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忌み姫と氷の魔法使い
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ある晴れた日、シエルはグラッセに連れられて城下町へと護衛を付けて繰り出していた。
晴天の雪の町はいつもよりも積雪は少ないらしい。その為か、道行く人々は厚着をしているもののどこか余裕があるように見える。
雪ソリから降りて石畳に足を着けるとサクッとした感触と共に足跡が残った。
「グラッセ様に姫様だ!」
「相変わらず麗しいわぁ……」
すると、町の人々がシエル達の姿を見つけるなり笑顔を浮かべながら手を振ってきたのでシエルもにこやかに手を振り返すと町の人達の顔には笑みが深くなる。グラッセはその様子に満足そうにしている。
「そう、とにかく国民には笑顔でな」
グラッセ曰く、王族は常に民に希望を与える存在でなければならないという事だった。
それをいつしか王達は怠り、彼らを見下して、国民との距離を開けてしまった事で不満を持っている者は少なくはない。
だが、媚びるのではなく、あくまでも親しみを持って接すれば彼らはきっと応えてくれるはずだと言う。
シエルを王政には関わらせるのはもう少し先になるだろうが、いずれはこの国を背負って立つのだ。今の内からその自覚を持ち、国民と関わっていくべきだとも考えていた。
「グラッセ様、今日は何をしにこんな花屋なんかに?」
花屋に行くと店主らしき男性が首を傾げてきた。何の変哲もないが、この国では貴重な花屋だ。
フローレシア王国では花は珍しく基本的には他国からの輸入ばかりで店売りの花はあまり良いものは置いていない。
「これから人に会いに行くんだ」
そう言ってグラッセは花を見ているシエルの様子を窺う。
初めて見る生花に興味津々といった様子で、特に青い花を見て目を輝かせており、グラッセはそれを見ると目を細めて微笑む。
「どの花がいいんだ?」
「うーん……どの花が好きだなんて分かりませんものね……」
そう言いながらも視線を彷徨わせている。
「シエルが好きな花なら何でも喜ぶぞ」
「本当ですか?じゃあ……これが良いです」
シエルは迷った末にずっと眺めていた青い花を花束にしてもらう事にした。
民の様子を見ながらしばらく歩くと目的地に到着したようでシエルは教会の前で止まった。
ずっと前に二人が結婚式を挙げた場所でもある。中に入ると見知った顔があった。
神父服に身を包んでいる彼は二人の姿を確認すると恭しく頭を下げてくる。
「お待ちしておりました」
神父に案内されて教会の外の奥にある墓標の前に来ると青い花の束を置いてから二人は黙って祈りを捧げる。
そこにはシエルの母親の名前が刻まれていた。
今日はシエルの誕生日であり、母親の命日でもある。グラッセと二人でここに来たいと前々から伝えていた。
「お母様……」
墓石に手を当てるとひんやりとしていている。母はどんな人だったのかあまり覚えていない。
自分を恨んで死んでいったのか、それすら分からない。
でも、自分が生まれてこなければ彼女は死なずに済んだのかもしれないと思うと胸が締め付けられるような痛みを感じている。
(ごめんなさい)
心の中で謝罪の言葉を繰り返す。その時、グラッセがシエルの手を優しく握ってくれた。それだけで不思議と安心できた。
シエルはまだ人々に忌み嫌われているだろう。しかし、この人だけは違うと言ってくれた。
だから、信じようと思った。自分の事を愛してくれる人を。
墓参りを終えて教会の敷地を出る途中、グラッセが急に立ち止まる。前から年老いた老人が杖を突きながら歩いてくるのが見えたからだ。
その老人はどこか紳士的な雰囲気を纏っており身につけている衣服もそれなりのもので、普通のお年寄りではないような気がする。
老人はグラッセ達に気付くと少し驚いたように目を見開く。
「お久しぶりです」
グラッセがそう挨拶すると、老人も軽く会釈する。
「ああ……本当にご立派になられて……」
老人がシエルの方を向くと嬉しそうな笑みを浮かべる。そして、懐かしいものでも見ているかのように優しい眼差しを向けてきた。
「シエル、彼はキミの母上が死ぬまで使えていた執事だ」
「えっ!?」
シエルは驚いて思わず声を上げた。グラッセがシエル達の出生について調べている内にこの老人と知り合ってシエルの母について教えてもらえたのだ。
立ったままだと辛いだろうと教会の中の長椅子に座ってから話を聞く事になった。
昔、母親が愛人になってシエルを産むまでの短い間だけ世話係をしたという。
親のいないクリアを引き取り、育てたのも彼だそうだ。
「シエル様の母上様は不憫な方でした。望まれずにあの屋敷に閉じ込められて、寂しそうに過ごしておられました」
それはシエルが初めて聞く母の過去だった。母もシエルと同じように話し相手はおらず、孤独を感じていたらしい。
「ですが、シエル様を身籠っていた時だけは幸せそうでした。貴女様が生まれた時の喜びようと言ったら今でも忘れられませんよ」
その言葉を聞いてシエルは胸に温かいものが込み上げてきた。自分は生まれた時から一人ではなかったのだ。
「私はお母様に何もしてあげられませんでした……」
もっと一緒にいてあげたかった。母の苦しみを少しでも取り除きたかった。だが、自分は何もできなかったのだ。
「……母上様はシエル様にこう語りかけていました『この子は一途に愛してくれる人と一緒になってほしい』と……」
「お母様がそんなことを?」
「はい。ですから、グラッセ様と共におられるシエル様の姿を見れば喜んでくれますよ。きっと今もどこかで見守ってくれているはずです」
グラッセの持っている母の形見の魔法の杖を見ながら老人はそう答える。
「母上様の数少ない私物を処分する中、その杖だけ、陛下は残してくださいました。あれはシエル様への贈り物だったのかもしれません」
「そうなのですか……どうしてでしょうか……」
「さぁ、そこまでは……ただ、もしかしたら少しでも母上様の事を大切に思っておられたのかもしれません……」
父は母に少しだけ愛情を感じていたのかもしれない。今更そんなことを聞かされてもどうしようもないのだが……
「お母様は私を恨んではいなかったのですね……」
母が自分の事を愛していてくれた。その事実が本当なら心が救われたような気がした。
グラッセがシエルの肩を抱き寄せると、シエルは彼の腕の中に顔を埋めながら静かに涙を流していた。
*
それからグラッセは英雄として讃えられ、国王に就任してから公務で忙しい日々を送っていた。
彼が優秀であることは誰もが認めるところであり。己の有能さをひけらかすような男だったのでこの仕事は案外性に合っていたらしい。
今日も外交の為に隣国から来た大使との会談があり、グラッセは疲れ切った様子で城の執務室に戻ると椅子に座って書類を眺めていた。
「旦那様、お疲れ様です」
部屋にシエルが入ってくるとグラッセは顔を上げる。
彼女と一緒に入室した執事のクリアはワゴンにアップルパイと紅茶セットの乗せていた。
「アップルパイが上手に焼けたので持ってきたんです」
「ああ、ありがとう」
時間はかかったがシエルはアップルパイを美味しく作れるようになっていた。
グラッセは受け取った一切れを食べると、ほどよい甘さとリンゴの香りが広がって幸せな気分になる。
「それと、とても嬉しい出来事がありました!」
シエルは満面の笑顔で言うと、グラッセはアップルパイを飲み込む。
「なんだ?」
「はい!実は赤ちゃんが出来ました!」
グラッセは一瞬何を言われたのかわからなかった。だがすぐに理解すると少し照れ臭そうに笑う。
「俺もようやく父親か」
「父親は旦那様じゃないですよ?」
「えっ……」
きょとんとした表情を浮かべるシエルを見てグラッセはギョッと目を見開き、クリアの方を見た。
「アイスドラゴンですよ。前にグラッセ様が対処したドラゴンは雌だったようで、先日、卵が生まれたみたいです」
疑いの目を向けられたクリアは淡々と説明をすると、グラッセはガックリとうなだれて肩を落とした。
「アイツ……女だったのか」
そんな夫の側にシエルは近寄ると彼の耳元に唇を寄せて囁く。
「旦那様、私達も赤ちゃん、欲しいですね」
シエルの言葉にグラッセの顔が赤くなる。
そして二人の間に子供が出来るのはまだ先の話である。
*
雪山の山頂ではアイスドラゴンが卵を温めるように翼で包んでおり、その卵の隣では自由を得た氷の精霊が体を丸くして寝息を立てている。
きっとこの氷の精霊は人と手を取り合ってこの国を豊かにしていくだろう。
今日もフローレシア王国は良い天気だった。
晴天の雪の町はいつもよりも積雪は少ないらしい。その為か、道行く人々は厚着をしているもののどこか余裕があるように見える。
雪ソリから降りて石畳に足を着けるとサクッとした感触と共に足跡が残った。
「グラッセ様に姫様だ!」
「相変わらず麗しいわぁ……」
すると、町の人々がシエル達の姿を見つけるなり笑顔を浮かべながら手を振ってきたのでシエルもにこやかに手を振り返すと町の人達の顔には笑みが深くなる。グラッセはその様子に満足そうにしている。
「そう、とにかく国民には笑顔でな」
グラッセ曰く、王族は常に民に希望を与える存在でなければならないという事だった。
それをいつしか王達は怠り、彼らを見下して、国民との距離を開けてしまった事で不満を持っている者は少なくはない。
だが、媚びるのではなく、あくまでも親しみを持って接すれば彼らはきっと応えてくれるはずだと言う。
シエルを王政には関わらせるのはもう少し先になるだろうが、いずれはこの国を背負って立つのだ。今の内からその自覚を持ち、国民と関わっていくべきだとも考えていた。
「グラッセ様、今日は何をしにこんな花屋なんかに?」
花屋に行くと店主らしき男性が首を傾げてきた。何の変哲もないが、この国では貴重な花屋だ。
フローレシア王国では花は珍しく基本的には他国からの輸入ばかりで店売りの花はあまり良いものは置いていない。
「これから人に会いに行くんだ」
そう言ってグラッセは花を見ているシエルの様子を窺う。
初めて見る生花に興味津々といった様子で、特に青い花を見て目を輝かせており、グラッセはそれを見ると目を細めて微笑む。
「どの花がいいんだ?」
「うーん……どの花が好きだなんて分かりませんものね……」
そう言いながらも視線を彷徨わせている。
「シエルが好きな花なら何でも喜ぶぞ」
「本当ですか?じゃあ……これが良いです」
シエルは迷った末にずっと眺めていた青い花を花束にしてもらう事にした。
民の様子を見ながらしばらく歩くと目的地に到着したようでシエルは教会の前で止まった。
ずっと前に二人が結婚式を挙げた場所でもある。中に入ると見知った顔があった。
神父服に身を包んでいる彼は二人の姿を確認すると恭しく頭を下げてくる。
「お待ちしておりました」
神父に案内されて教会の外の奥にある墓標の前に来ると青い花の束を置いてから二人は黙って祈りを捧げる。
そこにはシエルの母親の名前が刻まれていた。
今日はシエルの誕生日であり、母親の命日でもある。グラッセと二人でここに来たいと前々から伝えていた。
「お母様……」
墓石に手を当てるとひんやりとしていている。母はどんな人だったのかあまり覚えていない。
自分を恨んで死んでいったのか、それすら分からない。
でも、自分が生まれてこなければ彼女は死なずに済んだのかもしれないと思うと胸が締め付けられるような痛みを感じている。
(ごめんなさい)
心の中で謝罪の言葉を繰り返す。その時、グラッセがシエルの手を優しく握ってくれた。それだけで不思議と安心できた。
シエルはまだ人々に忌み嫌われているだろう。しかし、この人だけは違うと言ってくれた。
だから、信じようと思った。自分の事を愛してくれる人を。
墓参りを終えて教会の敷地を出る途中、グラッセが急に立ち止まる。前から年老いた老人が杖を突きながら歩いてくるのが見えたからだ。
その老人はどこか紳士的な雰囲気を纏っており身につけている衣服もそれなりのもので、普通のお年寄りではないような気がする。
老人はグラッセ達に気付くと少し驚いたように目を見開く。
「お久しぶりです」
グラッセがそう挨拶すると、老人も軽く会釈する。
「ああ……本当にご立派になられて……」
老人がシエルの方を向くと嬉しそうな笑みを浮かべる。そして、懐かしいものでも見ているかのように優しい眼差しを向けてきた。
「シエル、彼はキミの母上が死ぬまで使えていた執事だ」
「えっ!?」
シエルは驚いて思わず声を上げた。グラッセがシエル達の出生について調べている内にこの老人と知り合ってシエルの母について教えてもらえたのだ。
立ったままだと辛いだろうと教会の中の長椅子に座ってから話を聞く事になった。
昔、母親が愛人になってシエルを産むまでの短い間だけ世話係をしたという。
親のいないクリアを引き取り、育てたのも彼だそうだ。
「シエル様の母上様は不憫な方でした。望まれずにあの屋敷に閉じ込められて、寂しそうに過ごしておられました」
それはシエルが初めて聞く母の過去だった。母もシエルと同じように話し相手はおらず、孤独を感じていたらしい。
「ですが、シエル様を身籠っていた時だけは幸せそうでした。貴女様が生まれた時の喜びようと言ったら今でも忘れられませんよ」
その言葉を聞いてシエルは胸に温かいものが込み上げてきた。自分は生まれた時から一人ではなかったのだ。
「私はお母様に何もしてあげられませんでした……」
もっと一緒にいてあげたかった。母の苦しみを少しでも取り除きたかった。だが、自分は何もできなかったのだ。
「……母上様はシエル様にこう語りかけていました『この子は一途に愛してくれる人と一緒になってほしい』と……」
「お母様がそんなことを?」
「はい。ですから、グラッセ様と共におられるシエル様の姿を見れば喜んでくれますよ。きっと今もどこかで見守ってくれているはずです」
グラッセの持っている母の形見の魔法の杖を見ながら老人はそう答える。
「母上様の数少ない私物を処分する中、その杖だけ、陛下は残してくださいました。あれはシエル様への贈り物だったのかもしれません」
「そうなのですか……どうしてでしょうか……」
「さぁ、そこまでは……ただ、もしかしたら少しでも母上様の事を大切に思っておられたのかもしれません……」
父は母に少しだけ愛情を感じていたのかもしれない。今更そんなことを聞かされてもどうしようもないのだが……
「お母様は私を恨んではいなかったのですね……」
母が自分の事を愛していてくれた。その事実が本当なら心が救われたような気がした。
グラッセがシエルの肩を抱き寄せると、シエルは彼の腕の中に顔を埋めながら静かに涙を流していた。
*
それからグラッセは英雄として讃えられ、国王に就任してから公務で忙しい日々を送っていた。
彼が優秀であることは誰もが認めるところであり。己の有能さをひけらかすような男だったのでこの仕事は案外性に合っていたらしい。
今日も外交の為に隣国から来た大使との会談があり、グラッセは疲れ切った様子で城の執務室に戻ると椅子に座って書類を眺めていた。
「旦那様、お疲れ様です」
部屋にシエルが入ってくるとグラッセは顔を上げる。
彼女と一緒に入室した執事のクリアはワゴンにアップルパイと紅茶セットの乗せていた。
「アップルパイが上手に焼けたので持ってきたんです」
「ああ、ありがとう」
時間はかかったがシエルはアップルパイを美味しく作れるようになっていた。
グラッセは受け取った一切れを食べると、ほどよい甘さとリンゴの香りが広がって幸せな気分になる。
「それと、とても嬉しい出来事がありました!」
シエルは満面の笑顔で言うと、グラッセはアップルパイを飲み込む。
「なんだ?」
「はい!実は赤ちゃんが出来ました!」
グラッセは一瞬何を言われたのかわからなかった。だがすぐに理解すると少し照れ臭そうに笑う。
「俺もようやく父親か」
「父親は旦那様じゃないですよ?」
「えっ……」
きょとんとした表情を浮かべるシエルを見てグラッセはギョッと目を見開き、クリアの方を見た。
「アイスドラゴンですよ。前にグラッセ様が対処したドラゴンは雌だったようで、先日、卵が生まれたみたいです」
疑いの目を向けられたクリアは淡々と説明をすると、グラッセはガックリとうなだれて肩を落とした。
「アイツ……女だったのか」
そんな夫の側にシエルは近寄ると彼の耳元に唇を寄せて囁く。
「旦那様、私達も赤ちゃん、欲しいですね」
シエルの言葉にグラッセの顔が赤くなる。
そして二人の間に子供が出来るのはまだ先の話である。
*
雪山の山頂ではアイスドラゴンが卵を温めるように翼で包んでおり、その卵の隣では自由を得た氷の精霊が体を丸くして寝息を立てている。
きっとこの氷の精霊は人と手を取り合ってこの国を豊かにしていくだろう。
今日もフローレシア王国は良い天気だった。
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