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ゲーム序盤

狩猟が終わったら引きこもりたい③

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 最後の捕獲ポイントに着くと、何やら問題が起きていた。
 用意していたこうに火が付かないらしい。
 私は乗ってきた壺から降り、香を焚こうと奮闘している魔導士たちをのぞき込もうとした。
 後ろから、声をかけられて思わずドキっとする。


「お嬢さん、ようやくここまで来たか! どうだった? 他の地点の具合は?」


 見るとひらひらと手を振ってジーンが近づいてくる。
 見知った顔が居るのは正直ホッとするけど、ジーンはドキドキするから別だ。
 しかもいちいち顔が近いから反応に困る。
 今も、香を覗く私の横で同じように覗く格好になっていて、同じ位置に顔があるので意識してしまう。


「まだ火は付きそうにないのか? 面倒だから俺が付けてやるよ! ほら、どいた! どいた!」


 ジーンはかがみこんで調整していた魔導士たちを、蹴散らすと言った方がいいくらい乱暴に払いのけると、


着火バーニング!」


 と言って火魔法を放った。
 周りの魔導士とルカが慌ててやめさせようとしたけど、もう遅かった。
 燃えた香はもうもうと煙を上げて立ち昇っている。


「お前、なんてことをするんだ! これは繊細な作業なんだぞ!? こんな風に燃やしたら……!」


 ルカがジーンを責める言葉を言い終わらないうちに、山の方から大量のワイバーンがやってくるのが見える。
 この人数で対応できるの?って思うくらいの数だ。
 十体以上は居そう。


「ルカ様、どうすればよろしいでしょうか? この数の捕獲は流石に……」

「ああ、流石に捕獲は難しいだろうな。出来たところで運べん。小さめのものを狙って数匹捕獲、あとは蹴散らす!」


 言うが早いか、ルカは早速行動に出る。
 まずはまだ燃えている香を水魔法で消し、香の周りをバリアでガードしてでこれ以上香りが立たないようにする。
 中の空気を外に出さないようにするためみたい。魔法の応用力がすごい! さすが天才!
 この時点で二つの魔法を同時に発動しているのに、更に風魔法のトルネードを放つ。
 竜巻がワイバーンの群れを割き、その攻撃によって一部のワイバーンは山へ帰っていく。

 流石としか言えないくらい素晴らしい魔法の発動だった。なめらかで……まるで息をするような発動。
 動きにはまるで無駄がなく、所作もとても美しい。
 ゲーム画面だと3Dキャラが魔法を放つだけの全く味気ない戦闘シーンも、現実で見ると大迫力だ。

 ルカ、なんだかとってもカッコいいっ!

 見とれていると、ルカから指示を出される。


「クロエ! 俺を見ていないで戦え。お前はそれが出来るだけの魔法力ちからを持っているだろう?」

「はいっ! では、順番に闇魔法で混乱させていきますわね!!」


 良いところを見せたい欲で、私は最初の捕獲と同じくらい思いっきり掌に魔法力を込めていく。
 私から目に見えているワイバーンは六体。
 六本の矢をイメージして目の前に形成。一気に全部の矢をワイバーンに向けて放つ。

 一体だけ避けられてしまったけど、あとの五体には矢が刺さり、混乱の魔法で二体のワイバーンがバタバタと落ちてきた。残り三体は混乱して空をぐるぐる回っている。
 魔法力を六つに分けたので、少しだけ効き目が弱かったみたいだけど、それにしても五体一気に混乱させることができて、十分上手く行ったと思う。
 兵士や他の魔導士が捕獲するために落ちたワイバーンの方へ走っていく。


「ほーっほっほ、私にかかればこんなもの朝飯前よ! あ、今は昼飯前ですけれどね!」


 調子に乗って悪役令嬢っぽい台詞を言ってみた。こういうの言ってみたかったんだよね~!
 ただし今、私の周りには誰もいないから言えたんだけどね。流石に誰かいたら恥ずかしすぎて言えない。

 そういえば、当たらなかった最後の一体はどこへ行ったかな?


「危ない!」


 キョロキョロと辺りを見回す私を、外したワイバーンが右斜め後ろから襲ってきた。
 もう少しでワイバーンに襲われる!という私を助けてくれたのが、甲冑を着た騎士様だった。
 鎧の下につけた鎖帷子の上からでも分かる鍛え上げられた腕に抱かれたまま、一回転する。


「ひゃあ!!」


 驚いて思わず声が出てしまった。


「ああ、すまない。大丈夫か?」


 時間が切り取られ、対峙する相手の背景に花が舞う。もう言わなくても分かると思うけど、スチルが発動した。

 【シモン・キャメル】緩いウエーブがかかった茶髪と、モリモリの筋肉。
 ゲームでは唯一の三十代という年齢とその筋肉が、大人の色気に憧れる女子の心を鷲掴みにしているキャラクターだ。
 近衛隊長のはずの彼が、なぜ捕獲なんてイベントに参加してるのか……謎だ。

 そういえば、これで対象キャラクターが全員登場したことになる。
 やっとスタートラインに立ったみたいなもの!
 ここから七人の男性+アメリアの好感度を上手く上げたりキープしたりしながら、エンディングを迎えなくてはならない。
 エンディングをどうする問題については、私の中でまだ決まっていないので、様子を見ながらどのエンドに向けて話を進めるかを検討しておかないと!

 ぼーっとそんなことを考えていたら、またワイバーンが私たちを襲ってきた。

 咄嗟に混乱魔法を瞬時に発動させ、向かってくるワイバーンに向けてエイッとやり投げの要領で投げる。
 ……はずだった。
 私を守るつもりだったのか、目の前にシモンが立ちはだかったものだから、混乱魔法がワイバーンだけでなくシモンも一緒に貫いてしまった。


「あ」

「うぉ?」

「ギィイ!」


 何とも締まらない声が辺りに響く。
 ワイバーンも落ちたけど、シモンも落ちた。
 だらしなく半開きになった口、目がとろんとなってその場に崩れ落ちる。
 この魔法にかかると、屈強な兵士だってイチコロなのだ。
 慌てて倒れたシモンに駆け寄り、介抱しようとしたけど、顔を見る限りしばらくは戻ってこれないみたい。

 光魔法が使えたらなあ。混乱を治せたのに。
 今はサポート魔導士さんまで捕獲補佐に駆り出されいる状態なので、目の前のワイバーンとシモンをどうするか悩んだ結果、シモンは起きるまでひざまくら。魔法でワイバーンは捕縛して、傭兵が捕獲するまで待つことにした。

 男性を膝枕するのって、なんだか照れるんだけど、そうも言っていられない状況だ。
 混乱しているシモンは時折苦しそうに痙攣けいれんする。痙攣するたびに、私も驚いて反射的に体がビクっとしてしまう。
 何とかラクにしてあげたいとは思うんだけど……混乱を治す以外で楽にさせるには?
 いい夢でも見れれば少しは楽になるのかな?
 使ったことはないけど、クロエはそんな魔法を知っている。混乱と同系統の闇魔法で、いい夢を見させるという精神系魔法が。

 シモンの頭に意識を集中し、いい夢が見られるようにと願いを込めて魔法を発動する。
 闇色の円形がシモンの頭を包み込むと、シュン!と吸い込まれていく。
 シモンの苦悩の表情が安らかになり、呼吸もスースーと言った落ち着いたものに変わった。

 ふう、よかった~!

 さてシモンはもう少し寝ててもらって、私は戦闘に加わろうかな?
 よっこらしょっ……って……た・立てない(汗)

 シモンは筋肉が凄いうえに甲冑を身にまとっていることもあり、そもそも重い。
 さっきは苦しんでいて身体が硬直していたのと必死だったので感じなかった重みが、今は力を抜いた状態なのでずしっとひざにかかる。

 いやこれ、どうしたらいいんですか?
 クロエの身体は貴族令嬢なので、そもそもひざまくらには向いていない。
 地べたに座るなんてことは今まで無かっただろうから、足がしびれるのも早い。

 足がしびれてくる感覚に半泣きになりながら、私は誰かが近づいて来ないか必死に辺りを見回した。


「何してんだ? お嬢さん?」


 諸悪の根源、ジーンが登場した。
 私はもう、何でもいいから助けて!と懇願すると、ジーンがシモンを担ぎ上げる。


「なんだ、コイツ。羨ましいな?」


 また軽口を言うジーンだけど、それを咎める力も残っていない。
 足がしびれて感覚がない。一気に血が流れるジワジワする感覚と必死で戦う私を見て、一大事!とばかりにジーンが人を呼ぶ。


 いや! やめて! ただ、足がしびれてるだけだから! 恥ずかしいから人を呼ばないで!


 足のびりびりに声を出す気力もない私の心の叫びもむなしく、わらわらと人がやってきた。
 ルカが癒し魔法をかけてくれて、私もシモンも事なきをえたのだけれど、ルカの顔を見ると呆れているようだったので恥ずかしさ爆発だった。

 ワイバーンは、私が落とした二匹と襲ってきた一匹の合計三匹を捕獲出来たそう。
 残りのワイバーンは乱獲になるとのことで山へ帰したらしい。


 兎にも角にも、何とか一人もけが人を出すことなく捕獲イベントは終了することができた。
 今回捕獲したワイバーンは八匹。
 目標より沢山捕獲出来たことで、戦力が強化できると皆大喜びをしている。
 しかも半日程度で達成できてしまったというのは、かなり異例のことらしい。

 私と言えば、色々と疲れてしまって早く家に帰りたい気分になっていた。
 そんな私の様子を見て、ルカが声をかけてきてた。


「クロエ、今日はご苦労だった。少々トラブルがあったのにこの速さで捕獲が終えられたのは、お前の活躍があってこそだ。まだ王城に戻るまでに時間がかかるだろうし、疲れているのなら家まで送るが?」


 魔法の使い過ぎと思われたのかな? 魔力はほとんど使っていないんだけど(なにせMP5500持ちなので)、気遣いが有難い。


「ありがとうございます。何から何までご迷惑をおかけしてしまって」

「いや。無茶な予定を立てたのに、それ以上に働いてくれて有難かった。こちらこそ、お前は一般人なのに気遣いが足りなかった。申し訳ない。改めてお詫びに伺おう」


 真面目に謝るその姿に、ちょっとキュンとしてしまったのは秘密にしておこう。
 そのまま、空飛ぶ壺に乗せられて家まで無事に送ってもらうことができた。

 ふぃー! 疲っっっかれたー!!!

 部屋に戻るとベッドに倒れ込む。今日は、あまり普段使う事のない闇系魔法を沢山使ったので、精神的な疲れが少しある。
 まだお昼を過ぎたところで、お腹は軽く空いているけど捕獲の緊張と気疲れから、ウエンディが何か言っているのも聞き取れず、そのまま眠ってしまった。


 このまま数日、引きこもりたいなあ。昼間から眠れるなんて最高! ベッド幸せ。
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