「お前が死ねばよかった」と言われた夜【新章スタート】

白滝春菊

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ヴィクトルサイド13

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 屋敷へ向かう途中、見慣れた馬車を見つけ、急いで馬から降りて真っ先にユミルの姿を探した。
 最悪の事態を想定しながら、辺りを見回す。荒れた景色の中、ようやくユミルの姿を見つけた。

「ユミル……?」

 木の陰から血のついたナイフを手に持ち、背を木に預けて警戒しながら立っているユミルの姿が目に入った。ユミルの目は鋭く、まるで何かに警戒しているかのようだった。

 ナイフを取り上げようと駆け寄ろうとしたがユミルは驚いた様子で反応し、俺に向けてナイフを突き出してきた。
 その動きはあまりにも素人のそれだ。簡単に俺の手でその腕を抑えることができた。

「落ち着け、もう大丈夫だ」

 声をかけ、その手から無理矢理ナイフを取り上げるがユミルは混乱と恐怖が入り混じった表情で心が乱れており、なかなか落ち着かない様子だ。
 その目には恐怖と驚きが色濃く浮かんでいた。服は汚れ、土と血の臭いがし、ユミル自身も震えている。

「何があった?」

 馬車に付けていた護衛が少し困惑した表情で話し始めた。

「奥様は盗賊に囲まれて……その隙をついて、ナイフを拾ったそうです」
「まさか、あのユミルが撃退したのか?」
「いえ、奥様が直接撃退したわけではありません。近づいてきた男に無我夢中でナイフで反撃をしただけです。その反応に盗賊たちは予想外だったようで少し驚き、怯んだのです。その隙に我々が動くことができました」

 ユミルが反撃したことで盗賊たちが一瞬動揺し、その隙に護衛たちが行動を起こせたのだ。ユミルの意外な行動が状況を打開するきっかけとなった。
 だが盗賊がこんな小柄の女に怯むとは思えない。そう思いながらも俺は再びユミルの様子を気にかける。

「その……大丈夫ですか?」
「問題ない」

 ユミルはまだ俺だとは気づいていないようで腕に軽く噛みつきながらも鋭い目つきで俺を見つめている。
 その目には恐怖や警戒が強く現れていて、普段のユミルとは全く異なる様子だった。これが本当にあの、大人しいユミルなのだろうか?

 今はまだ錯乱している様子だ。何とか落ち着かせなければならない。
 ユミルに何があったのかは分からないが今は何よりユミルを守り、支え続けなければならないと強く感じた。

 ◆

 後始末は部下に任せ、ユミルを屋敷に連れ帰った。ユミルを寝かせている間に静かな手つきで体を綺麗に洗い、医者を呼んで診てもらった。掠り傷程度で目立った外傷は見当たらないそうだ。
 幸いにも貞操帯をしっかりと着けていたおかげで身体的には無事だったが盗賊が近づく前に切りつけたのであまり意味は無かったが。

 医者からはしばらくは鎮静剤を使って落ち着かせるしかないと言われ、ユミルを寝室で休ませることにした。
 静かな室内でユミルが穏やかに眠る姿を見守っていたが目が覚めた時、ユミルは突然暴れ出し、俺が近づこうとすると驚きと恐怖で必死に逃げようとする。
 その姿にどれだけ恐ろしい思いをしてきた想像ができた。俺にもその経験はあったからだ。

「大丈夫だ、ユミル」

 そう言ってもユミルはまるで言葉を理解していないかのように毛布に体を包み込み、震えながら俺から離れようとする。
 男を恐れていると思い、俺はメイドに世話を頼んでみたがユミルはさらに強く敵意を向け、メイドたちにも警戒の目を向けていた。

 結局、俺が付きっきりで世話をすることにした。普段、傷を負うことがほとんどない自分の顔や腕にはユミルの震える手によって無数の小さな傷が刻まれていた。どれも深くはないものの、ユミルがどれほどの恐怖に耐えてきたのかが伝わってくる。

 数日間、ユミルは暴れては寝るを繰り返し、たまには大人しくなり、精神的に不安定な状態が続いた。
 ユミルが少しでも安心できるように何とか優しく声をかけ、時折手を握って落ち着かせることしかできなかった。
 ユミルが不安を感じるたびに俺はそっと側に寄り添い、無理に触れることなくその震えを少しでも和らげようと努めた。

 ミーティアのように自害することがないように見守りながら、できるだけ優しく接し、甘やかすことにした。
 ユミルが少しでも安らぐ時間を作れるよう、無理に寝かせたりはせず、ユミルのペースで過ごさせた。
 時折、ユミルが少しだけ目を閉じ、安らかな表情を浮かべる瞬間があり、その瞬間に俺は少しだけ希望を感じていた。

 その後、ユミルが完全に落ち着くまでにはかなりの時間がかかったが少しずつその恐怖の表情が薄れ、心の中に残った傷が癒されていくことを願いながら、静かな日々を過ごすようになった。

 ◆

 ユミルは静かに眠っていた。深い眠りに落ち、呼吸も穏やかで、震えも止まっている。その顔には、少しだけ安心した表情が浮かんでいるように見えた。目を閉じた姿を見て、ふと胸の奥から安堵の気持ちが込み上げてきた。

 そっとユミルの手を取る。細く、温かいその手に触れると彼女がまだここにいることそしてもう二度とあんな恐ろしい思いをさせないと心に誓う自分がいた。

「生きてる」

 心の中でその言葉が自然とこぼれた。震えるほどの安堵感が広がり、ようやく息をつくことができた。生きている、目の前にいる、ただそれだけでこんなにも安心できるのかと改めて気づかされる。

 ユミルの手を握りながら、眠る顔をじっと見守る。今は無事であることが最も大切だ。ゆっくりと安らかな眠りについているユミルを見つめるその時、俺の中にある全ての恐れと不安が消え去ったような気がした。
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