花咲く騎士団長は最強の聖なる乙女~本気で私を落とせるとお思いですか?~

MURASAKI

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男装の麗人

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「お父様、お願いがあります。わたしは強くなりたいです。お母様と約束をしたから」

 翌日、アレクサンドラは父に直談判をすることで、稽古をつけてもらう約束を取り付けた。
 父親のアルベルト・ハインリッヒ・ヴァンデルローチェは、辺境伯という役職を全て伴侶であるエレオノーラに任せ、いつも領地を飛び回っていた。母亡きあとは、その役目をまだ年端も行かないアレクサンドラが引き継いだのだが、死に戻る前の父が自分を顧みてくれたことは一度としてなかった。
 父親がそれなりに剣に覚えがあるらしいことは死に戻る前から知っていた。ただ、剣について素人のアレクサンドラには、具体的にどの程度の技量であるか理解することは難しかった。
 しかし幼い自分は小遣いを稼ぐ術がなく、誰かに師事することもできない。その時点で、唯一の保護者である父を頼るしか方法がなかったのだ。

* * *

 アルベルトは、真剣なまなざしをむける我が子に気圧される形で強くなることを承諾し、自ら指導した。
 毎日政務の合間を見つけては、アレクサンドラに剣や体術の稽古を付ける。それまで妻に任せっきりだった辺境伯としての職務と、外での仕事で正直疲弊してはいたが、すぐに飽きると思っていた娘は稽古をやめない。その真剣な姿を目の当たりにしては、父親である自分が疲れを見せることはできなかった。
 自分の知識を全て注ぐかのように、剣の握り方や振り方、攻撃の間合いの詰め方、体術、そして筋力や体力の作り方を教えた。
 家を空ける時は体力づくりと素振りの反復練習を徹底させ、家にいる時は実戦を想定した剣の扱い方を厳しく指導した。

 知らず知らず家に居る時間が増え、ふたりの娘との仲も良好だ。特にアレクサンドラは七つを過ぎる頃から父を手伝うようになり、舌を巻くほどの速さで政務を覚えてしまった。
 半年もすると自分が分からないことまで理解していた娘は、親の贔屓目を差し引いても優秀としか言えず、本物の天才かもしれないとまで思った。

 ヴァンデルローチェの家門は代々女性が当主だ。妻も当主として勿論優秀で、代々受け継がれているという不思議な力を使うこともあった。まさか死に戻っているなどと思うわけもなく、血の繋がりで元から備わった能力が開花したのだろうと考えていた。
 可愛らしくやわらかな雰囲気を持つ妹のアリアと比べると随分と逞しく、女の子というより少年のように育つ娘に戸惑いながらも、いずれ女主人として妻のようにヴァンデルローチェの家門を取り仕切るであろう逞しく美しい娘の成長した姿を思い浮かべ、目を細めていた。

* * *


 アレクサンドラは、父から教えられた剣術や体術をひたすら続け、時は経ちよわい十五となっていた。

 十年で鍛え上げた腹筋は割れ、身体も死に戻る前とは比べ物にならないくらい丈夫になった。
 父親がつけた家庭教師には、平和な領地で淑女がこのような体力づくりをするのは無駄で、淑女としての立ち居振る舞いを身に付けるよう散々言われたが、アレクサンドラは死に戻り前の記憶で令嬢としての知識も立ち居振る舞いも完璧で、その様子を見た家庭教師は流石に何も言えなくなり、アレクサンドラは勉強も淑女教育も免除されていた。

「あの子は気持ちが悪い、何もかも完璧なんてありえない」

 そう家庭教師が言う声を聞いたことはあるが、そんなものを気にする時間はなかった。それは、死に戻る前よりも良好な妹のアリアの為でもあった。
 甘やかしすぎないよう厳しく教育を受けさせた甲斐もあり、アリアは傍若無人な振る舞いなど一切しない淑女レディーへと成長していた。このまま行けば、アリアが成人する頃に必ず“聖なる乙女”の打診が来る。それまでにアレクサンドラは身体を鍛え、魔物を簡単に葬るくらいの力を手に入れる必要があった。

 男勝りな鍛え方と男装により、屋敷の手伝いをしている中でもアレクサンドラ付きのメイド以外は、女であることすら気付いていない。アリアがそんなアレクサンドラに嫉妬をするはずもなく、姉妹仲は周囲が羨むほど良かった。

 死に戻り前は、口を開けば「お姉さまばかりずるい」と言っていたアリアが、今では一緒に領地へ買い物に付いてきてくれるばかりか、事あるごとに「格好いいアレク様おねえさまが大好き」と公言している。

 アリアにとって“お姉さま”は家族の時だけの呼び名で、外にいる時は常に“アレク様”と呼んでいる。それは彼女なりのアレクサンドラに対する気遣いだった。
 騎士になると言う夢に向かって男装までしている姉が“女”だと周囲に認知されてしまうと、動きにくいことを理解していたからだ。

 こうして家族の協力もあり、アレクサンドラは“アリーシャ”から“アレク”へと愛称を変え、男の格好をしたまま領地内を彷徨うろつくことが出来る。おかげで体力づくりのために街中を走っていても、誰も何も言わない。それよりも見た目の美しさと強さから、女性から慕われることが増えた。
 領民が街中で暴漢に遭うと、それを助けることも日常と化していた。

 その日もいつもと変わらない日常の一場面としてひったくりから女性を救った。アレクサンドラにとってはそれだけだったが、偶然王都から上級貴族の護衛として騎士団が領地に立ち寄っており、一部始終を見ていたらしい。
 立ち居振る舞いが完璧だと絶賛され、挙句の果てに騎士団に勧誘されてしまう始末だ。

 本当に女の身で騎士団に入っても良いのだろうか?

 アレクサンドラは悩んだが簡単に答えが見つかるわけもなく、話を一度家に持ち帰ることにした。
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月影 流詩亜(旧 るしあん)

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