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ゴリ押しの魔法使い

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 雪ソリで移動をして国から少し、離れた雪の森に到着した。
 この辺りの森は魔物も多く生息していてるがグラッセは先陣を切って森の中へ足を踏み入れるとアサヒとクリアもそれに続く。普通なら護衛の騎士を連れてくるのだがグラッセ一人でも十分な戦力になる。

 そして後ろを警戒しながら背後からついてくるのはフェンリルと呼ばれる狼型の魔物であるが、これも魔法で作ったものだ。
 本物のフェンリルのように鼻が良く利くので周囲の警戒を任せることができる上に、気配を感じ取れることから危険察知能力が高い。何よりも戦闘能力の高さが魅力であり、いざという時には盾となってくれる存在だ。

 この森には氷属性の魔獣が多く生息し、グラッセは有名な氷魔法の使い手なので非常に相性が悪い場所なのだが彼はそんなことは気にせずにどんどん奥へ進んで行った。

「……グラッセ様は火属性魔法を使わないのですか?」

 雪の上を歩きずらそうにしながらクリアはずっと疑問に思ったことを尋ねた。

「氷魔法しか使えんぞ。それがどうした」
「いえ……何でもありません」
「まぁいい。さっさと進むぞ」

 マントを翻し、再び前を向いてグラッセは歩き出すと、この中で見た目だけは大柄で一番強そうなアサヒがクリアに小声で話しかけてきた。

「大丈夫ですよ。グラッセさんは弱点とか気にしないゴリ押しタイプですから」
「ゴリ押し……?」
「あー……強行突破って意味です」

 アサヒは異世界人だが言語は普通に通じている。だが、時々意味が伝わらない単語があるので、それを補足するように説明をした。

 アサヒの言った通り、グラッセは相性が不利な氷耐性を持つ魔物に対して一切躊躇することなく氷魔法を使って氷漬けにしていった。
 本来ならば火属性の方が有効で、他にも攻撃手段が多いのだがグラッセはそれを完全に無視し続ける。それでも魔力量の多さもあって悠然と進んで行く。

(前々から思っていたがこの男は知識はあるが、頭が悪いのではなかろうか?)

 しばらく彼の世話をしてクリアは気がついた。グラッセは考えるよりもまず行動に移すタイプの人間である。
 国王に何度もシエルを甘やかすなと注意されてもその場しのぎで謝罪をしてはまた自分の金で屋敷の改善をしようとするのだ。国の金を使っているわけでもないので問題は無いといえば無いかもしれないがあまりにも無計画すぎる。

 その性格と同じでグラッセの戦い方は脳筋そのもので、周りから見ると無謀にも見える戦い方をすることが多いが、難なく倒してしまうので誰も文句を言うことができないのだ。
 学問ではトップクラスの成績を残していたが、頭脳派に見えるのは涼しげな容姿と落ち着いた物腰だけで実際は魔法バカというレッテルが正しいのではないかと思い始めた。


 しばらく森の中を歩くと、木々の間を抜けて開けた場所に辿り着く。
 そこには巨大な熊が待ち構えていた。その後ろにはリンゴの木が何本も生えている。この辺りが目的の果物が豊富にある場所である。

「ホワイトベアだな」

 グラッセは腕を組みながら冷静に見つめた。普通のクマより二回りほど大きく、真っ白い毛に覆われているのが特徴的だ。寒さに強い魔物なので当然、氷魔法は効かない。
 それを知っていながらもグラッセは特に怯むことなく前に一歩踏み出した。

「お前たちは後ろに下がっていろ」

 それだけ言うとグラッセは前進をしながら左手に持っている魔法の杖を前に突き出して呪文を唱える。
 美しい青水晶から輝きを放つ杖の先端部分に埋め込まれているのは強化用の魔法石。それは今のグラッセが持つ最強の武器であり、魔力量の多い魔法使いが特別扱える杖でもある。
 未熟な魔法使いが扱えば暴走を引き起こす危険な代物であるが、グラッセはその危険性を理解した上で使用している。

 発動させた瞬間、こちらに牙を向けて向かってくるホワイトベアに向けて氷魔法を唱えるが、今までの下級の魔物と違って凍らないどころかダメージも受けていないようだ。

「グラッセ様!撤退しましょう!」

 クリアがフェンリルに掴まりながら慌てて叫ぶ。グラッセは眉間に深いシワを寄せたまま首を横に振った。

「逃げる必要はない。このまま倒せる」

 そのまま違う詠唱を唱えると今度は巨大な氷柱が地面の中からいくつも出現し、それらが一斉にホワイトベアに向かって襲いかかる。
 最初はホワイトベアが逃げられないように取り囲み、最後に槍のように鋭く尖った氷柱が体を貫くと大きな悲鳴を上げた。
 血飛沫を上げながら巨体が揺れ、とグラリと地面に倒れ込む。その衝撃で粉雪が上がり視界が悪くなる中、グラッセは油断せず警戒したままゆっくりと近づくと仰向けに倒れたまま動かなくなったホワイトベアを見下ろした。

「……死んだか」

 戦闘が終わり、安全を確認できたところで他の二人が駆け寄ってくると真っ先にアサヒはナイフを取り出した。

「じゃあ解体しますね」
「熊の肉は癖があるので食べにくいと思いますが?」

 アサヒが早速、皮を剥いでいき、次に内臓を取り出す作業に取りかかると様子を見ていたクリアは唖然とした表情を浮かべながら指摘をする。

「それを美味しく調理をするのが料理人ですよ」
「こいつの料理の腕は信頼できるんだ好きにさせとけ」
「はあ……」

 クリアとしてはアサヒの考えていることがよくわからなかった。とりあえず今は今の主であるグラッセに従うことにしようと決めていたので大人しく後ろへ下がる。

(熊が熊を捌いている)

 グラッセとクリアの思考が初めて一致した光景だ。アサヒは一切躊躇うことなく作業をしている。
 食べられる部位だけを厳選していくとあっと言う間に大きな塊が出来上がった。肉の塊を満足げに眺めると布に包んで素材袋の中へとしまい込み、最後にクリアが洗浄魔法を血の付いたアサヒに施した。

 血の匂いで他の魔物が来ないようにホワイトベアの残骸を凍らせてからグラッセはリンゴの木に近づく。
 何の変哲もないただのリンゴの木にしか見えないのだが、野生の果樹は人間が食べても平気なのかわからない。
 だがアサヒはなんの躊躇もなく木の実を手に取って一口齧るとはそのまま飲み込んでしまった。

「うん。うまい」
「アサヒ様。迂闊すぎます」
「大丈夫、だって鑑定……」
「勘だ」

 心配するクリアにアサヒが何か言おうとすればグラッセは言葉を被せて遮ってしまった。

 異世界人がこの世界に召喚された際に一つだけ特殊能力をそれぞれ与えられる。
 アサヒの場合は"鑑定"だったらしく、触れたものの情報を見抜くことができるらしい。
 その能力を召喚されてすぐには使えなかったので前にいた国では無能力者として追い出されたが、この国にやって来てグラッセに訓練を施されたことで今では使えるようになったのだ。

 鑑定の能力は下手をすれば争いの種になるので他人には絶対に教えてはいけないと最初に伝えたのだが、どうやら彼はそのことをすっかり忘れてしまっているようである。

「勘ですか……まあ、いいでしょう。どの道、シエル様の口に入る前に毒見をしますし」

 クリアは諦めたのか肩を落とすと真っ赤なリンゴに手を伸ばす。
 その様子にグラッセとアサヒは顔を合わせて安堵のため息をついた。
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