モデルの舞台裏

きさらぎ ゆき

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(ケース01)ジュニアモデル 早紀・11歳

2)シマ・エンタープライズ にて

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2)シマ・エンタープライズ にて

土曜日。母娘2人は電車で、シマ・エンタープライズに向かっていた。
昨晩、名刺の携帯番号に電話をかけて、予約が取れている。部長さんが直々に会ってくれるそうだ。

今日も、感じの良い受付に案内されて、応接室に通された。
早紀にとっては、初めて経験する大人な対応の世界である。まるで別世界。目に映ってる物に現実感が無い。

相手は昨日と同じ、部長さんだった。
もう顔見知りの母親は、早紀が入る事を前提に話を進めている。
気が付くと、書類に署名と印鑑。
「 まあ、これは形式みたいなものですから。お母さん、ここに自署押印お願いします。あ、早紀ちゃんも、お母さんの下にお名前、書いてね。 おー、きれいな字だねえ 」

数枚ある書類を全く読まずに、母親は言われるままに名前を書いて印鑑を押して、早紀も言われた通りに名前を書いた。確かに、字がきれいな事は自信があったから、褒められて素直にうれしかった。

「 はい、これで早紀ちゃんは、正式にウチの所属タレントですよ 」
そう言われても、早紀には全然実感はわかなかった。でも、お母さんがすごくうれしそうだから、何かそれでいいや、と納得してしまっていた。

帰りの電車の中でも、お母さんはとても機嫌が良かった。いつも疲れた顔ばかり見ている早紀にとって、昨日と今日は自分としても気持ちが明るくなる。
きっと、劇団の活動も楽しいに違いない。そう思えてきた。

翌日は日曜日。
母親は、朝8時前に仕事に出掛けていった。いつもよりも表情が明るく見える。だから、早紀の方も、なるべく明るく元気に、行ってらっしゃい、を言って送り出した。
その後、8時15分には、早紀も シマ・エンタープライズ に向かった。
いつも、日曜日は1人で1日中、徒歩圏内ではあるが、行く宛ても決めずに外出している。でも、今日は行き先があって、1人でもなくなる。

やっぱり楽しくなるのかも…

そう思っていると、直ぐに電車は駅に着いた。
ここから シマ・エンタープライズ は直ぐ。でも、1人で行くのは何となく緊張する。少し喉が渇いてくるけれど、でも、約束の9時より5分前には着きなさい、とお母さんに言われている。
早紀は、ホームの冷水器のボタンを押して数口飲んでから深呼吸をした。
反対に、心臓が鳴り始めたけれど、渇きは治まったし気持ちも静まった。
劇団のビルまでは徒歩で数分である。約束の10分前には着けると思う。

 ***

今日は、部長さんだけでなく、マネージャーさんという人も、にこにこしながら出迎えてくれた。
少し、ほっとする。

「 早紀ちゃん、いらっしゃい。 今日は初日だから、宣材写真とか撮るから、よろしく 」
と、マネージャーさん。
『せんざいしゃしん』の意味が分からなかったのが顔に出ていたみたいで、直ぐに説明が入った。
本当に芸能活動みたいで緊張するけれど、少しうれしい。芸能界なんて興味なかったはずなのに、やっぱり、少しは意識している事に気が付いた。

『撮影スタジオ』
そう書いてある部屋に、やぱり部長さんとマネージャーさんと一緒に、3人で入っていく。
中を見て、びっくりした。照明とか、名前も分からない機材がたくさんあった。本当に、プロのモデルさんの撮影現場みたいだと思った。やぱり、正直、悪い気はしない。

そのまま、部長さんとマネージャーさんの2人で、機材を動かしたり、カメラを準備している。
人生経験の少ない早紀には、そんなものと思えるけれど、普通の芸能事務所では部長とマネージャーだけで宣材撮影なんてありえない事かもしれない。
でも、早紀は、不思議には思えなかった。

そして撮影…
最初は、着てきた服装で。学校に行っている服と、そう変わらないけれど、長ズボンが多い早紀には珍しく、膝丈のスカートを今日は穿いていた。
照明の真ん中でシャッタ音を聞くのは、本当に初めての経験で、最初は緊張、それからすごく気分が良くなってくる。まるで、ヒロインになった気持ち。

「 じゃあ、早紀ちゃん。次はこの服に着替えてね 」
マネージャーさんから、薄いブルーのワンピースを渡されて、スタジオの中にある更衣室で着る事になった。更衣室… というよりは、服屋さんの試着スペースみたいな狭いところであるが。

ワンピースは、半袖がふんわり膨らんでいて、スカート部分は太腿の半分ぐらいのミニだった。
自分の私服と比べて、かなりかわいい。短いスカートは、お母さんが好きじゃなくて穿いた事がなかった。でも、前から穿いてみたかったから、ちょっとうれしかった。
それに、自分で言うのは変だけど、すごく似合っている気がする。

どきどきしながら、照明の中に戻ると、カメラを構えているマネージャーさんが「 おー! 」と言いながら、すごく褒めてくれる。

「 早紀ちゃん、すごく似合ってるねー。すごくいいよ。 脚、きれいだねー 」

部長さんも、
「 いやー、本当にきれいだねえ。 早紀ちゃん、キミの脚のきれいさをしっかりと撮りたいから、靴下とってくれるかな 」
と続けてくる。

言われるままに、裸足になると、爪先立ちで歩くとか、バレリーナみたいな姿勢で片足の爪先立ちでバランスを取るとか、ポーズを変えながらシャッターが押されていく。
筋肉は疲れるけれど、すごく気持ちいい。本当のモデルさんになった気分だ。

「 はーい、オッケー。 じゃあ早紀ちゃん、今度は早紀ちゃんの全身のラインをきれいに撮りたいから、レオタードっていう体操競技のユニフォームみたいなのを着てもらおうかな 」
と、マネージャーさんに新しい衣装を渡される。
今度は、どんなかわいい服だろう、と考えながら、渡された袋を持って更衣室に入った。
中を見ると、今度も薄いブルーの服が入っていて、拡げると、確かにテレビで見た体操選手のような服だった。

でも、形はほとんどスクール水着に近い。マネージャーさんからは、身体のラインが分かるように素肌にこの衣装だけを着るように言われている。
体育の水着みたいだから、普通の衣装なのは分かるし、これ1枚だけを着るのは分かるけれど、その事よりも、今、更衣室の中で1度、下着も全部脱いで裸になってから、この服に着替える事が、急に恥ずかしく思えてくる。
試着スペースの大きさの箱の中では、目の前に大きな鏡がある。そこに、じぶんの全裸が映るのは、自分でもすごく恥ずかしい。

でも、自分がモデルさんみたいな撮影をしている事を思い出して、少しプロの気持ちで頑張ろうと、心を元気づけてから、ほとんど下を見たまま、急いで着替えてみた。少しきつい。
そして、思い切って顔を上げて、前を見る。
すると…
早紀の目の前には、恥ずかしそうな自分の顔と、意外にすらっとしたスタイルのいい女の子の身体が映っていた。

少しきつい、と感じたのだから、引き締められているのかもしれないけれど、それでも、自分がこんなにスタイルが良く見えるのには、少し驚いてしまう。色白の肌に薄いブルーの生地が似合っている。
そして、気が付いたら、恥ずかしいはずの自分の姿を、よく見直していた。
レオタードと言っていたけれど、袖がないノースリーブなので、やはりスクール水着に似ている。しかし、学校で着る水着だと脚の付け根の周りには生地の余裕があるのに、そこの布地は女の子の一番大事なところを隠す面積しか無くて、後ろに手を回すと、脚の付け根が全部出ているだけでなくて、お尻も少しはみ出している気がした。

そして、もう1つ、生地が薄いんじゃないかという気がしてきた。
早紀は、身長はクラスでも平均ぐらいの145センチだけど、最近、急に胸の膨らみが増えてきていた。砂時計から落ちる砂よりも、もう少し角度のあるきれいな傾斜が胸の先を持ち上げていて、高さが5センチを超えつつある。幸い、まだ乳首は立っていないから見えないけれど、傾斜の先端でふっくらしている乳暈の形が、布を通して薄っすらと分かる気がする。
その後に、もう1つ、大事な事にも気が付いてしまった。
その、一番大事なところを縦に奔っている溝の形が、分かるような分からないような、どっちとも言えない感じな事に。

でも、胸の先も大事なところも、はっきりと見えている訳じゃないし、自分が気にするからそう思えるだけかもしれない。でも、完全に隠れていると、自信を持って思えない。

「 どうしよう… 」

早紀が悩んで迷っていると、

「 早紀ちゃ~ん、もう着替えられたかな? 」

と、マネージャーさんの声が聞こえてきた。実際に迷ったりしているから、時間が過ぎているのは自分でも感じている。もう、迷っていられなくなっている。
早紀は、焦ったはずみで、迷っていた事も忘れて、小走りで更衣室を飛び出していった。そして、気が付くと、明るい照明の真ん中に立っていた。

部長さんとマネージャーさんが、同時に「 お~! 」と声を上げる。
「 いや~、 早紀ちゃんって、本当にスタイルがいいんだねえ。 直ぐにでも、モデルのお仕事を探せるぐらいだよ 」と部長さんが褒める。

「 あ、でも早紀ちゃん。 もう少し堂々としてもらえるかなあ。 今みたいに縮こまってたら、小さく見えてモデルとしては失格になっちゃうよ。 そうだねえ、体操の床運動みたいな動きのあるポーズをとってみようか 」とマネージャーさんが付け加えてくれる。

早紀は、まず、その場で跪(ひざまづ)かされて、膝を肩幅よりも少し広く開かされた。
次に、足の甲が下に付いているところから動かして、爪先を立てて足指から足裏を ぐっ と力ませた。

「 は~い、そのまま上半身を後ろにゆっくり倒して… あ、無理しなくていいから、 左手を床に突いて… そうそう、もう少し後ろに、左足よりの少し後ろに突くまで身体を反らして… 」

左手だけを床に突いて、更に足の後ろまで延ばしていくので、上半身は左側に捻じれながら反り返っていく。
そのため、中途半端に、右腕が宙ぶらりんになっている。

「 よ~し、いいよ~、早紀ちゃん。 じゃあ、最後ね、 右手を思い切り高く上げてみて。 捻じれてるから難しいと思うけど、想像でいいから、真上に上げてみてね 」

早紀の右腕が すっ と、鶴の首みたいな角度で伸びていく。そのバランスを取る為に、足の少し後ろに突いている左の手の平に上半身の体重がかかって、腰が捻じれかける。
それを支えようとして、重心が両膝に少し戻ってきて、太腿の筋肉が ぶるんっ と震える。

つい先程までのポージングとは、全然違う事が始まっているのだが、早紀は全然気が付いていない。というよりも、気が付く暇が無かった。
そして、気にしていたはずの生地の薄さの事も、すっかり頭から跳んでいた。
とにかく、難しいポーズを、言われた通りにこなす事に必死になっている。

もう、早紀には何も見えていないし、何も聞こえていない。
視線は鶴の首のような右手を見るか目を瞑っているかのどちらかだし、ポーズを取るだけで精一杯なので、響き続けるシャッター音も全く頭に入っていない。
しかも、マネージャーさんのカメラだけでなく、部長さんが動画を撮り始めている事も、全然気が付いていなかった。
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