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1)島へ
水面を滑るように船が走っていく。こんなに波が無いのは珍しいそうだ。
「船酔いしなくて助かる」と、雄一は思った。
目指す島までは、あと15分くらい。10時着の予定だった。
日差しの眩しさを感じながら、デッキから船室に戻って、手荷物を確認する。
とは言え、機材は年々小型化を繰り返しているので、それ程かさ張らないし、重くも無い。
「 取材か… 俺一人で出来るかな… 」
少し不安でもある。今回はいつもよりも責任が重いのだ。
雄一は23歳。
何となく映像系の専門学校を出て3年目だ。特に、その道に興味があった訳でもなく、大学受験に失敗した時に、親から浪人は許さないから絶対にどこかに入れ、と言われて、通える範囲でたまたま受験したのが、そこだっただけだ。
真面目にプロを目指す同期生も居る中で、取り敢えず入っただけの同類たちとつるみながら、一応のスキルは身に付けて卒業したけれど、そんなレベルだから就職も上手くいかず、でも、うるさい親から逃れたい理由もあって、フリーターをしながら月5万のアパートで何とか一人暮らしをしている。
でも、いい加減な勉強しかしてこなかったけれど、映像の仕事をしてみたい気持ちもあって、時々学校の就職課に顔を出しては、小さな仕事の、更にその手伝い仕事を貰ったりして、何とか『映像関係の仕事をしています』と言える体面だけは保っている… そんな日々である。
今回は、ある知人の紹介で、学外から依頼された取材仕事だった。
しかも、スタッフは自分1人だけなので、いつも助手(アシスタント)しか経験の無い自分に出来るのかという不安もある。ただ、その内容がかなり緩いというか あやふや なので、自分も適当にやったらいいや、と思う様にしている。
依頼主も自分も、結構いい加減だと思う。
そんな事を考えていると、少し割れた様な旧式スピーカーの音が、
「 皆さま、あと5分で到着します 」
と、船内に響いた。
1日に2往復しかない航路だけど、この午前の島行きはかなり空いている。雄一を入れても客は5人だけだった。
船員と他の客が話しているところによると、午前は本土行きの方が、夕方は島行きの方が混むようだ。つまり、観光シーズンを除いては、ほとんど島の人しか使わないという事だ。平日は出勤や通学に、土日は遊びや買い出しに使われるらしい。
~~~
雄一は客の最後に港に降り立った。船に居る時は気付かなかった潮の香りが急に感じられて、あらためて、今、自分の居るところを意識する。
今回の取材対象は『海女』。
依頼内容は、海女の映像を自由に撮ってくる事、だけである。取材費と報酬の半分を先に現金で貰っている。自分の様な半人前に、こんなにお金を渡して、依頼主もどこまで本気なのか、逆によく分からない。でも、紹介者の手前、せめて体裁を整えられる程度の映像だけは記録しよう、と思った。
他に人がいなくなって、ふと、あたりを見回す。
やる気が無かったとは言え、何の準備もしないで、ここまで来ている訳では無い。
島の海女さんの組合に事前に取材許可はとってある。と言っても、特に詳しい事も聞かれなくて、「せっかく色々と取材内容を(もっともらしく言える程度には)考えていたのに」と、電話の後で拍子抜けした記憶がある。今回は、依頼も取材対象も、そして雄一自身も、三者そろっていい加減みたいだ。
目線の先に、ライトを点けたスクーターが入ってきた。そして、真っ直ぐこちらに来ると、相手から声を掛けてきた。
「 あ~、 取材の人よね。 合ってる?(以下、方言) 」
「 はい、 海女組合の方ですよね。 この度はよろしくお願いします 」
スクーターの人は女性だった。ヘルメットをかぶっていないので、顔もはっきりと分かる。歳の頃は40前後だろうか。真っ直ぐにこちらの顔を見て、言葉の端切れも良い。はっきりしたタイプに見える。
海女組合の人と言っても、もちろん、イメージにある海女の装束を身に付けている訳では無い。半袖のTシャツにジーパン。足元はサンダルを履いている。
「 え~っと、確か名前は… ゆう… 雄一さんだったっけ、名字は思い出せないや… 名前は親戚と同じだから… 字は違うけど… 」
と、全然悪びれる風もなく、正面から話してくる。この人の特徴の様だ。
「 はい、 名字は… もういいですね。 ゆういち、です。 この度は取材の許可を頂いて、本当に有難うございます 」
元々は、許可を得るのは簡単ではないと思っていた。
知人の紹介で今回の仕事を貰った時に、場所はこの島だと指定されたが、内容も取材方法もあやふやな依頼だった。資金だけは渡すから、段取りなど一切は任せる、という事だった。
でも、自由な様で、これはとても困る。雄一の様な、まだまだ世間的には青二才の若造にとって、様々な段取りや下準備を全て1人で、漏れなく行うのは本当に大変だったのだ。
しかし、ダメ元で電話をした島の海女組合からは、あっさりと許可を貰ってしまった。今でも半信半疑である。今にも目の前の女性が「取材OKなんて信じてたの? 今時? ドッキリでしたー!」と言い出さないかとても心配だ。
でも、女性は、自分は組合長だと説明しながら、
「 本当に今どき取材何て来たこと無くて、私も組合長になってから初めての事だからびっくりしたよ。 雄一さん… あ、『くん』でいいよね… 雄一くんから電話を貰った時にはね 」
そう言われて、雄一の方も、電話の声が、目の前の組合長だった事に思い当たった。慌ててお礼と、あらためて、よろしくお願いします、を言う。
「 まあ、立ち話も何だから、組合まで来てもらおうかな。 後ろに乗れる? 荷物も少なそうだし… 」
そう言われて、ノーヘルの事とか、スクーターに対する疑問が湧いてきた。目の前に有るのはどう見ても50CCの原付で二人乗り出来る機種では無い。
でも、その懸念は不要だった。失礼の無い様に言葉に気を付けて質問すると、この島の道路は、国や県の『道路』と認定されていないので、運転に関する法律が適用されないのだそうだ。言うなれば、自分の家の庭で無免許運転をしても罪にならないのと同じ事らしい。もっとも、この組合長は原付免許は持っているそうだ。
まあ、ゆっくり走るから、心配しないで…
そう言われて、あらためてリュックのふたを閉め直して、後部座席の無い原付のシートの後ろ半分に乗る。組合長の小太りの背中に押されて乗りにくいし、相手がおばさんと分かっていても女性には違いないから、密着するのは遠慮がある。
その雰囲気を察してか、組合長から「しっかり座って、私の腰つかんで。太いから手が周ればだけどね、はははは…」と言われて、思い切って言われた通りにした。見た目以上に弾力とボリュームのある身体に、自分の痩せ型の身体が埋まってしまう感覚に見舞われる。それに、見た目のサバサバした印象とは正反対の、石鹸の様な香りがする。
「言われた通りにしてるんだから…」
そう心に言い聞かせながらも、こんなおばさん相手に何をドキドキしてるんだ、と自分の感覚のブレを修正できないまま、スクーターは進んで行った。
走りながら、組合長は見えてくる場所の説明や雑談などをし続けていった。
「 でも、雄一くんって若いねえ。 社会人だと思ってたけどまだ18ぐらい? 学生さん? まさか高校生? 」
満23歳の雄一であるが、組合長の話は正しい。童顔である事と、見た目が世間ずれしていない事から、どこへ行っても10代に間違われる。先月は中学生に間違われたぐらいだから、組合長の感覚はマシな方だ。
でも、決してガキっぽい訳では無い。若く(?)見えるだけなのだ。
雄一は、高校を卒業するまでは、ずっとクラスでも目立たない方だった。大人しいというのか、顔にクセが無いというのか、とにかく目立たない。どちらかと言うと目鼻立ちはきれいなのだが、やはり地味なキャラだった。
しかし、年上からはモテた。高1の春、15歳の時に、アルバイト先の店で一緒だったアラサーに誘われて、早々に経験を済ませているし、その後も、常に複数の年上のセフレがいて、そっちの方は困ったことが無かった。
それでも、クラスの同い年の女子には見向きもされなくて、誰もが童貞くんだと思っていたはずだ。
ただ、組合長の質問は、ただ単純に「若い」という感想を話しているだけの様で、社会人の仕事なのか、学生の趣味なのか、その辺りを聞いている気がした。
なので、満年齢と、映像を学んだ専門学校の名前を言って、依頼された仕事である事をあらためて話すと、組合長も、そう言えば電話でそんな事を言っていた様な、とある程度は納得してくれたようだ。
雄一としては、遊びに来ているのではない事が伝わったので、少しほっとした。
ブレーキの音とともにスクーターが停まった。組合の事務所に着いたようだ。ここまで、1度も対向車に会わなかったので、こんな運転でも問題ない事がよく分かる。
海女組合はプレハブの簡単な建物だった。「組合と言っても、特に厳格な組織では無くて、ただの寄り合い所みたいなものだから」と言い訳みたいに組合長が教えてくれる。でも、中は想像よりもきれいで、部屋の隅には来客用のソファーも有り、雄一と組合長はそこに向かい合って座った。
「 雄一くん、ちょっとこの島のルールを話しておくね 」と、組合長が教えてくれたのは、次の様な内容だった。
まず、今のこの島は、観光用の浜と仕事用の岸にはっきりと分けられているそうだ。
シーズンには海水浴客も来るし、海女による獲れたての海産物も、この島の人気の1つとの事である。しかし、海女にとっては、まず、しっかりと獲物を獲れる環境が必要なので、もしも漁場に一般人が出入りしたり、無意識で密漁されたりすると様々な問題が生じる。
そして、観光客のイメージする海女の姿と、今の実際の海女は、かなりの違いがある。
主に衣装の問題になるのだが、一般人が思う海女は、映画などの影響で、白いショートパンツに白い長そでシャツ、その上にかすりの着物を着て足袋を履く、というものになっている。
ただ、実際には着物を着て潜るのは難しく、足袋も(岩場で怪我を防ぐ効果はあるけれど)泳ぐのには向いていない。今ではウェットスーツを着て、肌をさらさないのが普通だ。
だから、観光客の前に現れる海女は、皆のイメージ通りの服装で獲物を獲ってくる事が必要になってくる。
一時期は、観光専門の海女を募集した事もあったのだが、観光用と言っても海女の技術を身に付けるのはとても大変な事なので、結局は育たなかった。
なので、今の観光海女は、(比較的)若手の海女の中から順番に当番制で行っている。その運営は海女組合でしているので、組合の意味も少しはあるようだ。
けれど、海女の本業は、専用の漁場でしっかりとした服装を着て(でも酸素ボンベは使えないので素潜りのみ)、しっかりと獲物を取る事である。その為には、観光客の立ち入らない漁場の確保と、ウェットスーツ姿を見られない事も必要になってくる。イメージを壊すからだ。
そのため、この島では、観光エリアと海女エリアを明確に分ける様になっていて、一般人の海女エリアへの侵入は禁止されているし、海女エリアの住民が観光エリアに立ち入る事も、観光海女当番や港から島外へ出る時など、例外を除いては自主規制している。
「 それで、雄一くんは、どんな海女を撮りたいのかな? 観光海女? まさかウェットスーツを着た海女でもないよね 」
組合長が興味深そうな表情を向けて聞いて来る。
「 それが… 今のお話を聞いて、ちょっと迷っているんです。 きっとクライアントは、ウェットスーツは絶対に望まないと思うんですよ。 でも、観光客の前で潜っている海女さんを撮っても意味無いですし… 誰か個別に撮影のモデルになってくれそうな海女さんっていますか? できるだけ若い人がいいんですが… 」
組合長は、しばらく考え中の表情を見せて黙っていた。そして、
「 つまり雄一くんとしては、観光用もダメだけど、ウェットスーツもダメで、しかも、若い子を撮りたいって事よね。 結構ぜいたくねえ 」
そして、もう少し考えてから、
「 でも、海女たち皆、本業が忙しいからねえ。 それに、モデルって、結局、観光海女の服装じゃないとダメなんでしょ? 」
「 いえ、ぜいたくですみません。 でも、ぜいたくは考えてなくて、モデルというか、お仕事をしているところを撮りたいだけなんで。 側で勝手に撮る事を許してくれるだけでいいんですが。 観光海女の服装はリアルじゃないのが分かりましたから要りません。 あ、でも、やっぱりウェットスーツは困るしなあ… 」
ここまで言ったところで、組合長が手を ぽんっ と叩いた。
「 まだ、正式な海女じゃなくて、見習いの更に手前ぐらいの子なら何とかなりそうだけど、どうかな。 若いのは確かだよ、ものすごく若いよ。 もう選択肢は他に無いよ。 ちょっと聞いてみるね 」
と言うと、事務所の電話を架け始めた。今どき珍しい、ダイヤル式の黒電話だ。雄一にとって、現物を見るのは初めてな程珍しい物である。
じ~~~~~ ころころころ… じ~~~~~ ころころころ…
ちんっ!
繋がった途端、雄一が聞いても全く意味の分からない早口の方言で話し始めた。本当に分からない。
そして、電話を切った組合長から、「OK貰ったよ」と言われても、直ぐには信用できなかった。話が全く分からず、不安なのが正直な気持ちだ。
「 まあ、そんな顔しないで… 今、話してたのは、見習いの子のお母さんなんだけどね、大丈夫だって、良かったね 」
「 えっと、どんな感じなんですか? ちょっと話がややこしくて 」
雄一が一言だけ質問をすると、一気に大量の答えが来る。
「 まあ、さっきも言ったけど、忙しい中でウェットスーツNGでモデルだけやってくれる海女を探すなんて実際に無理なんだけど、さっき言った見習いの、そのまた見習いの子なら、まだ獲物で商売してる訳じゃなくて、まあ、組合の許可を貰って実際に漁をしながら練習してる感じで、獲物を売る資格も無いから自分とこで食べる分だけ獲っている感じ。 だから、商売でやってるんじゃないから、漁をしてるところを撮影するぐらいは問題ないと思うよ、邪魔さえしなければ。 それから、そこの家、他とはちょっと状況が違っていて、さっきの電話のお母さんは海女じゃないのよ。島の人じゃなくてね。でも娘は島生まれで将来は海女をやりたくて、今、見習いの見習い中。 そんなだから、家も海女エリアのはずれで条件が悪いんだけど、でも、雄一くんは獲物よりも撮影が大事だから問題ないでしょ。 それから、宿もそこの家に泊めてもらってね、それもOKして貰ったから 」
何故か楽しそうな表情をしながら話し続ける組合長が不思議だったが、雄一は、これで何とか依頼をこなせるかもしれないという事に、少しほっとしていた。
「 念の為に教えて下さい。 その若い娘さんは、ウェットスーツは着ないで練習しているんですか? やっぱり観光海女の衣装ですか? それから、ご家族は何人ですか? こういう時の為に手土産を持って来てるんですが、大家族だと足りるか心配で… 」
「 ああ、ごめんねえ、一気に話しちゃって… 心配だよね… えっとね、見習いの見習いだから、組合の素潜り試験も受けてないし、何も資格を持ってないから、ちょっとウェットスーツは目立つから禁止にしてるのよ、もしも外の人に見られたら資格を持たない人を働かせてるのかって、ややこしくなるからね。 でも、観光海女の服も、もっとややこしくなるから渡して無いの、まあ、まだサイズも合わないんだけどね。 それから、家族は2人だけだから、手土産、大丈夫なんじゃない。 でも、手土産なんていらないと思うよ。 あと、宿泊代はお母さんと相談してね。 宿泊業の許可も無いから、旅館みたいに高くないはずだよ。私からも『安くしといて』って頼んどいたから。食費プラスアルファぐらいだと思うよ。 ね、全然問題ないでしょ 」
また、組合長に一気に言われたが、よく考えると気になる事ばかりだった。問題は大ありだ。
「 じゃあ、服装はよく分からない感じですか? 海女らしくないけど、普通の水着とかですかね? 」
「 う~ん、どうかなあ… 水着も観光客と被ってややこしいから、基本禁止してるから、例え見習いでも… まあ、行ってみたら分かるでしょ、見習いで潜ってるって事は、何かは着てるんだろうし、ウェットスーツは絶対に無いから 」
「 あの、それから、お2人って言いましたよね。 旦那さんとかお祖父さんお祖母さんとか、いないんですか? 」
「 そうなのよ、ちょっと訳ありで、今、そこの家はお母さんと娘の2人暮らしでね。 あ、そうか、女所帯に男が泊まる事を気にしてくれてるんだ、雄一くん、常識あるねえ、さすが、見かけ高校生でも23歳。 でも気にしなくて大丈夫。 お母さんは、もう、え~と、よんじゅう… 47か。それから、娘は… ちょっと待ってね、名簿名簿… ああ、小6、11歳。 だから、おばさんと子どもだから、全然心配ないよ。私も心配しないし、あっちも男性を泊めて『いい』って言ってたから 」
年齢を聞いて、確かに ほっ とした。
雄一の、今のセフレの中に30代半ばが2人いる。1人は独身、もう1人はバツイチ独身で、2人とも経済的にかなり余裕があるから行く度に『お小遣い』をくれるので、映像の稼ぎが少ない雄一にとっては正直助かっていた。本業よりも『お小遣い』と言うセックスでもらう金額の方が遥かに多いので、実際には、「仕事はセックスです」という内容だ。
今まで40代とはセックスをした事はないし、今の30代の2人よりも10歳以上も上なのだから、きっと雄一にとって女を感じる事は無いはずだ。全然問題ない。それに、本当に『ものすごく若い』娘の方もまだランドセルを背負っている年齢なのだから、これも全然問題ない。
手土産も足りそうだし、宿泊費も安くて済みそうなのも有難い。
でも…
「 あの、さっき『ちょっと訳あり』て言われたのは、どういう事なんですか? 」
「 それねえ、あまり他人の家の事情、しゃべったらいけないんだろうけど… でも、言いかけちゃったし… まあいいか、内緒よ。 そこの旦那さんは元々島の人で、やっぱり島の、幼馴染の海女と結婚して、娘が生まれたんだけど、気の毒に5年前に母親が死んじゃってねえ。 それで3年前に再婚したのが今の母親なのよ。 でもねえ、その旦那がねえ、本土に出稼ぎに行ったまま若い女が出来たからって離婚届を送りつけてきて。まあ、旦那にしてみたら、再婚も娘の事があるから焦ってした感じだったし、10近くも年上の奥さんだったから、本土で若い子に ころっ といってしまったみたいなのよ、噂だけど… それで奥さんも意地っ張りなところあるから、そのまま離婚届にハンコ押して役場に出しちゃって… だから、結局、今のその家は、47歳の継母と11歳の娘の2人暮らしって訳なのよ。 あ、でも心配しないで、普通の母子って感じで、娘の撮影も宿泊も普通にOKだから 」
と、また組合長は、更に一気に話していく。
「 あ、でも、そんな家だから雄一くんを押し付けた訳じゃないからね。 本当に、雄一くんの言った条件に合う家が、そこしか思い浮かばなかっただけだから… 」
でも、雄一の方は、とにかく ほっ としていた。
島に着くまでも、着いてからも、ずっとこれからどうなるのか気になり続けていたけれど、これでようやく撮影の目途が立ったからだ。
それから、もう少し島の話や雑談をしてから、組合長が先方まで送ってくれる事になった。そろそろお昼前である。
また、原付の狭いシートに二人乗りである。雄一もかなり組合長とは打ち解けた感じになれたので、今度はあまり遠慮せずにしっかりと腰に手を回す。ただの脂肪だけではない、すごい弾力だ。普段セックスの相手にして(あげて)いる30代半ばのセフレと近い年齢のはずだが、セフレの身体が硬くて薄っぺらく感じてしまう。
真上に近くなった太陽の下を、スクーターは歩くよりも少し早いくらいの速度でゆっくりと進む。
「 あ、そうだ、言い忘れてたよ、雄一くん。 さっきの電話でゆうこさん… お母さんの名前、ゆうこって言うんだけど、彼女、若い男の子が映像の勉強に来てるって言ったら、応援したいって、結構好意的だったから。 でも、雄一くんの歳聞かれて、10代の学生さんじゃないかなって、少しぼかして言ったら、10代の子なら安くしてあげないとね、って言ってた。 だから、歳は若めに言った方がいいよ、18歳の専門学校生みたいな… 苦学生の設定が良いと思うよ。安い方がいいでしょ 」
雄一としても、それで安くなるならその方が良いと思う。23を18と言っても、誰にも迷惑は掛からない。それに、雄一はお酒が苦手だから、勧められた時に断る口実にもなる、と、気が付いた。
やがて、金網のフェンスが続いている場所に出た。普段、どこででも見かける菱形金網だ。胸ぐらいの低いフェンスだが、これが、海女エリアと観光エリアの境目らしい。
誰でも乗り越えられそうだが、海女エリアの住民は、この決まりをしっかりと守っているそうだ。また、以前は観光客が興味本位で乗り越える事もあったが、条例で高い罰金が掛けられている事と、海女と言う観光資源を守るために県も力を入れているから監視カメラと非常ベルが設置されているので、今では興味と罰金のバランスを考えて、もう10年以上、誰も乗り越えていない。たまに野生動物に反応して非常ベルが鳴る事があるが、それは年に数回の事であり住民も納得していて問題にはなっていない。
組合長が、錠前も付いていない扉を開けて、いよいよ海女エリアに入った。
簡単に越えられるけれど、実際に越えてはいけないエリアに許可を貰って入れた事に、雄一は少し優越感を感じていた。こういう所は、見た目通りの ガキ なのかもしれない。自分でもそう思う。
「 あ、そうそう、色々と言い忘れてるわ。 娘の方の名前は、さなちゃん、だから。 お母さんが『ゆうこ』で、娘が『さな』ね。 覚えといてね。 本当の母子じゃないけどね 」
かなり言いにくい事も、この組合長は平気で、あっけらかんとして言う。だから、聞きやすいのも確かだけど、雄一はあらためて、これからお世話になる家の複雑さを感じていた。
舗装されていない、土の道を、二人乗りのスクーターはゆっくりと進んで行く。
先ほど通った扉のところ以外は、フェンスは自然の森の中に隠れている。だから、今いるエリアからは、先ほどまでいた港や観光のエリアは気配すら分からない。道に沿って時々木造家屋があり、何となく昭和30年代頃にタイムスリップしたみたいだ。
たまに、歩いている人を見つけると、皆、組合長に挨拶をしてくる。やはり、このエリアは、ほぼ全員が海女の一家なのだから、組合長の顔を知らない人は居ないのであろう。後ろに乗っている雄一に関心を持つ人は誰も居なかった。
やがて、道は前より細くなり、しばらく人家が見当たらない時間が続いた。何も無いからだろうか、波の音が近くに聞こえる気がする。
「 ごめんねえ、遠くって… 一番はずれなのよ、行き先の家。 さっき言ったけど、色々と訳ありの家だから、旦那が外で女作って、残されたのが他所モンの女とバカ旦那の娘じゃあ、やっぱり近所に住みたくないって言う海女が多かったのよ。やっぱり仕事柄、縁起担ぐでしょう、皆。命掛ってるからね。 だから、この家は隅っこに追いやられた訳。漁場もあんまり取れない場所でねえ、でも仕方ないよねえ。 まあ、漁は見習いの、もっと手前のダブル見習いの子どもだけで、母親、ゆうこさんはインターネットで商売しているから、収入とは関係ないから問題は無いみたいよ。 海女エリアの中心から遠くて不便な事以外は… 」
ここまで話した時、道の先に小さく、人が歩いているのが見えてきた。
組合長が、
「 さなちゃ~ん、 さなちゃ~ん 」
と大きな声で呼ぶと、人影が立ち止まった。こっちを向いてお辞儀をしている。
あれが、行き先の娘さんの さな らしい。でも、視力が1.0以上はある雄一にも、遠くて人の識別が付かない。
「 よく誰か分かりますね、結構遠いのに。 組合長さん、目がいいんですね 」
「 いや~、 ここから先は2軒しかないからねえ。 それにランドセルは判るでしょう。 だから、さなちゃんしかいないと思って。 当たりだったでしょ 」
スクーターが、さなちゃんらしい人影に近づいていく。
…あ、ほんとだ、雰囲気が小学年の、高学年の女の子っぽい。 あれ、制服… なのか、あれ… 紺のスカートに白いワイシャツ… みたいな…
もっと近づくと、女の子がもう一度、お辞儀をした。
「 組合長さん、こんにちは! いつもお世話になってます! 」
元気な声で、笑顔で挨拶をする。少し丸顔で愛嬌がある。いや、かなりかわいい。
雄一は、小学生相手にどんな写真を撮ったらいいか、と、今まで頭の中で体裁を整える事ばかりを考えていた自分に初めて気が付いた。
…この顔なら、海女の仕事ぶりは期待できなくても、それなりの映像は撮れるかもしれない。
雄一は、素直にそう思った。
水面を滑るように船が走っていく。こんなに波が無いのは珍しいそうだ。
「船酔いしなくて助かる」と、雄一は思った。
目指す島までは、あと15分くらい。10時着の予定だった。
日差しの眩しさを感じながら、デッキから船室に戻って、手荷物を確認する。
とは言え、機材は年々小型化を繰り返しているので、それ程かさ張らないし、重くも無い。
「 取材か… 俺一人で出来るかな… 」
少し不安でもある。今回はいつもよりも責任が重いのだ。
雄一は23歳。
何となく映像系の専門学校を出て3年目だ。特に、その道に興味があった訳でもなく、大学受験に失敗した時に、親から浪人は許さないから絶対にどこかに入れ、と言われて、通える範囲でたまたま受験したのが、そこだっただけだ。
真面目にプロを目指す同期生も居る中で、取り敢えず入っただけの同類たちとつるみながら、一応のスキルは身に付けて卒業したけれど、そんなレベルだから就職も上手くいかず、でも、うるさい親から逃れたい理由もあって、フリーターをしながら月5万のアパートで何とか一人暮らしをしている。
でも、いい加減な勉強しかしてこなかったけれど、映像の仕事をしてみたい気持ちもあって、時々学校の就職課に顔を出しては、小さな仕事の、更にその手伝い仕事を貰ったりして、何とか『映像関係の仕事をしています』と言える体面だけは保っている… そんな日々である。
今回は、ある知人の紹介で、学外から依頼された取材仕事だった。
しかも、スタッフは自分1人だけなので、いつも助手(アシスタント)しか経験の無い自分に出来るのかという不安もある。ただ、その内容がかなり緩いというか あやふや なので、自分も適当にやったらいいや、と思う様にしている。
依頼主も自分も、結構いい加減だと思う。
そんな事を考えていると、少し割れた様な旧式スピーカーの音が、
「 皆さま、あと5分で到着します 」
と、船内に響いた。
1日に2往復しかない航路だけど、この午前の島行きはかなり空いている。雄一を入れても客は5人だけだった。
船員と他の客が話しているところによると、午前は本土行きの方が、夕方は島行きの方が混むようだ。つまり、観光シーズンを除いては、ほとんど島の人しか使わないという事だ。平日は出勤や通学に、土日は遊びや買い出しに使われるらしい。
~~~
雄一は客の最後に港に降り立った。船に居る時は気付かなかった潮の香りが急に感じられて、あらためて、今、自分の居るところを意識する。
今回の取材対象は『海女』。
依頼内容は、海女の映像を自由に撮ってくる事、だけである。取材費と報酬の半分を先に現金で貰っている。自分の様な半人前に、こんなにお金を渡して、依頼主もどこまで本気なのか、逆によく分からない。でも、紹介者の手前、せめて体裁を整えられる程度の映像だけは記録しよう、と思った。
他に人がいなくなって、ふと、あたりを見回す。
やる気が無かったとは言え、何の準備もしないで、ここまで来ている訳では無い。
島の海女さんの組合に事前に取材許可はとってある。と言っても、特に詳しい事も聞かれなくて、「せっかく色々と取材内容を(もっともらしく言える程度には)考えていたのに」と、電話の後で拍子抜けした記憶がある。今回は、依頼も取材対象も、そして雄一自身も、三者そろっていい加減みたいだ。
目線の先に、ライトを点けたスクーターが入ってきた。そして、真っ直ぐこちらに来ると、相手から声を掛けてきた。
「 あ~、 取材の人よね。 合ってる?(以下、方言) 」
「 はい、 海女組合の方ですよね。 この度はよろしくお願いします 」
スクーターの人は女性だった。ヘルメットをかぶっていないので、顔もはっきりと分かる。歳の頃は40前後だろうか。真っ直ぐにこちらの顔を見て、言葉の端切れも良い。はっきりしたタイプに見える。
海女組合の人と言っても、もちろん、イメージにある海女の装束を身に付けている訳では無い。半袖のTシャツにジーパン。足元はサンダルを履いている。
「 え~っと、確か名前は… ゆう… 雄一さんだったっけ、名字は思い出せないや… 名前は親戚と同じだから… 字は違うけど… 」
と、全然悪びれる風もなく、正面から話してくる。この人の特徴の様だ。
「 はい、 名字は… もういいですね。 ゆういち、です。 この度は取材の許可を頂いて、本当に有難うございます 」
元々は、許可を得るのは簡単ではないと思っていた。
知人の紹介で今回の仕事を貰った時に、場所はこの島だと指定されたが、内容も取材方法もあやふやな依頼だった。資金だけは渡すから、段取りなど一切は任せる、という事だった。
でも、自由な様で、これはとても困る。雄一の様な、まだまだ世間的には青二才の若造にとって、様々な段取りや下準備を全て1人で、漏れなく行うのは本当に大変だったのだ。
しかし、ダメ元で電話をした島の海女組合からは、あっさりと許可を貰ってしまった。今でも半信半疑である。今にも目の前の女性が「取材OKなんて信じてたの? 今時? ドッキリでしたー!」と言い出さないかとても心配だ。
でも、女性は、自分は組合長だと説明しながら、
「 本当に今どき取材何て来たこと無くて、私も組合長になってから初めての事だからびっくりしたよ。 雄一さん… あ、『くん』でいいよね… 雄一くんから電話を貰った時にはね 」
そう言われて、雄一の方も、電話の声が、目の前の組合長だった事に思い当たった。慌ててお礼と、あらためて、よろしくお願いします、を言う。
「 まあ、立ち話も何だから、組合まで来てもらおうかな。 後ろに乗れる? 荷物も少なそうだし… 」
そう言われて、ノーヘルの事とか、スクーターに対する疑問が湧いてきた。目の前に有るのはどう見ても50CCの原付で二人乗り出来る機種では無い。
でも、その懸念は不要だった。失礼の無い様に言葉に気を付けて質問すると、この島の道路は、国や県の『道路』と認定されていないので、運転に関する法律が適用されないのだそうだ。言うなれば、自分の家の庭で無免許運転をしても罪にならないのと同じ事らしい。もっとも、この組合長は原付免許は持っているそうだ。
まあ、ゆっくり走るから、心配しないで…
そう言われて、あらためてリュックのふたを閉め直して、後部座席の無い原付のシートの後ろ半分に乗る。組合長の小太りの背中に押されて乗りにくいし、相手がおばさんと分かっていても女性には違いないから、密着するのは遠慮がある。
その雰囲気を察してか、組合長から「しっかり座って、私の腰つかんで。太いから手が周ればだけどね、はははは…」と言われて、思い切って言われた通りにした。見た目以上に弾力とボリュームのある身体に、自分の痩せ型の身体が埋まってしまう感覚に見舞われる。それに、見た目のサバサバした印象とは正反対の、石鹸の様な香りがする。
「言われた通りにしてるんだから…」
そう心に言い聞かせながらも、こんなおばさん相手に何をドキドキしてるんだ、と自分の感覚のブレを修正できないまま、スクーターは進んで行った。
走りながら、組合長は見えてくる場所の説明や雑談などをし続けていった。
「 でも、雄一くんって若いねえ。 社会人だと思ってたけどまだ18ぐらい? 学生さん? まさか高校生? 」
満23歳の雄一であるが、組合長の話は正しい。童顔である事と、見た目が世間ずれしていない事から、どこへ行っても10代に間違われる。先月は中学生に間違われたぐらいだから、組合長の感覚はマシな方だ。
でも、決してガキっぽい訳では無い。若く(?)見えるだけなのだ。
雄一は、高校を卒業するまでは、ずっとクラスでも目立たない方だった。大人しいというのか、顔にクセが無いというのか、とにかく目立たない。どちらかと言うと目鼻立ちはきれいなのだが、やはり地味なキャラだった。
しかし、年上からはモテた。高1の春、15歳の時に、アルバイト先の店で一緒だったアラサーに誘われて、早々に経験を済ませているし、その後も、常に複数の年上のセフレがいて、そっちの方は困ったことが無かった。
それでも、クラスの同い年の女子には見向きもされなくて、誰もが童貞くんだと思っていたはずだ。
ただ、組合長の質問は、ただ単純に「若い」という感想を話しているだけの様で、社会人の仕事なのか、学生の趣味なのか、その辺りを聞いている気がした。
なので、満年齢と、映像を学んだ専門学校の名前を言って、依頼された仕事である事をあらためて話すと、組合長も、そう言えば電話でそんな事を言っていた様な、とある程度は納得してくれたようだ。
雄一としては、遊びに来ているのではない事が伝わったので、少しほっとした。
ブレーキの音とともにスクーターが停まった。組合の事務所に着いたようだ。ここまで、1度も対向車に会わなかったので、こんな運転でも問題ない事がよく分かる。
海女組合はプレハブの簡単な建物だった。「組合と言っても、特に厳格な組織では無くて、ただの寄り合い所みたいなものだから」と言い訳みたいに組合長が教えてくれる。でも、中は想像よりもきれいで、部屋の隅には来客用のソファーも有り、雄一と組合長はそこに向かい合って座った。
「 雄一くん、ちょっとこの島のルールを話しておくね 」と、組合長が教えてくれたのは、次の様な内容だった。
まず、今のこの島は、観光用の浜と仕事用の岸にはっきりと分けられているそうだ。
シーズンには海水浴客も来るし、海女による獲れたての海産物も、この島の人気の1つとの事である。しかし、海女にとっては、まず、しっかりと獲物を獲れる環境が必要なので、もしも漁場に一般人が出入りしたり、無意識で密漁されたりすると様々な問題が生じる。
そして、観光客のイメージする海女の姿と、今の実際の海女は、かなりの違いがある。
主に衣装の問題になるのだが、一般人が思う海女は、映画などの影響で、白いショートパンツに白い長そでシャツ、その上にかすりの着物を着て足袋を履く、というものになっている。
ただ、実際には着物を着て潜るのは難しく、足袋も(岩場で怪我を防ぐ効果はあるけれど)泳ぐのには向いていない。今ではウェットスーツを着て、肌をさらさないのが普通だ。
だから、観光客の前に現れる海女は、皆のイメージ通りの服装で獲物を獲ってくる事が必要になってくる。
一時期は、観光専門の海女を募集した事もあったのだが、観光用と言っても海女の技術を身に付けるのはとても大変な事なので、結局は育たなかった。
なので、今の観光海女は、(比較的)若手の海女の中から順番に当番制で行っている。その運営は海女組合でしているので、組合の意味も少しはあるようだ。
けれど、海女の本業は、専用の漁場でしっかりとした服装を着て(でも酸素ボンベは使えないので素潜りのみ)、しっかりと獲物を取る事である。その為には、観光客の立ち入らない漁場の確保と、ウェットスーツ姿を見られない事も必要になってくる。イメージを壊すからだ。
そのため、この島では、観光エリアと海女エリアを明確に分ける様になっていて、一般人の海女エリアへの侵入は禁止されているし、海女エリアの住民が観光エリアに立ち入る事も、観光海女当番や港から島外へ出る時など、例外を除いては自主規制している。
「 それで、雄一くんは、どんな海女を撮りたいのかな? 観光海女? まさかウェットスーツを着た海女でもないよね 」
組合長が興味深そうな表情を向けて聞いて来る。
「 それが… 今のお話を聞いて、ちょっと迷っているんです。 きっとクライアントは、ウェットスーツは絶対に望まないと思うんですよ。 でも、観光客の前で潜っている海女さんを撮っても意味無いですし… 誰か個別に撮影のモデルになってくれそうな海女さんっていますか? できるだけ若い人がいいんですが… 」
組合長は、しばらく考え中の表情を見せて黙っていた。そして、
「 つまり雄一くんとしては、観光用もダメだけど、ウェットスーツもダメで、しかも、若い子を撮りたいって事よね。 結構ぜいたくねえ 」
そして、もう少し考えてから、
「 でも、海女たち皆、本業が忙しいからねえ。 それに、モデルって、結局、観光海女の服装じゃないとダメなんでしょ? 」
「 いえ、ぜいたくですみません。 でも、ぜいたくは考えてなくて、モデルというか、お仕事をしているところを撮りたいだけなんで。 側で勝手に撮る事を許してくれるだけでいいんですが。 観光海女の服装はリアルじゃないのが分かりましたから要りません。 あ、でも、やっぱりウェットスーツは困るしなあ… 」
ここまで言ったところで、組合長が手を ぽんっ と叩いた。
「 まだ、正式な海女じゃなくて、見習いの更に手前ぐらいの子なら何とかなりそうだけど、どうかな。 若いのは確かだよ、ものすごく若いよ。 もう選択肢は他に無いよ。 ちょっと聞いてみるね 」
と言うと、事務所の電話を架け始めた。今どき珍しい、ダイヤル式の黒電話だ。雄一にとって、現物を見るのは初めてな程珍しい物である。
じ~~~~~ ころころころ… じ~~~~~ ころころころ…
ちんっ!
繋がった途端、雄一が聞いても全く意味の分からない早口の方言で話し始めた。本当に分からない。
そして、電話を切った組合長から、「OK貰ったよ」と言われても、直ぐには信用できなかった。話が全く分からず、不安なのが正直な気持ちだ。
「 まあ、そんな顔しないで… 今、話してたのは、見習いの子のお母さんなんだけどね、大丈夫だって、良かったね 」
「 えっと、どんな感じなんですか? ちょっと話がややこしくて 」
雄一が一言だけ質問をすると、一気に大量の答えが来る。
「 まあ、さっきも言ったけど、忙しい中でウェットスーツNGでモデルだけやってくれる海女を探すなんて実際に無理なんだけど、さっき言った見習いの、そのまた見習いの子なら、まだ獲物で商売してる訳じゃなくて、まあ、組合の許可を貰って実際に漁をしながら練習してる感じで、獲物を売る資格も無いから自分とこで食べる分だけ獲っている感じ。 だから、商売でやってるんじゃないから、漁をしてるところを撮影するぐらいは問題ないと思うよ、邪魔さえしなければ。 それから、そこの家、他とはちょっと状況が違っていて、さっきの電話のお母さんは海女じゃないのよ。島の人じゃなくてね。でも娘は島生まれで将来は海女をやりたくて、今、見習いの見習い中。 そんなだから、家も海女エリアのはずれで条件が悪いんだけど、でも、雄一くんは獲物よりも撮影が大事だから問題ないでしょ。 それから、宿もそこの家に泊めてもらってね、それもOKして貰ったから 」
何故か楽しそうな表情をしながら話し続ける組合長が不思議だったが、雄一は、これで何とか依頼をこなせるかもしれないという事に、少しほっとしていた。
「 念の為に教えて下さい。 その若い娘さんは、ウェットスーツは着ないで練習しているんですか? やっぱり観光海女の衣装ですか? それから、ご家族は何人ですか? こういう時の為に手土産を持って来てるんですが、大家族だと足りるか心配で… 」
「 ああ、ごめんねえ、一気に話しちゃって… 心配だよね… えっとね、見習いの見習いだから、組合の素潜り試験も受けてないし、何も資格を持ってないから、ちょっとウェットスーツは目立つから禁止にしてるのよ、もしも外の人に見られたら資格を持たない人を働かせてるのかって、ややこしくなるからね。 でも、観光海女の服も、もっとややこしくなるから渡して無いの、まあ、まだサイズも合わないんだけどね。 それから、家族は2人だけだから、手土産、大丈夫なんじゃない。 でも、手土産なんていらないと思うよ。 あと、宿泊代はお母さんと相談してね。 宿泊業の許可も無いから、旅館みたいに高くないはずだよ。私からも『安くしといて』って頼んどいたから。食費プラスアルファぐらいだと思うよ。 ね、全然問題ないでしょ 」
また、組合長に一気に言われたが、よく考えると気になる事ばかりだった。問題は大ありだ。
「 じゃあ、服装はよく分からない感じですか? 海女らしくないけど、普通の水着とかですかね? 」
「 う~ん、どうかなあ… 水着も観光客と被ってややこしいから、基本禁止してるから、例え見習いでも… まあ、行ってみたら分かるでしょ、見習いで潜ってるって事は、何かは着てるんだろうし、ウェットスーツは絶対に無いから 」
「 あの、それから、お2人って言いましたよね。 旦那さんとかお祖父さんお祖母さんとか、いないんですか? 」
「 そうなのよ、ちょっと訳ありで、今、そこの家はお母さんと娘の2人暮らしでね。 あ、そうか、女所帯に男が泊まる事を気にしてくれてるんだ、雄一くん、常識あるねえ、さすが、見かけ高校生でも23歳。 でも気にしなくて大丈夫。 お母さんは、もう、え~と、よんじゅう… 47か。それから、娘は… ちょっと待ってね、名簿名簿… ああ、小6、11歳。 だから、おばさんと子どもだから、全然心配ないよ。私も心配しないし、あっちも男性を泊めて『いい』って言ってたから 」
年齢を聞いて、確かに ほっ とした。
雄一の、今のセフレの中に30代半ばが2人いる。1人は独身、もう1人はバツイチ独身で、2人とも経済的にかなり余裕があるから行く度に『お小遣い』をくれるので、映像の稼ぎが少ない雄一にとっては正直助かっていた。本業よりも『お小遣い』と言うセックスでもらう金額の方が遥かに多いので、実際には、「仕事はセックスです」という内容だ。
今まで40代とはセックスをした事はないし、今の30代の2人よりも10歳以上も上なのだから、きっと雄一にとって女を感じる事は無いはずだ。全然問題ない。それに、本当に『ものすごく若い』娘の方もまだランドセルを背負っている年齢なのだから、これも全然問題ない。
手土産も足りそうだし、宿泊費も安くて済みそうなのも有難い。
でも…
「 あの、さっき『ちょっと訳あり』て言われたのは、どういう事なんですか? 」
「 それねえ、あまり他人の家の事情、しゃべったらいけないんだろうけど… でも、言いかけちゃったし… まあいいか、内緒よ。 そこの旦那さんは元々島の人で、やっぱり島の、幼馴染の海女と結婚して、娘が生まれたんだけど、気の毒に5年前に母親が死んじゃってねえ。 それで3年前に再婚したのが今の母親なのよ。 でもねえ、その旦那がねえ、本土に出稼ぎに行ったまま若い女が出来たからって離婚届を送りつけてきて。まあ、旦那にしてみたら、再婚も娘の事があるから焦ってした感じだったし、10近くも年上の奥さんだったから、本土で若い子に ころっ といってしまったみたいなのよ、噂だけど… それで奥さんも意地っ張りなところあるから、そのまま離婚届にハンコ押して役場に出しちゃって… だから、結局、今のその家は、47歳の継母と11歳の娘の2人暮らしって訳なのよ。 あ、でも心配しないで、普通の母子って感じで、娘の撮影も宿泊も普通にOKだから 」
と、また組合長は、更に一気に話していく。
「 あ、でも、そんな家だから雄一くんを押し付けた訳じゃないからね。 本当に、雄一くんの言った条件に合う家が、そこしか思い浮かばなかっただけだから… 」
でも、雄一の方は、とにかく ほっ としていた。
島に着くまでも、着いてからも、ずっとこれからどうなるのか気になり続けていたけれど、これでようやく撮影の目途が立ったからだ。
それから、もう少し島の話や雑談をしてから、組合長が先方まで送ってくれる事になった。そろそろお昼前である。
また、原付の狭いシートに二人乗りである。雄一もかなり組合長とは打ち解けた感じになれたので、今度はあまり遠慮せずにしっかりと腰に手を回す。ただの脂肪だけではない、すごい弾力だ。普段セックスの相手にして(あげて)いる30代半ばのセフレと近い年齢のはずだが、セフレの身体が硬くて薄っぺらく感じてしまう。
真上に近くなった太陽の下を、スクーターは歩くよりも少し早いくらいの速度でゆっくりと進む。
「 あ、そうだ、言い忘れてたよ、雄一くん。 さっきの電話でゆうこさん… お母さんの名前、ゆうこって言うんだけど、彼女、若い男の子が映像の勉強に来てるって言ったら、応援したいって、結構好意的だったから。 でも、雄一くんの歳聞かれて、10代の学生さんじゃないかなって、少しぼかして言ったら、10代の子なら安くしてあげないとね、って言ってた。 だから、歳は若めに言った方がいいよ、18歳の専門学校生みたいな… 苦学生の設定が良いと思うよ。安い方がいいでしょ 」
雄一としても、それで安くなるならその方が良いと思う。23を18と言っても、誰にも迷惑は掛からない。それに、雄一はお酒が苦手だから、勧められた時に断る口実にもなる、と、気が付いた。
やがて、金網のフェンスが続いている場所に出た。普段、どこででも見かける菱形金網だ。胸ぐらいの低いフェンスだが、これが、海女エリアと観光エリアの境目らしい。
誰でも乗り越えられそうだが、海女エリアの住民は、この決まりをしっかりと守っているそうだ。また、以前は観光客が興味本位で乗り越える事もあったが、条例で高い罰金が掛けられている事と、海女と言う観光資源を守るために県も力を入れているから監視カメラと非常ベルが設置されているので、今では興味と罰金のバランスを考えて、もう10年以上、誰も乗り越えていない。たまに野生動物に反応して非常ベルが鳴る事があるが、それは年に数回の事であり住民も納得していて問題にはなっていない。
組合長が、錠前も付いていない扉を開けて、いよいよ海女エリアに入った。
簡単に越えられるけれど、実際に越えてはいけないエリアに許可を貰って入れた事に、雄一は少し優越感を感じていた。こういう所は、見た目通りの ガキ なのかもしれない。自分でもそう思う。
「 あ、そうそう、色々と言い忘れてるわ。 娘の方の名前は、さなちゃん、だから。 お母さんが『ゆうこ』で、娘が『さな』ね。 覚えといてね。 本当の母子じゃないけどね 」
かなり言いにくい事も、この組合長は平気で、あっけらかんとして言う。だから、聞きやすいのも確かだけど、雄一はあらためて、これからお世話になる家の複雑さを感じていた。
舗装されていない、土の道を、二人乗りのスクーターはゆっくりと進んで行く。
先ほど通った扉のところ以外は、フェンスは自然の森の中に隠れている。だから、今いるエリアからは、先ほどまでいた港や観光のエリアは気配すら分からない。道に沿って時々木造家屋があり、何となく昭和30年代頃にタイムスリップしたみたいだ。
たまに、歩いている人を見つけると、皆、組合長に挨拶をしてくる。やはり、このエリアは、ほぼ全員が海女の一家なのだから、組合長の顔を知らない人は居ないのであろう。後ろに乗っている雄一に関心を持つ人は誰も居なかった。
やがて、道は前より細くなり、しばらく人家が見当たらない時間が続いた。何も無いからだろうか、波の音が近くに聞こえる気がする。
「 ごめんねえ、遠くって… 一番はずれなのよ、行き先の家。 さっき言ったけど、色々と訳ありの家だから、旦那が外で女作って、残されたのが他所モンの女とバカ旦那の娘じゃあ、やっぱり近所に住みたくないって言う海女が多かったのよ。やっぱり仕事柄、縁起担ぐでしょう、皆。命掛ってるからね。 だから、この家は隅っこに追いやられた訳。漁場もあんまり取れない場所でねえ、でも仕方ないよねえ。 まあ、漁は見習いの、もっと手前のダブル見習いの子どもだけで、母親、ゆうこさんはインターネットで商売しているから、収入とは関係ないから問題は無いみたいよ。 海女エリアの中心から遠くて不便な事以外は… 」
ここまで話した時、道の先に小さく、人が歩いているのが見えてきた。
組合長が、
「 さなちゃ~ん、 さなちゃ~ん 」
と大きな声で呼ぶと、人影が立ち止まった。こっちを向いてお辞儀をしている。
あれが、行き先の娘さんの さな らしい。でも、視力が1.0以上はある雄一にも、遠くて人の識別が付かない。
「 よく誰か分かりますね、結構遠いのに。 組合長さん、目がいいんですね 」
「 いや~、 ここから先は2軒しかないからねえ。 それにランドセルは判るでしょう。 だから、さなちゃんしかいないと思って。 当たりだったでしょ 」
スクーターが、さなちゃんらしい人影に近づいていく。
…あ、ほんとだ、雰囲気が小学年の、高学年の女の子っぽい。 あれ、制服… なのか、あれ… 紺のスカートに白いワイシャツ… みたいな…
もっと近づくと、女の子がもう一度、お辞儀をした。
「 組合長さん、こんにちは! いつもお世話になってます! 」
元気な声で、笑顔で挨拶をする。少し丸顔で愛嬌がある。いや、かなりかわいい。
雄一は、小学生相手にどんな写真を撮ったらいいか、と、今まで頭の中で体裁を整える事ばかりを考えていた自分に初めて気が付いた。
…この顔なら、海女の仕事ぶりは期待できなくても、それなりの映像は撮れるかもしれない。
雄一は、素直にそう思った。
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