【完結】忌み姫と氷の魔法使いの白くない結婚

白滝春菊

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謝罪

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 グラッセが書斎に執事のクリアを呼び出すと、彼はうやうやしく頭を下げてから要件を尋ねてくる。

「お呼びでしょうか?」
「薬の件、フローラ様に話したのはお前か?」
「はい」

 グラッセは腕を組みながら鋭い視線を向けて問い詰めるが、当の本人は悪びれた様子もなく淡々と答える。
 
「陛下にも話したか?」
「いいえ、フローラ様には伝えましたが国王陛下にはまだ報告しておりません」
「そうか」

 グラッセは胸を撫で下ろす。しかし、フローラが国王に報告をすればグラッセやラッセル家は間違いなく罰せられるだろう。そしてシエルと引き離されかねない。それだけは避けたかった。

「……悪かったな」
「……え……」

 突然グラッセはバツが悪そうに謝ると、クリアは目を丸くした。最初に違反行為を働いたのはグラッセだ。彼を咎める権利はない。

「俺の我儘でシエルにもクリアにも迷惑をお掛けた。すまない」
「いえ、私は別に構いませんが……」
「もう二度とあんな真似はしない。だから引き続き頼むぞ」
「……かしこまりました」

 最後にクリアは深々と一礼してから部屋を出て行った。それを確認してからグラッセは机の上に置いてある大量の本の中から一冊、手に取り調べ物を再開させる。

 それは魔法書ではなくこの国の歴史に関する書物であり、今までにないほど真剣な表情で読み進めていく。そして最後のページまで目を通すと、本を閉じて次の本を手に取った。

 調べているのは氷の精霊の加護に関する事である。知っているのは加護を持つ物に強大な魔力を与え、外傷から守ってくれる。そして加護を受けた者の感情によって天候が変化するという事だけだ。

 更に本で調べるが新しい情報は『睨まれたら氷漬けにされる』『触れたら凍傷になる』といった噓の情報ばかりで信憑性のある情報は得られなかった。

 シエルはそんなことをしていない。恐らく前の加護を受けていたオスカー達が気に入らない人間相手に自発的に氷魔法を使ってやっただけなのだろうと推測できる。文献にそれが氷の精霊の加護の持ち主の特徴として書かれているからだ。
 
 それを真に受けてこの屋敷の使用人達は彼女を恐れて誰も近づかなかったのだ。もし、その事が事実なら使用人だけではなく、屋敷の外の人間達も彼女の存在を恐れている事になる。

 それだけじゃない。国王は何かを隠しているような気がする。直接問いただしても答えてくれないだろう。だから本を読んで片っ端から知識を得るしかない。
 シエルを守る為には力だけではなく、知識も必要だ。グラッセはそう決意すると再び本の世界に没頭するのだった。

 *

「クリア」

 クリアが廊下を歩いていると後ろから声を掛けられる。振り返ればそこにはシエルの姿があった。この一年で彼女はずいぶんと大人びて綺麗になり、その存在が遠くに行ってしまったかのような錯覚に陥る。

「旦那様はまた書斎で本を読みふけっています」
「そうですか」

 シエルが問う前にクリアが答えると彼女は少し寂しそうに笑った。本当は四六時中一緒に居たいようだが、邪魔をしたくないのだろう。

「では私もそろそろ行きますね」
「お気をつけて」

 シエルは微笑みながら小さく手を振るとその場を去った。その姿を見送るとクリアは再び歩き出す。
 グラッセの妻になってからの彼女は本当に幸せそうだ。昔から笑顔を絶やさない娘であったがあれは己を奮い立たせる為のものだったのだろう。

 だが今は心の底からの笑顔を浮かべている。それを見てクリアは自分では彼女を幸せに出来なかった事を悔やむ。
 グラッセが先に己の非を認めて謝罪をしたのだ。プライドの高い男だとクリアは認識していたがその逆で潔い性格をしており、彼が本気でシエルを愛しているのはよくわかった。

 媚薬を盛られても自傷行為をしてまでフローラを拒んでシエルの元へ駆けつけようとした。そして今も自分の犯した罪を理解した上で反省している。
 それに比べて自分はなんて小さな男なのだろう。フローラに密告をしてシエルからグラッセを引き離そうと暗躍していた己を恥じた。

 しかし、それでもグラッセに対する嫉妬心が消えることはない。永遠に劣等感を抱きながら仲睦まじい二人を見守り、支え続けることがクリアに与えられた罰なのだと悟った。

 *

 数日をかけて持ち込んだ本に加えて屋敷中の本を全部読んだが、やはり氷の精霊の加護に関してめぼしい情報を得ることが出来なかった。
 グラッセは気分転換にシエルを探すと彼女は天気がいいので絵を描くために庭に出ていると使用人の一人が教えてくれた。

 裏口から外に出ると、そこでは雪の庭をスキャンバスに描き写していた暖かそうなコートを着たシエルとそのそばで同じくコートを着て見守っているメイドのアンナの姿があり、彼は彼女達に歩み寄る。

「旦那様!」

 シエルは顔を上げるとグラッセの存在に気づいて絵を描く手を止めると嬉しそうに歩み寄ってくる。

「どうされたのですか?」
「ちょっと休憩がてら散歩でもしようかと思ってな」
「そうですか!私は絵を描いていました」
「へぇ……」

 進歩はどんなものだろうとグラッセは興味本位で覗き込むと思わず息を呑んだ。それは紛れもなく風景画であった。雪に覆われた白い大地に一本の大きな木が立っている。

「雪ばかりであまり面白いものではないですけど、いつも見ている風景をそのまま描いてみたくて……あ、前にも同じものを描いたのですがお父様に没収されて捨てられてしまいました……でも、あの時の絵よりも上達したような気がします!」

 シエルは照れ臭そうにはにかみながらグラッセの顔色を窺うと彼は少し考え事をしながらじっと見つめていた。

「どうかしましたか……?」

 あまりにも長いこと見つめられていたのでシエルは不思議そうに見上げる。するとグラッセは我に返って慌てて目を逸らす。

「すまない。上手になったな」
「……?ありがとうございます」

 褒められた言葉に違和感を覚えつつもシエルは礼を言うと、グラッセは誤魔化すように話題を変えて適当に雑談を続けた。
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