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12あの日 〜イアン視点〜

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      訳が分からなかった。

     俺はあの日、雨の中を新入りの悪天使を連れて本館へと走っていた。傘の代わりに、自分の上着を悪天使に被せていた。こんなことになるなら、早く切り上げて帰ればよかった。傘を持っていなかったことをひどく後悔していた。

    後悔すべきは、それほど些細なことではなかったのに。

     本館が見えたとき、俺はすぐに異常に気付いた。見たこともないような武器を持った集団が、施設にぞろぞろと入っていく。プロデスト軍だ、と直感的に気付いた。そして、もう一つ気付いた。施設の中には、女と悪天使しかいないことに。俺は、後ろにも悪天使がいることを忘れ、無我夢中で走った。
「お前ら、悪天使保護団に何の用だ!」 
 俺は、人数差など気にせずに、プロデスト軍の群れに突っ込んだ。奴らをかき分けて施設に入ると、とんでもない光景が目に映った。
    なんと、リュアが銃を構えていたのだ。銃なんて持ったこともないクセに、その姿は様になっていた。そして、しっかりと標的を捉えていた。標的を睨むその顔は、プロデスト軍の奴等に似ていた。

「死ね」

    男みたいに低い、どすの利いた声だった。
    訳が分からなかった。俺の知ってる現団長は、純粋無垢で、武器なんて持てないはずだ。今までに、誰かが銃の持ち方なんて教えたことがあっただろうか。人を傷つけろなど命じたことがあっただろうか。全ては愚かな人間どもの妄想に過ぎなかった筈だ。
     それなのにどうして。
     いや、どうだっていい。時間がないんだ。リュアを穢れた世界に引き込まないためには、どのくらいの時間を要するだろう。何のために、戦いに長けている俺がこの団に属していると思っているんだ。何のために、元団長がリュアをこの団に連れてきたと思っているんだ。
    俺は咄嗟の判断で、プロデスト軍の前に躍り出た。プロデスト軍ではなく、リュアを庇うために。彼女を、「殺し」という悪夢の連鎖に突き落とさないために。
    そこに、確かに一瞬の間があった。流石に、発砲を躊躇すると思った。銃を持つことはできても、所詮戦いに慣れていない純粋な少女だ。俺を避けて軍の誰かに弾を当てるなど不可能だと考えて躊躇う筈だ。俺はその隙をついて、リュアから銃を取り上げるために、代わりに自分が撃つために走った。リュアとの距離が近くなる。銃口は俺の斜め上、つまりプロデスト軍の方へ向いている。急げ、早く奪うんだ!
 床を蹴って、リュアに抱き着くような姿勢で飛び掛かる。その時俺は、信じがたい事実に自分の目を疑った。
 
バン!

 弾丸とともに、俺はプロデスト軍の方に一気に戻された。
 
    視界が揺らぐ。

    俺としたことが、油断をしていたようだ。リュアに飛び掛かる前に、俺の行動に動じないプロデスト軍を疑うべきだった。
 
    リュアはプロデスト軍と幾らか言葉を交わした後、さっきまで俺と一緒にいた悪天使を連れて軍基地に連行されていった。その間リュアは、血を流して倒れている俺にわき目も降らなかった。悪天使の方は俺を一瞥し、不思議そうに首を傾けた。

    戦争なんて大嫌いだ。

    朦朧とする意識の中、俺は誰かが階段を転げ落ちる音を聞いた。



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