25 / 34
理不尽な王命
しおりを挟む
ある日の早朝、屋敷に王城からの使者がやってきた。グラッセだけではなく、シエルも一緒に王城へ来て欲しいという知らせだった。
何故自分も召還されたのか疑問に思いながらもシエルは支度を整えた後に雪ソリに乗り込む。グラッセも一緒なので不安はない……わけでもなく、やはりただごとではない雰囲気を感じていた。
到着するとすぐに玉座の間に通される。そこには国王である父の他に数人の貴族がいた。
シエルが入ってきたことに気付くと全員がこちらを見る。その中には見知った顔もあり、フローラとその母親のロゼリアもいた。
王妃ロゼリアは薔薇のような赤い髪の色はフローラと同じなのにキツめな美貌は娘に似ているはずなのに雰囲気はまったく違っていた。
ロゼリアはシエルを見ると少しだけ眉を寄せ、フローラはシエルと目が合うと慌てて視線を逸らす。
その態度にシエルは胸を痛めるが何も言わずに黙って背筋を伸ばして立つ。
「早かったな」
「お呼びとあらばいつでも参上致します」
グラッセが恭しく頭を下げるが、王の声色は怒っているかのように低い。シエルを心臓がバクバクと音を立てるのを聞きながらグラッセの隣で同じように膝をつく。
「フローラの件について何か申し開きはあるか?」
「何のことですか?」
グラッセが冷静に聞き返すと国王はギロリと睨み付ける。しかし、彼は怯まずに見つめ返したままだ。
「とぼけるつもりか?フローラを傷物にしただろう!」
「身に覚えがありません」
フローラの様子を見れば彼女は顔を青ざめさせ、震えている。その様子は怯えているようで、まるで罪人のように感じられた。
その後ろで控えている執事のゼブラは無表情のまま。恐らく彼がフローラの代わりに噓の報告をしたのは間違いないだろう。
「グラッセ・ラッセル。貴方には責任をとらせます。シエルと離縁をし、フローラと結婚なさい。幸い、婚姻の事実は公にしてしておりませんでしたので世間体も問題ないでしょう」
ロゼリアが冷たい声で言い放つとシエルは唇を噛み締める。
「避妊をするほど、シエルがお嫌いだったのでしょう?その子には別の殿方を宛がいます。こちらとしても貴方を失うのは惜しいのですから」
元からシエルに子供を産ませた後にグラッセをフローラと再婚させる予定だったのであろう。
魔法の才能の無いシグリッドやフローラの血を補うためにグラッセは都合が良く、それが今回の件で早まってしまった。
(どうして……)
グラッセと自分に対する理不尽な扱いに怒りを感じるが、自分の中の精霊の力や魔力が暴走しないように抑え込むだけで精一杯でシエルは心を自力で鎮めるしかなかった。
「神に誓って、フローラ様には何もしていないと断言できます。他の女性に手を出し、妻を裏切るような真似はしません」
グラッセの言葉を聞いてシエルの気持ちは落ち着きを取り戻していく。そして改めて自分が彼のことを心から愛していることを自覚した。
そしてグラッセは優しい笑みを浮かべるとシエルの手を握る。シエルはその手を握り返し、微笑みを返した。
「シエルだけを愛しています」
「私もです」
二人のやり取りを見て王は肘掛けに拳を叩きつける。
「では何故フローラは泣いているのだ!お前が無理矢理手篭めにしたからだろう!?」
「フローラ様が私に恋心を抱いていたようなのでお断りしました」
この事実はフローラに対する侮辱になるので言いたくなかったが、ここで嘘を言うわけにはいかない。グラッセはキッパリと言い切る。
だが王と王妃の怒りは収まらずに怒鳴り散らすだけだった。その様子を見てグラッセはもう限界だとばかりに口を開こうした瞬間。
「大変です!」
兵士が慌てて玉座の間に入ってくると息を切らしながら告げる。
「アイスドラゴンがあ、暴れて……」
「何だって!?」
グラッセが驚きの声を上げると同時に外が騒がしくなる。兵士達が慌ただしく動き回る足音が聞こえてきた。
アイスドラゴンとはその名の通り全身が冷気で覆われた巨大な竜である。
その力は凄まじく、並の人間では歯が立たないが刺激をしなければ大人しく山頂付近で暮らしている筈なのだ。
「アイスドラゴンに何をした!言え!」
今まで冷静に受け答えをしていたグラッセだったが、突然声を荒げて兵士に詰め寄るとその形相に恐怖を感じたのか、腰を抜かす。それを庇うようにシエルが前に出てた。
「旦那様、落ち着いてください。貴方もゆっくりと話してくださいね」
シエルはいつもと変わらない口調で話しかけるが兵士はまだ興奮が治まらないようだ。
「シ、シグリッド様がアイスドラゴンを討伐すると反対を押し切って騎士達を連れて山に入って行ったんです……そしたらアイスドラゴンに怪我を……それで……っ!」
「何故止めない!あの方は王子なんだぞ!」
「今、悔いても仕方ないです……ええと、対処の方を考えましょう」
グラッセは血が出そうなほど強く拳を握りしめ、怒りを露わにする。シエルはそんな彼の腕を掴んで首を横に振ると彼は大きく深呼吸をした。
「すぐにシグリッド殿下を連れ戻に行きます」
苛立った様子のグラッセはオスカーに一礼をして部屋を出て行こうとするが、その前にシエルに人工精霊、ウサギのスノウを作ってから手渡してシエルの肩を抱き寄せる。シエルはグラッセの腕の中で小さく震えていた。
「大丈夫だ」
「はい」
グラッセはシエルから離れ、王達に振り返ると頭を下げてから扉から出て行く。
夫のその姿を見送ってからシエルが父の方へ振り返ると彼らは顔面を蒼白にして震えているようだった。
「あ、そうだ……」
シエルは自分に何かできることはないかと考えた末に思いつくとスノウにありったけの魔力を分け与える。
するとスノウの毛並みがふわふわとした感触に変わり、それを見ていた者たちは警戒をしながら目を大きく見開いた。
「旦那様の所に」
スノウを床に降ろすと跳ねながら居なくなったグラッセの後を追って玉座の間から出て行った。
(どうか、無事に帰ってきてくれますように)
シエルは不安な気持ちを抱えながら祈ることしかできなかった。
何故自分も召還されたのか疑問に思いながらもシエルは支度を整えた後に雪ソリに乗り込む。グラッセも一緒なので不安はない……わけでもなく、やはりただごとではない雰囲気を感じていた。
到着するとすぐに玉座の間に通される。そこには国王である父の他に数人の貴族がいた。
シエルが入ってきたことに気付くと全員がこちらを見る。その中には見知った顔もあり、フローラとその母親のロゼリアもいた。
王妃ロゼリアは薔薇のような赤い髪の色はフローラと同じなのにキツめな美貌は娘に似ているはずなのに雰囲気はまったく違っていた。
ロゼリアはシエルを見ると少しだけ眉を寄せ、フローラはシエルと目が合うと慌てて視線を逸らす。
その態度にシエルは胸を痛めるが何も言わずに黙って背筋を伸ばして立つ。
「早かったな」
「お呼びとあらばいつでも参上致します」
グラッセが恭しく頭を下げるが、王の声色は怒っているかのように低い。シエルを心臓がバクバクと音を立てるのを聞きながらグラッセの隣で同じように膝をつく。
「フローラの件について何か申し開きはあるか?」
「何のことですか?」
グラッセが冷静に聞き返すと国王はギロリと睨み付ける。しかし、彼は怯まずに見つめ返したままだ。
「とぼけるつもりか?フローラを傷物にしただろう!」
「身に覚えがありません」
フローラの様子を見れば彼女は顔を青ざめさせ、震えている。その様子は怯えているようで、まるで罪人のように感じられた。
その後ろで控えている執事のゼブラは無表情のまま。恐らく彼がフローラの代わりに噓の報告をしたのは間違いないだろう。
「グラッセ・ラッセル。貴方には責任をとらせます。シエルと離縁をし、フローラと結婚なさい。幸い、婚姻の事実は公にしてしておりませんでしたので世間体も問題ないでしょう」
ロゼリアが冷たい声で言い放つとシエルは唇を噛み締める。
「避妊をするほど、シエルがお嫌いだったのでしょう?その子には別の殿方を宛がいます。こちらとしても貴方を失うのは惜しいのですから」
元からシエルに子供を産ませた後にグラッセをフローラと再婚させる予定だったのであろう。
魔法の才能の無いシグリッドやフローラの血を補うためにグラッセは都合が良く、それが今回の件で早まってしまった。
(どうして……)
グラッセと自分に対する理不尽な扱いに怒りを感じるが、自分の中の精霊の力や魔力が暴走しないように抑え込むだけで精一杯でシエルは心を自力で鎮めるしかなかった。
「神に誓って、フローラ様には何もしていないと断言できます。他の女性に手を出し、妻を裏切るような真似はしません」
グラッセの言葉を聞いてシエルの気持ちは落ち着きを取り戻していく。そして改めて自分が彼のことを心から愛していることを自覚した。
そしてグラッセは優しい笑みを浮かべるとシエルの手を握る。シエルはその手を握り返し、微笑みを返した。
「シエルだけを愛しています」
「私もです」
二人のやり取りを見て王は肘掛けに拳を叩きつける。
「では何故フローラは泣いているのだ!お前が無理矢理手篭めにしたからだろう!?」
「フローラ様が私に恋心を抱いていたようなのでお断りしました」
この事実はフローラに対する侮辱になるので言いたくなかったが、ここで嘘を言うわけにはいかない。グラッセはキッパリと言い切る。
だが王と王妃の怒りは収まらずに怒鳴り散らすだけだった。その様子を見てグラッセはもう限界だとばかりに口を開こうした瞬間。
「大変です!」
兵士が慌てて玉座の間に入ってくると息を切らしながら告げる。
「アイスドラゴンがあ、暴れて……」
「何だって!?」
グラッセが驚きの声を上げると同時に外が騒がしくなる。兵士達が慌ただしく動き回る足音が聞こえてきた。
アイスドラゴンとはその名の通り全身が冷気で覆われた巨大な竜である。
その力は凄まじく、並の人間では歯が立たないが刺激をしなければ大人しく山頂付近で暮らしている筈なのだ。
「アイスドラゴンに何をした!言え!」
今まで冷静に受け答えをしていたグラッセだったが、突然声を荒げて兵士に詰め寄るとその形相に恐怖を感じたのか、腰を抜かす。それを庇うようにシエルが前に出てた。
「旦那様、落ち着いてください。貴方もゆっくりと話してくださいね」
シエルはいつもと変わらない口調で話しかけるが兵士はまだ興奮が治まらないようだ。
「シ、シグリッド様がアイスドラゴンを討伐すると反対を押し切って騎士達を連れて山に入って行ったんです……そしたらアイスドラゴンに怪我を……それで……っ!」
「何故止めない!あの方は王子なんだぞ!」
「今、悔いても仕方ないです……ええと、対処の方を考えましょう」
グラッセは血が出そうなほど強く拳を握りしめ、怒りを露わにする。シエルはそんな彼の腕を掴んで首を横に振ると彼は大きく深呼吸をした。
「すぐにシグリッド殿下を連れ戻に行きます」
苛立った様子のグラッセはオスカーに一礼をして部屋を出て行こうとするが、その前にシエルに人工精霊、ウサギのスノウを作ってから手渡してシエルの肩を抱き寄せる。シエルはグラッセの腕の中で小さく震えていた。
「大丈夫だ」
「はい」
グラッセはシエルから離れ、王達に振り返ると頭を下げてから扉から出て行く。
夫のその姿を見送ってからシエルが父の方へ振り返ると彼らは顔面を蒼白にして震えているようだった。
「あ、そうだ……」
シエルは自分に何かできることはないかと考えた末に思いつくとスノウにありったけの魔力を分け与える。
するとスノウの毛並みがふわふわとした感触に変わり、それを見ていた者たちは警戒をしながら目を大きく見開いた。
「旦那様の所に」
スノウを床に降ろすと跳ねながら居なくなったグラッセの後を追って玉座の間から出て行った。
(どうか、無事に帰ってきてくれますように)
シエルは不安な気持ちを抱えながら祈ることしかできなかった。
46
お気に入りに追加
932
あなたにおすすめの小説

禁断の関係かもしれないが、それが?
しゃーりん
恋愛
王太子カインロットにはラフィティという婚約者がいる。
公爵令嬢であるラフィティは可愛くて人気もあるのだが少し頭が悪く、カインロットはこのままラフィティと結婚していいものか、悩んでいた。
そんな時、ラフィティが自分の代わりに王太子妃の仕事をしてくれる人として連れて来たのが伯爵令嬢マリージュ。
カインロットはマリージュが自分の異母妹かもしれない令嬢だということを思い出す。
しかも初恋の女の子でもあり、マリージュを手に入れたいと思ったカインロットは自分の欲望のためにラフィティの頼みを受け入れる。
兄妹かもしれないが子供を生ませなければ問題ないだろう?というお話です。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる