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13救出

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    朝というのは、誰にでも平等に訪れるものだ。しかし死した者は例外な筈だった。
     が、何故か俺にも朝は来た。1人の幼気な少女の代わりに、当たり前のように身体を起こし、洗面所に行って顔を洗う。鏡に映るのは、恐ろしいほど血色のいい男の顔だ。
 

    悪い夢を見た気がした。思い出すと、器用に撃ち抜かれた肩が痛む。身体に傷を作ることなんて、息をすることとさして変わらない筈だというのに。傷なんて、とっくに消えてなくなった筈なのに。
    命があることが虚しい。何のために今日、俺は朝を迎えたのだろう。守っていた筈の者に命を譲られるとは、悪天使保護団の一員である前に男失格だ。俺は重い足取りで自分の部屋に戻った。

    どれだけの虚しい時間が過ぎ去っただろうか。 暫くすると、部屋をノックする音が聞こえた。
「入っていい?」
    甲高い声が聞こえた。暫く返事を返さないでいると、奴は勝手に部屋に入ってきた。伴って香ってくるハーブティーの香り。奴は既に、朝に馴染んでいた。

    天使ひとの命を貪って生きる、同類の登場だった。

    ところがルナは機嫌良さそうにハーブティーを小机の上に2つ置いた。そして、ベッドに勢いよく座る。
「ちょっとお茶しない?」
    何かが吹っ切れたような、そんな明るさが滲み出ていた。
    有無を言わさない彼女の爽やかな圧に、俺は渋々ベッドから起き上がった。
    仕方なくハーブティーを手に取る。
    これ、毒とか入ってないよな……。怒りっぽい薬剤師の作る飲み物は危険が付き物だ。
「ちょっと!?心の声漏れてるんですけど!?」
    ほら、早速怒った。しかし、機嫌は良好なままだった。
    ルナは俺に紙ナプキンを手渡した。ルナが自分のナプキンで上品に口を拭いている隣で、俺は遠慮なく顔を拭いた。
 ルナはそんな俺を気にも留めずに、鼻歌を歌いながらトレイの上に載っていた小さく折りたたんだ紙を広げた。
「なんだ、それ?」
 俺が興味なさげに聞くと、ルナはフッフッフッと意味深に笑って、言った。

「最近のローシャ、可笑しいよね?」

と。

 見当違いな答えだが、確かにそうだ。俺とルナが目覚めた日から、ローシャは可笑しい。暫く施設に帰ってこない日が続いたかと思ったら生気の抜けた幽霊のように帰ってきて、何日も部屋から出てこなくなった。かと思えば、また何かを始めたらしく、今は日が昇りきらないうちに施設を出て、俺たちが寝る頃に帰ってくる。ローシャはいつもどこに行っているのだろうか。俺たちに何も言わずに行動しているのが多少気がかりではあるが、彼には彼なりの考えがあるのだろうと思い、敢えて言及はしなかった。
 しかし、ルナは何か知っているようだった。
「この前、やっぱりローシャが心配になって、ローシャが帰ってきた後にローシャの部屋に行ったの。ノックをしても返事がなかったからそっとドアを開けたら、ローシャは机に突っ伏して眠ってて。風邪引いちゃうといけないと思ってブランケットをかけようとしたら、机に置いてあったメモに気づいたの」
 この紙がそのメモを書き写したものだと、ルナは得意げに話した。
 その紙には、プロデスト軍の基地の地図に侵入経路や警備が甘い場所、時間帯、戦地に赴く都合のため特別警備が緩い日、悪天使が収容されている牢屋、最も閉塞的な牢屋の場所など、綿密に調べられた夥しい数の情報が書きなぐられていた。
「これ全部書き写すの、結構大変だったんだよ?ローシャ、やるな~」
 いくら夜の伝書鳩を名乗る情報配達員のローシャといえど、これだけの情報を集めるのは骨が折れる作業だっただろう。ローシャが最近どこで何をしていたのか、はっきりわかった気がする。そして、これだけ様々な情報が記載されているというのに、リュアの部屋の情報が一切書いていない。それに対して、関係ない筈の最も閉塞的な牢屋に関する情報が、浮き彫りになるくらい細やかに書かれていた。
 俺が虚無の日々をのうのうと過ごしている間に、どうやら事態は悪い方に急変したらしい。ローシャはそれにいち早く気づいて、情報収集を黙々と行っていたのだろう。
 それに気づいた瞬間、いよいよ俺は自分の無力さに死にたくなった。今ここに生を遂げているのが俺ではなく天使だったら、少なくともローシャの疲れを癒すことくらいは容易かっただろうに。
 ルナは、俺の様子に気づいたのか、暫く閉じていた口を唐突に開いた。
「イアン、私たちも助けに行かない?」
 ルナの視線を辿ると、「特別警備が緩い日」を見つめていることが分かった。恐らく、その日にローシャがリュアと悪天使を救出しに行くと悟っているのだろう。
 俺は気乗りしなかった。先日のあの出来事が、どうも俺を縛り付けて離さないのだ。訓練をしようとすると、とうに完治した筈の胸の傷が痛んで仕方がない。よって今の俺は、身体が訛っている。自分の鍛錬不足で自滅するのならまだいい。しかし、俺は先日の出来事を経て、確信してしまった。天使は、こんな俺をも助けてしまう。もしまた死んだ記憶を持ちながらここに戻ってきていたら、俺は今度こそ何のために生きているのか分からなくなる。これ以上、命を喰らうバケモノには成り下がりたくなかった。
 自己嫌悪と同時に気になったのは、今俺の瞳をじっと見つめて返事を待っているルナのことだ。彼女は平気なのだろうか。陥っている状況は、俺と全く同じ筈なのに。廃人になる崖っぷちに立っているというのに。「助ける」という行為が、今の俺たちにとってどれだけ馬鹿げたことなのか、頭脳派のルナはとっくに分かっている筈なのに。どうして先ほどからえらくご機嫌なのか。どうしてそんなに曇りなき眼で俺を見つめることができるのか。

「ルナ、お前って何者なんだ?」

 気づいたら、そんな疑問を投げかけていた。
 急にルナが、恐ろしく感じたのだ。少なくとも同じニンゲンに対して感じるような恐怖ではなかった。神秘的な畏怖が、沈黙の空間に存在していた。
 ルナは一瞬目を見開いた。そこに久々のニンゲンらしさを感じて、俺はやっと冷静になることができた。
 変なことを聞いてしまったことを謝る前に、ルナは答えた。

「私は、無力なニンゲンだよ」

 俺と同じだった。聞いてからこんなことを考えるのも不思議だが、俺はコイツのことをあまり知らない。俺が悪天使保護団ここに入った時には、ルナは既に悪天使保護団ここにいた。ルナが俺と同じ種族だと分かったついでに、もっとルナのことが知りたくなった。都合のいいことに、ルナは話を続けた。
「私ね、ずっと昔からリュアを知ってたんだ。だから、力になりたいと思った」
 遠い目をしたルナは、そこで一口ハーブティーを飲んだ。
「じゃあ、悪天使を助けるためにここに来たわけじゃなかったのか?」
 俺が何の気なしに尋ねると、ルナは大きく首を横に振った。
「そんなこと、全然ないよ!私はれっきとした、悪天使保護団の団長です!」
 俺が邪な入団理由を疑ったと思ったのか、ルナは必死に否定した。
「そうか」
 俺は納得した。
「だからね、私はまだまだ戦えるの。あの時の恩返しもしなくちゃだしね。リュアが生きてるなら、私はどっかの誰かさんみたいに廃人にはなれない。リュアが捕まって酷いことされてるなら、今すぐにでも助けに行かなくちゃ!」
 そう言って、ルナは勢いよく立ち上がった。そして、まだベッドから腰を離せていない俺に向かって手を差し伸べた。
「ようこそ、悪天使保護団へ!あなたの入団理由は何?」
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