シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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反抗期編

お弁当

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 アステルは朝から夕方までは娘の面倒を、夜は夫の相手で忙しい日々を送っていた。充実はしているが、やはり体への負担が大きいため時々、疲れを感じることがある。
 しかし、それでも幸せだと思えるのはステラが可愛くて、シリウスがとても優しく接してくれるからだ。

「ふぅ……」
「お母さん、眠い?」

 ステラがあくびをする母を見て言う。庭で花と薬草の世話をしている最中で、アステルは肥料を、ステラはジョウロで水を与えている。
 今日は天気が良くて過ごしやすい日だが、日差しを浴びすぎたせいで少し頭がぼうっとしていた。

「アステルにステラ、こんにちは」

 不意に声をかけられて振り向くとそこにはガレッドの妻であるカレンがいて、手には紙袋を持っている。今日は息子はいないようだ。
 しかし、服装は前に会った時に比べて随分と綺麗である。

「カレンさん、お久しぶりです」
「元気にしてた?」
「はい、おかげさまで。ステラもね」
「うん」

 三回目の対面となるとステラも慣れてきたのかカレンに笑顔を向けるようになってきている。その様子にカレンは安心すると二人に近づき、庭に生えてある薬草を見つめた。

「これが薬草かぁ、貴重なのかはよくわからないけど盗まれたりしないの?」
「防犯用の風魔法をかけていますから」

 この国では売っていない薬草は売れば高値で売れる。治安が悪いわけではないが念の為に一日に一回魔法で結界を張っているのだ。
 触れれば軽く弾かれる程度なのでそこまで強いものではないが、意地で盗もうとすれば怪我を負うことになる。

「へぇ、でも、ステラが触ったら危ないんじゃ?」
「ステラには効かないようになっているんです」

 例えば冒険者パーティーで魔法使いが強い魔法を使っても味方には影響はない。それは前もって術者が仲間に無効の呪文を施しているためだ。それと同じでステラにもその類のものが施されている。
 その証拠にステラが花壇の花や薬草に触れているが魔法は発動していない。

「ところで息子さんは?」
「今日は使用人に預けてあるの」
「お母さんと一緒じゃなくてもいいの?」

 カレンの言葉にステラは首を傾げる。ステラにとって母親と一緒にいることが当たり前だったのに急に一人になったらどうなるかなんて想像がつかないのだろう。前に住んでいた村では止められているのに勝手に一人で遊びに行くことはあったが。

「平気よ。ステラと違って甘えん坊さんじゃないからね」
「ステラ、甘えん坊じゃないもん!」

 カレンがからかうように笑うと、ステラは頬を膨らませて抗議する。アステルはそんな二人のやりとりを眺めていたが、ステラをそんな風に育ててしまったのは自分だと反省をしていた。
 心配だからと言って四六時中一緒にいて、ステラの行動を制限してしまっていたのだ。恐らくそのせいでシリウスと打ち解けられなかったのではないかと今更ながら思う。
 それでもシリウスもステラを溺愛しているのは確かだし、何より彼はアステルとステラのことを心の底から大切に思ってくれているのはわかる。

「ステラは学校に通うの?」
「お母さんにべんきょ、教えてもらうよ?」
「やっぱり甘えん坊さん」
「違うもん!」
「あはは、ごめん、ごめん」

 ステラは来年から学校に通わせることができる。この国では六歳から十八歳までの男女が通えるが、義務はない。もちろん、途中で辞めることは可能だがほとんど皆、卒業まで通う。
 それは将来仕事に就く際に有利になるということだけでなく、学校での勉強は将来の選択肢を増やすことにもなる。
 アステルとしてはできればステラにも学校で勉強してほしかったが、シリウスと話し合いをしてステラが望むなら、ということになった。

「それじゃあ、これから旦那に愛妻弁当を届けに行くから」
「え、お弁当?」

 アステルはカレンの持っている紙袋に注目をした。シリウスは基本的に外食や店売りの物を買って食べているから作らなくてもいいといつもアステルを気遣って、休みの日以外は朝食だけを家で食べているのだ。

「ガレッドは必要ないって言っているけどね。持って行ったら食べてくれるし、後からありがとうって言われるの」
「そうなんですか」

 困ったように笑うカレンにアステルもつられて笑みを浮かべる。きっと彼女の夫はカレンの作った料理を食べたいと思っているに違いない。そう考えると他人の夫婦の出来事なのにアステルはなんだか嬉しくなってしまった。

(お弁当か)

 ふとアステルは昔、シリウスのためによく料理を作っていたのを思い出した。あれはまだエルフの集落、シリウスが家にいた頃だ。
 あの時は毎日のように彼のために食事を作っていたり、作ってもらったりしていたが、今ではそれも遠い昔の話になってしまった。
 アステルはカレンが帰って行くのを見送ると、作業を再開しながらあることを考えて、くすりと微笑んだ。
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