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ゲーム中盤
周りがうるさくて引きこもりたい②
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「ウエンディ、ただいま~! ふう、これから心配かけた人たちにあいさつ回りをしに行ってくるね。その前にステータスを見せてくれる?」
『ハイ、クロエ様。ステータスです』
やっとですか、と言いたげなウエンディの声のトーンが痛い。
早く見せたかったよね、ごめん。
--------------------------------
クロエ・スカーレット(17歳)
Lv.22
属性:火・地・風・闇・光
HP(体力)…………… 120
MP(魔力)…………… 6000
ATK(物理攻撃力) … 60
MAT(魔法攻撃力) … 2500
DEF(物理防御力) … 35
MDF(魔法防御力) … 2500
LUK(運の強さ) …… 486
親密度
アメリア(幼馴染)…… 449/500
クロム(婚約者)……… 620/999
ナイル(婚約者の弟)… 500/999
ガイウス(執事|暗殺者) 635/999
ハル(占い師)………… 380/500
ルカ(魔法局長)……… 452/500
ジーン(用心棒)……… 412/500
シモン(近衛師団長)… 390/500
特別スキル
スチル耐性……………… 528
虫の知らせ……………… 684
--------------------------------
「うへぇ、随分上がったなぁ! もう魔法については驚かないけど、特に虫の知らせがすごいアップしてる!!! LUKももうすぐ500超えそう!!! 捕獲スゴイ!!!」
『ハイ、申し上げた通り、捕獲イベントは経験値がとても貯まります』
「なんだかルカとの親密度も上がってる! クロムとガイウスは親密度下がっちゃってるけど、一緒に行かなかったからかな?」
『ハイ、お答えします。クロム様とガイウス様は心配しすぎて親密度が落ちています。999まで解放されている方は、少しの不安でも親密度が下がりますのでお気をつけください』
「その割にはナイルはあまり減ってない?」
『ハイ、ナイル様は999まで解放されております。500以下に下げるのは少し難しくなります』
「そうよね、ゲームでも一度上限解放したらすぐには落ちない仕様だった気がする。ありがとう、ウエンディ」
『どういたしまして。アメリア様ともなかなか進展しませんので、早めに友情を高めておいてください。間もなくお誕生日イベントもありますので、早めに親密度上げに取り組んでください』
「ああ、そうだった! 誕生日! とほほ、あんまり休んでもいられないなぁ」
親密度上げの事を考えると、少し足取りが重くなった。
けど、不義理は良くない。友情エンド目指すにしても全員のステータス上げが必要で、このゲーム一番の難関EDが友情エンドなんだよね。
誰EDを見ると決められるまでは、友情エンドを目指して行こうと少し前に決めてはみたものの、やっぱり誰か限定した対象のEDを見る方が絶対苦労しないんだろうとは思う。
とりあえず今日はエンドについて考えるよりも、心配をかけた人のところへきちんと挨拶に行かなくては。
社会人として最低限のマナーだもんね! ……今は十代の女の子だけど!
まずは執事のガイウス……そういえば今日は見ていない。
お休みを取っているのかな?
訪問をスムーズに行うため、ウエンディに「誰がどこにいるか分かるMAP」を出してもらって、まずは全員の場所を把握することにした。
クロムは執務室。ナイルとアメリアは学問所。ハルは飲食エリアに。ルカとジーンとシモンは魔法局に居るみたい。
まとまった場所に居てくれると移動がラクでいいよね。
そういえば、ガイウスが居ないなあ。やっぱりお休みで家に居るのかな?
どうしてるか事務係に聞いてから出かけようかな。
予定としてはまずクロムの執務室へ、それから学問所へ行き、ナイル・アメリアと一緒に授業。
今日は午前中だけだからその足で魔法局かハルとガイウスの動き次第ではそちらに行くことにしよう。
ゼリーは氷を作ってもらって保冷バッグに入れたので、しばらくは大丈夫!
保冷バッグはなぜか調理場にあったのを借りた。このゲーム、運営のそういう庶民的な、ちょっとした遊び心が私を助けてくれるから最高!
まずは事務係の部屋に寄ってからね!
コンコン!
「お疲れ様です、クロエですわ。少し訊ねたいことがありますの。よろしいでしょうか?」
「! お、お嬢様!!? お待ちください!」
慌てた声が扉の奥から聞こえると、ドドドドドという派手な音がして扉が開いた。
中から出てきた男は、少し小太りで丸眼鏡をかけている。昔からある漫画の「いかにも係長」みたいな風貌だ。
「クロエお嬢様、このような場所へどうされましたか? お呼び下されば、私どもから伺いましたものを……」
もみ手してる。本当に典型的な(以下略)。前世の会社に居た万年係長がダブる。
「私が用があるのだから、あなたが仕事の手を休めてわざわざ私のところまで来る必要などありませんわ。
今日、私の執事が居ないのだけれど、休みでしたかしら?」
「あ、はい! ゼドですね。今日は急病で休みたいとのことでございまして。本当にお嬢様のお世話係が何をやっているのか。学問所までは別の者をお付けするように手配させていただいております」
「そう。ありがとう。それからあなた。身体を壊せばだれだって休んでいいのです。体調管理をきちんとしていても病気にかかるときはかかりますわ。そんな風に非難するような言い方は慎んでくださらないかしら?」
「へ……? は、はいっ!かしこまりました!」
「それでも、あなたの丁寧な仕事ぶりにはいつも感心していますのよ。いつもありがとうございます」
「はい! こちらこそありがとうございます!!!」
ガイウスの偽名って「ゼド」だったのね。だからガイウスって言った時に「なんでその名前を知っている?」って聞かれたのか……。
今更ながらに、自分の執事の偽名を知って少しショックを受ける。
まったくそんな感じはしていなかったけど、やっぱりガイウスは殺し屋という裏稼業をしてきた人なんだなと実感する。
念のため自宅の住所が書かれたメモを受け取り(個人情報大丈夫?)、ガイウスが「誰がどこにいるか分かるMAP」に出現しなければ、家を訪ねてみることにする。
馬車に乗り、街の中心までやってきた。
王城を通り過ぎ、学び舎の裏手あたりにある、クロムの執務室が併設されている高等学問所へやってきた。
ここは、分かりやすく言うと大学院のような施設だ。より高い質の学びを得ることができる。
クロムは政治の勉強をしているため、王宮の執務補佐も高等学問所の執務室で行っている。
なんだか、久しぶりにクロムに逢うから、ドキドキしちゃう。
私の服装大丈夫?
自分の服の埃を何となくぱぱっと払って執務室の前へ。
軽くノックをすると、
「はい、どうぞ」
と、いつもよりも元気がない声が聞こえてきた。
いつもハツラツとした張りのある少し甘い声が、明らかに疲れているような重い雰囲気を纏っている。
慌てて中に入ると、少しうなだれた様子のクロムが目に入った。
「クロム様、どうされました? お顔の色があまり優れないようですが……私、ご遠慮した方がよろしいかしら?」
ノックの主が私だと分かるとクロムの表情が明らかに緩み、私の元に駆け寄ってくる。
「クロエ! 本当に君かい? もう大丈夫なのか?」
「はい、ご心配いただきありがとうございます。この通り、眠りから覚めてすこぶる元気ですわ」
「よかった! 私がワイバーンの増強を指示したばかりに、あなたを危険な目に合わせてしまった。すまない」
どさくさに頬に触れるのはやめてください。コンプライアンス厳守でお願いします!!!
あ、執事さん! お茶を淹れてそそくさ退室するのはやめませんか!?
待って! 行かないで~!
私の心の中の叫びは届かず、執務室の中にクロムと二人っきりになってしまった。
このあと学校があるし、まだ朝だし? 何もないよね???
どぎまぎしながら、頬に触れたクロムの手をそれとなく掴んで外したのに、なぜかそのまま手を握りかえされ離してもらえない。
「本当に私は大丈夫ですわ。それよりも、クロム様の方がおやつれのようですが大丈夫でしょうか?」
「ああ、私の心配をしてくださるんですね。クロエの元気な姿を見てとても力が湧いてきましたよ。
先日の、ワイバーン捕獲のお話を少し聞かせてくれますか?」
「え、はい。お話は後日でもよろしいでしょうか? この後、学問所に行かないといけませんので」
そう言うと、明らかにガッカリした顔をされてしまった。
親密度が上がったからか、色んな表情を見せてくれるようになったと思う。
「お詫びと言うわけではございませんが、こちらをお届けに来ましたの。食べていただけると嬉しいのですが」
手に持った保冷バッグから、ゼリーの入った小さな箱を出してクロムに渡す。
クロムは中身を見て嬉しそうに笑うと、今食べたいと言い出した。せっかく執事さんの入れてくれたお茶が冷めてしまうので、応接セットに腰掛けて……って、隣に座るの!?
この前まで対面だったのに!!? もしもし、クロムさん???
心の中で突っ込んだところで、現状は変わらないので仕方なく状況を受け入れることにする。
仕方なくだからね!
ここは大人の余裕で受け流すから大丈夫!
「すごく綺麗ですね。クロエが作ったのですか?」
「はい。試食しましたが、とてもさわやかな味でした。少しは疲れが取れると思いますわ」
「これは何というものでしょうか?」
「えっ!? ゼリーをご存知ないのですか?」
「私は出されたものしか食べませんから……これは、はじめて見ました。お菓子でしょうか?」
「はい、ゼリーと言うお菓子ですわ。ぜひ、冷たいうちにお召し上がりください」
「…………」
何ですか、その沈黙は!?
私を見つめるのは止めて! 眩しすぎるっ!!
あろうことかクロムは私の手を取り、意味不明なことを言ってきた。
「ぜひ、あなたの手から戴けますか?」
「はい?」
渡されたゼリーと、ぐぐっと近づく顔。
大人の余裕なんて一気に吹き飛ぶ。
近い・近い・近い!!!
近い!!!
「分かりましたわ! そんなに近づかないでください!」
タジタジしながらゼリーの皿を受け取ると、時間が止まったようになる。
これ、恋愛イベントだ!!!
食べさせないと時間が進まない。
うう、こんな端正に整った顔を直視なんてできない!
ドキドキしながら食べさせると、時間が進み始める。
「うん、すごく美味しいです。ここ数日、忙しくてなかなか食欲が無かったんですが、これはとてもさわやかで美味しいです。
あなたが食べさせてくださったから、余計にかもしれませんが」
「いやですわ。あとはご自分で召し上がってください。私はそろそろ行かないといけませんから」
立ち上がろうとすると、手を取られ引き留められる。
「クロエ。本当にあなたが無事でよかったです。こうしてあなたの優しさに触れられることが私の力になっています」
「それは良かったですわ。私も喜んでいただけて嬉しいです」
「ありがとう。また、私の為にこのお菓子を作っていただけませんか?」
「それはもちろんですわ」
そう言うと、クロムはようやく手を離してくれた。
手を振り執務室を後にする。
「ぐはり」
執務室を出て、その場にへたり込む。
私、この先ラブラブになってしまった時に心臓持ちますか?
ゲーム画面で見るのとは迫力が違い過ぎるのよ! 4DXでリアルサウンド!
真っ赤になった顔にぱたぱたと風を送りながら、私は学び舎に向かって歩き出した。
もしこのまま、今日逢いに行く予定のみんながスチルラッシュや恋愛イベントラッシュだったらどうしよう?
そんな思いが胸をよぎる。
美味しく出来てしまったゼリーを喜んで貰うのは嬉しいけど、こんなに頻繁に色々発生するのは困る。
うああああ!!! 私は普通に接したいだけなのに!
あまりに自分の周りがうるさくなってしまうのは精神的にしんどいので、一回家に帰ってひきこもっていいですか?
『ハイ、クロエ様。ステータスです』
やっとですか、と言いたげなウエンディの声のトーンが痛い。
早く見せたかったよね、ごめん。
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クロエ・スカーレット(17歳)
Lv.22
属性:火・地・風・闇・光
HP(体力)…………… 120
MP(魔力)…………… 6000
ATK(物理攻撃力) … 60
MAT(魔法攻撃力) … 2500
DEF(物理防御力) … 35
MDF(魔法防御力) … 2500
LUK(運の強さ) …… 486
親密度
アメリア(幼馴染)…… 449/500
クロム(婚約者)……… 620/999
ナイル(婚約者の弟)… 500/999
ガイウス(執事|暗殺者) 635/999
ハル(占い師)………… 380/500
ルカ(魔法局長)……… 452/500
ジーン(用心棒)……… 412/500
シモン(近衛師団長)… 390/500
特別スキル
スチル耐性……………… 528
虫の知らせ……………… 684
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「うへぇ、随分上がったなぁ! もう魔法については驚かないけど、特に虫の知らせがすごいアップしてる!!! LUKももうすぐ500超えそう!!! 捕獲スゴイ!!!」
『ハイ、申し上げた通り、捕獲イベントは経験値がとても貯まります』
「なんだかルカとの親密度も上がってる! クロムとガイウスは親密度下がっちゃってるけど、一緒に行かなかったからかな?」
『ハイ、お答えします。クロム様とガイウス様は心配しすぎて親密度が落ちています。999まで解放されている方は、少しの不安でも親密度が下がりますのでお気をつけください』
「その割にはナイルはあまり減ってない?」
『ハイ、ナイル様は999まで解放されております。500以下に下げるのは少し難しくなります』
「そうよね、ゲームでも一度上限解放したらすぐには落ちない仕様だった気がする。ありがとう、ウエンディ」
『どういたしまして。アメリア様ともなかなか進展しませんので、早めに友情を高めておいてください。間もなくお誕生日イベントもありますので、早めに親密度上げに取り組んでください』
「ああ、そうだった! 誕生日! とほほ、あんまり休んでもいられないなぁ」
親密度上げの事を考えると、少し足取りが重くなった。
けど、不義理は良くない。友情エンド目指すにしても全員のステータス上げが必要で、このゲーム一番の難関EDが友情エンドなんだよね。
誰EDを見ると決められるまでは、友情エンドを目指して行こうと少し前に決めてはみたものの、やっぱり誰か限定した対象のEDを見る方が絶対苦労しないんだろうとは思う。
とりあえず今日はエンドについて考えるよりも、心配をかけた人のところへきちんと挨拶に行かなくては。
社会人として最低限のマナーだもんね! ……今は十代の女の子だけど!
まずは執事のガイウス……そういえば今日は見ていない。
お休みを取っているのかな?
訪問をスムーズに行うため、ウエンディに「誰がどこにいるか分かるMAP」を出してもらって、まずは全員の場所を把握することにした。
クロムは執務室。ナイルとアメリアは学問所。ハルは飲食エリアに。ルカとジーンとシモンは魔法局に居るみたい。
まとまった場所に居てくれると移動がラクでいいよね。
そういえば、ガイウスが居ないなあ。やっぱりお休みで家に居るのかな?
どうしてるか事務係に聞いてから出かけようかな。
予定としてはまずクロムの執務室へ、それから学問所へ行き、ナイル・アメリアと一緒に授業。
今日は午前中だけだからその足で魔法局かハルとガイウスの動き次第ではそちらに行くことにしよう。
ゼリーは氷を作ってもらって保冷バッグに入れたので、しばらくは大丈夫!
保冷バッグはなぜか調理場にあったのを借りた。このゲーム、運営のそういう庶民的な、ちょっとした遊び心が私を助けてくれるから最高!
まずは事務係の部屋に寄ってからね!
コンコン!
「お疲れ様です、クロエですわ。少し訊ねたいことがありますの。よろしいでしょうか?」
「! お、お嬢様!!? お待ちください!」
慌てた声が扉の奥から聞こえると、ドドドドドという派手な音がして扉が開いた。
中から出てきた男は、少し小太りで丸眼鏡をかけている。昔からある漫画の「いかにも係長」みたいな風貌だ。
「クロエお嬢様、このような場所へどうされましたか? お呼び下されば、私どもから伺いましたものを……」
もみ手してる。本当に典型的な(以下略)。前世の会社に居た万年係長がダブる。
「私が用があるのだから、あなたが仕事の手を休めてわざわざ私のところまで来る必要などありませんわ。
今日、私の執事が居ないのだけれど、休みでしたかしら?」
「あ、はい! ゼドですね。今日は急病で休みたいとのことでございまして。本当にお嬢様のお世話係が何をやっているのか。学問所までは別の者をお付けするように手配させていただいております」
「そう。ありがとう。それからあなた。身体を壊せばだれだって休んでいいのです。体調管理をきちんとしていても病気にかかるときはかかりますわ。そんな風に非難するような言い方は慎んでくださらないかしら?」
「へ……? は、はいっ!かしこまりました!」
「それでも、あなたの丁寧な仕事ぶりにはいつも感心していますのよ。いつもありがとうございます」
「はい! こちらこそありがとうございます!!!」
ガイウスの偽名って「ゼド」だったのね。だからガイウスって言った時に「なんでその名前を知っている?」って聞かれたのか……。
今更ながらに、自分の執事の偽名を知って少しショックを受ける。
まったくそんな感じはしていなかったけど、やっぱりガイウスは殺し屋という裏稼業をしてきた人なんだなと実感する。
念のため自宅の住所が書かれたメモを受け取り(個人情報大丈夫?)、ガイウスが「誰がどこにいるか分かるMAP」に出現しなければ、家を訪ねてみることにする。
馬車に乗り、街の中心までやってきた。
王城を通り過ぎ、学び舎の裏手あたりにある、クロムの執務室が併設されている高等学問所へやってきた。
ここは、分かりやすく言うと大学院のような施設だ。より高い質の学びを得ることができる。
クロムは政治の勉強をしているため、王宮の執務補佐も高等学問所の執務室で行っている。
なんだか、久しぶりにクロムに逢うから、ドキドキしちゃう。
私の服装大丈夫?
自分の服の埃を何となくぱぱっと払って執務室の前へ。
軽くノックをすると、
「はい、どうぞ」
と、いつもよりも元気がない声が聞こえてきた。
いつもハツラツとした張りのある少し甘い声が、明らかに疲れているような重い雰囲気を纏っている。
慌てて中に入ると、少しうなだれた様子のクロムが目に入った。
「クロム様、どうされました? お顔の色があまり優れないようですが……私、ご遠慮した方がよろしいかしら?」
ノックの主が私だと分かるとクロムの表情が明らかに緩み、私の元に駆け寄ってくる。
「クロエ! 本当に君かい? もう大丈夫なのか?」
「はい、ご心配いただきありがとうございます。この通り、眠りから覚めてすこぶる元気ですわ」
「よかった! 私がワイバーンの増強を指示したばかりに、あなたを危険な目に合わせてしまった。すまない」
どさくさに頬に触れるのはやめてください。コンプライアンス厳守でお願いします!!!
あ、執事さん! お茶を淹れてそそくさ退室するのはやめませんか!?
待って! 行かないで~!
私の心の中の叫びは届かず、執務室の中にクロムと二人っきりになってしまった。
このあと学校があるし、まだ朝だし? 何もないよね???
どぎまぎしながら、頬に触れたクロムの手をそれとなく掴んで外したのに、なぜかそのまま手を握りかえされ離してもらえない。
「本当に私は大丈夫ですわ。それよりも、クロム様の方がおやつれのようですが大丈夫でしょうか?」
「ああ、私の心配をしてくださるんですね。クロエの元気な姿を見てとても力が湧いてきましたよ。
先日の、ワイバーン捕獲のお話を少し聞かせてくれますか?」
「え、はい。お話は後日でもよろしいでしょうか? この後、学問所に行かないといけませんので」
そう言うと、明らかにガッカリした顔をされてしまった。
親密度が上がったからか、色んな表情を見せてくれるようになったと思う。
「お詫びと言うわけではございませんが、こちらをお届けに来ましたの。食べていただけると嬉しいのですが」
手に持った保冷バッグから、ゼリーの入った小さな箱を出してクロムに渡す。
クロムは中身を見て嬉しそうに笑うと、今食べたいと言い出した。せっかく執事さんの入れてくれたお茶が冷めてしまうので、応接セットに腰掛けて……って、隣に座るの!?
この前まで対面だったのに!!? もしもし、クロムさん???
心の中で突っ込んだところで、現状は変わらないので仕方なく状況を受け入れることにする。
仕方なくだからね!
ここは大人の余裕で受け流すから大丈夫!
「すごく綺麗ですね。クロエが作ったのですか?」
「はい。試食しましたが、とてもさわやかな味でした。少しは疲れが取れると思いますわ」
「これは何というものでしょうか?」
「えっ!? ゼリーをご存知ないのですか?」
「私は出されたものしか食べませんから……これは、はじめて見ました。お菓子でしょうか?」
「はい、ゼリーと言うお菓子ですわ。ぜひ、冷たいうちにお召し上がりください」
「…………」
何ですか、その沈黙は!?
私を見つめるのは止めて! 眩しすぎるっ!!
あろうことかクロムは私の手を取り、意味不明なことを言ってきた。
「ぜひ、あなたの手から戴けますか?」
「はい?」
渡されたゼリーと、ぐぐっと近づく顔。
大人の余裕なんて一気に吹き飛ぶ。
近い・近い・近い!!!
近い!!!
「分かりましたわ! そんなに近づかないでください!」
タジタジしながらゼリーの皿を受け取ると、時間が止まったようになる。
これ、恋愛イベントだ!!!
食べさせないと時間が進まない。
うう、こんな端正に整った顔を直視なんてできない!
ドキドキしながら食べさせると、時間が進み始める。
「うん、すごく美味しいです。ここ数日、忙しくてなかなか食欲が無かったんですが、これはとてもさわやかで美味しいです。
あなたが食べさせてくださったから、余計にかもしれませんが」
「いやですわ。あとはご自分で召し上がってください。私はそろそろ行かないといけませんから」
立ち上がろうとすると、手を取られ引き留められる。
「クロエ。本当にあなたが無事でよかったです。こうしてあなたの優しさに触れられることが私の力になっています」
「それは良かったですわ。私も喜んでいただけて嬉しいです」
「ありがとう。また、私の為にこのお菓子を作っていただけませんか?」
「それはもちろんですわ」
そう言うと、クロムはようやく手を離してくれた。
手を振り執務室を後にする。
「ぐはり」
執務室を出て、その場にへたり込む。
私、この先ラブラブになってしまった時に心臓持ちますか?
ゲーム画面で見るのとは迫力が違い過ぎるのよ! 4DXでリアルサウンド!
真っ赤になった顔にぱたぱたと風を送りながら、私は学び舎に向かって歩き出した。
もしこのまま、今日逢いに行く予定のみんながスチルラッシュや恋愛イベントラッシュだったらどうしよう?
そんな思いが胸をよぎる。
美味しく出来てしまったゼリーを喜んで貰うのは嬉しいけど、こんなに頻繁に色々発生するのは困る。
うああああ!!! 私は普通に接したいだけなのに!
あまりに自分の周りがうるさくなってしまうのは精神的にしんどいので、一回家に帰ってひきこもっていいですか?
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