【完結】忌み姫と氷の魔法使いの白くない結婚

白滝春菊

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姉妹のわだかまり

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 それからグラッセは何日も寝込んでしまい、魔力が回復するまでベッドの上で過ごすことになった。その間、シエルは彼の看病をして身の回りのお世話をしたり、見舞いに来た人が来た時に相手をしたりした。
 そんな中にはある人物もいた。

 シエルの姉。フローラ・フローレシアだ。
 メイドを二人引き連れている彼女は今日の妹のドレスは自分が今まで着たことのない、フリルがふんだんにあしらわれている淡い水色のドレスに気がつくと顔を逸らして口を開く。

「シエル、お話があるのだけど……いいかしら?」
「ええ。いいですよ」

 応接室へと移動をすると、紅茶を用意してもらいテーブルに置く。椅子に座って向かい合わせになるとフローラは何か言い辛そうな表情を浮かべている。

「グラッセ様の具合はいかがですか?」
「とてもよくなりました。そろそろお仕事にも戻れるそうです」
「そうですか……」

 グラッセの話題を出すと少しだけだが空気がピリついた気がする。

「……お父様の具合はどうですか?」

 今度はシエルの方から父親のことを訊ねると、フローラは眉間にしわを寄せて苦々しい顔になる。

「ずっと塞ぎ込んでいるの……もう私とシグリッドの声も聞こえていないかも……」

 今まではシエルが無視をされていた側だったが今度は父親が心を閉ざしてしまったようだ。

「どうしたらいいのかしら……お母様は居なくなって、お父様はあんな状態だし……」

 まるで何かを察して助言をして欲しいかのようにシエルに視線を向ける。
 それは過保護な二人の父親が作ったフローラの悪い癖だ。
 シエルはしばらく何も言わずに黙っていたが、このままではこの重苦しい空気に耐えられないと思ったので仕方なく口を開いた。

「私が女王になります。お姉様とシグリッド様はそのお手伝いをお願いします」

 もうずっと頼まれ続けていた。いつまでも皆が諦めようとしないので、とうとうシエルは折れて自ら引き受けるしかない。
 シエルが王位を継ぐと言ったのはこれが生まれて初めてだった。
 今まではどんなに説得しても首を縦に振らなかった彼女がようやく決意してくれたことにフローラは驚いたように目を見開く。

「旦那様が王様になりますし、きっと上手くいきますよ」

 自分が頑張るのはもちろんだが、グラッセならなんとかしてくれるだろうと信頼していた。シエルも国も救ってくれた英雄なのだから。

「……あの……」
「はい?なんでしょう」
「わたくしがグラッセ様のことをずっと……ずっと、好きなのを貴女は……知っていたの?」
(急に話題が変わった……)

 せっかくに決意をしたというのに突然の質問にシエルは戸惑いながらも、チラチラとこちらの様子を窺っている姉の問いに答えていく。

「知りませんでした。お姉様と最後にお話をしたのはずっと前でしたし」
「そっ……そうよね……そうよね……」

 小さく呟くと、フローラはそっと自分の胸元に手を当てて目を閉じて黙り込んでしまった。
 それにしてもフローラがグラッセに恋愛感情を抱いていたなんて結婚当時は知らなかったが、仮面舞踏会でエスコートを頼んで薬を盛ったと聞いた時は流石に怪しんだ。
 だが、例えそうだったとしても、譲って欲しいと頼まれても、絶対に渡さない。
 もしも力づくで奪おうものならば誰であろうとこちらも相応の手段を取るつもりだ。

「ずっと、シエルに奪われていた人生だと思っていたの」
「どういうことですか?」
「ドレスもアクセサリーも……グラッセ様もシエルが横取りをしていたと」

 確かにシエルの私物のほとんどはフローラのお下がりばかりだ。何も知らないフローラからしてみれば 奪い続けていると見られても不思議ではない。

「それは違いますドレスやアクセサリーは望んでいませんでしたし、旦那様も氷の精霊の為の政略結婚です。だからお姉様には勘違いをしないで欲しかったのです」
「わ……わかっているわ……!そんな……」

 フローラから奪う趣味があるわけではないので誤解を解こうと必死に弁解すると彼女は泣いて真っ赤になった目でキッとシエルを睨むと、置いてあったティーカップを持つ。だが、手に力が入らなかったのか簡単にするりと落として割ってしまった。
 あの気弱なフローラは誰かに怒りをぶつけたことなどなかった。彼女は引っ込み思案で自分の意見を言うことができず、いつも誰かに振り回されてきたが一度も癇癪を起こしたことなどなかった。

「わかって……わかったの……でも、それでも先にあの人を好きになったのはわたくしなのに……どうしてって……ずるい……」
「お姉様……」

 まるで吐き出すかのように自分の胸の内に秘めていた思いを打ち明けていた。
 自分は彼女の想い人を奪ったわけではないが、タイミングが悪かったのだろう。もしもっと早く彼女がグラッセに恋心を抱いていたと知っていたら……違う結果になっていただろうか?

(変わらなかったかも……)

 シエルは出会ってすぐに優しく、時には厳しいグラッセを慕っていた。氷の精霊のことを抜きにしても、この人の側に居たいと思ってしまったのだ。
 彼女の想いをもっと早く知っていても、グラッセを手放したくないという気持ちは変わらなかったかもしれない。
もしかすると、フローラの夫となったグラッセを好きになった可能性もあり得るとシエルは思っていた。

 フローラは城へ帰る前にシエルに向き直ると、目に涙を溜めていた。酷く気弱で自信なさげに見える。

「わたくし……シエルが羨ましいわ……」
「どうしてですか?」
「だって……わたくし……グラッセ様と結婚したかった……」

 この場合、なんて返せばいいのかわからないが、考える時間を稼ぐためにレースのハンカチを姉に手渡す。
 すると彼女はそれを受け取ると涙を拭いた。

「ごめんなさい……今日はそれを言いに来たのではなくて……」
「ゆっくりでいいですよ」

 シエルが優しく微笑むとフローラは安心して息をつく。そして意を決すると真剣な眼差しを向けた。

「……おめでとう……幸せになって……」

 フローラは涙ぐんでそう言い残すと城へ帰っていった。
 交流の少なかった血の繋がりない姉妹がお互いにお互いがどう思っているか、何を考えているか、理解をするようになれるのはもう少し先かもしれない。
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