シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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反抗期編

愛妻弁当

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 早朝になるとステラが目を擦りながら起きてきた。まだ眠いのか大きな欠伸をしながら歩いてくる。

「おはよー……あれ?おじさん、もう行ったの?」
「おはよう。お父さんは昨日も帰って来なかったみたい」
「そうなの?」
「寂しい?」
「お母さんがいるから平気だもん」

 そう言って抱きついてくるステラを抱き締め返す。ステラはまだまだ甘えたがりだ。
 何日か前にシリウスはしばらくの間は忙しくなるから宿舎で泊まるので家には帰れないと残念そうに言っていた。
 五年間も会えなかったことに比べれば全然大したことではない。むしろ、また一緒に暮らせるようになっただけでも奇跡に近いのだから贅沢を言うべきではない。

(でも、久しぶりに顔が見たいな)

 アステルはそんなことを考えながら朝食の準備を始めると、ある事を思いついた。

 ◆

 アステルはカレンに会うために彼女の住む屋敷へと向かった。何度か招待をされて訪問したことがあり、いつでも会いに来てもいいと言われていたが迷惑にならないか、少し心配だ。
 カレンの屋敷の近くはたくさんの人が行き交っていて活気に溢れて、相変わらず人が多い。
 ここに住んでいる人たちはほとんどが裕福な家庭ばかりだが、平民もたくさん住んでいる。
 アステルは浮いてしまわないようにできるだけ綺麗な格好でステラの手を引いてカレンの屋敷に向かった。


 自分から彼女の屋敷に行くのは初めてなので緊張するが、勇気を出して呼び鈴を鳴らすと、すぐに使用人らしき女性が出てきた。アステルとステラを見ると丁寧に頭を下げてくる。

「アステル様、ステラ様、ようこそいらっしゃいました」
「こんにちは。カレンさんに用があって来たのですが……」
「奥様にですか?」
「はい」

 すると女性はアステルたちを応接室へと案内してくれた。そこでしばらく待っていると、豪華な屋敷の夫人には不釣り合いで動きやすそうな服装をしたカレンがやってきた。

「アステル、ステラ、久しぶり」
「カレンさん、お久しぶりです」

 カレンはステラを見て微笑むと、向かい側のソファーに座り、早速本題に入った。

「それで、何か用なの?」
「まずはこちらを渡そうと思いまして」

 アステルは持ってきた紙袋の中から薬草で作った入浴剤を取り出すと、それをカレンに差し出す。

「これは?」
「疲労回復効果がある薬湯を作ってみたのです。この前カレンさんがなかなか疲れが取れないと仰っていたのでよかったら」
「うわ、ありがとう」

 カレンは嬉しそうに受け取ると中身を取り出して匂いを確認をする。アステルは前に暮らしていた村で薬以外にもこういった効果のある薬草を調合して作ったものを売ったりしていた。今回渡したものは特に評判は良かったのだ。

「それで、聞きたいんですけどカレンさん、今日もお弁当を旦那様に渡しに行きますか?」
「うん、そのつもりだけど」
「それじゃあ、その、私も行ってみたいので行き方を教えてください」

 アステルは頼み込みながら大きな包みを取り出すと、それをテーブルの上に置いた。

「これは?」

 不思議そうに首を傾げるカレンにアステルは恥ずかしそうに答える。

「お弁当を渡そうと思って……最近会えていないからきっかけにしようかなと」
「あら、いいわね。一緒に行こっか」

 そう言うなりカレンが頷くとアステルはステラを見た。きょとんとした表情をしている。

「ステラ、久しぶりにお父さんに会えるね」
「ステラは別に……おじさんに会えなくても平気だけど」

 ムッと頬を膨らませるステラの頭を撫でると、カレンは申し訳なさそうに言った。

「ステラは行けないかな、遠いし危ない職場だから子供は連れていっちゃいけないんだ」
「そうなんですか……それじゃあ私はステラ置いてはいけないからお弁当だけ持って行ってもらっても……」
「え?ここで預かるし留守番させなよ」

 カレンの提案にアステルとステラは顔を見合わす。
 確かにこの屋敷には使用人がいるからステラ一人を置いていくのは問題ないかもしれない。ステラもそろそろここの環境に慣れて落ち着いてきたところだし、預けても平気だろう。

「ステラ、ここで留守番できる?」
「やだ」
「やだって、ステラ……」
「やだ!」

 駄々を捏ねるステラに困っているとカレンはアステルの言いたいことを察して苦笑いを浮かべる。

「もう赤ちゃんじゃないんだから、わがまま言わずに待ってなさいってば。お姉ちゃんなんだから私の息子の面倒見てて欲しいな」

 カレンの言葉にステラは渋々といった様子で了承した。

「わかった……お世話する」
「ありがとう、ステラはいい子ね」

 アステルがステラの頭を撫でると、不満そうな顔をしながらステラが頬を膨らませて黙った。

 ◆

 心配をしながらもカレンと一緒に屋敷を出ると、シリウスのいる場所へと向かう。そこは国の中心部の城の近くにあって、かなり遠い。ここから馬車を使って一時間以上はかかるそうだ。

「こんなに遠いのにシリウスは毎日、毎日、夜遅くまで働いて帰ってきてくれたのね……」

 馬車に揺られながらアステルはシリウスのことを考える。毎日、身を粉にして働いているのは国の為であり、国民を守るという立派な仕事だ。そんな彼に対して尊敬の念しか湧かない。

「ガレッドはほぼ毎日あっちで寝泊まりしているから家に全然帰って来ないわよ。いつか息子に顔を忘れられるんじゃないかしら」
「そんなことないですよ」
「それに、たまに家に帰ってきてもすぐにまた出て行ってしまうし、私がいくら止めても聞いてくれないし、全く困ったものよね」
「団長さんだから忙しいんですね」
「まぁ、そうだけど。でも、最近は特に忙しいみたいなの。ずっーとあっちに泊まっているくらいだから」

 カレンは寂しそうにため息をつく。家に帰る時間がないほど忙しい夫の為に愛妻弁当を届けて少しでも彼の力になりたいと考えているのだ。

「戦争が無いだけマシだけどね。この国が他国と戦争になった時に真っ先に戦うことになるのは騎士団だから」

 カレンはそう言って目を伏せた。この国は平和だが、隣国とは小さな小競り合いをずっと繰り返していて、いつ戦になってもおかしくはない状況だった。もしそうなれば、最前線に立って戦うのは間違いなくこの国の精鋭である騎士たちになる。そして、その指揮をとるのがガレッドで、それを支えるシリウスは一番危険な場所に自ら赴くのだろう。

「話は変わるけど……母親として後輩な私が言うのもなんだけどさ、アステルは子供を甘やかしすぎだと思うの」
「そうですよね……」

 自分が娘を甘やかしていることに自覚はあった。確かにステラには甘いのかもしれない。アステルは子供頃に親に見放されて育ったので自分の子供には同じようにしたくないと思っていた。それに父親が不在でエルフとダークエルフのハーフの子供にしてしまった負い目もあって余計に過保護になってしまった。
 だがそれが原因でステラが我ままに育って将来苦労をしてしまうなら考えを改めなければならないだろう。
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