3 / 3
男装の麗人
しおりを挟む
「お父様、お願いがあります。わたしは強くなりたいです。お母様と約束をしたから」
翌日、アレクサンドラは父に直談判をすることで、稽古をつけてもらう約束を取り付けた。
父親のアルベルト・ハインリッヒ・ヴァンデルローチェは、辺境伯という役職を全て伴侶であるエレオノーラに任せ、いつも領地を飛び回っていた。母亡きあとは、その役目をまだ年端も行かないアレクサンドラが引き継いだのだが、死に戻る前の父が自分を顧みてくれたことは一度としてなかった。
父親がそれなりに剣に覚えがあるらしいことは死に戻る前から知っていた。ただ、剣について素人のアレクサンドラには、具体的にどの程度の技量であるか理解することは難しかった。
しかし幼い自分は小遣いを稼ぐ術がなく、誰かに師事することもできない。その時点で、唯一の保護者である父を頼るしか方法がなかったのだ。
* * *
アルベルトは、真剣なまなざしをむける我が子に気圧される形で強くなることを承諾し、自ら指導した。
毎日政務の合間を見つけては、アレクサンドラに剣や体術の稽古を付ける。それまで妻に任せっきりだった辺境伯としての職務と、外での仕事で正直疲弊してはいたが、すぐに飽きると思っていた娘は稽古をやめない。その真剣な姿を目の当たりにしては、父親である自分が疲れを見せることはできなかった。
自分の知識を全て注ぐかのように、剣の握り方や振り方、攻撃の間合いの詰め方、体術、そして筋力や体力の作り方を教えた。
家を空ける時は体力づくりと素振りの反復練習を徹底させ、家にいる時は実戦を想定した剣の扱い方を厳しく指導した。
知らず知らず家に居る時間が増え、ふたりの娘との仲も良好だ。特にアレクサンドラは七つを過ぎる頃から父を手伝うようになり、舌を巻くほどの速さで政務を覚えてしまった。
半年もすると自分が分からないことまで理解していた娘は、親の贔屓目を差し引いても優秀としか言えず、本物の天才かもしれないとまで思った。
ヴァンデルローチェの家門は代々女性が当主だ。妻も当主として勿論優秀で、代々受け継がれているという不思議な力を使うこともあった。まさか死に戻っているなどと思うわけもなく、血の繋がりで元から備わった能力が開花したのだろうと考えていた。
可愛らしくやわらかな雰囲気を持つ妹のアリアと比べると随分と逞しく、女の子というより少年のように育つ娘に戸惑いながらも、いずれ女主人として妻のようにヴァンデルローチェの家門を取り仕切るであろう逞しく美しい娘の成長した姿を思い浮かべ、目を細めていた。
* * *
アレクサンドラは、父から教えられた剣術や体術をひたすら続け、時は経ち齢十五となっていた。
十年で鍛え上げた腹筋は割れ、身体も死に戻る前とは比べ物にならないくらい丈夫になった。
父親がつけた家庭教師には、平和な領地で淑女がこのような体力づくりをするのは無駄で、淑女としての立ち居振る舞いを身に付けるよう散々言われたが、アレクサンドラは死に戻り前の記憶で令嬢としての知識も立ち居振る舞いも完璧で、その様子を見た家庭教師は流石に何も言えなくなり、アレクサンドラは勉強も淑女教育も免除されていた。
「あの子は気持ちが悪い、何もかも完璧なんてありえない」
そう家庭教師が言う声を聞いたことはあるが、そんなものを気にする時間はなかった。それは、死に戻る前よりも良好な妹のアリアの為でもあった。
甘やかしすぎないよう厳しく教育を受けさせた甲斐もあり、アリアは傍若無人な振る舞いなど一切しない淑女へと成長していた。このまま行けば、アリアが成人する頃に必ず“聖なる乙女”の打診が来る。それまでにアレクサンドラは身体を鍛え、魔物を簡単に葬るくらいの力を手に入れる必要があった。
男勝りな鍛え方と男装により、屋敷の手伝いをしている中でもアレクサンドラ付きのメイド以外は、女であることすら気付いていない。アリアがそんなアレクサンドラに嫉妬をするはずもなく、姉妹仲は周囲が羨むほど良かった。
死に戻り前は、口を開けば「お姉さまばかりずるい」と言っていたアリアが、今では一緒に領地へ買い物に付いてきてくれるばかりか、事あるごとに「格好いいアレク様が大好き」と公言している。
アリアにとって“お姉さま”は家族の時だけの呼び名で、外にいる時は常に“アレク様”と呼んでいる。それは彼女なりのアレクサンドラに対する気遣いだった。
騎士になると言う夢に向かって男装までしている姉が“女”だと周囲に認知されてしまうと、動きにくいことを理解していたからだ。
こうして家族の協力もあり、アレクサンドラは“アリーシャ”から“アレク”へと愛称を変え、男の格好をしたまま領地内を彷徨くことが出来る。おかげで体力づくりのために街中を走っていても、誰も何も言わない。それよりも見た目の美しさと強さから、女性から慕われることが増えた。
領民が街中で暴漢に遭うと、それを助けることも日常と化していた。
その日もいつもと変わらない日常の一場面としてひったくりから女性を救った。アレクサンドラにとってはそれだけだったが、偶然王都から上級貴族の護衛として騎士団が領地に立ち寄っており、一部始終を見ていたらしい。
立ち居振る舞いが完璧だと絶賛され、挙句の果てに騎士団に勧誘されてしまう始末だ。
本当に女の身で騎士団に入っても良いのだろうか?
アレクサンドラは悩んだが簡単に答えが見つかるわけもなく、話を一度家に持ち帰ることにした。
翌日、アレクサンドラは父に直談判をすることで、稽古をつけてもらう約束を取り付けた。
父親のアルベルト・ハインリッヒ・ヴァンデルローチェは、辺境伯という役職を全て伴侶であるエレオノーラに任せ、いつも領地を飛び回っていた。母亡きあとは、その役目をまだ年端も行かないアレクサンドラが引き継いだのだが、死に戻る前の父が自分を顧みてくれたことは一度としてなかった。
父親がそれなりに剣に覚えがあるらしいことは死に戻る前から知っていた。ただ、剣について素人のアレクサンドラには、具体的にどの程度の技量であるか理解することは難しかった。
しかし幼い自分は小遣いを稼ぐ術がなく、誰かに師事することもできない。その時点で、唯一の保護者である父を頼るしか方法がなかったのだ。
* * *
アルベルトは、真剣なまなざしをむける我が子に気圧される形で強くなることを承諾し、自ら指導した。
毎日政務の合間を見つけては、アレクサンドラに剣や体術の稽古を付ける。それまで妻に任せっきりだった辺境伯としての職務と、外での仕事で正直疲弊してはいたが、すぐに飽きると思っていた娘は稽古をやめない。その真剣な姿を目の当たりにしては、父親である自分が疲れを見せることはできなかった。
自分の知識を全て注ぐかのように、剣の握り方や振り方、攻撃の間合いの詰め方、体術、そして筋力や体力の作り方を教えた。
家を空ける時は体力づくりと素振りの反復練習を徹底させ、家にいる時は実戦を想定した剣の扱い方を厳しく指導した。
知らず知らず家に居る時間が増え、ふたりの娘との仲も良好だ。特にアレクサンドラは七つを過ぎる頃から父を手伝うようになり、舌を巻くほどの速さで政務を覚えてしまった。
半年もすると自分が分からないことまで理解していた娘は、親の贔屓目を差し引いても優秀としか言えず、本物の天才かもしれないとまで思った。
ヴァンデルローチェの家門は代々女性が当主だ。妻も当主として勿論優秀で、代々受け継がれているという不思議な力を使うこともあった。まさか死に戻っているなどと思うわけもなく、血の繋がりで元から備わった能力が開花したのだろうと考えていた。
可愛らしくやわらかな雰囲気を持つ妹のアリアと比べると随分と逞しく、女の子というより少年のように育つ娘に戸惑いながらも、いずれ女主人として妻のようにヴァンデルローチェの家門を取り仕切るであろう逞しく美しい娘の成長した姿を思い浮かべ、目を細めていた。
* * *
アレクサンドラは、父から教えられた剣術や体術をひたすら続け、時は経ち齢十五となっていた。
十年で鍛え上げた腹筋は割れ、身体も死に戻る前とは比べ物にならないくらい丈夫になった。
父親がつけた家庭教師には、平和な領地で淑女がこのような体力づくりをするのは無駄で、淑女としての立ち居振る舞いを身に付けるよう散々言われたが、アレクサンドラは死に戻り前の記憶で令嬢としての知識も立ち居振る舞いも完璧で、その様子を見た家庭教師は流石に何も言えなくなり、アレクサンドラは勉強も淑女教育も免除されていた。
「あの子は気持ちが悪い、何もかも完璧なんてありえない」
そう家庭教師が言う声を聞いたことはあるが、そんなものを気にする時間はなかった。それは、死に戻る前よりも良好な妹のアリアの為でもあった。
甘やかしすぎないよう厳しく教育を受けさせた甲斐もあり、アリアは傍若無人な振る舞いなど一切しない淑女へと成長していた。このまま行けば、アリアが成人する頃に必ず“聖なる乙女”の打診が来る。それまでにアレクサンドラは身体を鍛え、魔物を簡単に葬るくらいの力を手に入れる必要があった。
男勝りな鍛え方と男装により、屋敷の手伝いをしている中でもアレクサンドラ付きのメイド以外は、女であることすら気付いていない。アリアがそんなアレクサンドラに嫉妬をするはずもなく、姉妹仲は周囲が羨むほど良かった。
死に戻り前は、口を開けば「お姉さまばかりずるい」と言っていたアリアが、今では一緒に領地へ買い物に付いてきてくれるばかりか、事あるごとに「格好いいアレク様が大好き」と公言している。
アリアにとって“お姉さま”は家族の時だけの呼び名で、外にいる時は常に“アレク様”と呼んでいる。それは彼女なりのアレクサンドラに対する気遣いだった。
騎士になると言う夢に向かって男装までしている姉が“女”だと周囲に認知されてしまうと、動きにくいことを理解していたからだ。
こうして家族の協力もあり、アレクサンドラは“アリーシャ”から“アレク”へと愛称を変え、男の格好をしたまま領地内を彷徨くことが出来る。おかげで体力づくりのために街中を走っていても、誰も何も言わない。それよりも見た目の美しさと強さから、女性から慕われることが増えた。
領民が街中で暴漢に遭うと、それを助けることも日常と化していた。
その日もいつもと変わらない日常の一場面としてひったくりから女性を救った。アレクサンドラにとってはそれだけだったが、偶然王都から上級貴族の護衛として騎士団が領地に立ち寄っており、一部始終を見ていたらしい。
立ち居振る舞いが完璧だと絶賛され、挙句の果てに騎士団に勧誘されてしまう始末だ。
本当に女の身で騎士団に入っても良いのだろうか?
アレクサンドラは悩んだが簡単に答えが見つかるわけもなく、話を一度家に持ち帰ることにした。
0
お気に入りに追加
7
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです
山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。
今は、その考えも消えつつある。
けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。
今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。
ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。
初夜に「私が君を愛することはない」と言われた伯爵令嬢の話
拓海のり
恋愛
伯爵令嬢イヴリンは家の困窮の為、十七歳で十歳年上のキルデア侯爵と結婚した。しかし初夜で「私が君を愛することはない」と言われてしまう。適当な世界観のよくあるお話です。ご都合主義。八千字位の短編です。ざまぁはありません。
他サイトにも投稿します。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
死に戻りした転生先が、悪役令嬢(私)じゃなくて私を断罪した大嫌いな王子だった件
As-me.com
恋愛
聖女をイジメた罪として断罪されて死刑になった私。いや、死刑にされるほどの事なんてしてませんけど?!
しかし結局死刑にされ……死んだ瞬間に私は前世を思い出してしまったのだ。
実は私が転生者でこの世界は乙女ゲームの世界だった?!それにしたって思い出すのが遅すぎ!悪役令嬢の私はすでに死んじゃった後じゃないのよ〜っ?!
でも、そんな私に奇跡が起きた。
私が再び目覚めたのは死に戻りの世界。私は確かに死ぬ前の時間軸に戻ってきたのだが……。
なんで、王子?!
私の新たな人生どうなるのぉ〜?!
神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>
ラララキヲ
ファンタジー
フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。
それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。
彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。
そしてフライアルド聖国の歴史は動く。
『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……
神「プンスコ(`3´)」
!!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!!
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇ちょっと【恋愛】もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています
柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。
領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。
しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。
幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。
「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」
「お、畏れ多いので結構です!」
「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」
「もっと重い提案がきた?!」
果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。
さくっとお読みいただけますと嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
お気に入り🌟登録しました。
感想では無いので、非公開にしてくださいね。
続きを楽しみにしています。