【完結】忌み姫と氷の魔法使いの白くない結婚

白滝春菊

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シエルの趣味

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 熊肉とリンゴをソリに積んで屋敷に戻ると玄関まで出迎えに来たのは使用人だけでシエルの姿はどこにもなかった。

「シエルは?」

 グラッセがメイドに尋ねると彼女は淡々と答える。

「絵を描かれています」
「絵?……そうか」

 グラッセはすぐに察するとそれ以上は何も言わずに歩き出す。廊下を通り抜けて夫婦の寝室に入るとシエルがスケッチブックを広げて黙々と鉛筆を走らせていた。
 いつもは穏和な雰囲気なのだが今は珍しく真剣な眼差しをしているせいもあって少し近寄り難い空気を感じる。
 絵のモデルは白ウサギのスノウ。クッションの上に大人しく手足を折りたたんで胴の下に収めて座っている様子だ。

「あ、旦那様おかえりなさいませ」

 シエルはこちらに気づくとパッと笑顔を向け、手を止めると帰って来た夫を出迎ようと立ち上がろうとするとグラッセはそれを手で制して静かに歩み寄り、彼女の膝元に置かれたスケッチブックを手にした。
 そこには鉛筆で書かれたウサギの絵が描かれている。本物にそっくりではないが、温かみのある優しいタッチであった。

「上手いな」

 素直に感心をしながら褒め称えるとシエルは照れ臭そうな笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。でもまだまだです。もっと上手に描けるようになりたいのでとにかくたくさん描いているのですが……」
「絵を描くのが好きなんだろう?」
「はい、大好きです!」
「いいじゃないか」

 スケッチブックを返せば嬉しげに受け取って大事そうにする妻の姿をグラッセはじっと見つめる。
 この屋敷に閉じ込められ、やれることが絵を描くか、本を読むことくらいしかないというのに文句の一つも言わないどころか楽しそうにしている姿を見ると「変わっているな」と改めて思う。

 結婚をしてから日が浅いため、まだ互いの距離が掴めず不安が残るものの、今のところ問題なく過ごせている。このまま二年間、何もなければ良いと思うが油断はできない。

「描いた絵は屋敷に飾ったりしないのか?」

 ふと思いついて尋ねてみるとシエルは少し寂しそうな表情で首を横に振った。

「見つかったらお父様が捨ててしまうので残らないんです。だから絵が完成したら……捨てます……」

 父親の国王はシエルが何かを残すのが気に入らないらしく、彼女が書いた物、作った物は全て処分するように使用人に命令をしていた。描くことを禁止にしなかったのはあくまでも趣味として自由にさせているからに過ぎない。
 ただ禁止にするよりも作ったものを壊した方がシエルに悲しみを与えられる計算もあったようだ。それを聞いてグラッセは何とも言えない気持ちになる。

「そうか……それなら俺が貰っても構わないだろうか?」

 グラッセの私物になったら流石の国王も手を出すことはできないだろうと彼は考えたのだ。それは意外な申し出だったらしく、シエルは目を丸くする。そして少し考えるように間を空けてから答えた。

「ええと……はい、もちろんです。ですがそんなものでよろしいのですか?」
「ああ、キミが描いたものが欲しいんだ」
「……!すぐに完成させるので待っててください!」

 嬉しそうに笑う妻の顔を見てグラッセは小さく微笑む。こうして穏やかな時間が過ぎていった。

 *

 夕食の時間になるとシエルは夫と一緒のテーブルについた。二人きりでの食事、結婚する前はずっと一人で食事をしていただけにこの瞬間はシエルにとって幸せな時間である。

「熊のビーフシチュー……ベアシチューです」

 サラダを食べ終えた次に目の前に運ばれた料理は茶色のスープの中に野菜と肉が入っている一品だ。香りが良いため食欲をそそる。

「熊肉だが本当に食えるのか?」

 グラッセが心配そうに見てくるのに対しアサヒは自信満々に答える。

「ホワイトベアは普通の熊に比べて食べやすくて甘みがあって美味しいんですよ。先に使用人さん達にも試食をお願いしたら大好評でした」

 それでも彼は魔物の熊を食べることに抵抗があるようで複雑そうな顔をしていたがシエルは構わずスプーンを手に取ると口に入れる。噛んでみると柔らかく煮込まれているおかげで簡単に噛み切れた。

「んっ……おいしいです」

 口に手を当てて思わず声が出てしまった。野菜の旨味とほんのりとした塩気が混ざっていて絶妙なバランスだ。肉もほろほろと崩れるほど柔らかく、甘みがあり、濃厚なスープとよく合う。
 その様子を見てグラッセも淡々と手を動かす。彼は見た目に反して食べる時は勢い良く食べるタイプだ。そのためシエルが半分ほど食べたところで彼の皿には空になった。

 デザートはアップルパイ。生地はサクッとしていて中のリンゴは形が残っているのに甘く、酸味もあって爽やかな味わいだ。
 前に食べたアップルパイも美味しかったが今回はまた格別に感じる。何よりシエルにとってはグラッセと一緒に同じものを食べられることが嬉しいのだ。無言ながらも満足そうな顔を浮かべる夫を見てシエルは自然と笑みを浮かべていた。

 *

 湯浴みの最中にシエルは自分の身体を見下ろす。夫の時折見せる穏やかな顔はとても素敵だと思う。初めて会った時の冷たい印象とは全然違う。
 優しいのは嬉しい。ちゃんと会話もしてくれるし、こちらの話をしっかり聞いてくれる。

 ただやはり夜の営みに関しては積極的にはなってくれない。普通ならゆっくりと時間をかけてお互いの距離を縮めてもいいものだがグラッセとの結婚は子供を作るため。子供を作れなければシエルに価値はない。だから早く妊娠をしたいのだが中々上手くいかない。

(今日こそは頑張ろう)

 決意を固め、メイド達によって磨かれた肌はいつも以上に艶めいているように見えた。

 *

 夫婦の寝室に入るとベッドの上にはすでにグラッセが座っていた。いつものように本を読んでいる。彼がいつも読んでいるのは魔法書で今でも十分、国で一番強いのに更なる魔法の勉強をしているらしい。
 シエルが近づくとその気配に気づいたらしく本から視線を外して見つめてきた。

「旦那様……お待たせしました……」
「ああ、そろそろ俺も風呂に……」

 頬を赤らめて恥ずかしそうにしながら歩み寄る妻の姿にグラッセは内心戸惑う。シエルが着ているのは薄手のネグリジェ一枚のみ。色は黒で透けており、彼女の白い肢体がはっきりと見える。
 胸元は大きく開いて谷間が見え、裾の方はギリギリまで短くなっており太腿が露出して、生足が晒されていた。

 こんな寒い地方なのにその薄着はただ寝るためだけの恰好ではないことは一目瞭然で明らかに誘っている。
 女性の方から誘うのは、はしたないこと。それを承知でシエルが行動しているのだと分かり、グラッセは本を閉じた。
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