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第一章 剣帝再臨
第22話 黒兎は夜に誘う(参・耳削ぎと黒兎)
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絶望の表情が刻みこまれたライラーの髪を引いて持ち上げ、喉元から脇差を差し込み、手慣れた様子で頸骨の継ぎ目から首を切り離す。
ボジョレの一連の所作は流れるように淀みなく、彼の辿ってきた壮絶な戦歴を想像させるものだった。
黄昏の藍は空から消え失せ、森はインクに浸したような闇一色。
ボジョレが落とした首の髪を掴んで持ち上げたとき、背後から、パチ、パチ、と場違いな拍手の音が響いた。
「やあ、耳削ぎボジョレ。相変わらずの見事な手並みだね」
一体、何時から見ていたのか。ボジョレは眉一つ動かさず、振り返ることすらなく、背後の声に応えた。
「黒兎、やはりあれはお前だったか」
「うん。久しぶり。今日も耳よりな情報を持って来たよ」
親愛の情の籠った声に返答にするボジョレの声音は、氷よりも冷たい。
「確認のために聞いておく。あの魔王級――あれは貴様の手引きか?」
「あはは。こっわいなあ。そんなに怒らなくてもいいじゃないか。
友達だろう、ボク達」
フードを目深に被った黒髪紅眼の少女――ヴァインガルトの従者エデンは、くすくすと含み笑いを漏らした。
「貴様を友と呼んだ憶えはないが」
「悲しいこと言わないでよ。君のエメンタールでの修行時代には、一緒にパーティまで組んだ仲じゃないか!
第三憲兵隊時代には、スティルトン斥候隊の位置情報や兵力、構成メンバーの情報を何度も君に売ってあげただろう!
スティルトン国内に耳削ぎ伝説を怪談に仕立てて流してあげたのもボクじゃないか! そのお陰でどれだけ後の仕事が楽に運んだか、考えてみなよ。
だから、そんなに邪険にしないで欲しいなあ」
「貴様と行動を共にしたのは、利害の一致があってのことだ」
「それから、君の妹のバルベーラだけど――魔王級の不興を買って殺されそうになってたからさ、とりあえず助けといてあげたよ。本当に、危ないところだったんだからね!」
「アレは特筆すべき力もない一兵卒だ。助けて対価を要求するだけの価値はない」
「またまたそんな捻くれたこと言っちゃって。内心じゃほっとしてる癖に」
「……仮にどれだけの恩義があったとしても、レディコルカに弓引き、あれ程の血を流したのだ。よもや応報を免れるなどと思ってはおるまいな?」
底冷えする瞳で振り向いたボジョレに、従者は芝居がかった仕草で手を振ってみせる。
「おお怖い。ほら、ボクは無所属だからさ、そりゃ味方になることもあれば、君の敵に与することだってあるさ」
「違う。今回の貴様の行動は、今までとは明らかに違う。意思を持って、貴様自身の目的で以って戦況を操っている。……一体何を企んでいる?
あの魔王級、あれは一体何者だ?」
問いに対して少女が真実を答えるとは、ボショレは欠片も期待していない。だが、この少女の言葉は嘘であっても必ず嘘なりの意味がある。少しでも多くの情報が欲しいこの状況。ボショレは戦いを剣ではなく言葉に委ねる。
従者は問いには応えず、ボジョレの背中で眠る友枝の姿に目を細めた。
「それが、マレビトの姫、番匠友枝かい。可愛い娘だね。ほっぺた突っついてみてもいいかい?」
ボショレは諧謔には応じなかった。
少女は小鳥のように首を傾げると、レディコルカにとって余りに致命的な言葉を口にした。
「君にも想像ついてるんじゃないかな? 魔王級はスティルトン正純の魔道士なんかじゃない。そちらの剣帝親王サマと同じ、マレビトの一種だよ。それにあの様子じゃ、あれはどうやら知り合い同士だね。ヴァインガルトと名乗っているけど、それも多分偽名だ。ひょっとして君、本名に心当たりとかないかい?」
それは、概ねボジョレも予想していた内容だった。
「マレビト、海辺良太」
当たり障りの無い札として、捜索中のマレビトの男の本名を告げた。
「ウミベ、リョウタ……」
少女はその名前を口の中で繰り返し、不吉な紅眼を細めた。
「同じ神国ニッポンから天降られたマレビトが、どうしてこれ程までに異なる力を持つ? あのマレビトを肥えた豚のような人間に仕立てたのは、エデン、貴様の手管か?」
「さあ。詳しいことはボクも知らないよ。それに、アレは最初からあんな人間さ。ボクはちょっとだけ背中を押してあげただけさ。
どうして剣帝サマのようなご立派な人間にならなかったかは……う~ん、本人の努力が足りなかったとか、そういう問題じゃないのかな?
まっ、碌な人生経験積んで無くて、小っちゃな物差しでしか世の中見れない奴だからさ、小っちゃな対価で何でも言うことを聞いてくれる、扱い易い馬鹿の典型さ」
彼女は心底興味無さそうに、その話題を打ち切った。
「そんなことより、君に一つ朗報をあげよう。君達が帝に祀り上げた剣帝親王、切畠正義は生きてるよ。多分、今頃は君の仲間達が救出に向かってると思う」
「当然だ。正義陛下は、あの程度で亡くなられるような方ではない」
「嘘ばっかり。君ならもう、あの剣帝がどんな存在なのかを正しく把握している筈だ。
解ってるだろう? あれは魔道士には天敵に等しい抗魔力を持ってはいるが、傷つきもすれば、死にもする、ただの人間だよ」
形の良い唇が三日月に吊りあがった。
ボジョレはほんの少しだけ、眉根を寄せて不快感を顕にして見せる。
「だから君は、彼が魔王級の攻撃で転落した時、仲間達と一緒に穴底に身を投げたりせずに、真っ先に予備を確保に走った。正義の死という最悪の状況まで考慮に入れ、単身では戦力にならない友枝姫を使って、自分が魔王級を殺せるのかを検証実験したんだ。
だから君は、友枝姫の身を危険に晒してまで、ライラー師匠の首を獲りに来た。魔王級には遥かに劣るとはいえ、七師匠クラスは実験台にするには十分な強さだ。
全く、大した忠臣もいたもんだね。自分の主すら代替可能な駒の一枚として運用するなんて。
でも、ボクは君のそんな所を凄く評価しているよ」
「無駄口が過ぎるぞ、道化」
「あはは。折角だからもうちょっと喋らせてよ。阿呆におべんちゃらばかりの毎日で、ちょっとストレスが溜ってるんだ。
君の方針はあの状況なら正解に近いよ。こちらの要人の首を獲れて、体裁も立つ。それに――魔道士狩りなら、あの正義より君の方が余程上手だろう?
正直、あの切畠の末裔よりも、姫を背負った今の君の方が余程怖いよ。
それとも――最初から、正義は魔王級の力量を計るためにぶつけて、君が手を下すつもりだったのかな?」
バルベーラなら、激昂の余りに刀を抜いて即座に斬りかかっていただろう。だが、ボジョレは刀の柄に触れさえもせず、冷ややかな視線を向けるだけだ。
挑発的な言葉や侮蔑的な台詞で相手を煽り、感情的な言動を引き出すのは少女の常套手段だ。そして、相手の感情の揺らぎに乗じて情報を盗み取る駆け引きの妙。
だが、付き合いも長く、この程度で揺らぐ筈も無いボジョレを軽口で煽るのは、少女にとっては挨拶代わりの歪んだ冗句に過ぎない。
「おお怖い、そんな目で睨まないでよ。
ボクは斬った張ったは弱いからさ、君に狙われたら命が幾つあっても足りやしない。
でも、友枝姫を背負った今の君じゃ、ボクの逃げ足には着いてこれないだろう?
ボク達が落ち着いて話が出来るのも、これが最後かもしれないんだ。
折角の機会だからさ、もっと楽しくお喋りしようよ!」
ボジョレは、視線だけで次を促した。
不用意に間合いに入るなら腕足を切り落とすつもりではあるが、この少女がそんな迂闊なことをする相手では無いのは知悉している。
「君はさ、本当にあの剣帝親王、切畠正義に国を託せると思っているのかい?
ボクの間近で見た感想だけどね、彼は道徳家の小市民だよ。人望もあるし、将器もあるようだけど……王器があるとは、到底思えないよ。マルゴーの古狸の方が、余程王様らしく清濁併せ呑む器量の持ち主さ。
剣は随分遣えるようだけど、あれ位の技倆の剣士なら、レディコルカにゴロゴロいるだろう。君と違って、人を斬るのにも慣れていないみたいだし。
だってさ、ほら、彼が魔王級を斬るのを躊躇ったせいで、君の部下達は全滅しちゃったじゃないか。
ボクとしてはそれで助かったんだけど、君としてはその辺り、どう考えてるのかな~って、聞いてみたかったんだよね」
少女は残忍な問いかけを無邪気な笑顔で口にする。ボジョレはそれに顔色一つ変えずに答えた。
「構わん。主の短慮をお諌めするのは家臣の務めだ。
親王陛下は、神国へのご帰還をお考えになっていた。
だが、陛下はあのご気性だ。これで、彼らの忠信に報いるためにご尽力下さることだろう。
部下達は、レディコルカの礎として見事に散って見せたのだ」
一瞬、きょとんとした顔をしたエデンは、その言葉の意味を吟味すると、軽快な笑い声を上げた。
「あっははは、君らしい答えだね!
成る程、あの正義ならきっと死ぬまで罪悪感に苦しみ、さぞレディコルカに尽くしてくれることだろう! それは君にとっては、『都合のいいこと』なんだね!
部下の命を幣に神の魂を贖い、国に縛りつけることが出来たわけだ!
なら、背中の友枝姫も大切にしてあげた方がいい。汚したくもない手を汚した彼は、きっとその子の手を清らかに守る為なら、どんなことにも手を染めてくれるだろうさ!
本当に君は素敵だ、ボジョレ! 理性を感情と完全に切り離して運用できる人間、目的の為には手段は選ばない人間、なんてのは時々いるけどさ、君みたいに――どんな汚いことをしても、それを善行と信じて疑わない人間、なんてのは滅多にいないよ!
今までにあれだけ手を汚してるのに、悪意に敏感なキヌ大老に罪悪感や引け目の片鱗さえ悟らせずに、正義の側近を務めるなんて、君以外の一体誰にできるんだい!」
ボジョレは答えない。
主の号令の一声で獲物を狩り殺す最高の猟犬は、弄えに動じることなく、闇の中で赤く尾を引いて揺れる少女の凶眼を見定めていた。
「これは、取引だよ」
少女は、長すぎる前置きを終えて、漸く本題に入った。
「マレビトを一人、ボクに売り渡して欲しいんだ。
勿論、すぐにとは言わない。
この戦争、レディコルカは負けるよ。ボクにも、スティルトンにも、充分な勝算がある。
負ければ、レディコルカがどうなるかは予想がつくだろう? スティルトンの属国に逆戻りさ。300年前のように――いや、二度と蜂起など出来ないように、徹底的に叩き潰される。剣は奪われ、マレビトは吊るされ、国民は最下層の農奴に貶められる。
でも、ボクならそれを救ってあげられる。レディコルカの敗北への流れを変えることは出来ないけど、最低限の自治を認めるギリギリの線で講和を結ぶことができる。
その条件が、マレビト一人の身柄さ。勿論、スティルトンにはマレビトを武力で奪うことも出来るが、彼らが戦死してしまう可能性もあるし、こちらの被害も大き過ぎるからね。互いに利のある話と思わないかい?」
少女が差し出した手を、ボジョレは白眼で見下げた。
「話にならん。レディコルカが勝てばいい話だ」
「うん、君ならそう答えると思ったよ。立場的に、他に応じようが無いもんね。だから、今はまだ何もしなくてもいい。
ただ、いよいよレディコルカが劣勢に立った時にはボクの言葉を思い出して欲しいんだ。
ボジョレ、君が真に国の事を思う忠士ならば」
長話の割には、存外下らない話だった。そんな落胆を見せつけるように、ボショレは嘆息する。
「話はそれで終わりか。ならば去ね。何時までも貴様の相手をしている暇はない」
「うん、そうさせて貰うよ。ボクにも次の待ち人がいることだしね。
それじゃあ、最後にもう一つだけ耳よりの情報をあげるよ。君たちはマレビトの胤を受け、抗魔の力を持った世継ぎを作ろうとしてるけど、それ、全くの無駄だからね。
抗魔力は、この世界の『外』から来た存在だけが持つ一代限りの特異能力。
例えマレビト同士――正義帝と友枝姫の間に子供を授かったとしても、この世界で生まれたその子には、何の力も有りはしないよ。その辺のエメンタール人と見分けもつかないさ。
出鱈目を言ってる訳じゃないよ。これは、ちゃんと検証実験も済ませての結論だからね」
ボジョレは、答えない。
数秒間無言で見詰め合い、今度こそ話題が尽きたことを互いに確信し、少女は闇夜の蝶のように軽やかに身を翻す。
彼女が背中を向けた瞬間を、ボジョレは逃さなかった。
袖口から両掌に落とし込んだ暗器を、音も無く延髄目がけて直打法で投擲。
心理的にも物理的にも完全に死角である筈のその攻撃を、
「よっ! ほっ!」
少女は振り返りもせず、軽飄な動作で上体を左右に振って回避して見せた。
「その手の技は、ボクには通じないって解ってる癖に。
もう、これで5回目だよ! 君がボクを殺そうとするのは。
『ならば去ね』なんて言っちゃって、背中を見せたら即座に飛び道具で狙うなんて。
ホント、いい性格してるよね、君」
「何、お前の軽口と同じ、挨拶代わりだ」
少女は、樹に突き立って震える飛鏢に、病的な白い指をそっと添えた。
「ああ、熱い」
うっとりした顔で、彼女はひりりと指を灼く暗器の残剄を愛おしむ。
「君は、そんな壊れた機械のような人間でありながら、けっして情を失ってはいないんだね。
部下達の死を心の底から悼んでいるのに、きちんと分別をつけている。
伝わってくるよ。君の哀切、君の憎悪。相変わらず、涼しい顔して胸中は熱いようだね」
「魔王気取りの愚者と共に待っているがいい。貴様たちには、必ず然るべき報いを受けさせる」
「待っているよ、耳削ぎボジョレ。君と本気で戦うのも面白そうだ。
……ああそうだ、何時かの将棋の10番勝負もまだ中断したままだったね。ボクの五勝二敗だったっけ?
最後の勝負は戦場でつけるのも楽しそうだ。強い駒を沢山集めといてよね」
バイバイ、と無邪気に手を振って黒兎は闇夜に溶けた。
耳削ぎと呼ばれた男は、ハシバミ色の瞳でじっと夜を見据える。
ボジョレの一連の所作は流れるように淀みなく、彼の辿ってきた壮絶な戦歴を想像させるものだった。
黄昏の藍は空から消え失せ、森はインクに浸したような闇一色。
ボジョレが落とした首の髪を掴んで持ち上げたとき、背後から、パチ、パチ、と場違いな拍手の音が響いた。
「やあ、耳削ぎボジョレ。相変わらずの見事な手並みだね」
一体、何時から見ていたのか。ボジョレは眉一つ動かさず、振り返ることすらなく、背後の声に応えた。
「黒兎、やはりあれはお前だったか」
「うん。久しぶり。今日も耳よりな情報を持って来たよ」
親愛の情の籠った声に返答にするボジョレの声音は、氷よりも冷たい。
「確認のために聞いておく。あの魔王級――あれは貴様の手引きか?」
「あはは。こっわいなあ。そんなに怒らなくてもいいじゃないか。
友達だろう、ボク達」
フードを目深に被った黒髪紅眼の少女――ヴァインガルトの従者エデンは、くすくすと含み笑いを漏らした。
「貴様を友と呼んだ憶えはないが」
「悲しいこと言わないでよ。君のエメンタールでの修行時代には、一緒にパーティまで組んだ仲じゃないか!
第三憲兵隊時代には、スティルトン斥候隊の位置情報や兵力、構成メンバーの情報を何度も君に売ってあげただろう!
スティルトン国内に耳削ぎ伝説を怪談に仕立てて流してあげたのもボクじゃないか! そのお陰でどれだけ後の仕事が楽に運んだか、考えてみなよ。
だから、そんなに邪険にしないで欲しいなあ」
「貴様と行動を共にしたのは、利害の一致があってのことだ」
「それから、君の妹のバルベーラだけど――魔王級の不興を買って殺されそうになってたからさ、とりあえず助けといてあげたよ。本当に、危ないところだったんだからね!」
「アレは特筆すべき力もない一兵卒だ。助けて対価を要求するだけの価値はない」
「またまたそんな捻くれたこと言っちゃって。内心じゃほっとしてる癖に」
「……仮にどれだけの恩義があったとしても、レディコルカに弓引き、あれ程の血を流したのだ。よもや応報を免れるなどと思ってはおるまいな?」
底冷えする瞳で振り向いたボジョレに、従者は芝居がかった仕草で手を振ってみせる。
「おお怖い。ほら、ボクは無所属だからさ、そりゃ味方になることもあれば、君の敵に与することだってあるさ」
「違う。今回の貴様の行動は、今までとは明らかに違う。意思を持って、貴様自身の目的で以って戦況を操っている。……一体何を企んでいる?
あの魔王級、あれは一体何者だ?」
問いに対して少女が真実を答えるとは、ボショレは欠片も期待していない。だが、この少女の言葉は嘘であっても必ず嘘なりの意味がある。少しでも多くの情報が欲しいこの状況。ボショレは戦いを剣ではなく言葉に委ねる。
従者は問いには応えず、ボジョレの背中で眠る友枝の姿に目を細めた。
「それが、マレビトの姫、番匠友枝かい。可愛い娘だね。ほっぺた突っついてみてもいいかい?」
ボショレは諧謔には応じなかった。
少女は小鳥のように首を傾げると、レディコルカにとって余りに致命的な言葉を口にした。
「君にも想像ついてるんじゃないかな? 魔王級はスティルトン正純の魔道士なんかじゃない。そちらの剣帝親王サマと同じ、マレビトの一種だよ。それにあの様子じゃ、あれはどうやら知り合い同士だね。ヴァインガルトと名乗っているけど、それも多分偽名だ。ひょっとして君、本名に心当たりとかないかい?」
それは、概ねボジョレも予想していた内容だった。
「マレビト、海辺良太」
当たり障りの無い札として、捜索中のマレビトの男の本名を告げた。
「ウミベ、リョウタ……」
少女はその名前を口の中で繰り返し、不吉な紅眼を細めた。
「同じ神国ニッポンから天降られたマレビトが、どうしてこれ程までに異なる力を持つ? あのマレビトを肥えた豚のような人間に仕立てたのは、エデン、貴様の手管か?」
「さあ。詳しいことはボクも知らないよ。それに、アレは最初からあんな人間さ。ボクはちょっとだけ背中を押してあげただけさ。
どうして剣帝サマのようなご立派な人間にならなかったかは……う~ん、本人の努力が足りなかったとか、そういう問題じゃないのかな?
まっ、碌な人生経験積んで無くて、小っちゃな物差しでしか世の中見れない奴だからさ、小っちゃな対価で何でも言うことを聞いてくれる、扱い易い馬鹿の典型さ」
彼女は心底興味無さそうに、その話題を打ち切った。
「そんなことより、君に一つ朗報をあげよう。君達が帝に祀り上げた剣帝親王、切畠正義は生きてるよ。多分、今頃は君の仲間達が救出に向かってると思う」
「当然だ。正義陛下は、あの程度で亡くなられるような方ではない」
「嘘ばっかり。君ならもう、あの剣帝がどんな存在なのかを正しく把握している筈だ。
解ってるだろう? あれは魔道士には天敵に等しい抗魔力を持ってはいるが、傷つきもすれば、死にもする、ただの人間だよ」
形の良い唇が三日月に吊りあがった。
ボジョレはほんの少しだけ、眉根を寄せて不快感を顕にして見せる。
「だから君は、彼が魔王級の攻撃で転落した時、仲間達と一緒に穴底に身を投げたりせずに、真っ先に予備を確保に走った。正義の死という最悪の状況まで考慮に入れ、単身では戦力にならない友枝姫を使って、自分が魔王級を殺せるのかを検証実験したんだ。
だから君は、友枝姫の身を危険に晒してまで、ライラー師匠の首を獲りに来た。魔王級には遥かに劣るとはいえ、七師匠クラスは実験台にするには十分な強さだ。
全く、大した忠臣もいたもんだね。自分の主すら代替可能な駒の一枚として運用するなんて。
でも、ボクは君のそんな所を凄く評価しているよ」
「無駄口が過ぎるぞ、道化」
「あはは。折角だからもうちょっと喋らせてよ。阿呆におべんちゃらばかりの毎日で、ちょっとストレスが溜ってるんだ。
君の方針はあの状況なら正解に近いよ。こちらの要人の首を獲れて、体裁も立つ。それに――魔道士狩りなら、あの正義より君の方が余程上手だろう?
正直、あの切畠の末裔よりも、姫を背負った今の君の方が余程怖いよ。
それとも――最初から、正義は魔王級の力量を計るためにぶつけて、君が手を下すつもりだったのかな?」
バルベーラなら、激昂の余りに刀を抜いて即座に斬りかかっていただろう。だが、ボジョレは刀の柄に触れさえもせず、冷ややかな視線を向けるだけだ。
挑発的な言葉や侮蔑的な台詞で相手を煽り、感情的な言動を引き出すのは少女の常套手段だ。そして、相手の感情の揺らぎに乗じて情報を盗み取る駆け引きの妙。
だが、付き合いも長く、この程度で揺らぐ筈も無いボジョレを軽口で煽るのは、少女にとっては挨拶代わりの歪んだ冗句に過ぎない。
「おお怖い、そんな目で睨まないでよ。
ボクは斬った張ったは弱いからさ、君に狙われたら命が幾つあっても足りやしない。
でも、友枝姫を背負った今の君じゃ、ボクの逃げ足には着いてこれないだろう?
ボク達が落ち着いて話が出来るのも、これが最後かもしれないんだ。
折角の機会だからさ、もっと楽しくお喋りしようよ!」
ボジョレは、視線だけで次を促した。
不用意に間合いに入るなら腕足を切り落とすつもりではあるが、この少女がそんな迂闊なことをする相手では無いのは知悉している。
「君はさ、本当にあの剣帝親王、切畠正義に国を託せると思っているのかい?
ボクの間近で見た感想だけどね、彼は道徳家の小市民だよ。人望もあるし、将器もあるようだけど……王器があるとは、到底思えないよ。マルゴーの古狸の方が、余程王様らしく清濁併せ呑む器量の持ち主さ。
剣は随分遣えるようだけど、あれ位の技倆の剣士なら、レディコルカにゴロゴロいるだろう。君と違って、人を斬るのにも慣れていないみたいだし。
だってさ、ほら、彼が魔王級を斬るのを躊躇ったせいで、君の部下達は全滅しちゃったじゃないか。
ボクとしてはそれで助かったんだけど、君としてはその辺り、どう考えてるのかな~って、聞いてみたかったんだよね」
少女は残忍な問いかけを無邪気な笑顔で口にする。ボジョレはそれに顔色一つ変えずに答えた。
「構わん。主の短慮をお諌めするのは家臣の務めだ。
親王陛下は、神国へのご帰還をお考えになっていた。
だが、陛下はあのご気性だ。これで、彼らの忠信に報いるためにご尽力下さることだろう。
部下達は、レディコルカの礎として見事に散って見せたのだ」
一瞬、きょとんとした顔をしたエデンは、その言葉の意味を吟味すると、軽快な笑い声を上げた。
「あっははは、君らしい答えだね!
成る程、あの正義ならきっと死ぬまで罪悪感に苦しみ、さぞレディコルカに尽くしてくれることだろう! それは君にとっては、『都合のいいこと』なんだね!
部下の命を幣に神の魂を贖い、国に縛りつけることが出来たわけだ!
なら、背中の友枝姫も大切にしてあげた方がいい。汚したくもない手を汚した彼は、きっとその子の手を清らかに守る為なら、どんなことにも手を染めてくれるだろうさ!
本当に君は素敵だ、ボジョレ! 理性を感情と完全に切り離して運用できる人間、目的の為には手段は選ばない人間、なんてのは時々いるけどさ、君みたいに――どんな汚いことをしても、それを善行と信じて疑わない人間、なんてのは滅多にいないよ!
今までにあれだけ手を汚してるのに、悪意に敏感なキヌ大老に罪悪感や引け目の片鱗さえ悟らせずに、正義の側近を務めるなんて、君以外の一体誰にできるんだい!」
ボジョレは答えない。
主の号令の一声で獲物を狩り殺す最高の猟犬は、弄えに動じることなく、闇の中で赤く尾を引いて揺れる少女の凶眼を見定めていた。
「これは、取引だよ」
少女は、長すぎる前置きを終えて、漸く本題に入った。
「マレビトを一人、ボクに売り渡して欲しいんだ。
勿論、すぐにとは言わない。
この戦争、レディコルカは負けるよ。ボクにも、スティルトンにも、充分な勝算がある。
負ければ、レディコルカがどうなるかは予想がつくだろう? スティルトンの属国に逆戻りさ。300年前のように――いや、二度と蜂起など出来ないように、徹底的に叩き潰される。剣は奪われ、マレビトは吊るされ、国民は最下層の農奴に貶められる。
でも、ボクならそれを救ってあげられる。レディコルカの敗北への流れを変えることは出来ないけど、最低限の自治を認めるギリギリの線で講和を結ぶことができる。
その条件が、マレビト一人の身柄さ。勿論、スティルトンにはマレビトを武力で奪うことも出来るが、彼らが戦死してしまう可能性もあるし、こちらの被害も大き過ぎるからね。互いに利のある話と思わないかい?」
少女が差し出した手を、ボジョレは白眼で見下げた。
「話にならん。レディコルカが勝てばいい話だ」
「うん、君ならそう答えると思ったよ。立場的に、他に応じようが無いもんね。だから、今はまだ何もしなくてもいい。
ただ、いよいよレディコルカが劣勢に立った時にはボクの言葉を思い出して欲しいんだ。
ボジョレ、君が真に国の事を思う忠士ならば」
長話の割には、存外下らない話だった。そんな落胆を見せつけるように、ボショレは嘆息する。
「話はそれで終わりか。ならば去ね。何時までも貴様の相手をしている暇はない」
「うん、そうさせて貰うよ。ボクにも次の待ち人がいることだしね。
それじゃあ、最後にもう一つだけ耳よりの情報をあげるよ。君たちはマレビトの胤を受け、抗魔の力を持った世継ぎを作ろうとしてるけど、それ、全くの無駄だからね。
抗魔力は、この世界の『外』から来た存在だけが持つ一代限りの特異能力。
例えマレビト同士――正義帝と友枝姫の間に子供を授かったとしても、この世界で生まれたその子には、何の力も有りはしないよ。その辺のエメンタール人と見分けもつかないさ。
出鱈目を言ってる訳じゃないよ。これは、ちゃんと検証実験も済ませての結論だからね」
ボジョレは、答えない。
数秒間無言で見詰め合い、今度こそ話題が尽きたことを互いに確信し、少女は闇夜の蝶のように軽やかに身を翻す。
彼女が背中を向けた瞬間を、ボジョレは逃さなかった。
袖口から両掌に落とし込んだ暗器を、音も無く延髄目がけて直打法で投擲。
心理的にも物理的にも完全に死角である筈のその攻撃を、
「よっ! ほっ!」
少女は振り返りもせず、軽飄な動作で上体を左右に振って回避して見せた。
「その手の技は、ボクには通じないって解ってる癖に。
もう、これで5回目だよ! 君がボクを殺そうとするのは。
『ならば去ね』なんて言っちゃって、背中を見せたら即座に飛び道具で狙うなんて。
ホント、いい性格してるよね、君」
「何、お前の軽口と同じ、挨拶代わりだ」
少女は、樹に突き立って震える飛鏢に、病的な白い指をそっと添えた。
「ああ、熱い」
うっとりした顔で、彼女はひりりと指を灼く暗器の残剄を愛おしむ。
「君は、そんな壊れた機械のような人間でありながら、けっして情を失ってはいないんだね。
部下達の死を心の底から悼んでいるのに、きちんと分別をつけている。
伝わってくるよ。君の哀切、君の憎悪。相変わらず、涼しい顔して胸中は熱いようだね」
「魔王気取りの愚者と共に待っているがいい。貴様たちには、必ず然るべき報いを受けさせる」
「待っているよ、耳削ぎボジョレ。君と本気で戦うのも面白そうだ。
……ああそうだ、何時かの将棋の10番勝負もまだ中断したままだったね。ボクの五勝二敗だったっけ?
最後の勝負は戦場でつけるのも楽しそうだ。強い駒を沢山集めといてよね」
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追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
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父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
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義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
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異世界サバイバルセットでダンジョン無双。精霊樹復活に貢献します。
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地球にダンジョンが出来て10年。
その当時は、世界中が混乱したけれど、今ではすでに日常となっていたりする。
ダンジョンに巣くう魔物は、ダンジョン外にでる事はなく、浅い階層であれば、魔物を倒すと、魔石を手に入れる事が出来、その魔石は再生可能エネルギーとして利用できる事が解ると、各国は、こぞってダンジョン探索を行うようになった。
ダンジョンでは魔石だけでなく、傷や病気を癒す貴重なアイテム等をドロップしたり、また、稀に宝箱と呼ばれる箱から、後発的に付与できる様々な魔法やスキルを覚える事が出来る魔法書やスキルオーブと呼ばれる物等も手に入ったりする。
当時は、危険だとして制限されていたダンジョン探索も、今では門戸も広がり、適正があると判断された者は、ある程度の教習を受けた後、試験に合格すると認定を与えられ、探索者(シーカー)として認められるようになっていた。
運転免許のように、学校や教習所ができ、人気の職業の一つになっていたりするのだ。
新田 蓮(あらた れん)もその一人である。
高校を出て、別にやりたい事もなく、他人との関わりが嫌いだった事で会社勤めもきつそうだと判断、高校在学中からシーカー免許教習所に通い、卒業と同時にシーカーデビューをする。そして、浅い階層で、低級モンスターを狩って、安全第一で日々の糧を細々得ては、その収入で気楽に生きる生活を送っていた。
そんなある日、ダンジョン内でスキルオーブをゲットする。手に入れたオーブは『XXXサバイバルセット』。
ほんの0.00001パーセントの確実でユニークスキルがドロップする事がある。今回、それだったら、数億の価値だ。それを売り払えば、悠々自適に生きて行けるんじゃねぇー?と大喜びした蓮だったが、なんと難儀な連中に見られて絡まれてしまった。
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落ちた。
落ちる!と思ったとたん、思わず、持っていたオーブを強く握ってしまったのだ。
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「XXXサバイバルセットが使用されました…。」
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『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
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