シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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ダークエルフの誘惑編

架け橋

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 戦の終息を告げる凱旋の日。震えるような歓声とともに、騎士団が帰還した。街の広場には多くの人々が集まり、戦場から無事に帰った騎士たちを迎えるために華やかな装飾が施されている。
 特にガレットの率いる部隊はその功績が目覚ましく、戦場で幾度となく功を奏し、名を馳せた。その名はすでに広まり、帰国の途上でも多くの者が彼らを讃え、賞賛の声を上げた。

 だがその中でも、シリウスの帰還は格別だった。彼は戦場での激しい戦いの傷をものともせず、堂々とした姿で凱旋した。
 その姿には、戦の疲れなど微塵も見えず、逆に長い戦の間に養われた精神力と無事に帰ってきたという安堵の表情が滲んでいた。幾多の戦を乗り越え、目の前に広がる平和な光景を見て、その胸は満ち足りた感情でいっぱいだ。

「アステル、ステラ」

 シリウスはまず、最も大切な者たちに会いに行く。家族のもとに足を踏み入れると、アステルとステラが待っていた。二人はシリウスを見つけると、笑顔を浮かべてその元へ駆け寄る。

「おかえりなさい、シリウス」

 アステルは微笑みながら、彼を迎えた。その瞬間、シリウスの心は温かさで満たされ、長く続いた戦の疲れが一瞬で癒されるような気がした。

「お父さん、とってもカッコよかった!」

 ステラもシリウスの腕の中に飛び込むようにして抱きついた。小さな娘の笑顔にシリウスは自然と顔をほころばせて愛おしそうにステラを強く抱きしめる。

「ステラの笑顔が俺にとっては一番の勲章だ」
「くんしょー?」

 シリウスはそう言いながら、再び笑顔を見せるステラに頬を寄せた。

「カレンも二人を守ってくれてありがとう」
「ああ、ええ、まあ……」

 ガレットと再会を喜んでいたカレンに礼を伝えると彼女は気まずそうな態度でシリウスから視線を逸らした。
 アステルとステラをヴェラから守ってやってほしいと頼まれたのに肝心のアステルが勝手に治療をして、お見舞いまでやっていただなんて言えない。だがそんなことがシリウスの耳に入っていないはずもなく……

「……あの女に会ったんだな」

 シリウスはステラを抱きしめたまま静かに、しかししっかりとアステルを見つめて言った。

「あ、はい……」
「エルフなのにダークエルフを助けるだなんてアステルはやはりどうかしている」

 アステルは彼の言葉を受けて少ししおらしくなり、申し訳なさそうに目を伏せた。しかし、シリウスは責めるような言い方はしなかった。彼の言葉には、どこか諦めのようなものが感じられる。
 かつて自分もアステルに看病してもらった。彼女がどんな思いでヴェラを助けたのかシリウスにはわかる。アステルがそんなエルフだからシリウスは今ここに立っているのだから。

「だがそのお陰で平和的に解決できそうだ。これも運命だろう」

 カレンの隣で黙って聞いていたガレットは少し微笑んで肩の力を抜いて声をかけるとアステルは驚いたようにガレットを見る。

「どういうことですか?」

 自分がもっと責められるのではないかと思っていたアステルはその言葉に耳を疑った。

 ◆

 ガレットの屋敷の広々とした応接室で重厚な空気を漂わせていた。静かな空気の中、アステルは少し緊張した面持ちで椅子に腰掛けていた。
 
 ちなみにステラは久々に帰って来た父親をもっと独り占めしたい様子だったがカレンに息子の面倒を見てほしいと言われて渋々と子供部屋に連れて行かれている。

 騎士団は巨大な人身売買組織を壊滅させるために立ち上がり、その拠点を徹底的に潰した。組織が支配していた場所には、数多くの命が奪われ、沢山の人々が苦しんでいたが、シリウスたちはその惨劇を止めることができた。
 さらに組織がダークエルフの里を襲うという危機が迫る中、ギリギリで駆けつけ、里を守り抜くことに成功。彼らの迅速な対応と戦術によって、里の人々を守り、ダークエルフとの信頼を築く一歩を踏み出したと説明を受ける。
 報告を受けたヴェラはそこに駆けつける前に力尽きてしまったことも教えられた。

「ダークエルフの問題、私も模索し続けていたんだ」
  
 ガレットが静かに言葉を切った。彼の声には静かな決意が宿っていた。アステルは目を見開き、興味と感謝を入り混ぜた表情で答える。

「そうだったのですか……ありがとうございます」  

 ガレットは頷き、紅茶をゆっくりと口に含む。その所作は、まるで大きな決断を下した後のように落ち着いていて同時に何か重い言葉を続ける準備をしているかのようだった。

「我々としてもシリウスを失いたくない」  

 シリウスの能力の高さを失うのはあまりにも軍の損失になる。それ以上にガレットにとってシリウスを大切な部下なのだ。

「前に君を襲ったダークエルフ、ノワールを捕虜にしていた。彼をシリウスの代わりに里に送ろうと思っている」  

 その名を聞いた瞬間、アステルの背筋を冷たいものが走った。かつて奴隷商人に引き渡され、絶望的な状況に追い込んだあの男の顔が脳裏に浮かぶ。その記憶がアステルの心を強くかき乱す。

「安心しろ、アステル。お前には二度とあのダークエルフとは会わせない」  

 シリウスの言葉はアステルにとって何よりの安堵だった。彼の目には、怒りと覚悟がひしひしと感じられる。アステルはほんの少しだけ気持ちが少し軽くなるのを感じた。

「我が国と契約を結ぶことを約束させ、彼女らの里に引き渡そうと考えている」  

 ガレットは冷静に話を続ける。彼の表情には計画の成功を確信しているような強い意志が宿っていた。  

「ノワールを解放するための条件として俺が高い功績を挙げることになっていた」  
「そうだったの……」

 シリウスがそう言うとその意味をアステルはすぐに理解した。つまり、今回の戦いでシリウスが大きな役割を果たし、その功績があって初めてノワールの解放が実現したというわけだ。戦場での奮闘がこの結末を導いたのだと。

「国からの承認を得られれば、私がシリウスに代わってノワールを連れてダークエルフの里に向かうだろう」  

 ガレットが言ったその言葉にアステルは驚いた。シリウスに代わってガレットが行くとは。彼がどれほどシリウスを大切に思い覚悟を持っているのか、それが伝わってくる。

「ガレットさんにそこまでしてもらうだなんて……」  

 アステルは感謝と驚きの入り混じった表情で言葉を続けた。シリウスは少し顔をしかめながらも、どこか申し訳なさそうな顔をしている。

「俺も行くと言ったのだが……」  
「シリウスが行くのは止めた方がいい。何があるのかわからない」  

 ガレットは真剣な表情でシリウスに向き直る。その目は、シリウスが万が一、ダークエルフの里で捕まってしまうリスクを恐れているようだった。契約を無んだとはいえ足を踏み五入れればどんな危険が待ち受けているか予測がつかない。アステルもその心配には頷かざるを得なかった。

「そして、ノワールを解放するだけでなく、定期的に様子を見に行くことも条件となっている」  
「本当にありがとうございます。ガレットさん」  
「貴女があのダークエルフの女性を助けたことでこの話は想定よりも上手くまとまりそうなのだ。こちらこそ感謝している」

 ガレットは軽く微笑み、首を横に振ると、再び紅茶を口に含んだ。そして、話は続く。

「先程も言ったように、シリウスはこの国にとって必要な存在だ」  

 その言葉にシリウスがこの国にとって欠かせない存在であり、ガレットが彼の友人として支えていることが伝わってきた。

「そして私は彼の友人でもある」  

 アステルはふとシリウスを見た。「友人」と呼ばれた彼は照れたように目を逸らしており、アステルは何とも言えない微笑みを浮かべていた。

 未来が少しずつ、良い方向へと進んでいると感じる。ダークエルフの問題はまだ解決したわけではないが、希望が見えてきたのだ。
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