シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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ダークエルフの誘惑編

何も言ってないのにフラれた少年

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 シリウスは騎士団の会議に参加していた。周囲には仲間たちが集まり、戦略について熱く話し合っている。だが、彼の視線は資料の束に釘付けだった。そこには、幼い頃に両親を奪った仇の情報が記されている。

 会議の喧騒が耳に入る中、彼の心は再びあの悲劇の記憶に引き戻される。親の仇の影はいつも彼の心に巣くっていた。

「見つけた……」

 シリウスは低い声で呟く。その言葉は長い間抱えていた重荷が少しだけ軽くなった瞬間だった。資料には仇の名前、動き、さらにはその者が関与している組織の詳細が緻密に記されている。これまでの努力が実を結んだのだ。

 前にケルヴィンの両親を救出した際、奴隷商人から得た情報をもとにシリウスは騎士団と連携を取りながら敵の足跡を追い続けてきた。そしてついに彼はその親の仇の居場所を突き止めたのだ。

 もちろん、敵討ちよりも今の家族との幸せが優先だ。
 だが、親の仇がのうのうと生き、今もどこかで悪事を重ねている事実が彼の心に暗い影を落とし、心の奥底に燃える復讐の炎を感じる。
 シリウスの中にある悲しみと怒りは、力強い意志へと変わりつつあった。彼は心の中で、必ずやこの復讐を完遂させると誓った。

 ◆

「アステルさん、聞いてますか?」
「え?あ、ごめんなさい……」

 次の日、ケルヴィンと薬についての会話をしている最中、アステルは疲労と寝不足からぼんやりとしてしまっていた。シリウスが何度も求めてきたせいで、心も体も疲れ切っていたようだ。

「今日は元気が無いようですので、このお話はまた後日にしましょう」
「……ごめんなさい、そうしてもらえると助かるわ」

 呆れたような口調でケルヴィンが提案するとアステルは申し訳なさそうに返す。まだ子供のケルヴィンの気遣わせてしまった。

「そういえば、もうすぐステラさんの誕生日でしたよね」

 ケルヴィンがふと思い出したように壁に掛けてあるカレンダーを指さす。

「何か欲しいものが無いか聞いたら、妹が欲しいから買ってきてくれだって。買えるわけないでしょ」

 呆れたような口調でそう言いながらケルヴィンはキャロラインが注いでくれた紅茶を口にした。

「ケルヴィンにも言ったの?」
「あ、私にも言いましたよ」

 お菓子を持ってきたキャロラインがひょっこり顔を出して言った。

「なんで急に妹なんか……」
「学校の友達に妹が産まれたとかで見せてもらったら、羨ましくなったみたい」
「そういうのって憧れちゃうんですよね」

 アステルの説明とキャロラインの言葉にケルヴィンは「ふうん」と頷いた。
 エルフに兄弟ができるのは、だいたい百年ほど年が離れる場合が多い。兄弟が欲しいと言われても人間や獣人と違ってすぐには産まれないので時間はかなりかかるはずだ。

(私には妹が二人もいるみたいだけどね)

 アステルはその事実を口にはしなかったが複雑な心境だ。

「他に欲しいものが無いか聞いておいてください。他の人と被らないように」
「ええ、わざわざありがとう」

 ケルヴィンは紅茶を飲み干すと机の上に散らばった資料をまとめて鞄に詰め、立ち上がった。彼の少し落ち着かない様子はこれから両親に会いに病院へ行くのだ。

 仕事の後に見舞いは大変だからと代金はアステル持ちで馬車を使うことを提案するが、鍛えるためにも歩くようにしているので断られてしまった。
 それは彼の誇りと意志の強さが見え隠れしていたのでアステルはその姿勢を尊重し、静かに見守ることにした。

「あ、そういえば」

 ケルヴィンが家を出る前に扉を少し開けて外の様子を確認し、急に声を上げた。

「来る途中でダークエルフの女性が家の前で立っていたんですよ。今はいないみたいですけど、知り合いですか?」
「いいえ……」

 それを聞いた瞬間、アステルは心に恐怖が走るのを感じた。この国にいるダークエルフはシリウスだけだ。
 その女性は新たに入国したダークエルフかもしれない。そう考えるだけで不安が胸を締め付ける。

(なんの為に?シリウスに用があるの?)

 考えられる可能性はそれしかない。ダークエルフの数は年々減少し、生き残りはほとんど裏社会に身を置いているという話をアステルはシリウスから聞いたことがあった。彼女の心に広がる嫌な予感が、ますます膨れ上がっていく。

「シリウスさんのことは感謝も尊敬もしていますが、ダークエルフに対しては警戒してしまいます」
「私も、いろんな種族がもう少し仲良くなれれば……と思っているんですけど、やっぱり怖いです」

 ケルヴィンに続いてキャロラインも耳を下げて続けた。

「……あ、ステラ!」

 アステルの心に冷たい汗が流れた。ダークエルフはシリウスだけではない。ステラも半分ダークエルフなのだ。シリウスなら何かあっても対処できるだろうが幼いステラに何かあったら手遅れになってしまう。

「キャロライン、私は学校に行ってくるから留守番お願いね」
「はい、お気をつけて」

 アステルは急いでキャロラインに頼むと、家を出てフクロウのヴァンを探し始めた。

「ヴァン!」

 名前を呼び、口笛を吹くが、ヴァンは返事をしない。心の焦りが募る中、アステルは不安な気持ちを抱えながら周囲を見渡した。

「あのフクロウは賢いから、もうすでにステラの所に行っているのかも」

 ケルヴィンが顎に指を当てて言った。

「それと僕がステラさんの迎えに行きます。アステルさんは家で待っていてください」
「私が行かないと」
「大丈夫ですよ。それにすれ違ってお母さんが家に居ない方が不安になります」

 ケルヴィンは強く言った。その言葉には彼女を安心させる力があった。アステルは一瞬躊躇ったが彼の真剣な眼差しを見て、頷いた。

「お願い、気を付けてね」

 ケルヴィンは頷き返して、すぐに近くの馬車を拾って学校に向かった。アステルは彼の背中を見送りながら、心から娘の無事を祈った。

 ◆

 ケルヴィンが学校に着くと子供たちが何事もなく授業を終え、楽しそうに校門をくぐっていく姿が見えた。彼の視線はその中から、馬車に乗るステラを探し、馬車が見える位置でじっと張り込むことにした。

「あ!ケルヴィン!」

 待っていると、ステラは友人の輪から飛び出し、嬉しそうにこちらへ駆けてくる。しかし、今日はいつもと違う雰囲気のケルヴィンにステラも何か感じ取ったようで少し不安そうな顔をしていた。

「どうしたの?」
「知らない人に声を掛けられなかった?」
「知らない人に会ってないよ」
「そう……」 

 ケルヴィンはステラが無事ならそれでいいと安堵の溜め息を吐いた。

「それじゃあ、一緒に帰ろうか。今日は護衛してあげるから」

 ケルヴィンが一緒に帰ろうとすると後ろから可愛らしい黄色い声が上がった。

「かっこいい~!」
「この人、ステラちゃんのお兄ちゃん?」 

 ステラの女友達が数人、ケルヴィンを見て駆け寄ってくる。女子たちは彼の美貌に目を輝かせているが、当のケルヴィンはなんとも思っていない様子だ。年の離れた子供からモテたところで嬉しくないと冷めた目で見つめる。

「違うよー」
「じゃあボーイフレンド?」 
「はぁ?」 

 この問いにはさすがにケルヴィンも思わず顔をしかめた。その横でステラも呆れたように言った。

「やだよ。ケルヴィンはお父さんよりも強くないし、お父さんよりも優しくないし、お父さんよりも格好よくないんだから……」
「そうなの?やったじゃん、レオまだチャンスあるね?」 

 ステラの友人がレオにそう言うと周りの女子たちもキャッキャと騒ぎ出す。

「俺ももうやだよ……ステラって俺よりも強いし、怒ると怖いし……」 

 レオは獣の耳と尻尾を下げながらそう呟くと彼の友人たちは彼を囲んで「元気出しなよ」と励ました。

(何も言ってないのに父親と比較されてフラれた?)

 周りの子供たちの賑やかさとは裏腹にケルヴィンはまさかそんな展開になるとは思わず不服そうな顔をした。
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