【完結】忌み姫と氷の魔法使いの白くない結婚

白滝春菊

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理不尽な王命

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 ある日の早朝、屋敷に王城からの使者がやってきた。グラッセだけではなく、シエルも一緒に王城へ来て欲しいという知らせだった。
 何故自分も召還されたのか疑問に思いながらもシエルは支度を整えた後に雪ソリに乗り込む。グラッセも一緒なので不安はない……わけでもなく、やはりただごとではない雰囲気を感じていた。

 到着するとすぐに玉座の間に通される。そこには国王である父の他に数人の貴族がいた。
 シエルが入ってきたことに気付くと全員がこちらを見る。その中には見知った顔もあり、フローラとその母親のロゼリアもいた。

 王妃ロゼリアは薔薇のような赤い髪の色はフローラと同じなのにキツめな美貌は娘に似ているはずなのに雰囲気はまったく違っていた。
 ロゼリアはシエルを見ると少しだけ眉を寄せ、フローラはシエルと目が合うと慌てて視線を逸らす。
 その態度にシエルは胸を痛めるが何も言わずに黙って背筋を伸ばして立つ。

「早かったな」
「お呼びとあらばいつでも参上致します」

 グラッセが恭しく頭を下げるが、王の声色は怒っているかのように低い。シエルを心臓がバクバクと音を立てるのを聞きながらグラッセの隣で同じように膝をつく。

「フローラの件について何か申し開きはあるか?」
「何のことですか?」

 グラッセが冷静に聞き返すと国王はギロリと睨み付ける。しかし、彼は怯まずに見つめ返したままだ。

「とぼけるつもりか?フローラを傷物にしただろう!」
「身に覚えがありません」

 フローラの様子を見れば彼女は顔を青ざめさせ、震えている。その様子は怯えているようで、まるで罪人のように感じられた。
 その後ろで控えている執事のゼブラは無表情のまま。恐らく彼がフローラの代わりに噓の報告をしたのは間違いないだろう。

「グラッセ・ラッセル。貴方には責任をとらせます。シエルと離縁をし、フローラと結婚なさい。幸い、婚姻の事実は公にしてしておりませんでしたので世間体も問題ないでしょう」

 ロゼリアが冷たい声で言い放つとシエルは唇を噛み締める。

「避妊をするほど、シエルがお嫌いだったのでしょう?その子には別の殿方を宛がいます。こちらとしても貴方を失うのは惜しいのですから」

 元からシエルに子供を産ませた後にグラッセをフローラと再婚させる予定だったのであろう。
 魔法の才能の無いシグリッドやフローラの血を補うためにグラッセは都合が良く、それが今回の件で早まってしまった。

(どうして……)

 グラッセと自分に対する理不尽な扱いに怒りを感じるが、自分の中の精霊の力や魔力が暴走しないように抑え込むだけで精一杯でシエルは心を自力で鎮めるしかなかった。

「神に誓って、フローラ様には何もしていないと断言できます。他の女性に手を出し、妻を裏切るような真似はしません」

 グラッセの言葉を聞いてシエルの気持ちは落ち着きを取り戻していく。そして改めて自分が彼のことを心から愛していることを自覚した。
 そしてグラッセは優しい笑みを浮かべるとシエルの手を握る。シエルはその手を握り返し、微笑みを返した。

「シエルだけを愛しています」
「私もです」

 二人のやり取りを見て王は肘掛けに拳を叩きつける。

「では何故フローラは泣いているのだ!お前が無理矢理手篭めにしたからだろう!?」
「フローラ様が私に恋心を抱いていたようなのでお断りしました」

 この事実はフローラに対する侮辱になるので言いたくなかったが、ここで嘘を言うわけにはいかない。グラッセはキッパリと言い切る。
 だが王と王妃の怒りは収まらずに怒鳴り散らすだけだった。その様子を見てグラッセはもう限界だとばかりに口を開こうした瞬間。

「大変です!」

 兵士が慌てて玉座の間に入ってくると息を切らしながら告げる。

「アイスドラゴンがあ、暴れて……」
「何だって!?」

 グラッセが驚きの声を上げると同時に外が騒がしくなる。兵士達が慌ただしく動き回る足音が聞こえてきた。

 アイスドラゴンとはその名の通り全身が冷気で覆われた巨大な竜である。
 その力は凄まじく、並の人間では歯が立たないが刺激をしなければ大人しく山頂付近で暮らしている筈なのだ。

「アイスドラゴンに何をした!言え!」

 今まで冷静に受け答えをしていたグラッセだったが、突然声を荒げて兵士に詰め寄るとその形相に恐怖を感じたのか、腰を抜かす。それを庇うようにシエルが前に出てた。

「旦那様、落ち着いてください。貴方もゆっくりと話してくださいね」

 シエルはいつもと変わらない口調で話しかけるが兵士はまだ興奮が治まらないようだ。

「シ、シグリッド様がアイスドラゴンを討伐すると反対を押し切って騎士達を連れて山に入って行ったんです……そしたらアイスドラゴンに怪我を……それで……っ!」
「何故止めない!あの方は王子なんだぞ!」
「今、悔いても仕方ないです……ええと、対処の方を考えましょう」

 グラッセは血が出そうなほど強く拳を握りしめ、怒りを露わにする。シエルはそんな彼の腕を掴んで首を横に振ると彼は大きく深呼吸をした。

「すぐにシグリッド殿下を連れ戻に行きます」

 苛立った様子のグラッセはオスカーに一礼をして部屋を出て行こうとするが、その前にシエルに人工精霊、ウサギのスノウを作ってから手渡してシエルの肩を抱き寄せる。シエルはグラッセの腕の中で小さく震えていた。

「大丈夫だ」
「はい」

 グラッセはシエルから離れ、王達に振り返ると頭を下げてから扉から出て行く。
 夫のその姿を見送ってからシエルが父の方へ振り返ると彼らは顔面を蒼白にして震えているようだった。

「あ、そうだ……」

 シエルは自分に何かできることはないかと考えた末に思いつくとスノウにありったけの魔力を分け与える。
 するとスノウの毛並みがふわふわとした感触に変わり、それを見ていた者たちは警戒をしながら目を大きく見開いた。

「旦那様の所に」

 スノウを床に降ろすと跳ねながら居なくなったグラッセの後を追って玉座の間から出て行った。

(どうか、無事に帰ってきてくれますように)

 シエルは不安な気持ちを抱えながら祈ることしかできなかった。
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