残酷なこの世界線で。

天ノ月 アコ

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5悪天使の覚醒

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 横暴なことで有名なプロデスト軍の副兵長クーデは冷酷な瞳孔で私達を睨みつけた。そして、軍服のポケットから三本の注射器を取り出した。
 私は背筋が凍り付いた。長年薬品研究者をやっている私は、注射器の中身に察しがついた。
 カフェイン。茶の葉、コーヒーの実・葉などに含まれるアルカロイドの一種。無色・無臭の白色針状結晶。注射器の中身は恐らく、それを液状化させたものだろう。人間にとっては眠気覚ましになる優れものだが、悪天使にとっては服用すると狂ったように暴走する麻薬のような代物だ。
 クーデは注射器を一度に悪天使の腕に投げて刺した。 
 その刹那、悪天使の羽が大きく開き、蛾のようにどす黒い粉末を撒き散らした。
「ウワアアアアアアアアア!」
 先ほど明るくなったばかりの悪天使の表情は豹変し、苦しそうに発狂した。光のないその瞳の闇は、より一層深くなった。
「こいつらを殺してしまいなさい、悪天使よ!」
 いつからいたのか、そこには冷酷なやり方で指揮を執ることで有名なプロデスト軍の兵長アリスもいた。薔薇色の肩までの髪を赤いリボンで高い位置に結んだ少女らしい髪型とは裏腹に、狂気的な笑みを浮かべている。
 やばい!
 そう思うと同時に、胸に激痛以上の痛みが走る。
「うっ……」
 苦しむ私に、悪天使は手加減などしない。
「教えてあげるわ!プロデスト軍が、なぜここまで悪天使に執着するのかをね!」
 アリスが怒りの感情を持ち、嗤いながら言った。
 嗚呼、この人はどうして、怒りながら嗤っているのかな。感情というものは実に不可解だ。
 私はリュアを見た。彼女は戸惑っている。嗚呼、そんなに心配そうな目で私達を見ないで。私達のこと、助けなくても大丈夫だから。助けたら、あなたが殺されてしまうから。
 私は、かろうじて開いている眼で、怪訝な顔をしたクーデに連れていかれるリュアを見送った。きっと、怪しいそぶりを見せたからだ。でも、リュアなら平気。大丈夫、上手くごまかせるよ。
 そんなことを考えている間も、悪天使の攻撃は絶えずに続いている。
 私は、隣で倒れているイアンを見た。胸の傷から大量出血している。流石のイアンも、覚醒した悪天使三人の攻撃には敵わないらしい。多分、もう長くは持たないかな。あーあ、これ以上犠牲を出したくなかったのにな。
 どうやら、プロデスト軍が悪天使に執着する理由を知ることができるのは私だけらしい。ただし、最後まで聞ける保証はないけど。私は、絶えない悪天使の攻撃で意識が朦朧とする中、興味深い話に耳を傾けた。
 
「プロデスト国の4代目王女シェルニア様は養子だったのだけど、実は悪天使だったの。そのため、王権が欲しい義理の妹やバケモノを恐れた従者達に命を狙われていた。
    だけど、覚醒時の状態で当時のメイドに抱き締められ、愛情という感情を知り、王女を支配していた悪魔は消えた。私は、その伝説がとてつもなく歯がゆいわ。そのまま悪天使として戦わせていたら、もっと強い国になったというのに!だから私は挽回するの。残酷なこの世の、頂点に君臨するためにね!
    どんなことだってやってやるわ!たとえそれが、どれだけ冷酷なやり方でもね!」
  
 どうして、こんな人が感情なんて持っているのだろう。

 アリスの狂ったような高飛車な笑い声を聞きながら考えた。もし、感情の移植手術なんてものがあるならば、私は間違えなくこんな悪党から感情を奪い取り、悪天使に提供することだろう。感情をなくした悪党は、きっと悪巧みなんかしなくなる。それで世界が、戦争なんていう犠牲を出すだけの虚しい殺し合いを生み出さなくなるなら、喜んでそうするべきだとつくづく感じた。
    彼女の部下も部下だ。もっと周りを見渡せば彼女の執念が狂っていることくらい分かるだろうに、命令に背くことを恐れて、自身のあるべき姿について研究することを放棄している。
 反撃する力のない私は、虚無の心を持つ悪天使に、無駄だと知りながらも尋ねた。

「あなた達は、それでいいの?」

 喉を槍で貫かれた状態で、掠れた声で問いかける。
 一瞬だけ、悪天使の動きが止まる。
 何も映し出さない、虚ろな目。そこに一瞬だけ瀕死状態の私が映し出された。
 そう、たった一瞬だけ。

「ヤメテ」

 誰かが呟いて、私にとどめを刺した。
「ヤメテ」その一言が何を意味しているのか、もしくは何も意味していないのか、私には分からなかった。考える時間すらなかった。
 なぜなら、その言葉を聞いたのを最期に、私の思考回路が途切れたからだ。
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