シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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反抗期編

異世界人の独白

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 人間の女、マキは仕事が終わると学校で待つ息子を迎えに歩いていた。
 肩まで伸びる黒髪を後ろで結ぶ彼女は人間ではあるが、この世界とは違う異世界からやってきて、この世界で生まれ育ったわけではない。

 十年ほど前に元の世界でつまらない人生を送っていた彼女はこの世界の、こことは違う、獣人の国で聖女として召喚され、浄化の魔法を使うことができた。
 その能力の高さによって王に見初められ、側室にされそうになったが、その時の守護騎士である獣人の男と共に国から逃げるように出た。彼は自分の身分や家族や恋人を捨てて彼女を選んでくれたのだ。

 そして、いつしか二人は恋に落ち、結婚をした。
 人間と獣人が結ばれても認められるこの国で暮らし始めて数年経ち、ようやく子供ができたある日、夫が戦争に参加をして命を散らしてしまった。夫は強い人だった。彼は自分の強さを証明するために戦っていたのだ。残された息子、レオとの生活を支えながら、マキは夫の分も強く生きようと心に決めた。

「母さん!」
「お待たせ、レオ」

 息子のレオは学校から帰ってくると、嬉しそうに駆け寄ってくる。父親譲りの獣の耳と尻尾が可愛らしい。

「今日、シリウスが来たんだよ」
「シリウスさんが?」
「うん!」

 レオがシリウスの話をする時は本当に楽しそうだ。レオにとってシリウスは憧れの存在。

「シリウスの奥さん、怖いんだって、弁当とか作ってくれないんだって」
「あら、そうなの?」
「シリウス、可哀想だよね。母さんが奥さんだったら毎日弁当作ってあげるのに」

 家に帰る道を歩きながらレオがシリウスのことを心配するとマキはドキリと胸が高鳴り、息子の言葉に意識してしまう。
 レオには父親は強くて寡黙な人だと言い伝えていたが、それが原因で息子は国で一番強く、寡黙なシリウスを父親のように慕って尊敬している。
 そしてマキと結婚をして自分の父親になってほしいと何度もお願いをされたことがあるそうだ。
 だが、シリウスはその度に断っているためレオも諦めたと思っていたのだが……

(まさか、まだ言っていたなんて)

 正直、マキもシリウスに夫を重ねることはあった。夫に雰囲気の似ている彼と夫婦になれればと夢を見る時もある。夫を亡くした悲しみを癒すことができるのは新しい家族を作ることかもしれない。自分からシリウスに迫るような浅ましい行動は起こさずにレオの説得が叶えばその流れに身を任せるつもりだった。
 もしかしたら、いつかはシリウスが折れるのではないかと心の片隅で期待を寄せていた。

 だが現実は厳しい。ついこの前、シリウスは自分の妻子をこの国に連れて来たのだ。
 初めて知ったのは彼が妻子をマキの働く食堂に連れて来た時だ。マキがここで働いているのを知らない彼は偶然、綺麗な金髪の女性と小さな女の子と一緒に食事をしていた。
 最初は驚いたが、彼の妻がとても美しい女性だったので、すぐに納得した。シリウスの妻ならば、きっと彼に見劣りしないぐらいに綺麗な女性に違いないと思ったからだ。

『ステラ、おいしい?』
『うん、でも……お母さんが作った方が美味しい』
『確かにアステルの手料理が一番美味いな』

 でもショックだった。料理の腕に関しては自負があったからだ。自分が作ったものよりアステルという女性の作るものの方を美味いとはっきりと言われたことが。
 シリウスは妻子のことを深く愛しているようで今まで見たことのないぐらい幸せそうな表情をしていたので彼女を羨ましく思ったものだ。

「母さん、今度シリウスに弁当作ってあげれば?絶対喜ぶよ!」
「ダメよ。そんなの」
「母さんの手作り弁当ならシリウスだってイチコロだよ」

 レオの無邪気さが今は辛い。シリウスをあの妻子に取られまいと必死になっている姿が残酷に映ってしまう。
 だが、食堂でシリウスと同僚の騎士の話によると夫婦仲はあまり良くないようだ。前に見た時は仲睦まじい夫婦だったが、時間が経つに連れてお互いの欠点や不満が見えてきたのだろう。

(それなら、もしかしたらチャンスがあるかも?)

 マキは密かにそんなことを思っていた。ダークエルフのシリウスは長命なので普通の人間の女は先に年老いてしまうがマキは違う。
 異世界人である彼女は番になった伴侶と寿命を分け合うことができる。だから、シリウスが死ぬその時まで一緒にいることができる。
 そしてあの金髪の美しい女性は恐らく普通の綺麗なだけの人間だ。今はいくら綺麗でもいずれ歳を取る。その時、シリウスのそばにいて幸せになれるのは……

(何を考えているの、私は!)

 笑みを浮かべそうになった瞬間、自分の考えに呆れ、頭を横に振る。

「どうしたの、母さん?」
「なんでもないわ。さあ、早く帰りましょう」

 レオと手を繋いで歩くマキの心は複雑であった。
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