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ダークエルフの誘惑編
ひと時の休息
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数日後、雨がしとしとと降り続く中、シリウスの同僚のアルムが家を訪れた。
玄関のドアを叩く音は、雨の音に混ざりながら静寂を破っていく。シリウスが扉を開けるとアルムは一瞬立ち止まり、笑顔を浮かべて挨拶を交わした。
「温まっていってくれ」
シリウスが促すとアルムは濡れたコートを脱ぎ、家の中に足を踏み入れた。
アステルが紅茶を二人分丁寧に淹れ、客室のテーブルに並べるとアルムはソファに深く沈み込むように座った。
「ヴェラって奴は今のところはアステルさんに接触したこと以外は何もしてないそうだぜ」
「そうか……」
アステルが部屋から出ていくのを確認をしてからアルムが口を開く。声は低く、重みを持って響いた。
シリウスはその言葉を受け止め、複雑そうな表情を浮かべる。確かにヴェラは手紙でアステルを説得してきた以外、直接的な危害を与えることはなかった。
「こっちから声を掛けようとすると姿を見ただけで素早く逃げちまうし、どこで寝泊まりしているのかも不明だ」
テーブルに置かれた紅茶のカップを手に取り、その香りを楽しむように目を閉じながらアルムは続ける。
「騎士でなければ、ここが国でなければ、すぐに捕まえることができるのにな……」
冒険者なら、敵から逃げることも相手を排除することも簡単だった。だが騎士になればそうもいかない。
特にダークエルフであるシリウスが余計な騒ぎを起こせば騎士団、更には国王が黙ってはいないだろう。
騎士の恩恵を受けながらも自由に家族を守れないことへの自己嫌悪が重くのしかかり、自分の無力さに苛立ちを感じていた。
「今のところあのダークエルフのねーちゃんは特に何もしてこないんだろ?話しかけくるだけで」
「ああ、あの女が現れてから二週間以上が経過したが目立った行動はそれだけだ。それ以外は監視をするだけで、直接手を出してきたことは『まだ』ない」
「なら、もう放っておいてもいいんじゃないか?」
アルムは軽く肩をすくめたがシリウスは不安を覚えた。安心したところをまた何か企んでいるかもしれない、という思いが彼を引き留めている。
だからヴェラを徹底的に警戒する必要があると考えていたが、彼女に構うだけで時間が奪われ、ステラを不安にさせてアステルにも心配をかけることが歯痒くてたまらなかった。
「……もう一度、あの女と話し合いをしてみようと思う」
シリウスは少しだけ息を吸い込み、心の中の葛藤を整理しながら続けた。
「一人で行くのか?俺も同席するぞ?」
「いや、一人でいい。部外者がいるとあの女は話し合いに応じてくれないだろう」
アルムが尋ねるとシリウスは即答した。ダークエルフはエルフを特別嫌っているが、その次に嫌っているのは人間だ。最初だけは良しとしたが次は同席を拒否するだろう。
「まあ、お前は強いし一途だから、大丈夫か」
アルムは小さくため息をついた。
それからシリウスとアルムはしばらく静かな時間を過ごし、心の中でそれぞれの思いを巡らせていた。しかし、アルムはふとシリウスの顔を見つめ、何かが違うことに気づいた。
「おい、シリウス。お前、寝不足なのか?」
アルムの声には心配の色が見え隠れしている。シリウスは自らの疲れを隠そうとしたが、アルムの鋭い眼差しには逃げられなかった。
シリウスは「寝ている」と言い切るが、アルムは彼の言葉を信じなかった。
「無理するなよ。これから大きな戦があるんだ。体力を温存しておけ」
「戦?……あ、ああ……」
シリウスはその言葉にハッとした。騎士団の会議で話し合った組織との闘いをヴェラの件ですっかり忘れていたのだ。
その組織はシリウスの親の仇であり、彼は先陣に立って打ち倒すことを考えていたのにそのことを忘れ去っていた。心の奥に渦巻く怒りと復讐の念が改めて彼の胸を熱くさせる。
「忘れていたわけではないが少し気が散っていたんだ……あの組織との戦いは俺にとって特別な意味を持つ、必ず参加するつもりだ」
シリウスは眉をひそめた。新たな戦の気配に内心ざわつきを覚えながら、冷静さを保とうとする。
「まあ、まだ噂の範囲だがな」
「その規模と時期について何か情報はないか?」
シリウスは深刻な表情で訊ねるとアルムは腕を組み、少し考え込んだ後口を開いた。
「どうやらかなり大規模なものになるらしいぜ」
シリウスの心臓は大きく高鳴った。親の仇討ちに加えて、アステルやステラの安全を守るためにも、早くヴェラと決着を付けなければならない。
「だから無理すんな。体力を温存しておくべきだろ?」
皆がシリウスに睡眠を取ってほしいと言うがヴェラの動向が気掛かりで、まともに寝ることができないのだ。
シリウスは家族のことが心配でたまらず、心の底から無力感に打ちひしがれる。
「お前が倒れたら、誰が家族を守るんだよ?」
「…………」
その言葉にシリウスは反論できずに黙り込んでしまい、アルムはそんなシリウスを見て小さくため息をついた。
「なら、こうしよう。俺がこの家に居てやる。だからお前はちゃんと寝ろ」
「何を言っているんだ。そんなことをする必要はない」
シリウスは微かに戸惑いながらもアルムの提案に反論した。
「いや必要だ。お前が倒れたらこの国は負けるんだぞ。それに、万が一のことがあれば俺が何とかするから。おーい、アステルさん!ちょっと来てくれ!」
「おい……」
アルムはシリウスの制止を聞かずに扉に向かって大きな声で呼びかけた。すると、アステルが心配そうな表情を浮かべて顔を覗かせる。
「どうしました?」
「こいつを寝かせてやってくれ、俺はステラと遊んでやっから」
「何を言っているんだ」
シリウスは驚いた表情で反論するがアルムは小さく頷き、二人を交互に見つめた。
「えっ、アルムさんが?でもお仕事は……」
アステルは驚いた表情で言ったが、その目にはどこか期待する気持ちも垣間見える。
「仕事なら終わった。それより、シリウスは寝不足だろ?こいつはちゃんと寝かせておいてくれ」
アルムは優しく微笑みながらも強い口調で念を押すとアステルは戸惑いながらもシリウスの顔色を伺った。
目の下には隈が浮かんでいた。限界だというのに中々寝付けない彼を寝かせるのは今しかない。騎士のアルムが家の中に居てくれるならシリウスは安心できるはずだ。
「アルムさん、本当にありがとう。ほらシリウス、寝室に行きましょう」
「しかし……」
アステルはシリウスの腕を掴むと、強引に立ち上がらせた。シリウスはまだ完全に納得したわけではなかったが、アルムの気遣いには負けてしまい、仕方なく彼女に付き添われて寝室に向かった。
◆
寝室までたどり着くとアステルに促され、シリウスは無理矢理ベッドの上で横にさせられた。
「もうずっと寝てないでしょ……今はアルムさんが家に居てくれるんだから、お願いだからちゃんと休んで」
「だが……」
「倒れたらどうするの?」
アステルの言葉はシリウスの心に深く響いた。彼女は起きようとするシリウスをベッドに押し倒すと彼の肩を掴んだ。
華奢な身体からは想像がつかないほどの強い力で押さえつけられ、シリウスはあえて振り払うことはせずにその声を聞くことしかできなかった。
「もうこれ以上無理をするのは見ていられない。不安なの……」
「……わかった」
「本当?ちゃんと寝てくれる?」
アステルが念を押すと、シリウスは頷いたので彼女はようやく安心したように笑った。
「じゃあ、見てるから、ぐっすり寝てね」
「いや、見られると寝られない……」
「そうね。子守唄とお話、どっちがいい?」
「子守唄はやめてくれ、話も」
子供扱いをされたシリウスが即座に否定するとアステルは小さく笑った。そして、彼は手だけをアステルに差し出すと彼女はその手を両手で包み込むように握る。
手を握ってほしいと言葉にしなくても彼女ならわかってくれる。昔からそうだった。アステルの自分への理解を嬉しく感じると同時に不甲斐なさも感じた。
アステルは昔から、そして今も変わらない。シリウスが辛い時や悲しい時にそばにいてくれる。
雨音が静かに耳を打つ中、シリウスはアステルの温もりを感じながら徐々に意識が遠のいていくのを感じた。
玄関のドアを叩く音は、雨の音に混ざりながら静寂を破っていく。シリウスが扉を開けるとアルムは一瞬立ち止まり、笑顔を浮かべて挨拶を交わした。
「温まっていってくれ」
シリウスが促すとアルムは濡れたコートを脱ぎ、家の中に足を踏み入れた。
アステルが紅茶を二人分丁寧に淹れ、客室のテーブルに並べるとアルムはソファに深く沈み込むように座った。
「ヴェラって奴は今のところはアステルさんに接触したこと以外は何もしてないそうだぜ」
「そうか……」
アステルが部屋から出ていくのを確認をしてからアルムが口を開く。声は低く、重みを持って響いた。
シリウスはその言葉を受け止め、複雑そうな表情を浮かべる。確かにヴェラは手紙でアステルを説得してきた以外、直接的な危害を与えることはなかった。
「こっちから声を掛けようとすると姿を見ただけで素早く逃げちまうし、どこで寝泊まりしているのかも不明だ」
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「騎士でなければ、ここが国でなければ、すぐに捕まえることができるのにな……」
冒険者なら、敵から逃げることも相手を排除することも簡単だった。だが騎士になればそうもいかない。
特にダークエルフであるシリウスが余計な騒ぎを起こせば騎士団、更には国王が黙ってはいないだろう。
騎士の恩恵を受けながらも自由に家族を守れないことへの自己嫌悪が重くのしかかり、自分の無力さに苛立ちを感じていた。
「今のところあのダークエルフのねーちゃんは特に何もしてこないんだろ?話しかけくるだけで」
「ああ、あの女が現れてから二週間以上が経過したが目立った行動はそれだけだ。それ以外は監視をするだけで、直接手を出してきたことは『まだ』ない」
「なら、もう放っておいてもいいんじゃないか?」
アルムは軽く肩をすくめたがシリウスは不安を覚えた。安心したところをまた何か企んでいるかもしれない、という思いが彼を引き留めている。
だからヴェラを徹底的に警戒する必要があると考えていたが、彼女に構うだけで時間が奪われ、ステラを不安にさせてアステルにも心配をかけることが歯痒くてたまらなかった。
「……もう一度、あの女と話し合いをしてみようと思う」
シリウスは少しだけ息を吸い込み、心の中の葛藤を整理しながら続けた。
「一人で行くのか?俺も同席するぞ?」
「いや、一人でいい。部外者がいるとあの女は話し合いに応じてくれないだろう」
アルムが尋ねるとシリウスは即答した。ダークエルフはエルフを特別嫌っているが、その次に嫌っているのは人間だ。最初だけは良しとしたが次は同席を拒否するだろう。
「まあ、お前は強いし一途だから、大丈夫か」
アルムは小さくため息をついた。
それからシリウスとアルムはしばらく静かな時間を過ごし、心の中でそれぞれの思いを巡らせていた。しかし、アルムはふとシリウスの顔を見つめ、何かが違うことに気づいた。
「おい、シリウス。お前、寝不足なのか?」
アルムの声には心配の色が見え隠れしている。シリウスは自らの疲れを隠そうとしたが、アルムの鋭い眼差しには逃げられなかった。
シリウスは「寝ている」と言い切るが、アルムは彼の言葉を信じなかった。
「無理するなよ。これから大きな戦があるんだ。体力を温存しておけ」
「戦?……あ、ああ……」
シリウスはその言葉にハッとした。騎士団の会議で話し合った組織との闘いをヴェラの件ですっかり忘れていたのだ。
その組織はシリウスの親の仇であり、彼は先陣に立って打ち倒すことを考えていたのにそのことを忘れ去っていた。心の奥に渦巻く怒りと復讐の念が改めて彼の胸を熱くさせる。
「忘れていたわけではないが少し気が散っていたんだ……あの組織との戦いは俺にとって特別な意味を持つ、必ず参加するつもりだ」
シリウスは眉をひそめた。新たな戦の気配に内心ざわつきを覚えながら、冷静さを保とうとする。
「まあ、まだ噂の範囲だがな」
「その規模と時期について何か情報はないか?」
シリウスは深刻な表情で訊ねるとアルムは腕を組み、少し考え込んだ後口を開いた。
「どうやらかなり大規模なものになるらしいぜ」
シリウスの心臓は大きく高鳴った。親の仇討ちに加えて、アステルやステラの安全を守るためにも、早くヴェラと決着を付けなければならない。
「だから無理すんな。体力を温存しておくべきだろ?」
皆がシリウスに睡眠を取ってほしいと言うがヴェラの動向が気掛かりで、まともに寝ることができないのだ。
シリウスは家族のことが心配でたまらず、心の底から無力感に打ちひしがれる。
「お前が倒れたら、誰が家族を守るんだよ?」
「…………」
その言葉にシリウスは反論できずに黙り込んでしまい、アルムはそんなシリウスを見て小さくため息をついた。
「なら、こうしよう。俺がこの家に居てやる。だからお前はちゃんと寝ろ」
「何を言っているんだ。そんなことをする必要はない」
シリウスは微かに戸惑いながらもアルムの提案に反論した。
「いや必要だ。お前が倒れたらこの国は負けるんだぞ。それに、万が一のことがあれば俺が何とかするから。おーい、アステルさん!ちょっと来てくれ!」
「おい……」
アルムはシリウスの制止を聞かずに扉に向かって大きな声で呼びかけた。すると、アステルが心配そうな表情を浮かべて顔を覗かせる。
「どうしました?」
「こいつを寝かせてやってくれ、俺はステラと遊んでやっから」
「何を言っているんだ」
シリウスは驚いた表情で反論するがアルムは小さく頷き、二人を交互に見つめた。
「えっ、アルムさんが?でもお仕事は……」
アステルは驚いた表情で言ったが、その目にはどこか期待する気持ちも垣間見える。
「仕事なら終わった。それより、シリウスは寝不足だろ?こいつはちゃんと寝かせておいてくれ」
アルムは優しく微笑みながらも強い口調で念を押すとアステルは戸惑いながらもシリウスの顔色を伺った。
目の下には隈が浮かんでいた。限界だというのに中々寝付けない彼を寝かせるのは今しかない。騎士のアルムが家の中に居てくれるならシリウスは安心できるはずだ。
「アルムさん、本当にありがとう。ほらシリウス、寝室に行きましょう」
「しかし……」
アステルはシリウスの腕を掴むと、強引に立ち上がらせた。シリウスはまだ完全に納得したわけではなかったが、アルムの気遣いには負けてしまい、仕方なく彼女に付き添われて寝室に向かった。
◆
寝室までたどり着くとアステルに促され、シリウスは無理矢理ベッドの上で横にさせられた。
「もうずっと寝てないでしょ……今はアルムさんが家に居てくれるんだから、お願いだからちゃんと休んで」
「だが……」
「倒れたらどうするの?」
アステルの言葉はシリウスの心に深く響いた。彼女は起きようとするシリウスをベッドに押し倒すと彼の肩を掴んだ。
華奢な身体からは想像がつかないほどの強い力で押さえつけられ、シリウスはあえて振り払うことはせずにその声を聞くことしかできなかった。
「もうこれ以上無理をするのは見ていられない。不安なの……」
「……わかった」
「本当?ちゃんと寝てくれる?」
アステルが念を押すと、シリウスは頷いたので彼女はようやく安心したように笑った。
「じゃあ、見てるから、ぐっすり寝てね」
「いや、見られると寝られない……」
「そうね。子守唄とお話、どっちがいい?」
「子守唄はやめてくれ、話も」
子供扱いをされたシリウスが即座に否定するとアステルは小さく笑った。そして、彼は手だけをアステルに差し出すと彼女はその手を両手で包み込むように握る。
手を握ってほしいと言葉にしなくても彼女ならわかってくれる。昔からそうだった。アステルの自分への理解を嬉しく感じると同時に不甲斐なさも感じた。
アステルは昔から、そして今も変わらない。シリウスが辛い時や悲しい時にそばにいてくれる。
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