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心を揺さぶったもの
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国中の図書館も巡りつくしたが氷の精霊の加護に関する有力な情報は得られなかったが唯一、足を踏み入れた無い所は王城だけだ。
城の中の書物庫に行けば何かしらの情報が得られるかもしれない。
執事のクリア、そして今回は料理人のアサヒも連れて王城に向かうと今日のシグリッド王子への魔法の訓練を終えた。
「お疲れ様です。シグリッド王子、グラッセさん」
タイミングを見計らってアサヒが持ってきたバスケットを開ける。中には香ばしさが伝わる黄金色の不思議な物体が入っており、シグリッドは眉をひそめる。
「これは何だ?」
「エビフライとカニクリームコロッケです」
「エビとカニ!?馬鹿か貴様!そんなものを僕に食べさせるつもりなのか!!!」
シグリッドが怒るのも無理はない。この国ではエビやカニは食べる風習がなく、漁師が網にかかったら海に戻してしまうバズレの獲物。それを料理するなど考えられないことだ。
ましてや王族であるシグリッドがそんなゲテモノを食べるなどあってはならない。
「そこの執事、毒味を頼む」
クリアが皿とフォークとナイフをバスケットから取り出して休憩用の机の上に置いてから、シグリッド専属の執事の男にグラッセが声を掛ける。
執事の男は嫌そうな顔をしながら恐る恐るエビフライを口にするとサクサクと咀嚼し飲み込むと表情が明るくなった。どうやら問題ないようだ。
次にカニクリームコロッケを差し出すと今度は美味しそうに口に運ぶ。それをシグリッドは信じられないという目つきで自分の執事を見る。
あまりの美味さに止まらくなり、我を忘れて執事がまた新たにエビフライに手を付けようとするとシグリッドが声を荒げて止める。
「もういい!!下がれ!」
「は、はっ」
シグリッドの制止の声で我に返り、急いでその場を離れる。表情はとても名残惜そうだ。
グラッセも最初はエビやカニに対して嫌悪感を抱いていたが、意外にも美味しくて今では好物の一つになっている。慣れると癖になる旨さだったのだ。
「さぁ、どうぞ召し上がってください」
「…………」
シグリッドは無言のままだが食欲に負けて、椅子に座ってからまずカニクリームコロッケから手を付ける。一口食べた瞬間にその目が驚愕に満ち、次の瞬間には二個目に手を出していた。
よほど気に入ったのか、その勢いが止まることはない。次はエビフライをフォークを突き刺して豪快に齧り付くとこれまた頬を緩ませて幸せそうに食べる。
「うまい……」
王子は涙を浮かべながら呟くと、次々と食べ物を胃袋に収めていく。
その姿を見たアサヒは満足そうに微笑み、グラッセは内心、とても引いていた。「泣くほどじゃないだろう」と思ったが口にはしない。
シグリッドは結局、籠に入っていた全ての料理を食べ尽くした。食事を終えるとアサヒの手を両手で掴む。
「貴様、ここの料理人になれ、そして毎日僕に料理を作ってくれ!」
「…………」
アサヒが驚いた表情で黙ったまま、固まっているのを見てグラッセが小突くとハッとして慌てて首を横に振る。
「とてもありがたいお言葉です。ですがここで働くならもっと勉強したいんです」
「ならばここに通えばいい!そうだ。書物庫を自由に使っていい許可を出そう!だから僕の食事を作ってくれ!」
アサヒはグラッセに視線を向けると、グラッセは頷く。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げると書物庫に入る許可証を得ることができた。
*
城の書物庫はシグリッドの命令で閲覧をできるようになった。膨大な量の本があり、グラッセの探求心を刺激する。
しかし、今回は氷の精霊の加護について調べることだけに集中した。
「あ、あの……グラッセ様……」
本を読み漁っていると書物庫の扉が開かれて王女のフローラがオドオドしながら入ってくる。後ろではメイドが控えており、執事のゼブラの姿は無かった。
「フローラ様、先日は大変失礼いたしました」
薬を盛られたのにも関わらずグラッセは嫌悪を表に出さずに丁重に謝罪する。
それを聞いたフローラはホッと安堵した様子で胸に手を当てて息をつく。
「い、いえ、大丈夫です……グラッセ様はどうしてこちらに?」
「連れの為に来ました。料理を学びたいそうで」
グラッセは向こうで静かに本を読んでいるアサヒを見るとフローラは「まあ」と声を上げる。熊のような男が料理を振る舞う光景が想像できないのだろう。
「陛下には話されましたか?」
「まだ……」
グラッセが真剣な表情で訊ねると、フローラは俯いて悲しげな表情をする。
避妊薬を使っていたことはまだ報告していないようで一安心をすると今度はフローラの方から質問を返してくる。その瞳には少し期待が見え隠れしている。
「なぜ……避妊薬を?シエルと子供を作るのはお嫌ですか?」
「父親になる自信がなかった私の我儘です。ですが安心してください。今はもう薬は使っていません」
期待通りの言葉を返しても貰えなかったフローラは落胆の色を見せた。
「どうして、シエルなのですか……シエルが愛人の娘だからでしょうか……それならわたくしも……愛人の娘に生まれたかった」
ぼそぼそと呟かれた言葉にグラッセは黙って聞いていた。
愛人の娘に生まれたかった。それをシエルが聞いたらどんな顔をするだろうか。
きっと悲しみ、怒りを覚えるだろう。グラッセがもし自分がシエルの立場だったら同じことを思うかもしれない。
「そうですね。愛人の娘で、氷の精霊の加護を持っていて、いつも笑顔で、素直で、意外と大胆で、いえ、少々積極的過ぎるのですが……」
シエルの話をしながらグラッセは優しく微笑んだ。今まで見たことのない、優しい笑みにフローラは息苦しさを覚える。
「色々な要因が重なり、そんなシエルだからこそ私は惹かれるのかもしれません」
「…………」
「前にフローラ様は私が貴女に熱い視線を送っていたとかおっしゃっていましたね?」
「え、ええ……」
突然、仮面舞踏会の時に話した内容を振られて戸惑うフローラにグラッセは真っ直ぐに彼女を見つめて口を開く。
「私は貴女の描いた絵に興味がありました。学生の時に目にした雪景色に一本の木を描いた風景画」
「それ……は」
その言葉にフローラは顔を青ざめる。思い出されるのは自分の犯してしまった過ち。
学生の頃、国王の娘なのに魔法の才能があまり無かった彼女は人一倍勉学に励むので精一杯だった。
絵のコンクールに出展することになったが、描く時間が無かったので家臣に描かせるべきか悩んでいた時に目に入ったのは処分される予定のシエルの描いた風景画だった。
シエルの存在は世間にはあまり知られていない。当時の自分の画力にも近いのもあってそこでフローラは咄嵯にそれを自作品として提出をしたのだ。
結果は大したことがないものだったがその場を乗り切るものとしては十分役に立った。それだけのはずだった。
「わたくしは……」
フローラは目に涙を溜めながら何かを言おうとするが、何も言えずにそのまま走って出て行こうとすると途中で転んでしまった。
「大丈夫ですか!?」
ちょうど近くにいたアサヒが跪いて、彼女に手を貸す。
「あ、ありがとう、ございます」
「いえ……」
フローラが礼を言うと逃げるように書物庫から出て行った。その後ろ姿をアサヒは黙ったまま見送り、自分の手のひらを眺める。
グラッセはため息をつくと、調べ物を再開させた。かつて自分が関心を持った絵を描いたのが実はシエルだったと知った時は驚いたが、今となってはどうでもいいこと。
絵に惚れ込んだのではなくシエル自身に惹かれたのだから。
「これは……」
そんなことを考えながら手にした古びた本を見てグラッセは思わず声を上げた。その内容は氷の精霊の加護について記されたもので、そこには驚くべきことが書かれていた。
城の中の書物庫に行けば何かしらの情報が得られるかもしれない。
執事のクリア、そして今回は料理人のアサヒも連れて王城に向かうと今日のシグリッド王子への魔法の訓練を終えた。
「お疲れ様です。シグリッド王子、グラッセさん」
タイミングを見計らってアサヒが持ってきたバスケットを開ける。中には香ばしさが伝わる黄金色の不思議な物体が入っており、シグリッドは眉をひそめる。
「これは何だ?」
「エビフライとカニクリームコロッケです」
「エビとカニ!?馬鹿か貴様!そんなものを僕に食べさせるつもりなのか!!!」
シグリッドが怒るのも無理はない。この国ではエビやカニは食べる風習がなく、漁師が網にかかったら海に戻してしまうバズレの獲物。それを料理するなど考えられないことだ。
ましてや王族であるシグリッドがそんなゲテモノを食べるなどあってはならない。
「そこの執事、毒味を頼む」
クリアが皿とフォークとナイフをバスケットから取り出して休憩用の机の上に置いてから、シグリッド専属の執事の男にグラッセが声を掛ける。
執事の男は嫌そうな顔をしながら恐る恐るエビフライを口にするとサクサクと咀嚼し飲み込むと表情が明るくなった。どうやら問題ないようだ。
次にカニクリームコロッケを差し出すと今度は美味しそうに口に運ぶ。それをシグリッドは信じられないという目つきで自分の執事を見る。
あまりの美味さに止まらくなり、我を忘れて執事がまた新たにエビフライに手を付けようとするとシグリッドが声を荒げて止める。
「もういい!!下がれ!」
「は、はっ」
シグリッドの制止の声で我に返り、急いでその場を離れる。表情はとても名残惜そうだ。
グラッセも最初はエビやカニに対して嫌悪感を抱いていたが、意外にも美味しくて今では好物の一つになっている。慣れると癖になる旨さだったのだ。
「さぁ、どうぞ召し上がってください」
「…………」
シグリッドは無言のままだが食欲に負けて、椅子に座ってからまずカニクリームコロッケから手を付ける。一口食べた瞬間にその目が驚愕に満ち、次の瞬間には二個目に手を出していた。
よほど気に入ったのか、その勢いが止まることはない。次はエビフライをフォークを突き刺して豪快に齧り付くとこれまた頬を緩ませて幸せそうに食べる。
「うまい……」
王子は涙を浮かべながら呟くと、次々と食べ物を胃袋に収めていく。
その姿を見たアサヒは満足そうに微笑み、グラッセは内心、とても引いていた。「泣くほどじゃないだろう」と思ったが口にはしない。
シグリッドは結局、籠に入っていた全ての料理を食べ尽くした。食事を終えるとアサヒの手を両手で掴む。
「貴様、ここの料理人になれ、そして毎日僕に料理を作ってくれ!」
「…………」
アサヒが驚いた表情で黙ったまま、固まっているのを見てグラッセが小突くとハッとして慌てて首を横に振る。
「とてもありがたいお言葉です。ですがここで働くならもっと勉強したいんです」
「ならばここに通えばいい!そうだ。書物庫を自由に使っていい許可を出そう!だから僕の食事を作ってくれ!」
アサヒはグラッセに視線を向けると、グラッセは頷く。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げると書物庫に入る許可証を得ることができた。
*
城の書物庫はシグリッドの命令で閲覧をできるようになった。膨大な量の本があり、グラッセの探求心を刺激する。
しかし、今回は氷の精霊の加護について調べることだけに集中した。
「あ、あの……グラッセ様……」
本を読み漁っていると書物庫の扉が開かれて王女のフローラがオドオドしながら入ってくる。後ろではメイドが控えており、執事のゼブラの姿は無かった。
「フローラ様、先日は大変失礼いたしました」
薬を盛られたのにも関わらずグラッセは嫌悪を表に出さずに丁重に謝罪する。
それを聞いたフローラはホッと安堵した様子で胸に手を当てて息をつく。
「い、いえ、大丈夫です……グラッセ様はどうしてこちらに?」
「連れの為に来ました。料理を学びたいそうで」
グラッセは向こうで静かに本を読んでいるアサヒを見るとフローラは「まあ」と声を上げる。熊のような男が料理を振る舞う光景が想像できないのだろう。
「陛下には話されましたか?」
「まだ……」
グラッセが真剣な表情で訊ねると、フローラは俯いて悲しげな表情をする。
避妊薬を使っていたことはまだ報告していないようで一安心をすると今度はフローラの方から質問を返してくる。その瞳には少し期待が見え隠れしている。
「なぜ……避妊薬を?シエルと子供を作るのはお嫌ですか?」
「父親になる自信がなかった私の我儘です。ですが安心してください。今はもう薬は使っていません」
期待通りの言葉を返しても貰えなかったフローラは落胆の色を見せた。
「どうして、シエルなのですか……シエルが愛人の娘だからでしょうか……それならわたくしも……愛人の娘に生まれたかった」
ぼそぼそと呟かれた言葉にグラッセは黙って聞いていた。
愛人の娘に生まれたかった。それをシエルが聞いたらどんな顔をするだろうか。
きっと悲しみ、怒りを覚えるだろう。グラッセがもし自分がシエルの立場だったら同じことを思うかもしれない。
「そうですね。愛人の娘で、氷の精霊の加護を持っていて、いつも笑顔で、素直で、意外と大胆で、いえ、少々積極的過ぎるのですが……」
シエルの話をしながらグラッセは優しく微笑んだ。今まで見たことのない、優しい笑みにフローラは息苦しさを覚える。
「色々な要因が重なり、そんなシエルだからこそ私は惹かれるのかもしれません」
「…………」
「前にフローラ様は私が貴女に熱い視線を送っていたとかおっしゃっていましたね?」
「え、ええ……」
突然、仮面舞踏会の時に話した内容を振られて戸惑うフローラにグラッセは真っ直ぐに彼女を見つめて口を開く。
「私は貴女の描いた絵に興味がありました。学生の時に目にした雪景色に一本の木を描いた風景画」
「それ……は」
その言葉にフローラは顔を青ざめる。思い出されるのは自分の犯してしまった過ち。
学生の頃、国王の娘なのに魔法の才能があまり無かった彼女は人一倍勉学に励むので精一杯だった。
絵のコンクールに出展することになったが、描く時間が無かったので家臣に描かせるべきか悩んでいた時に目に入ったのは処分される予定のシエルの描いた風景画だった。
シエルの存在は世間にはあまり知られていない。当時の自分の画力にも近いのもあってそこでフローラは咄嵯にそれを自作品として提出をしたのだ。
結果は大したことがないものだったがその場を乗り切るものとしては十分役に立った。それだけのはずだった。
「わたくしは……」
フローラは目に涙を溜めながら何かを言おうとするが、何も言えずにそのまま走って出て行こうとすると途中で転んでしまった。
「大丈夫ですか!?」
ちょうど近くにいたアサヒが跪いて、彼女に手を貸す。
「あ、ありがとう、ございます」
「いえ……」
フローラが礼を言うと逃げるように書物庫から出て行った。その後ろ姿をアサヒは黙ったまま見送り、自分の手のひらを眺める。
グラッセはため息をつくと、調べ物を再開させた。かつて自分が関心を持った絵を描いたのが実はシエルだったと知った時は驚いたが、今となってはどうでもいいこと。
絵に惚れ込んだのではなくシエル自身に惹かれたのだから。
「これは……」
そんなことを考えながら手にした古びた本を見てグラッセは思わず声を上げた。その内容は氷の精霊の加護について記されたもので、そこには驚くべきことが書かれていた。
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