【完結】忌み姫と氷の魔法使いの白くない結婚

白滝春菊

文字の大きさ
上 下
23 / 34

心を揺さぶったもの

しおりを挟む
 国中の図書館も巡りつくしたが氷の精霊の加護に関する有力な情報は得られなかったが唯一、足を踏み入れた無い所は王城だけだ。
 城の中の書物庫に行けば何かしらの情報が得られるかもしれない。

 執事のクリア、そして今回は料理人のアサヒも連れて王城に向かうと今日のシグリッド王子への魔法の訓練を終えた。

「お疲れ様です。シグリッド王子、グラッセさん」

 タイミングを見計らってアサヒが持ってきたバスケットを開ける。中には香ばしさが伝わる黄金色の不思議な物体が入っており、シグリッドは眉をひそめる。

「これは何だ?」
「エビフライとカニクリームコロッケです」
「エビとカニ!?馬鹿か貴様!そんなものを僕に食べさせるつもりなのか!!!」

 シグリッドが怒るのも無理はない。この国ではエビやカニは食べる風習がなく、漁師が網にかかったら海に戻してしまうバズレの獲物。それを料理するなど考えられないことだ。
 ましてや王族であるシグリッドがそんなゲテモノを食べるなどあってはならない。

「そこの執事、毒味を頼む」

 クリアが皿とフォークとナイフをバスケットから取り出して休憩用の机の上に置いてから、シグリッド専属の執事の男にグラッセが声を掛ける。
 執事の男は嫌そうな顔をしながら恐る恐るエビフライを口にするとサクサクと咀嚼し飲み込むと表情が明るくなった。どうやら問題ないようだ。

 次にカニクリームコロッケを差し出すと今度は美味しそうに口に運ぶ。それをシグリッドは信じられないという目つきで自分の執事を見る。
 あまりの美味さに止まらくなり、我を忘れて執事がまた新たにエビフライに手を付けようとするとシグリッドが声を荒げて止める。

「もういい!!下がれ!」
「は、はっ」

 シグリッドの制止の声で我に返り、急いでその場を離れる。表情はとても名残惜そうだ。
 グラッセも最初はエビやカニに対して嫌悪感を抱いていたが、意外にも美味しくて今では好物の一つになっている。慣れると癖になる旨さだったのだ。

「さぁ、どうぞ召し上がってください」
「…………」

 シグリッドは無言のままだが食欲に負けて、椅子に座ってからまずカニクリームコロッケから手を付ける。一口食べた瞬間にその目が驚愕に満ち、次の瞬間には二個目に手を出していた。
 よほど気に入ったのか、その勢いが止まることはない。次はエビフライをフォークを突き刺して豪快に齧り付くとこれまた頬を緩ませて幸せそうに食べる。

「うまい……」

 王子は涙を浮かべながら呟くと、次々と食べ物を胃袋に収めていく。
 その姿を見たアサヒは満足そうに微笑み、グラッセは内心、とても引いていた。「泣くほどじゃないだろう」と思ったが口にはしない。
 シグリッドは結局、籠に入っていた全ての料理を食べ尽くした。食事を終えるとアサヒの手を両手で掴む。

「貴様、ここの料理人になれ、そして毎日僕に料理を作ってくれ!」
「…………」

 アサヒが驚いた表情で黙ったまま、固まっているのを見てグラッセが小突くとハッとして慌てて首を横に振る。

「とてもありがたいお言葉です。ですがここで働くならもっと勉強したいんです」
「ならばここに通えばいい!そうだ。書物庫を自由に使っていい許可を出そう!だから僕の食事を作ってくれ!」

 アサヒはグラッセに視線を向けると、グラッセは頷く。

「ありがとうございます」

 深々と頭を下げると書物庫に入る許可証を得ることができた。

 *

 城の書物庫はシグリッドの命令で閲覧をできるようになった。膨大な量の本があり、グラッセの探求心を刺激する。
 しかし、今回は氷の精霊の加護について調べることだけに集中した。

「あ、あの……グラッセ様……」

 本を読み漁っていると書物庫の扉が開かれて王女のフローラがオドオドしながら入ってくる。後ろではメイドが控えており、執事のゼブラの姿は無かった。

「フローラ様、先日は大変失礼いたしました」

 薬を盛られたのにも関わらずグラッセは嫌悪を表に出さずに丁重に謝罪する。
 それを聞いたフローラはホッと安堵した様子で胸に手を当てて息をつく。

「い、いえ、大丈夫です……グラッセ様はどうしてこちらに?」

「連れの為に来ました。料理を学びたいそうで」

 グラッセは向こうで静かに本を読んでいるアサヒを見るとフローラは「まあ」と声を上げる。熊のような男が料理を振る舞う光景が想像できないのだろう。

「陛下には話されましたか?」
「まだ……」

 グラッセが真剣な表情で訊ねると、フローラは俯いて悲しげな表情をする。
 避妊薬を使っていたことはまだ報告していないようで一安心をすると今度はフローラの方から質問を返してくる。その瞳には少し期待が見え隠れしている。

「なぜ……避妊薬を?シエルと子供を作るのはお嫌ですか?」
「父親になる自信がなかった私の我儘です。ですが安心してください。今はもう薬は使っていません」

 期待通りの言葉を返しても貰えなかったフローラは落胆の色を見せた。

「どうして、シエルなのですか……シエルが愛人の娘だからでしょうか……それならわたくしも……愛人の娘に生まれたかった」

 ぼそぼそと呟かれた言葉にグラッセは黙って聞いていた。
 愛人の娘に生まれたかった。それをシエルが聞いたらどんな顔をするだろうか。
 きっと悲しみ、怒りを覚えるだろう。グラッセがもし自分がシエルの立場だったら同じことを思うかもしれない。

「そうですね。愛人の娘で、氷の精霊の加護を持っていて、いつも笑顔で、素直で、意外と大胆で、いえ、少々積極的過ぎるのですが……」

 シエルの話をしながらグラッセは優しく微笑んだ。今まで見たことのない、優しい笑みにフローラは息苦しさを覚える。

「色々な要因が重なり、そんなシエルだからこそ私は惹かれるのかもしれません」
「…………」
「前にフローラ様は私が貴女に熱い視線を送っていたとかおっしゃっていましたね?」
「え、ええ……」

 突然、仮面舞踏会の時に話した内容を振られて戸惑うフローラにグラッセは真っ直ぐに彼女を見つめて口を開く。

「私は貴女の描いた絵に興味がありました。学生の時に目にした雪景色に一本の木を描いた風景画」
「それ……は」

 その言葉にフローラは顔を青ざめる。思い出されるのは自分の犯してしまった過ち。

 学生の頃、国王の娘なのに魔法の才能があまり無かった彼女は人一倍勉学に励むので精一杯だった。
 絵のコンクールに出展することになったが、描く時間が無かったので家臣に描かせるべきか悩んでいた時に目に入ったのは処分される予定のシエルの描いた風景画だった。

 シエルの存在は世間にはあまり知られていない。当時の自分の画力にも近いのもあってそこでフローラは咄嵯にそれを自作品として提出をしたのだ。
 結果は大したことがないものだったがその場を乗り切るものとしては十分役に立った。それだけのはずだった。

「わたくしは……」

 フローラは目に涙を溜めながら何かを言おうとするが、何も言えずにそのまま走って出て行こうとすると途中で転んでしまった。

「大丈夫ですか!?」

 ちょうど近くにいたアサヒが跪いて、彼女に手を貸す。

「あ、ありがとう、ございます」
「いえ……」

 フローラが礼を言うと逃げるように書物庫から出て行った。その後ろ姿をアサヒは黙ったまま見送り、自分の手のひらを眺める。

 グラッセはため息をつくと、調べ物を再開させた。かつて自分が関心を持った絵を描いたのが実はシエルだったと知った時は驚いたが、今となってはどうでもいいこと。
 絵に惚れ込んだのではなくシエル自身に惹かれたのだから。

「これは……」

 そんなことを考えながら手にした古びた本を見てグラッセは思わず声を上げた。その内容は氷の精霊の加護について記されたもので、そこには驚くべきことが書かれていた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

禁断の関係かもしれないが、それが?

しゃーりん
恋愛
王太子カインロットにはラフィティという婚約者がいる。 公爵令嬢であるラフィティは可愛くて人気もあるのだが少し頭が悪く、カインロットはこのままラフィティと結婚していいものか、悩んでいた。 そんな時、ラフィティが自分の代わりに王太子妃の仕事をしてくれる人として連れて来たのが伯爵令嬢マリージュ。 カインロットはマリージュが自分の異母妹かもしれない令嬢だということを思い出す。 しかも初恋の女の子でもあり、マリージュを手に入れたいと思ったカインロットは自分の欲望のためにラフィティの頼みを受け入れる。 兄妹かもしれないが子供を生ませなければ問題ないだろう?というお話です。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

処理中です...