ。だから二人とも王宮騎士になれるって信じていた」
でも今回と同じように“実戦形式”での真剣試合をやった時、悲劇が起きた。
「実力は拮抗していたと思うし、俺たちは確かに互いを倒す目的で戦っていた。でも、俺が真剣を突き出した時に、丁度そいつがバランスを崩して…足の腱を切ってしまったんだ。足からは沢山の血が出て…それが原因でもう二度と騎士になれないからとそいつは騎士団を辞めていったんだ」
それ以来、自分が親しい相手を傷つけてしまうことを過剰に恐れるようになった。
周りからも『不幸な事故だったのだから忘れろ』と言われたし、騎士という立場はいつ誰が命を落とすかもしれない状況にあることも理解している。
ありきたりで、よくある事故で、偶々それが自分たちだったというだけの事だ。
それでも…自分が付けた傷のせいで人の一生を棒に振ってしまった衝撃はあまりにも大きかった。
「だから俺は自分自身の心の弱さで、相手を攻撃できない臆病者なんだ。騎士なんて格好をつけておきながらどうしようも無い役立たずだ」
これが自分の罪だと告白したジョゼル様の目からは、とめどなく涙が零れ落ちていた。
(…真面目な彼の事だから、ずっと一人で悔やんでいたんだろうな…)
そうは思うけれど、自分でつけた傷はどうしたって自分で解決するしか無いだろう。
一先ず自分が出来る事…そう考えた時、自然に体が動いていた。
鞄の中をゴソゴソと漁ると、ジョゼルの為に用意しておいた包みを取り出す。
「ジョゼル様、口を開けろよ」
そう言うと、包みから取り出した一枚のクッキーを薄く開いた彼の唇の中にねじ込んでやった。
驚きに目を丸くする様は子供の様で、思わず“プハッ”と噴き出してしまった。
「フフ…マヌケな顔。それさ、私が作ったクッキーだから味見してくれよ」
包みを手渡しながら、彼の左隣に座り込むとジョゼルは怪訝な顔をしながら、私と包みを交互に見つめてくる。
「人って腹が減ると、どんどん悲観的になるって言うだろう?お腹が空いて泣いたことは黙っていてやるから、取り敢えず黙って食えよ」
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