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竹尾練路

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第一章 剣帝再臨

第6話 閑話・剣帝の遺稿より抜粋(3)~栄光~

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 昭和廿三年九月四日 晴レ

 本日、遂にレヂコルカ國民念願の、ブルソオ要塞の奪還を完遂せしむる。
 此の戰爭始まつて以來の快舉かいきょなりける。
 先のブンツ國よりの同盟要請とも相俟あいまつて、スチルトンとの媾和こうわまた一歩近づきぬ。
 首都スプリンツへの凱旋の道中、レヂコルカの民、皆街道に集まりて、我が軍に花を投げつ此度の戰をねぎらへり。
 我もまた、レヂコルカ軍の總大將そうだいしょうとして、民衆の喝采と歡聲かんせいを大いに浴びにけり。
 慶事けいじに於いては無禮講ぶれいこうを催し、大いによろこび騷ぐが此の地の慣習なれど、我其の輪に交じる事躊躇ひけぬ。
 我、此のレヂコルカの軍を率ゐて爾來じらい、スチルトン對手あいてに連戰連勝を誇れども、祖國日本が戰爭の行末は如何になりけりか。
 大日本帝國の武運長久を祈りたる。

 ブルソオ要塞にて拾ひし童の事も氣に掛かりける。
 要塞最下層の牢獄にて、齢の程、四つ五つ許りなる長耳の女兒おなご、鎖に繋がれたるを發見しけり。
 此の女兒おなご、スチルトンの民と同じ長耳なれど、其の瞳、鮮やかなる翠玉の如く美しき緑に輝きたる。
 セギウル申して曰く、此の女兒おなご、スチルトンに於いても珍しき、生粹きっすいのヱルフなりけると。
 スチルトンの民、人の血が交じりしハアフヱルフハーフエルフなれば人とかわらぬ齢にて死にけれど、生粹きっすいのヱルフなる民、壽命じゅみょう限りなくして永久とこしえに生きたると。
 此の地にて數え切れぬ怪異を目にすれど、永久とこしえに生きる人有りとははなはだ疑はしきなり。
 遠き昔、ヱルフ人と交はりてハアフヱルフハーフエルフを産みにけり。その子孫共、遂にスチルトンなる暴國を打ち建てぬ。
 兵共、ヱルフけがれき民なれば、此の場にて首を刎ねるべしとそろって云ひけるが、父母血族に如何な咎あれど、此のやうな幼兒おさなごに何の罪あらむかと思ひ、捕虜としてレヂコルカへ連れかえりける。
 兵共、戰勝の凱旋を樂しめど、女兒おなごを載せた荷馬車、おそれて遠ざくるやうに見ゆ。  


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 昭和廿三年九月五日 曇リ

 引き取り手見つからざりければ、ヱルフの女兒、我が邸宅にて養はんと決心す。
 言葉を發さぬこと白痴の如くなりけれど、其の緑の瞳には知性の光宿りき。
 生粹のヱルフの民、見聞せし事、決して忘れぬ賢き民なりと書に記されける。
 此の娘言葉發さざりけるは、要塞の牢獄にて隸虐れいぎゃくされしがよすがならむ。
 憐れなる娘なり。
 小さな一室をあたへ、寢具を設え、金子をはらひて乳母を雇ひける。

 夕べより、スプリンツの王城にてブルソオ奪還の祝祭が開催されむ。
 王より襃賞ほうしょう授かりしこと名譽なれど、祝祭の晩餐は欝陶しきこと此の上なし。
 晩餐を思はゞ、今より氣が重し。

 ヱルフの娘の頭撫でれば、金の髮、細く上等なる絹絲けんしが如し。
 娘の面貌、どこか妹の絹世の幼き頃の面影見ゆるなり。

 名を名乘らざりければ、此の娘、キヌと呼ぶことにせむ。

 キヌ、と一聲ひとこえ呼べば、腦裏に妹の絹世の顏浮かびて、忽ち郷愁に囚われぬ。
 信次郎、善き益荒男ますらおに育ちけむことこそあらまほしけれ。
 信次郎、勉學べんがくは怠りまじかりけるか。劍道の修煉はおこたりまじかりけるか。
 我は此のレヂコルカの地に骨を埋める覺悟かくごなり。
 信次郎と絹世、力を合はせて切畠の家を支へける事を願ふのみ。
 巴さん、我は死したと思ひて、新しき良縁搜しけむことをいのる。 
 
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 昭和廿五年六月十五日 雨

 キヌ、漸く言葉を發しにけり。
 我、同期のさくらを口づさみければ、キヌ、いつしか我に合はせて唄ひにけり。
 頭を撫でたれば、キヌ、心地良さげに目を細めたり。
 キヌの背の一向に伸びぬこと氣にかゝりけれど、乳母より、生粹のヱルフ永き時を掛け育ちしものと教われり。 

 先賢の遺せし書を讀み解きつ、キヌの揚羽アゲハを追ひ遊ぶを眺む。
 烈しき戰續きし中、我が心安らけしは、キヌと過ごしつる時のみなり。 
 
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 昭和七十七年五月十八日 晴レ

 此の地レヂコルカに流れ着きてより、はや六十年が過ぎにけり。
 月日は百代の過客にして、行き交ふ年も又旅人也。とは、松尾芭蕉もよく云ひしものなりける。
 我も隨分と老いさらばへしものなりけり。
 レヂコルカを第二の故郷と定めてより幾年月、此の國も治まりて久しき。
 我に課せられし天命、概ね果たせしと見て目安べからう。
 國務はモンロオズ家の者に、財務はランゴア家の者に、軍務はセギウル家の者に任せおけば、大方善きように運びけむ。
 やれマレビトなり軍神なりと、散々持ち上げられ遂に王にまで至りしけど、思へば些か我には荷が重き大役なりにけり。
 ようやく肩の荷降りしなり。
 後は只、レヂコルカの民に、後々の世の子孫こまごの代まで彌榮いやさか有らんことを禱るのみ。

 日に/\手足も重くなりつれば、我が壽命もようやきんと見える。
 出征の際に父より賜りし懐中時計も、時を刻むこと止めて久し。
 漸く祖國にかえらるゝかと思はば、死に行く今日ぞ 樂しかりける。
 此のレヂコルカの地で過ごせし年月、祖國日本で過ごしき年月よりも遙かに長うなりけれど、矢張り我が故郷は日本只一つなりけり。
 我が記憶霞がゝり、家族の面影朧になりけるが、臺所だいどころにて母の蔬菜そうざいを刻む響き、腦裏に懐かしく響き、立上る飯釜の蒸氣の音、小豆の煮汁の香など不意に蘇りて我が涙腺を弛ませぬ。
 切畠の家は信次郎が立派にぎけむことならう。
 絹世の嫁入り姿は如何に成りけりか。
 巴さんは如何でありけりか。
 ひとり郷愁にひたりつれば、キヌ我が枕元に寄り來て、歌を唄ひける。


   兔追ひし彼の山
   小鮒釣りし彼の川
   夢は今も巡りて
   忘れ難き故郷

   如何にゐます父母
   恙無しや友がき
   雨に風につけても
   思ひ出づる故郷

   志を果たして
   いつの日にか歸らん
   山は靑き故郷
   水は淸き故郷


 キヌの歌聞きしうち、只涙ばかりが流れにけり。
 キヌは賢き子なり。優しき子なり。
 口數こそ少なけれど、善く人の心讀み、人の欲する事爲すを好む。
 キヌ、多くの歌を覺えしが、特に尋常小學校の唱歌を好んで唄ひけり。
 我が氣落ちせし時には、カモメの水兵さんを唄ひ、我夜酒を樂しみし時には、蟲のこゑを唄ふ。
 我死せりて後のキヌのことを思はゞ、胸のうち痛みけり。
 キヌを拾ひて六十年許り經りしが、キヌ、未だ七つ八つの童の如し。
 レヂコルカの民、皆キヌを慕ひつれど、キヌを遺し逝くは甚だ心殘りなり。
 揚羽アゲハ何處いずこの空を飛びつらむや。

 大日本帝國の戰爭は如何に終はりけむか。
 我の如き非才の身にありても、戰を終はらしむる事叶ひけり。
 皇運無窮こううんむきゅうの大日本帝國軍なれば、米英ソ連を下すこと、なほ容易たやすかりしことならう。
 大日本帝國の繁榮、八千代の果てまで續かむことをレヂコルカの地より祈りけり。
  

 口惜しきは、我が劍道の大成せざらむことなりけりや。
 し來世なるものあらば、次こそ必ずや天下一の劍士とならむ。
 臨終の時近づきて、之ほどまでに心動かさるる事多かりけるは、我が修行の未熟なりける事のあかしなり。

 我、未だ木鶏もっけいたりえず。 


 
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 レディコルカの国父(※註1)、ヨシタロウ=キリハタ=レディコルカの崩御は、昭和暦77年5月19日のことであった。レディコルカ全土を挙げての大々的な国葬が執り行われ、国民の嘆き悲しむこと甚だしく、家々は灯火を消して、三日三晩に亘って喪に服したと伝えられている。
 ヨシタロウは史上最強の抗魔力を持ち、スティルトンに対するレディコルカ独立戦争に際しては、スティルトンの魔道士軍相手に無双を誇ったと伝えられるが、その生涯は謎に包まれている。
 レディコルカに於いては神君と語り継がれ、刀の一振りで百の首を飛ばしたという逸話や、騎馬で一日千里を駆けたという伝説が残されているが、これらは後世に創作された逸話と見るのが妥当だろう。スティルトンに於ける、睨むだけで敵を焼き焦がしたという逸話や、夜な夜な魔道士の腹の引き裂いてその生きぎもを喰らったという伝説もまた同様である。(※註2)
 ヨシタロウの伝説は多岐に亘り、ブルソー要塞の攻略戦、当時のスティルトン最強のⅢSランク魔道士(※註3)であったメドックとのモンドール島での決闘、クータンセの谷の最終決戦など、数多くの逸話が劇や芝居の演目として人気を博し、エルフの吟遊詩人らによって大陸各地に語り継がれている。
 ヨシタロウは戦闘に於いて一切の魔道を使用しなかったのは有名な逸話であるが、レディコルカ平定後の冒険者として過ごした半生に於いては、各地の迷宮で稀少な魔道則品マジックアイテムを探し求めたとも伝えられ、世界各国に散らばるヨシタロウ所縁の迷宮址などから、その冒険者としての足跡を偲ぶをことができる。

 ヨシタロウは武勲から得た数多くの字、あるいは敵国からの悪諡あくしによって呼び顕されたが、レディコルカでは『剣帝』という諡号しごうによって今もなお国民より慕われ続けている。

※註1 ヨシタロウは、国父はスティルトンに対して独立戦争を開始した当時の領主、ボルドー=レディコルカであるとして生涯譲らなかったと伝えられているが、スティルトンとレディコルカの講和が成立したのはヨシタロウがボルドーの死後、国権を移譲された後の時代であるため、レディコルカ正史には国父はヨシタロウ=キリハタ=レディコルカであると明記されている。

※註2 スティルトンに於けるヨシタロウの伝説は、スティルトン土着の魔眼や魔獣の伝承との明らかな混同が見受けられ、信憑性に欠ける。

※註3 当時のレディコルカでは、特三種高等魔道士と表記した。

 ヨシタロウ=キリハタは生涯に亘って多くの書を残し、それらはプライベートな手記などを除いて、ほぼ全てがヨシタロウの養女、キヌ=レディコルカによって翻訳されている。
 ヨシタロウの残した舟・刀・書、これらはマレビトであったヨシタロウの偉業を未来永劫崇め讃える三種の神器として、レディコルカの宝物庫に今なお完全な形で保管されている。
 ヨシタロウは、ニッポンと呼ばれる天上の国より蜻蛉の舟に乗って舞い降りたと伝えられるが、その座標を確認する手段は未だ存在しない。
 マレビトのたねを求めた貴族は数限りなかったが、ヨシタロウは神国ニッポンで別れた婚約者のトモエに操を立てて生涯童貞を貫いたとされ、その血縁者は遺されていない。
 レディコルカのショウワ暦17年にヨシタロウが漂着して以来、以後300年、このレンネット大陸にはマレビトと呼ばれる異世界からの漂着者は確認されていない。


~エメンタール共和国史書『レディコルカの天孫伝説』より引用。

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