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「聖女様、万歳!」
“聖なる乙女”の儀式にアレクサンドラの妹であるアリアが登場すると、会場はひときわ大きな歓声が上がった。
幼さは残るが美しい容姿、愛嬌のある少し垂れた紅い瞳は人々を魅了する。
本当はわたしがあの場に立つはずだった。
アレクサンドラは握る拳を少し震わせ、自分の目の前にある舞台をしずしずと進む妹を見た。
アリアはアレクサンドラが聖女に選ばれることを良しとせず、我儘を言うことで本来はアレクサンドラに舞い込んだ“聖なる乙女”の役目を奪い取り、この場に立っている。
アレクサンドラは、あんな大舞台に立つなんて緊張して耐えられなかっただろうと思い込むことで、鬱々とする気持ちを飲み込んだ。アリアの我儘は今に始まった事ではなく、亡くなった母の替わりに甘やかして育てた自分にも責があると思うことで、己の中に渦巻く黒い負の感情を無理やり閉じ込めた。
せめてもと、一番近い場所でアリアの晴れ舞台を見ていたアレクサンドラは、冠を授けられる瞬間に舞台を占拠した魔物の大群を見て凍り付いた。空から舞い降りた魔物は間違いなくアリアを襲おうとしている。
父と母の大切な宝物を守るため、震える手足を無理やり動かして無我夢中でアリアを奥に突き飛ばし、襲い掛かる魔物から庇った。
「だめ、逃げて!」
だが、何の力も持たないアレクサンドラはそのまま殺され倒れるしかなかった。目の前で逃げ惑う最愛の妹を見ながら、自身の身体から流れゆく血とともに薄くなる意識を保てず力尽きた。
どうしてこうなってしまったのだろうか。アリアとの関係さえよければ、自分が妹の代わりにあの場にいれば、この惨劇は防げたのかもしれない。それよりも、もっと自分が強ければ守れたはずだったと、今わの際になってもアレクサンドラは自分を責めた。
――お母様、ごめんなさい……
母が亡くなる前に自分に伝えた最期の言葉が何だったのか、幼かったアレクサンドラの記憶には片鱗しか残っていない。
優しく美しかった母親の最期の言葉すら覚えていない自分は、本当にどこまでも出来損ないだった。だから、妹に罵倒されても仕方がなかったのだろう。せめて、もっとしっかり母の遺言を覚えていれば、こんな死を迎えなくても良かったのではないか。
姉と言うだけで様々なことを我慢し、自由な妹が羨ましいと思いながら少なからず理不尽を感じて生きてきた。そんな醜い感情を持ちながらも、美しく精錬で立派な後継ぎの娘だと周囲に思われるよう振舞うことを強いられ、辺境伯であるヴァンデルローチェという家門を守るための重圧でいつも押しつぶされそうだった。
命が尽きる寸前だというのに、脳裏に浮かぶのは後悔ばかりだ。
――世界が白くなる。ああ、もう意識が…………
涙で曇った目で最期に見たのは、妹が魔物によって鮮血に染まる姿だった。
「わたし、死んだのではなかったの?」
アレクサンドラが目が覚ますと、自宅のベッドの上だった。薄暗い部屋に明かりが入らないかとカーテンを開けた窓には、小さな頃の自分が映っていた。
“聖なる乙女”の儀式にアレクサンドラの妹であるアリアが登場すると、会場はひときわ大きな歓声が上がった。
幼さは残るが美しい容姿、愛嬌のある少し垂れた紅い瞳は人々を魅了する。
本当はわたしがあの場に立つはずだった。
アレクサンドラは握る拳を少し震わせ、自分の目の前にある舞台をしずしずと進む妹を見た。
アリアはアレクサンドラが聖女に選ばれることを良しとせず、我儘を言うことで本来はアレクサンドラに舞い込んだ“聖なる乙女”の役目を奪い取り、この場に立っている。
アレクサンドラは、あんな大舞台に立つなんて緊張して耐えられなかっただろうと思い込むことで、鬱々とする気持ちを飲み込んだ。アリアの我儘は今に始まった事ではなく、亡くなった母の替わりに甘やかして育てた自分にも責があると思うことで、己の中に渦巻く黒い負の感情を無理やり閉じ込めた。
せめてもと、一番近い場所でアリアの晴れ舞台を見ていたアレクサンドラは、冠を授けられる瞬間に舞台を占拠した魔物の大群を見て凍り付いた。空から舞い降りた魔物は間違いなくアリアを襲おうとしている。
父と母の大切な宝物を守るため、震える手足を無理やり動かして無我夢中でアリアを奥に突き飛ばし、襲い掛かる魔物から庇った。
「だめ、逃げて!」
だが、何の力も持たないアレクサンドラはそのまま殺され倒れるしかなかった。目の前で逃げ惑う最愛の妹を見ながら、自身の身体から流れゆく血とともに薄くなる意識を保てず力尽きた。
どうしてこうなってしまったのだろうか。アリアとの関係さえよければ、自分が妹の代わりにあの場にいれば、この惨劇は防げたのかもしれない。それよりも、もっと自分が強ければ守れたはずだったと、今わの際になってもアレクサンドラは自分を責めた。
――お母様、ごめんなさい……
母が亡くなる前に自分に伝えた最期の言葉が何だったのか、幼かったアレクサンドラの記憶には片鱗しか残っていない。
優しく美しかった母親の最期の言葉すら覚えていない自分は、本当にどこまでも出来損ないだった。だから、妹に罵倒されても仕方がなかったのだろう。せめて、もっとしっかり母の遺言を覚えていれば、こんな死を迎えなくても良かったのではないか。
姉と言うだけで様々なことを我慢し、自由な妹が羨ましいと思いながら少なからず理不尽を感じて生きてきた。そんな醜い感情を持ちながらも、美しく精錬で立派な後継ぎの娘だと周囲に思われるよう振舞うことを強いられ、辺境伯であるヴァンデルローチェという家門を守るための重圧でいつも押しつぶされそうだった。
命が尽きる寸前だというのに、脳裏に浮かぶのは後悔ばかりだ。
――世界が白くなる。ああ、もう意識が…………
涙で曇った目で最期に見たのは、妹が魔物によって鮮血に染まる姿だった。
「わたし、死んだのではなかったの?」
アレクサンドラが目が覚ますと、自宅のベッドの上だった。薄暗い部屋に明かりが入らないかとカーテンを開けた窓には、小さな頃の自分が映っていた。
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