上 下
11 / 142
第一章「異世界」

ウィンドベルク王国

しおりを挟む
 ミルガルズ大陸のほぼ真ん中辺りを、まるで区切るように連なる山脈のすそ野に深い森が広がっている。

 世界樹がある森として知られ「世界教」の神殿があることでも有名だが、エルフの郷の中にあるため許可がない者は、迷った挙句神殿に辿り着けない事でも知られていた。

 そんなわけで森の中を通らず外側を沿うように南下する、曲がりくねった街道を進んでいくと、サガラド河の中流域のほとりに街道が合流する。

 そして川沿いの街道を進んでいくと、街道横を流れる川幅が広くなるに比例して集落や町が点在し始める。

 それにつれて街道沿いの風景も、それまでは人気のない原生林や原野だったのが、黄金の穂が揺れる一面の小麦畑や果樹園などの耕作地と、そこで仕事に精を出す農民たちの姿が見えるものへと変わっていく。

 そんな小麦畑や村を幾つか過ぎると、ようやく遠目に巨大な城砦に囲まれた城砦都市が見えてくる。

 それがヴィンドベルク王国の王都であるエーデルシュタインだ。


 近付くとその異様なまでの壮大さに驚くだろう。

 城壁の高さは低いところでも20メートルはあり、そんな城壁がぐるりと都市を囲んでいて、一周するのに徒歩なら何日かかるか見当も付かない。

 王都に入るための城門は東西南北の街道に面して作られており、いつも入城しようとする人や荷車、馬車などで込み合い、長い行列が出来ている。
 その行列を目当てに、城壁の外側の城門近くには王都に入れなかった人族や亜人・獣人たちのスラムが形成されていた。
 スラムに住む大人たちは行列を作る人々に食料や飲み物を売りつけ、小さな子供たちは物乞いや雑用とに走り回っている。

 衛兵たちの厳しい審査を受け、城門をくぐって入城すると、そこは賑やかな門前市だ。

 宿屋や食事処はもちろん、様々な店舗や屋台がさほど広くない道の両側にひしめき、混沌とした活気を生み出していた。

 城塞都市を円に例えると、外周部に沿って商業地域や一般市民が住む居住区があり、その内側に同心円を描くように第二の城壁があって、その中は貴族や豪商などが住む屋敷街となっている。
さらに第三の城壁の内側は王国軍の施設や訓練場があり、円の中心部分には王族の住まう王宮があった。

 王宮の外観はファンタジーによく登場するトンガリ屋根が立ち並ぶシン〇レラ城のようなものではなく、四角の角にそれぞれ見張り台を兼ねた尖塔を持つ長方形の六階建ての建物だ。
 質実剛健でありながら威容を放ち、建物に囲まれた広い中庭には美しい庭園を備え、建物の細部には優美さを持つ造りとなっていた。

 その王宮の一室で二人の男が向かい合っている。

 部屋の中は贅を尽くした調度品に囲まれ、巨大な書架には高価そうな革表紙の書籍が壁一面に並んでいた。
 壁のちょうど中程に設置された豪華な暖炉の前には、艶の美しいマホガニー製のテーブルと座り心地の良さそうな椅子が何脚も並んでおり、そのうちの一つに長身でやや細身の男がやや窮屈そうに椅子に沈ませて座っている。

 特徴的なのは銀髪が背中まで伸びており、その顔立ちは冷たい石像彫刻のように整っていた。

 王国の軍制は譜代貴族が中心の第一軍、中小領主たちが中心の第二軍、他国出身ながら人材登用されたものが集まる第三軍からなっている。

 この銀髪の男は第三軍を束ねるエルンスト・グラナート将軍で、第三軍は国内外の諜報部としての役割も持っており、必然的に秘密警察的な裏の仕事も受け持つことから、その整った外見にも関わらず「銀狼将軍」と呼ばれ恐れられていた。

 そしてその部屋の一番奥には、その部屋の主と分かる若い男が、磨き上げられた巨大な机の後ろでこれまた大きな椅子に座り、くつろいだ様子で背凭れにもたれかかっていた。

 王国の王、アルフレート・ノイ・ディアマントその人である。

「将軍、準備のほうはどうだ? 」

 王の横に控えた従者がデキャンタからグラスに葡萄酒をそそぎ、それを受けて一口飲んだ王が静かに銀狼将軍に問いかける。

「問題なく進んでおります、陛下。ただ一つの懸念を残しては」
「ほう、懸念とは何だ?」
「あの森のエルフどもにございます。万が一にも腹背を突かれるようなことになれば厄介かと」
「ふむ。確かにいつもながら目障りな奴らよな。世界樹があるからと調子に乗りおって。亜人風情が気に入らん」
「陛下、つきましてはこの私に策がございます。陛下の気分も晴れるであろうこと請け合いです」
「うん? だが、奴らの後ろには世界樹が付いている。あれを敵に回すのは面倒だぞ」

 酷薄な微笑みを浮かべた銀狼将軍が笑みを深め、身を乗り出して説明し始める。
 最後まで献策を聞いた王は少しの間じっと将軍を見つめながら黙考する。

 そして僅かに口元に笑みを浮かべ、王が口を開いた。

「面白そうだな、よし、許す。よきに計らえ。そのかわり失敗は許さんぞ」
「御意。お任せください。かならずや良い報告を御前に捧げます」

 部屋の外はいつの間にか日が陰り、部屋の中も薄暗くなっていたため男たちの笑いは闇に溶けて、壁際に控えた従者には見えなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界災派 ~1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す~

ス々月帶爲
ファンタジー
元号が令和となり一年。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。 対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。 これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。 防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。 損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。 派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。 其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。 海上自衛隊版、出しました →https://ncode.syosetu.com/n3744fn/ ※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。 「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。 →https://ncode.syosetu.com/n3570fj/ 「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。 →https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜

華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日  この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。  札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。  渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。  この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。  一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。  そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。 この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。 この作品はフィクションです。 実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。

異世界に転移す万国旗

あずき
ファンタジー
202X年、震度3ほどの地震と共に海底ケーブルが寸断された。 日本政府はアメリカ政府と協力し、情報収集を開始した。 ワシントンD.Cから出港した米艦隊が日本海に現れたことで、 アメリカ大陸が日本の西に移動していることが判明。 さらに横須賀から出発した護衛艦隊がグレートブリテン島を発見。 このことから、世界中の国々が位置や向きを変え、 違う惑星、もしくは世界に転移していることが判明した。

平和国家異世界へ―日本の受難―

あずき
ファンタジー
平和国家、日本。 東アジアの島国であるこの国は、厳しさを増す安全保障環境に対応するため、 政府は戦闘機搭載型護衛艦、DDV-712「しなの」を開発した。 「しなの」は第八護衛隊群に配属され、領海の警備を行なうことに。 それから数年後の2035年、8月。 日本は異世界に転移した。 帝国主義のはびこるこの世界で、日本は生き残れるのか。 総勢1200億人を抱えた国家サバイバルが今、始まる―― 何番煎じ蚊もわからない日本転移小説です。 質問などは感想に書いていただけると、返信します。 毎日投稿します。

世界異世界転移

多門@21
ファンタジー
東京オリンピックを控えた2020年の春、突如地球上のすべての国家が位置関係を変え異世界の巨大な惑星に転移してしまう。 その惑星には様々な文化文明種族、果てには魔術なるものまで存在する。 その惑星では常に戦争が絶えず弱肉強食様相を呈していた。旧地球上国家も例外なく巻き込まれ、最初に戦争を吹っかけられた相手の文明レベルは中世。殲滅戦、民族浄化を宣言された日本とアメリカはこの暴挙に現代兵器の恩恵を受けた軍事力を行使して戦うことを決意する。 日本が転移するのも面白いけどアメリカやロシアの圧倒的ミリタリーパワーで異世界を戦う姿も見てみたい!そんなシーンをタップリ含んでます。 43話までは一日一話追加していきます!

超文明日本

点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。 そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。 異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

処理中です...