シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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新しい家族編

期待と現実の狭間で

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 アステルの出産は無事に終わり、月薄明かりが病室の窓から静かに差し込んでいた。その光は穏やかに部屋を包み、まるで新しい命の誕生を祝福するかのように優しく温かな輝きを放っていた。
 シリウスはその光の中で、息を呑むようにして生まれたばかりの赤ん坊を抱いている。

 小さな体、ふわりとした銀色の髪、柔らかい褐色の皮膚──そのすべてが愛おしく、シリウスは涙をこぼしそうになる。目を細め、しっかりと抱きしめながら、彼は小さな命の重みを実感していた。
 感触は温かく、シリウスの腕の中で安心しきった様子で眠っている。小さな拳がぎゅっと握られ、時折眠たそうにまぶたが動く。その無邪気な仕草にシリウスの胸は満たされ、同時に心からの安堵が広がっていった。

「アステルは大丈夫なのか……?」  

 静かな声でシリウスがつぶやくと、隣のベッドに横たわっているアステルが穏やかに微笑み返した。彼女の顔には出産の疲れが少し残っているが、それ以上に幸せそうな表情が浮かんでいる。
 彼女の瞳には母としての誇りに満ちていた。アステルはしばらくシリウスの方を見つめた後、そっと言葉を続けた。  

「この子も無事に生まれてきてくれて、本当に良かったわ」  

 その言葉にシリウスは静かに頷いた。新しい命が自分たちのもとに訪れたこと、その奇跡をかみしめるように二人はしばらくの間、何も言わずに赤ん坊を見つめていた。

 ◆

 次の日の朝、シリウスはステラの手を引いて病室へと向かっていた。病院の廊下はまだ静かで朝の光が薄く差し込み、少し冷たい空気が新しい一日の始まりを告げている。
 父の手のひらを握りしめながら、ステラは少し緊張した面持ちで病室の扉をくぐった。赤ちゃんが眠っているベッドの前に立つと彼女はじっとその小さな命を見つめた。けれど、期待していたのとは違う感情が胸に広がっているのを感じた。

  
「あんまり……可愛くないね」  

 今の自分と同じ金髪に白肌の小さな赤ん坊の無邪気な寝顔を前にしてステラはぽつりと声を漏らした。その言葉にシリウスとアステルは顔を見合わせてしまった。
 
「大丈夫、これからどんどん可愛くなるのよ。ステラもこんな感じだったから」  

 ステラの頭を撫でながらフォローを入れるアステルにステラは少しだけ安心したのか、微かに口元が緩んだ。

「ステラね!妹に可愛い名前を考えたの!」  

 その言葉にシリウスは気まずそうにして、アステルは驚きとともに少し困ったような表情を浮かべた。  

「ステラ、赤ちゃんは妹じゃなくて弟なのよ」  

 その瞬間、ステラの表情は急に変わり、喜びが一瞬で消え、言葉を失ってしばらく黙ったまま母を見つめた後、ゆっくりと視線を弟へと向けた。

「……弟?」  
「男の子なの」  

 その言葉にステラは手に持っていた紙を落とし、心の中で何かが崩れる音がした。
 妹との楽しい未来を思い描いていたはずが急にそれが断ち切られたような感覚に襲われる。小さな肩が少し落ち、彼女の口元は無言で固く結ばれた。

「ステラ、弟の名前はまた一緒に考えよう」  

 シリウスがその様子に気づき、静かにステラの頭を撫でるが、ステラは返事をすることなく、ただ静かに赤ちゃんを見つめている。
 ステラは少し迷った後、ゆっくりと顔を上げて、少し寂しげに答えた。  

「……うん」  

 その言葉は、まるで心の中で何かを消化しきれずに残っているような、どこか遠くを見つめているような響きがある。
 アステルは予想していた反応とは違うステラの素直な受け入れ方に驚く。ステラなら「妹がよかったのに!」と泣き叫んだり、怒ったりすると思っていた。
 しかし、今は静かに受け入れ、黙って自分の気持ちを整理している。アステルはその姿に彼女が少しずつ「お姉ちゃん」として成長していることを感じて愛おしさが込み上げてきた。

「ステラ、本当にいい子ね」  

 アステルが心から褒めるとステラは少し嬉しそうに笑う。その微笑みにはほんの少しだけの安堵が込められているように見えた。

 突然、赤ん坊がぐずり始めた。アステルはすぐに反応し、赤ん坊をそっと抱き上げると優しくあやし始めた。  

「あらあら、お腹が空いたのかしら」
  
 その穏やかな声に、シリウスも優しく寄り添いながら手を貸す。二人の協力する姿が赤ちゃんに注がれる愛情の深さを物語っていた。

 ステラはその様子をじっと見つめながら、何とも言えない感情が胸の中に広がっていくのを感じた。
 赤ちゃんの愛される姿を見てステラはどこか疎外感を覚えた。以前は自分がその中心にいたのに今はすべての視線が赤ちゃんに向けられているように感じた。

「赤ちゃん、かわいいね」  

 そう言ってみたものの、その言葉にはどこか無理があった。

(お母さんもお父さんも赤ちゃんばっかり見てる……)  

 ほんの少し前までは、自分に向けられていた二人の視線や愛情が、今は赤ちゃんにすべて注がれているような気がして、ステラは寂しさを覚えた。
 そしてキャロラインが言っていたことを思い出す。お姉ちゃんはずっとお姉ちゃんなのだ。今のステラにはみんなが自分を見てくれない寂しさや不安をどう晴らせばいいのか分からない。
 
「ステラ、抱っこしてみる?」  
「えっと……」
  
 アステルは優しい笑みを浮かべながらステラを手招きする。ステラは少しためらったが、すぐにうなずいて赤ちゃんに近づいた。シリウスに手伝ってもらいながらステラは恐る恐る赤ん坊を受け入れるとその小さな体を両手で支えた。  
 小さな手がステラの服にしがみつき、力を入れると壊れてしまいそうなほど柔らかい感触が伝わってきた。

(かわいくない……)  

 みんなが可愛いと褒めるが、ステラにはその可愛さがどうしても感じられなかった。自分だけがおかしいのだろうかと、ぼんやりと考えながら、赤ちゃんを母の元に戻した。

(妹がよかったのに……)  

 ステラが欲しかったのは妹。目の前にいるのは、予想とは全く違った弟だった。

「ステラ?」  

 シリウスが心配そうに声をかけると、ステラはハッと我に返ったように慌てて笑顔を作った。  

「ううん!なんでもないの!」  

 ステラは慌てて首を振り、無理に笑顔を作った。その様子を見たアステルは少し違和感を感じたが追及することはせず、黙ってその場を静かに見守った。
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