【完結】忌み姫と氷の魔法使いの白くない結婚

白滝春菊

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義姉のエスコート

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「旦那様、最近はお盛んですね」

 ある日の夜、ベッドの上でシーツを身体に巻いている自分のホワイトブロンドの髪を撫でるグラッセに寄り添いながらシエルが尋ねる。

「ああ……シエルが慣れてきたからな」
「そうだったのですね」
「……そういうことだ……」

  最初の頃は優しく抱いてくれたが最近になってより激しくなったのはシエルが行為に慣れて、体力がついたからだ。グラッセも男であり、まだ体力のあり余る若者だ。
 彼女が求め、嫌がらなければその欲求を抑えられるわけがない。変に気を使われるよりも食らいつくように愛されるのはシエルとしても嬉しい限りである。

 グラッセの腕の中で幸せを感じていると、彼は天井を見つめた。アレは本心から出た言葉でもあったのだが、半分は違う。
 一年間避妊をしていたが今度は孕ませるために今までの分を一気に取り戻すかのごとくほぼ毎日求めなければならなくなった。

 前までは二年間が長く感じられたのに今では残り一年の制限時間がとても短く感じるようになるのは自業自得なので仕方ない。

(早く子供が欲しい……俺はシエルを手放したくはない)

 それはグラッセの心からの願いである。まだ見ぬ我が子に思いを馳せながら眠りについたシエルの寝顔を見るとグラッセの顔には自然と笑みが浮かんでいた。
 最後に再びシエルを抱き寄せ、疲れて眠る彼女の前髪をかき上げて額へ口付けを落としたのであった。

 *

 王城の訓練所にて、今日も文句を言われながらもシグリッド王子への魔法の指南がようやく終わった。
 あの傲慢な王子への魔法指導は精神的に疲れるが、この国の未来を担うであろう彼を育てることは重要だ。それを自分に言い聞かせ、城内を歩いていると廊下の向こう側から歩いてくる人物が目の前で存在感を放っていた。

「グラッセ様。フローラ様がお呼びです」

 執事のゼブラの言葉にグラッセは一瞬嫌そうな顔を浮かべたがすぐに表情を引き締めて言う。

「わかった」
「ご案内いたします」

 向かった先は城のとある部屋だった。そこにはシエルの姉であり、この国の王女でもある女性がいる。

「失礼します」

 扉を開けると中には亜麻色の髪を持つ彼女は椅子に座ってこちらを見ていた。そばには侍女が控えている。

「グ、グラッセ様!あ、あわわ……」

 グラッセの姿を見て慌てて立ち上がると座っていた椅子を倒してしまう。その慌てようにグラッセは内心呆れており、ゼブラは倒れた椅子を起こしてやった。

「ご用件はなんでしょうか?」
「え、えっと……そ、その……」

 顔を真っ赤にしたフローラは目を泳がせ、言葉を詰まらせる。屋敷に帰りたいと思うグラッセは用件があるならさっさと済ませてほしい。そう思いつつ待っていると、彼女の代わりにゼブラが答えた。

「フローラ様の舞踏会へのエスコートを頼みたいのです」
「……はい?なぜ私が……シエルと結婚をしているのですよ?」

 既婚者であるグラッセが妻の姉とはいえ未婚の女性と一緒にいるところを見られたらまずいだろう。それに舞踏会なんて面倒なことにも関わりたくなかった。

「今回参加されるのは仮面舞踏会です。ですから正体は隠せます」
「ですから、どうして私なのです。他の方でもよろしいでしょう」

 正体を隠しているからなんだと言うのだ。それならば他にも候補いるはずだ。しかし、グラッセの言葉にゼブラが反応して言った。

「フローラ様はグラッセ様のことを大変信頼しております。貴方ならフローラ様のエスコートを任せられるとおっしゃっています……それに、グラッセ様とシエル様のご関係はまだ公にはなっておりません。例え素性が知られても問題はないと思われています」

 確かにグラッセはシエルと婚姻を結んだことは身内以外、誰にも話していない。何故か話してはいけないと言われていた。

「これは王命です。断ることはできません」
「……わかりました」

 渋るグラッセにゼブラが釘を刺すと、諦めた様子で承諾をした。どうやら拒否権はないらしい。王命じゃなければ絶対に断っている。

「ど、どうぞよろしくお願いします……」
「はい」

 頬を赤く染めたフローラに上目遣いで言われるとグラッセは作り笑顔で答える。こうして彼は義姉と共に仮面舞踏会へ行くことになった。

 *

「フローラ様と舞踏会に行くことになった」

 帰宅するなり、グラッセがそう告げると寝室の窓から見える天気の良い外の景色の絵をかいていたシエルは驚いた顔で振り返り、持っていた筆を落とす。
 夫が外出の許されない妻ではなく。自分の姉と二人で舞踏会に行くと理解するとシエルの顔から血の気が引く。

 グラッセの気持ちはよくわかる。彼の立場も理解できる。彼を責めることはしない。だが、それでも嫉妬してしまうのは仕方のないことだ。
 シエルだって本当は彼と一緒に行きたかった。けれどそんなことを口にすればグラッセを困らせるのは目に見えていたので本当に言いたいことは飲み込んでおく。

「わかりました。旦那様のお洋服をお選びいたしますね」

 シエルは絵を書くのをやめて立ち上がり、笑顔で部屋を出ると扉の前でため息をつく。

(やっぱり嫌……)

 彼が自分の知らないところで別の女性と接すると考えただけで胸の奥がきゅっと苦しくなる。自分が誰かにこんな感情を抱くことが今まで無かったシエルは戸惑うばかりだった。


 シエルが出ていった後にグラッセは彼女の描きかけたキャンパスを見た。そこにはこの窓から見える銀世界の風景が描かれている。見比べようと窓の外を見れば先ほどまでは天気が良く、青い空が広がっていたのに今は曇天模様になっている。まるで今の自分達の心を表しているかのように。

(嫌な予感がするな)

 急に雪が降り、風が吹き始めたのを見てグラッセは不安になった。

 *

 今夜も一緒のベッドで眠っているがお互い、子供を作るような気分にはなれない。そのかわりに抱きしめられて眠るシエルであったが、なかなか眠れないでいた。

「旦那様はお姉様と同じ学園に通われていましたよね?」
「ああ、そうだ」

 グラッセはフローラと同じ王立魔法学院に通っていた同級生である。
 成績においてはグラッセは常にトップを維持していたが逆にフローラは……成績は下から数えた方が早いくらいだった。
 王族なのに魔法の才能がない。それが周囲からの評価だったのでグラッセは彼女に同情していたのだが、まさかその妹の夫になるなんて思わなかった。

「お姉様と仲がよろしいのですか?」
「良くも悪くも普通だと思うが……それがどうかしたのか?」
「いえ、少し気になりまして」

 シエルの質問にグラッセは疑問に思ったものの素直に答えてくれた。
 フローラとは友人と呼べるほどの間柄ではない。ただ、彼女が自分に好意を持っているということには薄々感づいている程度だった。

「シエルは姉上と話したりはするのか?」
「……いいえ、お姉様とはずっと前に顔を合わせたぐらいで特に会話をした記憶はあまりありません」
「そうか……」

 シエルの話を聞いてグラッセは何とも言えない表情を浮かべた。
 フローラはシエルの心配をしていたのでそれなりに姉妹仲は良いものだと勘違いしていたが、そうでもないようだ。
 やはり腹違いの姉妹というのは複雑なものなのだろうかとグラッセは思う。

「私は……ずっと一人ぼっちでした」

 シエルがぽつりと弱音を吐く。
 肉親は存在しているのに接触はしてこない。使用人は腫れ物を扱うように接してくる。そんな中で初めて人として接して、妻として愛してくれたのがグラッセだ。だから彼女は彼のことを慕っていた。

「でも旦那様と出会い、こうして夫婦になれました。今がとても幸せです」
「……それは俺も同じだ。キミが妻になってくれてよかったと思っているよ」

 グラッセの言葉にシエルは嬉しくなった。彼は自分を必要としてくれる。そして自分もまた彼に必要とされているという実感が持てる。
 だからこそ、彼から離れたくないと思った。夫が自分のことを想ってくれているならそれで十分だと、シエルは優しい温もりを感じながら眠りについた。
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