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第一章「異世界」

遭遇

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 森の中の植生は見たことも無いものだった。

 少なくとも石動が先程までいたはずの冬の北海道の森ではないことは確かで、白樺も青松もない。 
東富士演習場などの本州で見る樹木とも違う。

 なにしろ、見た目は杉に似ているが葉が広葉樹のようにみえる、直径2メートル以上高さ50メートルくらいの大樹が聳え立つようにして立ち並んで森を形成しているのだ。

 下生えの草も深いところでは人の背よりも茂っている。掻き分けて進むしかなさそうだ。
 そうかと思うと、たまに見たことも無いような毒々しい色の花が咲いていたりして、レンジャー訓練を重ね、野草の知識には自信がある石動にも何の花なのか見当も付かない。

 森の中は、豊富な動物や鳥の気配も感じられた。

 下草を掻き分けて進むうち、獣道らしきものを見つけた時、大型の獣の足跡を見つけて緊張する。

 野犬にしては大きいが、熊ではない。大型のオオカミか?
 いや、日本ではオオカミは絶滅してるし・・・やはり野犬だろう。

 いずれにせよ、充分注意する必要がありそうだ、と石動は気を引き締める。

 しばらく進むと、沢に出て川幅1メートルほどの小川が流れているのを見つけた。

 川の水に手を入れると、冷たく澄んでいる。
 後で煮沸消毒することにして、空いたペットボトルに水を汲んでおく。

 河原は岩場となっていて、野営地としては足場が悪い。
 それに先程見かけた足跡の主が水場にやってくる可能性を考えると、ここではなく川から少し離れた安全な場所を探すことにした。

 周囲を警戒しながら、大きな木の根やとげのある草などに苦労しつつ進んでいると、不意に何かが争う気配と物音を感じて、その場にしゃがみ込む。

「10時方向か・・・・・・」

 じっとして耳を澄ましていると、獣の吠える声に交じって人らしき声もするようだ。
 石動は急いで様子を見に行くことにした。


 やがて着いた森の中の少し開けた場所で、大型獣の怒りが滲んだ咆哮が響き、人と獣が争っていた。  
 石動はその光景を見て、目を疑う。

「(熊と人が戦っている・・・・・・? いや、あれは熊だよね? いくらなんでもデカ過ぎないか!)」

 石動が目にしたのは、体長4メートル近くはありそうな巨大な熊だった。

 北海道のヒグマの2倍近くある。
 そしてヒグマと違って、体毛が真っ黒で手の爪がナイフの様に異様に長く鋭い。
 昔見た、映画「シザーハンズ」の主人公の手を思い出した。それとも「エルム街の悪夢」のフレディか・・・?
 首の下に白い三日月模様はないので、勿論ツキノワグマではなさそうだ・・・。

 ちなみに世界最大の熊は北極熊で、体長2.5m、体重は600キロを超え、記録では1000キロを超える巨体の北極熊がいた事が確認されている。

 またアラスカのコディアック諸島に生息するコディアックヒグマは、最大で体長3mを超え体重も750キロのものが確認されている。

 それらの熊より巨大な熊が存在するなど常識では考えられないが、目の前の熊は明らかにそれより巨大で、歩くだけで地響きが聞こえてきそうだ。

 そんなバケモノと弓矢で戦うなんて・・・・・・。

 熊の身体には、肩に2本、右胸に1本、矢が刺さっている。
 矢を射った人物を見ると、今も熊の攻撃をかわし、大樹を盾にして逃げながら次の矢を射ようとしていた。

「(・・・・・・なんだろうあれは? コスプレなのだろうか?)」

 日本では弓矢での狩猟は法律で禁じられている。
 欧米ではコンパウンド・ボウによる鹿や熊狩りがスポーツとして認められているのを、動画サイトなどで見たことがあった。

 しかし、見慣れた普通のハンティング装備ではなく、金髪・碧眼で皮鎧とブーツをはき、太もも丸出しで熊と戦っている美女を見て、石動は目を疑ってしまう。

 そして耳が長かったのだ。耳たぶがじゃない。耳の上半分がスッと上に伸びている。

「(エルフみたい・・・・・・だよね?)」

 森の人「エルフ」。

 エルフが実在するなら、弓矢で熊と闘ってもおかしくないのか・・・・・・。
 いやいや、そもそもそれはファンタジーの世界での話だろう?

 石動は目の前の光景が信じられず、混乱してしまう。

 耳は整形した? とも思ったが、そこまでして想像上の種族になりたいものだろうか?
 ましてやなり切った格好で、弓矢で熊と戦うなんて、普通にヤバい人としか思えない。

 石動は迷う。これは助けに入ったほうが良いのだろうか?

 普通に女性が熊に襲われている状況なら、石動も迷うことなく助けに入っていた。
 しかしエルフの格好をしたヤバい女性は、巨大熊を相手にした闘いで熊を圧倒しているようにも見える。

「(これはエルフの人が、熊を狩っているのだろうか? だとすると同じ狩人ハンターとして獲物を横取りするのは悪いしな・・・・・・)」
 
 とは言え心配なので、石動は女性が危なくなったら助けようと闘いを見守っていた。

 しばらくすると身体に何本もの矢が刺さった巨大熊は、あきらかに弱ってきていて、石動の眼にも勝負の行方は明らかになってくる。

「(伝説のエルフなら熊くらい弓矢で倒せるということだろうか・・・・・・すげぇな。
まぁ、倒せるなら問題ないし、あんな格好の女性とはあまり関わり合いにならない方が良さそうだ)」

 そう思った石動は、静かに匍匐したまま後退り、見つからないうちに立ち去ろうとする。

 その時、二足立ちになった熊の身体が膨れ上がるようにして体毛が逆毛立ち、咆哮を上げたかと思うと右前足の爪を袈裟懸けで斬る様に振り下ろす。

「グゥオォォォォォッ!!」

 その斬撃は白いブーメランのようになって飛び、咆哮を受けて動きが鈍ったエルフの女性が持つ弓の弦を切り裂き、前に伸ばしていた左腕にも傷を負わせる。

「(ええええっ!なんであれが届くんだ?! 完全に間合いの外だったよな! うわぁーマジか!)」

 弓を失い、左腕から出血している女性は、気丈にも右手で剣鉈の様な短刀を抜くと、熊を睨みつけている。
怪我をしているうえに、弓が使えない状態では最早、女性に勝ち目はないだろう。

 熊は短刀を警戒しながらも、勝ちを確信した様子で4つ足になり、ゆっくりとエルフの女性に近づいていく。

「こりゃマズいだろ」

 一瞬で石動は女性を助けることに決め、愛銃レミントンM700を素早く構えるとボルトを引いて初弾を薬室に装填した。
 距離は20メートル程なので、石動にとっては外しようがない。

「(あの熊のバイタルゾーンがヒグマと同じならいいけど・・・・・・)」

 ヒグマのバイタルゾーンは正面で立ち上がっていたら「喉元」、横からなら「アバラ三枚」と言われている。
 石動は横からの狙撃となるため「アバラ三枚」、つまり前足の付け根で脇の下すぐ後ろを狙い、静かに引き金を絞る。

 ドゥーーンという発砲音が響き、素早くボルトを操作して次弾を装填した石動は、銃を構えながら熊へ駆け寄っていく。

 弾は狙い通り前足の付け根から入って心臓を貫き、熊はビクンッと身体を硬直させたのちにガクッと崩れ落ちた。

 石動は北海道のヒグマ猟で、巨体の熊でもバイタルゾーンを撃ち抜かれると、あっけないほどコロリと倒れるのを見て、最初の頃は驚いたものだった。

 急いで熊の5メートル近くまで駆け寄った石動は、足を止めて熊の様子を窺う。
 熊は死んだふりをして、近づいてきた敵に逆襲してくることがあるからだ。

 その場で念のためとどめを刺すため、耳を狙ってもう一発撃つことにした。

 静かな森に再び轟音が響き渡る。
 熊の様な大型獣にはやや非力とはいえ、308ウィンチェスター弾を至近距離で耳から打ち込まれ、脳を破壊された熊は再び巨体をビクンと痙攣させた後、動かなくなった。

 ヒグマより遥かにデカい熊の掌が、ゆっくりと開いていく。
 辺りに血と死の匂いが満ちてきた。完全に死んだようにみえる。

 念のため銃口で目を突いて、反応がないことを確認した後、フゥーっと息を吐いて、石動は自身の戦闘状態を解除した。

 そしてライフルのボルトを操作し、空薬きょうを排夾した後にアモポウチから2発銃弾を取り出す。
 レミントンに2発とも補填してマガジンを一杯にした後、指でカートリッジを押さえながら薬室を空にしたままボルトを閉じた。

「(あと残弾は14発・・・・・・)」

 石動は突然、パァーっと頭の中の霧が晴れて、全てを思い出してきたのを感じる。

「(そうだよ、思い出した。ついさっきまで北海道で蝦夷鹿猟をして・・・・・・そしてそう熊に、「耳ナシ」に襲われたんだった。それで崖から沢に落ちて・・・・・・)」
 
 石動は左腕のGARMINガーミンスマートウォッチを覗き込む。
「(今日は12月の○○日、朝早く家を出た自分は・・・・・・)」
 
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