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第一章「異世界」

渡り人

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「あっ、そういえばロサは回復魔法を使っていたぞ!」
『亜人はちょっとだけ魔力を使えるんだよ。だから先祖が魔人だったっていう風評があって、人間から差別されたりしているけど、それは根拠のないデマなんだ。
 何故使えるかは種族的な特徴と言う他ない。でも亜人も魔石を持っていないからその魔力量は少ないんだよ。だから、ちょっと火を付けたり、水を出したり、怪我を治したりするのが精いっぱいかな。
 とてもじゃないけど、魔力で攻撃とかドカーンと火の玉を出すとかできないよ』


 廚二病なら"ファイヤーボール!"とかにあこがれるのだろう。
 しかしそれよりも、石動は魔法で攻撃される可能性があるのかを知りたかった。

「魔人なら魔法を使えるんだ?」
『昔は使えたから今も使えるんじゃないかな、というのが正しいかもしれん。なにしろここ2000年ほど、魔人は姿を見せていないから、分からないんだよ。
 でも魔人の特徴として魔石を持って生まれるから、魔法が使えるのは間違いないと思う。
 もう魔人は滅んだって説もあるし、魔大陸の奥深くに潜んでいるという者もいる。どちらも確かめていないから何とも言えないけどね。
 少なくとも昔は、魔人は魔物よりも強い魔法を使っていたのは確かだよ』
「ふ~ん、では魔石が無い自分には、魔法は使えないということか・・・・・・」
『ちなみに私は問題なく使えるぞ? 魔石は持っていないが、世界樹の魔力を使えるからね』

 ラタトスクは右掌を上に向けるとポッと火の玉を出し、左掌も同じ様に今度は水の玉を出して見せ、どうだとばかりのドヤ顔を石動に向ける。

 石動も段々とラタトスクの性格が分かってきたので、“おおっ!”と驚いて見せ、心からの拍手を送ってやった。
 機嫌が良くなったラタトスクは、得意気に続けた。

『では次にこのミルガルズ大陸の説明をしよう。大陸のほぼ真ん中辺りに5000メートル級の山々が連なる山脈があって、大雑把に言うとそこを境に上が帝国勢力圏、下が王国の勢力圏と分かれてるんだ。
 もちろん、勢力圏に所属しない中小の国々もたくさんあって、例えばこの回りの森一帯はエルフ族が治めてる。
 山脈から森の方へ流れる大河の下流に、主に人族が支配する王国がある感じかな。
 あとは各地にいろんな種族の地方豪族や山の中のドワーフの国などの小国が点在して、興亡を繰り返してるんだ。    割と弱肉強食の時代がここ百年ほど続いているよ』
「百年っていうのは長いね。今の話だと帝国と王国の争いに皆が巻き込まれてる感じなのかな?」
『まぁ、いろいろ群雄割拠してあちこちで争ってるけど、イサムが言う通り帝国と王国の闘いがいくさとしては一番大きいかなぁ』

 ラタトスクの説明を聞いていると、やはり中世ヨーロッパか日本で言えば戦国時代に似ていると石動は感じた。

「帝国と王国では、どっちが強いんだろう?」
『ほぼ互角だから戦乱が長引いてるとも言えるね。帝国は規模も大きく人口も多い。亜人や獣人も暮らしていて、獣人のみの部隊もあるくらいだから戦闘力は高いのだけど皇帝の統率力に問題があるんだ。
 初代皇帝はカリスマ性と武力・胆力を備え持った人物で、帝国をまとめ上げて版図拡大した傑物だったけど、ろくな後継者がいなかったのが不幸だったね。
 醜い跡目争いの末、先代皇帝になったのが猜疑心の強い小心者でね。現皇帝はその息子でプライドだけ高い俗物だよ。家臣や貴族たちの不満は高まっているみたい』
 

 遠い目をした石動は、他人事として相槌を打つ。

「どこの世界も後継者争いは大変だなー。」
『フフッ、セリフに感情が籠っていないよ、ツトム。ちなみに帝国と違って王国は人族至上主義の国だから人族同士の結束は強いけど亜人達には地獄だね。
 前王は骨肉の争いや粛清の嵐を潜り抜けたしたたか者で、権謀術数を好む残酷な男だったよ。人望はなかったけど戦には強くて、家臣もそれなりに一騎当千の者を取り立てたりしたから皆従っていたんだ。
 どんどん周りの小国も切り従えていくんで、このままだと帝国とのパワーバランスが崩れるかもと思っていたんだけどね。
 ところが最近、前王は息子のクーデターで、あっさり殺されてしまったんだ。
 今はその息子が王となって国をまとめている最中だけど、旧家臣たちも現王を支持している様だから、それなりに従えるだけの力はあるんだろうな』

 石動は、正直各国の詳細な兵士の数や武装内容、過去の戦績やそれぞれの国がとった戦略戦術などを聞いて分析してみたかったが我慢した。

 一番聞きたい質問をまだ聞いていなかったからだ。

「ざっくりしたこの辺りの状況は分かった。では肝心の『渡り人』とは何なんだ? 」
『何だと聞かれると返答に困るな。「渡り人」は何百年に一度の頻度で突然現れる不思議な存在だよ。
 ツトムの様に明らかにこの世界の者とは違う装いをしていることが多く、聞いたこともない言葉を話す。 
 ちなみにこの世界は皆、共通語を話すからすぐに分かるんだ。他の大陸での出現例もないことはないが、不思議とこの森での出現率が高い。
 個人的な推測だが、この森のどこかとツトムの世界が交わるときに次元の狭間が生じ、その時その場にいた者が「渡り人」となるのではないかと私は考えている』
「ええっ、じゃ自分はその次元の狭間とやらに巻き込まれたということ?!」
『う~ん、巻き込まれた、というのはそうとも言い切れないんだよね~』

 ラタトスクはう~んと考え込むように首を捻りながら、石動を意味ありげに見つめる。

『今までの「渡り人」は全てその時代の節目に現れて、それぞれが極めて重要な働きを果たしているんだ。
 例えば200年前の時は「渡り人」によって貨幣経済という概念が持ち込まれて、今では全世界に普及しているし、その前は農業革命が起こったんだ。
 そう考えると「渡り人」は、時代の変換期に役目を持って選ばれて送り込まれてくる重要人物なのではないかとも考えられるんだよ。だから「渡り人」を見つけたら大切に保護して連れてくるよう、エルフ達には徹底されているのさ』

 ラタトスクは笑みを消して、ジッと石動を真顔で見つめ、静かに尋ねた。

『だからツトム、君はどんな役割を担って、この世界に来たんだい?』
   

「なんだそりゃ」

 石動は思った。役割だって? 重要な役目を持つとはどういう意味だ?

 だいたい、自分は熊に吹っ飛ばされて気が付いたらこんな訳の分からない世界にいたと言うのに、役割も何も無いだろう。
 精霊だかなんだか知らないが、元の世界に戻れるかもと思って黙って聞いてれば、自分がこの世界に重要な役割を果たすだと?
 それってもう帰れない前提じゃないか!
 いろいろ考えていると段々とムカついて来た。
 このペタパイのロリッ娘め!

『何やら失礼な思念が伝わってきたんだけど?』
 「ラタちゃん、自分は元の世界では自衛隊員、こちらで言うなら唯の軍人に過ぎない。少しばかり銃の扱いは得意だが、そんな大層な役割など果たせるとは思えない。何かの間違いではないだろうか? 間違いならさっさと元の世界に戻して欲しいんだけどな」
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