【完結】忌み姫と氷の魔法使いの白くない結婚

白滝春菊

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離縁したくなった。

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 夫婦になって初めての朝食なのにグラッセは浮かない顔をしている。
 その原因は目の前においてある料理だった。見た目だけは豪華なのだが口に含んでみると酷い味付けである。

(とても不味い)

 だが彼は黙々と食べ続けている。シエルがニコニコと嬉しそうな表情を浮かべながら目の前に置かれた料理を口に運んでいるからだ。ここで文句を言えば彼女の食事を邪魔することになるだろう。

 不味い食事を終えるとグラッセは食後の紅茶を飲みながらシエルに話しかける。

「料理人を変えてくれないか?でないと俺はものすごく離縁をしたくなる」
「ええっ……」

 グラッセの言葉を聞いた瞬間、シエルの顔色が真っ青になり、震えだすとうっかり自分のティーカップを落としてしまった。
 もしかしたら嫌われてしまったかもしれないと焦っているようだ。その様子にグラッセはしまったと思うとすぐにフォローをする。

「すまない、言い方が悪かったな。ただ、この料理があまりにも美味しくないんだ。俺が言いたいのはそれだけだ。シエルは何も悪くはないぞ」

 グラッセは耐えられなかった。食事だけはまともなものを食べらるなら他のことには目をつぶってもいいと思っていた。だが、これは我慢できないレベルだと悟る。
 彼にとっての食事は一日を快適に過ごすために必要不可欠なことなのだ。それをないがしろにしてまで、例え王命でも夫婦生活を続けるつもりはなかった。

「それは陛下に許可をいただかないと出来ません」

 執事のクリアが呆然としているシエルのこぼしたお茶を拭き取りながら答える。少し冷たい口調だった。

「許可がいるのか」
「ええ」

 外部の人間を屋敷で働かせるなら確かに国王の許可が必要だ。ならばすぐに国王許可を得ようと決めた。
 
(いざとなれば俺が作ればいいか)

 一応、許可を得られなかった時のことを考えながらグラッセは二杯目の紅茶を飲むのであった。


 使いの者を王宮に送り出してから三日後にグラッセの元に使者が戻ってきた。料理人を新しく手配をしてほしいと頼んでみた所、自費でなら雇っても構わないと返答を得たので早速、知り合いの料理人を一人呼び寄せることにした。

「シエル、彼の名前はアサヒだ。今日からここの料理はアサヒを中心にして作ってもらう」

 新しく来た料理人は30歳ぐらいの男だった。黒髪に茶色の目をしており、熊のように大柄の男性だったが、笑顔は穏やかそうに見える。

「アサヒです。これからこの屋敷の料理人として精一杯頑張ります」
「よろしくお願いしますね」

 アサヒが頭を下げるとシエルはにこやかに微笑み、クリアは難しそうな顔をしていた。

「アサヒ様はどの国の生まれですか?」
「う、生まれも育ちもこの国ですよ。ね、グラッセさん」
「ああ、そうだ」
「……そうですか」

 動揺をするアサヒとクールな顔で相槌を打つグラッセ。二人の様子を見て何か事情がありそうだと感じたクリアはそれ以上は聞かなかった。
 何も聞かれなくなったことでホッとしたのか、二人は肩の力を抜いて安堵のため息をつく。

 アサヒは異世界から来たのだ。他国で勇者召喚によって呼び出されたのだが、彼には戦闘能力が無かった。金だけ持たされて国から見捨てられてしまい、仕方なく旅をしていたが魔物に襲われそうになった所をグラッセと出会ったのである。

 それからはフローレシア王国にある下町の小さな食堂で働いていた。彼の作る料理はとても美味かった。グラッセは貴族なのにそこで外食をするぐらい気に入っている。そして腕を見込まれてこの屋敷で働くことになったのだ。


 そして夕食の時間になったのでシエルとグラッセは食卓についた。テーブルの上にはいつもとは違った珍しい料理ばかり並んでいる。

「これはなんですか?」
「ロールキャベツというものです。肉をミンチ状にして作ったものをキャベツで包んで煮込みました。お口に合うかどうか、わかりませんが……」

 シエルが不思議そうな表情で尋ねるとアサヒがにこやかに答えた。この屋敷で使われる食材は食べにくかったり質が悪いものばかりだったため彼が工夫をして美味しく食べられるようにしたのである。
 いつも彼女に与えられる食材は健康には害はないが不味くて食べにくいものが多い。まるで庶民が食べるような食材ばかり。それを見たグラッセがなんとかして改善しようと思ったのだ。

「美味しい……こんなに美味しいお肉は初めて食べました」

 クリアが毒見をし終えるとシエルは恐る恐る一口食べた。キャベツの甘みとトマトの酸味と肉汁が染み込んだスープが絶妙なハーモニーを奏でている。ミンチにした肉は臭みもなく柔らかい。今まで食べたことがないほど上品な味わいだった。

「そうだろう」

 彼女の言葉に安心したのか、グラッセも自慢げに料理に手をつけ始める。自分で作ったわけでもないのに何故か偉そうだ。

「で、でも、旦那様が作ってくださったお料理も美味しかったですよ」
「……そうか」

 シエルが慌ててフォローを入れるとグラッセは照れくさそうな表情を浮かべる。
 新しい料理人が来るまでの間はグラッセが自分で厨房に立って苦労をしながら食事を作っていた。アサヒにはかなり劣るがそれでも味はまともな方だったのでシエルは喜んでその料理を食べていた。夫が試行錯誤をして作ってくれたのだから嬉しくないはずがない。

 ちなみに前の料理人はシエルからの頼みで解雇はせずにアサヒの助手の形で残っている。こうして、新しい料理人のおかげで食事の質は改善されたのだった。


 次に改善しなければならないのが寝具だ。今のは安物で固くてクッション性が全くなかった。姿勢は良くなりそうだがこれだと疲れた体を休めることが出来ない。こちらも一応、自費ならいい。と国王の許可を得て、新調することにした。

「まあ、とてもふかふかですね」

 さっそく取り寄せたベッドに触れると、あまりの気持ちよさに驚くシエル。彼女はこれまでずっと固いベッドの上で眠っていたので、柔らかすぎるマットレスに戸惑っているようだ。

「旦那様、ありがとうございます」
「ああ……今まで自分で買い替えようとはしなかったのか?」

 グラッセは疑問に思ったことを尋ねてみると笑顔で感謝をしていたシエルは少し困った様子を見せる。

「考えたことがありませんでした。与えられるもので今まで元気に暮らしていけましたし」

 安い食材に腕の悪い料理人、寝心地の悪いベッド、彼女の姉である王女が着古したドレス。シエルにとってそれらは当たり前の生活であり、それが幸せだと感じていたのだ。
 だから、与えられたものを素直に受け入れ、満足していた。そんな彼女の姿を見てグラッセは心を痛めるがそれを表に出さないように努め、なるべく明るい声で聞いた。

「何か欲しいものはあるか?俺が買える範囲のものなら用意するが」
「欲しい物……今は思いつかないですね」

 外の世界をあまり知らないシエルには欲しい物が思いつかない。何も望めなかった。
 シエルは笑顔のまま遠慮をする。その顔を見てグラッセは彼女が可哀想に思えてくる。
 だが、ここで同情しても何にもならないと自分に言い聞かせた。

 *

「グラッセ様、シエル様との夜伽をされていないようですがどうされたんです?」

 ある日、二人しかいない執務室で本棚を眺めているとクリアから淡々とした口調でそう聞かれたのでグラッセは驚いた。寝た後のベッドを調べられてそう判断したのであろう。

「シエルが……まだ痛むだろうから無理をさせるのは良くないと思ってな」

 グラッセは言葉を濁しながら答える。子供を作るのが彼の役目、何もせずに二年間やり過ごすのは王命を無視することになる。シエルの体を労わるフリをしてを彼女を言い訳に使った。

「でしたらシエル様に薬を塗って差し上げればいいのではないでしょうか?」
「それはメイドにやらせればいいだろ」
「後でお渡しいたします」

 有無を言わせない態度でそう告げるとクリアはすぐに部屋から出て行くとグラッセはため息をついて椅子に座って窓の外を見る。今日のフローレシア王国は珍しくいい天気だった。
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