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助けを求める少女
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その後、ガレッド率いる部隊と合流をすると、この辺で増えすぎたと報告を受けたウルフの駆除を行った。
槍を巧みに操り、的確に急所を突いていくシリウスの姿をガレッド達は感心しながら見ていた。こうやって戦いに集中をしている間は戦うことしか考えられなくなる。今は永遠にこのまま槍を振っていれば良いとさえ思えた。
そしてシリウス達が討伐を終え、村に戻ると村長の好意で酒場で宴が開かれた。酒を飲み交わし、料理を食べて皆楽しそうにしている中、シリウスは一人離れた場所に座っていた。そんな彼にガレッドは酒を片手に近づいて渡してくると、シリウスは無言で酒を受け取り、ガレッドは隣に腰を下ろして話し出す。
「何かあったのか?」
「別に……そうだ。アステルのことはもう大丈夫だ。もうエルフの集落に行かなくてもいい」
それを聞いてガレッドはハッとシリウスの顔を見る。
「まさか……見つかったのか!?」
「ああ、元気にしていて、子供もいた。だからもういいんだ」
「そうか……」
ガレッドは複雑な表情を浮かべると、シリウスの肩を軽く叩く。
「ならば、これからは安心して自分の為だけに生きるといい」
シリウスはガレッドの言葉に何も答えず、ただ黙々と味のしない食事を口に運ぶ。
そうだ。シリウスにはガレッドやアルムのように自分を必要としてくれる人間がいる。彼らの子孫を生涯守ることを目標として生きればいいのだ。アステルのことは美しい思い出として胸に秘めたままで。
そう思った矢先、ハープの音と共に美しい歌声が聞こえてきた。その声の主はエルフの吟遊詩人、アステルの夫である。彼は酒場の客達に笑顔を振りまきながら歌っている。目を背けようとした瞬間、とんでもない光景が視界に飛び込んできた。
「なっ……!」
それは吟遊詩人の男が人間の女を抱き寄せて口づけをしたのだ。その行為を見た途端、シリウスの中で怒りが爆発した。
あの男がアステルの唇を体を貪ったと思うだけでも腹立たしいが彼女を幸せにして一途に愛してくれると信じていた。なのに他の女に手を出すなど許せるはずがない。アステルの父親は妻子を裏切って他種族の女と結婚したと嘆いていたのに。
彼女がどんな気持ちで父親の裏切りに耐えて耐えて、やっとできた家族が同じように裏切り行為を受けなければならないのか。激しい憤怒に駆られたシリウスは立ち上がると、そのまま吟遊詩人の元へと歩いて行く。
「おい」
「ん?何だい君は……おや、ダークエルフか珍しい。ダークエルフと言えば最近……」
「お前、アステルの……リーチェの旦那だな?」
シリウスが確認すると何か言いかけていた吟遊詩人は首を横に振る。
「私は独身ですが?」
「とぼけるな、妻も子供も居るだろう!」
シリウスが怒鳴るように言うが彼は不思議そうな顔をする。
「何を言っているんですか……さ、行きましょう」
(どういうことだ?)
吟遊詩人の男はため息を吐くと人間の女の肩を抱いて酒場の二階へと消えていった。シリウスは混乱するが、すぐにガレッドに肩を掴まれて引き戻される。
「シリウス、外で頭を冷やそう」
「……ああ」
シリウスはざわつく周りの視線に気がついて素直にガレッドと共に酒場から出て行った。
◆
その頃、母といつも眠るベッドの上でシーツに包まりながら、ステラは一人うずくまっており、その様子をフクロウのヴァンはベッドのヘッドボードの上で大人しく見守っていた。
朝、友達と遊んでいた時に出会ったダークエルフの男、シリウス。ステラの父は死んだと母に聞かされたばかりなのに父と同じ名前でステラと同じ銀髪で褐色した肌に赤い瞳を持つ男と会ったことで混乱をしていた。
「頭の中がぐるぐるする……ヴァン、ステラはどうしたらいいの?」
昨日の昼間に見た。ステラの顔を見たら舌打ちをしていた恐ろしい雰囲気のダークエルフの男に比べればずっと優しい印象を受けた。もしも父が生きて、ステラ達に会いに来たならば母に相談をするべきかとヴァンに尋ねた時だった。
『大人しくしろ』
『な、何なんですかあなた達は……』
『黙れ!』
ステラ達のいる部屋の外から聞こえてくる会話。その声は間違いなく母のもの、そして男の怒鳴り声も混じっており、ステラは小さな体をさらに小さくさせて怯えた様子を見せた。
「お、お母さ……きゃっ」
どうすればいいのか戸惑っていると、ヴァンが部屋の窓の施錠を器用に外し、ステラの肩をシーツごと掴んで窓の外の白い花畑の上に一緒に飛び降りた。
それからすぐ後に母の悲鳴が聞こえるがヴァンは無理矢理ステラを歩かせて家から離れさせた。
子供のステラでは何もできない、それなら逃げて助けを呼ばなくてはと本能的に察したのだろう。おぼつかない足取りで、正体がバレないようにシーツを被って、村の中を泣きながらステラは月明かりの下で助けを求めて彷徨い続けた。
◆
酒場の外に出てしばらく歩くとガレッドがシリウスに話しかけてくる。
「シリウス、落ち着いたか?」
「落ち着いている」
「いや、冷静じゃない。さっきは今にも殴りかねなかったぞ」
「…………」
ガレッドに指摘され、シリウスは深呼吸をすると落ち着きを取り戻す。
(あの男は夫でも父親じゃない?それならステラの父親は?)
シリウスが考え込んでいると前方から白いシーツを頭に被った子供が現れ、その姿を見て驚く。何故こんな夜遅くに子供が一人で歩いているのか。しかも頭にシーツだ。
「どうしたんだ?」
「あ、あの……うっ……く」
ガレッドが屈んで目線を合わせると子供は泣き出してしまった。
「怪我でもしているのか?」
「ダメ!」
ガレッドがシーツを取り除こうとすると子供は慌てて止める。まるで自分の姿を見られるのを拒むように必死で抵抗する姿に疑問を抱く。
(銀髪に褐色?)
シーツを掴む小さな手は褐色、シーツの隙間から見える銀色の長い髪の毛。まさかと思いながら膝をついて子供の顔を覗き込むとその顔を見て驚いた。
「ステラ……?」
早朝に見たステラはエルフ特有の金髪に碧眼の白い肌だったが目の前にいる少女の顔立ちはそのままで銀髪に赤い目の褐色のダークエルフだったのだ。シリウスの心臓が大きく跳ねる。
(ステラの父親は俺、なのか?)
自分との行為の前後のどちらかにはアステルは必ず避妊薬を飲んでいた。もしもダークエルフとの子供ができてしまったなら子供の為に堕胎させるはずだ。
いや……できなかったのだ。だから集落から出てこんな所で隠れ住んで暮らしているのではないか。そう考えると辻妻があった。確信を得る為にアステルと話をしたい。そう思った瞬間、ステラが震える声で呟き始めた。
「お母さん……知らない人達に……」
そこまで言うと再び大粒の涙を流す。シリウスは何があったのか察しがついた。アステルが危険に晒されている。恐らくこの子は母親を助けるためにここに来たのだ。シリウスは立ち上がり、ガレッドに声をかけた。
「ガレッド、この子を頼む」
「わかった」
ガレッドもシリウスの考えを理解しており、すぐに返事をした。そしてシリウスはすぐに走り出した。
(アステル……アステル……!)
心臓が張り裂けそうな思いを抱きながらシリウスは全速力で走った。途中で最悪の事態を想定すると血の気が引いてしまうが、歯を食い縛って堪えるとさらに加速して走る。
やがて彼女の暮らす小さな家が見えてきた。扉は開けっ放しになっており、中からは人の気配がない。警戒を強めてゆっくりと家の中に足を踏み入れると室内には誰もおらず、家中には荒らされた形跡があった。
ハンバーグやシチューが無残にも床にぶちまけられ、部屋中のタンスや戸棚も中身を出されており、まるで金目の物を奪い取った後のような光景だ。犯人の手掛かりを探したが特に何も見つからなかった。
そのまま外に出ようとすると、ふと庭にある花壇に目がいく。そこには見覚えのある小さな白い花が沢山咲いていた。
シリウスはその花を覚えている。あれは別れ際にヴァンに頼んでアステルに上げた白い花だ。その花はほとんど踏み潰されて無残な姿で散らばっていた。
アステルはあの花とステラを大事に育ててくれたのだ。シリウスは激しく後悔した。なぜあの時、もっと早く気づかなかったのかと。自分が彼女にとって害悪だと決めつけていたせいか、全く見えていなかった。だがもう遅い。今はとにかく彼女を探さなければ……
◆
急いでガレッドのいる宿屋に戻り、彼の部屋に入るとガレッドとカレンとその子供、そしてシーツを頭に被ったままのステラが部屋の隅にいた。
「どうだった?」
「……たぶん、連れ去られた」
ガレッドの問いかけにシリウスは俯きながら答える。シリウスの様子を見ただけで何が起きたのかを理解をしたガレッドは何も言わずに拳を強く握り締めた。そんな二人の様子を心配そうに見つめる妻と怯えながらシーツを被ったままの少女。
アステルのような美しいエルフなら恐らく高値で売れるだろう。しかも彼女は普通のエルフよりも体つきが豊満なので需要が高いはずだ。奴隷としてどこかの貴族に買われるか、客を取らせるために娼館に売られるかもしれない。いずれにせよろくでもない目に合うのは間違いない。それは元奴隷だったシリウスが一番よく知っている。
「ガレッド……俺はアステルを助け出す。王都には戻れない」
「ああ、わかっている。上には私の方から話をしておく」
「すまない……」
「謝るんじゃない、民を守るのが騎士の務めだ。それより手掛かりはあるのか?」
シリウスが首を横に振るとガレッドは顎に手を当てて考え込む。
「それなら村中を聞き込みをして情報を集めなさい。私は他の者にも話を通しておく」
「すまない」
シリウスはガレッドに感謝をするとステラの前にしゃがみ込んで視線を合わせる。ステラは不安げにシリウスを見上げていたが目が合った瞬間、すぐに目を逸らす。きっとシリウスが怖いのだろう。無理もないと思うが、今は構わずに話しかける。
「ステラ、お前の母親は俺が必ず助け出してみせる」
「…………」
シリウスの言葉を聞いても黙り込んだままのステラ。しかし次の瞬間、突然、泣き出してしまった。
「おかあ、さん………」
「大丈夫だ」
シリウスはステラの頭を優しく撫でるとステラは泣きながらも小さくコクりと首を動かした。その様子に安心すると、シリウスは立ち上がり、ステラをガレッド夫婦に預けてすぐにその場を後にする。
決意を固めて宿の外に出ると空からよく知るフクロウが飛んできた。アステルのフクロウのヴァンだ。彼はまだ彼女のそばに居たのだ。
その姿を見てシリウスが腕を差し出すとヴァンは静かに降り立つ。するとヴァンはシリウスの顔を見て嘴に咥えていた物を渡した。
それは手紙だ。封を開けて中身を確認するとシリウスは疑問符を浮かべる。その内容を読むとアステル宛でも、犯人の手紙でもないどこかの遠距離恋愛をしている恋人に送られた恋文のようだった。
内容を読み終えたシリウスはハッとする。重要なのは手紙の内容ではない、宛先だ。
「相変わらずお前は賢いな」
恐らくヴァンはアステルの後を追って、囚われている町の民家のポストから適当に手紙を拝借してきたのだろう。これは大きな手がかりになるはずだ。シリウスは早速ガレッドに報告をし、行けそうな騎士を集めてすぐに出発をした。
槍を巧みに操り、的確に急所を突いていくシリウスの姿をガレッド達は感心しながら見ていた。こうやって戦いに集中をしている間は戦うことしか考えられなくなる。今は永遠にこのまま槍を振っていれば良いとさえ思えた。
そしてシリウス達が討伐を終え、村に戻ると村長の好意で酒場で宴が開かれた。酒を飲み交わし、料理を食べて皆楽しそうにしている中、シリウスは一人離れた場所に座っていた。そんな彼にガレッドは酒を片手に近づいて渡してくると、シリウスは無言で酒を受け取り、ガレッドは隣に腰を下ろして話し出す。
「何かあったのか?」
「別に……そうだ。アステルのことはもう大丈夫だ。もうエルフの集落に行かなくてもいい」
それを聞いてガレッドはハッとシリウスの顔を見る。
「まさか……見つかったのか!?」
「ああ、元気にしていて、子供もいた。だからもういいんだ」
「そうか……」
ガレッドは複雑な表情を浮かべると、シリウスの肩を軽く叩く。
「ならば、これからは安心して自分の為だけに生きるといい」
シリウスはガレッドの言葉に何も答えず、ただ黙々と味のしない食事を口に運ぶ。
そうだ。シリウスにはガレッドやアルムのように自分を必要としてくれる人間がいる。彼らの子孫を生涯守ることを目標として生きればいいのだ。アステルのことは美しい思い出として胸に秘めたままで。
そう思った矢先、ハープの音と共に美しい歌声が聞こえてきた。その声の主はエルフの吟遊詩人、アステルの夫である。彼は酒場の客達に笑顔を振りまきながら歌っている。目を背けようとした瞬間、とんでもない光景が視界に飛び込んできた。
「なっ……!」
それは吟遊詩人の男が人間の女を抱き寄せて口づけをしたのだ。その行為を見た途端、シリウスの中で怒りが爆発した。
あの男がアステルの唇を体を貪ったと思うだけでも腹立たしいが彼女を幸せにして一途に愛してくれると信じていた。なのに他の女に手を出すなど許せるはずがない。アステルの父親は妻子を裏切って他種族の女と結婚したと嘆いていたのに。
彼女がどんな気持ちで父親の裏切りに耐えて耐えて、やっとできた家族が同じように裏切り行為を受けなければならないのか。激しい憤怒に駆られたシリウスは立ち上がると、そのまま吟遊詩人の元へと歩いて行く。
「おい」
「ん?何だい君は……おや、ダークエルフか珍しい。ダークエルフと言えば最近……」
「お前、アステルの……リーチェの旦那だな?」
シリウスが確認すると何か言いかけていた吟遊詩人は首を横に振る。
「私は独身ですが?」
「とぼけるな、妻も子供も居るだろう!」
シリウスが怒鳴るように言うが彼は不思議そうな顔をする。
「何を言っているんですか……さ、行きましょう」
(どういうことだ?)
吟遊詩人の男はため息を吐くと人間の女の肩を抱いて酒場の二階へと消えていった。シリウスは混乱するが、すぐにガレッドに肩を掴まれて引き戻される。
「シリウス、外で頭を冷やそう」
「……ああ」
シリウスはざわつく周りの視線に気がついて素直にガレッドと共に酒場から出て行った。
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その頃、母といつも眠るベッドの上でシーツに包まりながら、ステラは一人うずくまっており、その様子をフクロウのヴァンはベッドのヘッドボードの上で大人しく見守っていた。
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「頭の中がぐるぐるする……ヴァン、ステラはどうしたらいいの?」
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『大人しくしろ』
『な、何なんですかあなた達は……』
『黙れ!』
ステラ達のいる部屋の外から聞こえてくる会話。その声は間違いなく母のもの、そして男の怒鳴り声も混じっており、ステラは小さな体をさらに小さくさせて怯えた様子を見せた。
「お、お母さ……きゃっ」
どうすればいいのか戸惑っていると、ヴァンが部屋の窓の施錠を器用に外し、ステラの肩をシーツごと掴んで窓の外の白い花畑の上に一緒に飛び降りた。
それからすぐ後に母の悲鳴が聞こえるがヴァンは無理矢理ステラを歩かせて家から離れさせた。
子供のステラでは何もできない、それなら逃げて助けを呼ばなくてはと本能的に察したのだろう。おぼつかない足取りで、正体がバレないようにシーツを被って、村の中を泣きながらステラは月明かりの下で助けを求めて彷徨い続けた。
◆
酒場の外に出てしばらく歩くとガレッドがシリウスに話しかけてくる。
「シリウス、落ち着いたか?」
「落ち着いている」
「いや、冷静じゃない。さっきは今にも殴りかねなかったぞ」
「…………」
ガレッドに指摘され、シリウスは深呼吸をすると落ち着きを取り戻す。
(あの男は夫でも父親じゃない?それならステラの父親は?)
シリウスが考え込んでいると前方から白いシーツを頭に被った子供が現れ、その姿を見て驚く。何故こんな夜遅くに子供が一人で歩いているのか。しかも頭にシーツだ。
「どうしたんだ?」
「あ、あの……うっ……く」
ガレッドが屈んで目線を合わせると子供は泣き出してしまった。
「怪我でもしているのか?」
「ダメ!」
ガレッドがシーツを取り除こうとすると子供は慌てて止める。まるで自分の姿を見られるのを拒むように必死で抵抗する姿に疑問を抱く。
(銀髪に褐色?)
シーツを掴む小さな手は褐色、シーツの隙間から見える銀色の長い髪の毛。まさかと思いながら膝をついて子供の顔を覗き込むとその顔を見て驚いた。
「ステラ……?」
早朝に見たステラはエルフ特有の金髪に碧眼の白い肌だったが目の前にいる少女の顔立ちはそのままで銀髪に赤い目の褐色のダークエルフだったのだ。シリウスの心臓が大きく跳ねる。
(ステラの父親は俺、なのか?)
自分との行為の前後のどちらかにはアステルは必ず避妊薬を飲んでいた。もしもダークエルフとの子供ができてしまったなら子供の為に堕胎させるはずだ。
いや……できなかったのだ。だから集落から出てこんな所で隠れ住んで暮らしているのではないか。そう考えると辻妻があった。確信を得る為にアステルと話をしたい。そう思った瞬間、ステラが震える声で呟き始めた。
「お母さん……知らない人達に……」
そこまで言うと再び大粒の涙を流す。シリウスは何があったのか察しがついた。アステルが危険に晒されている。恐らくこの子は母親を助けるためにここに来たのだ。シリウスは立ち上がり、ガレッドに声をかけた。
「ガレッド、この子を頼む」
「わかった」
ガレッドもシリウスの考えを理解しており、すぐに返事をした。そしてシリウスはすぐに走り出した。
(アステル……アステル……!)
心臓が張り裂けそうな思いを抱きながらシリウスは全速力で走った。途中で最悪の事態を想定すると血の気が引いてしまうが、歯を食い縛って堪えるとさらに加速して走る。
やがて彼女の暮らす小さな家が見えてきた。扉は開けっ放しになっており、中からは人の気配がない。警戒を強めてゆっくりと家の中に足を踏み入れると室内には誰もおらず、家中には荒らされた形跡があった。
ハンバーグやシチューが無残にも床にぶちまけられ、部屋中のタンスや戸棚も中身を出されており、まるで金目の物を奪い取った後のような光景だ。犯人の手掛かりを探したが特に何も見つからなかった。
そのまま外に出ようとすると、ふと庭にある花壇に目がいく。そこには見覚えのある小さな白い花が沢山咲いていた。
シリウスはその花を覚えている。あれは別れ際にヴァンに頼んでアステルに上げた白い花だ。その花はほとんど踏み潰されて無残な姿で散らばっていた。
アステルはあの花とステラを大事に育ててくれたのだ。シリウスは激しく後悔した。なぜあの時、もっと早く気づかなかったのかと。自分が彼女にとって害悪だと決めつけていたせいか、全く見えていなかった。だがもう遅い。今はとにかく彼女を探さなければ……
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「どうだった?」
「……たぶん、連れ去られた」
ガレッドの問いかけにシリウスは俯きながら答える。シリウスの様子を見ただけで何が起きたのかを理解をしたガレッドは何も言わずに拳を強く握り締めた。そんな二人の様子を心配そうに見つめる妻と怯えながらシーツを被ったままの少女。
アステルのような美しいエルフなら恐らく高値で売れるだろう。しかも彼女は普通のエルフよりも体つきが豊満なので需要が高いはずだ。奴隷としてどこかの貴族に買われるか、客を取らせるために娼館に売られるかもしれない。いずれにせよろくでもない目に合うのは間違いない。それは元奴隷だったシリウスが一番よく知っている。
「ガレッド……俺はアステルを助け出す。王都には戻れない」
「ああ、わかっている。上には私の方から話をしておく」
「すまない……」
「謝るんじゃない、民を守るのが騎士の務めだ。それより手掛かりはあるのか?」
シリウスが首を横に振るとガレッドは顎に手を当てて考え込む。
「それなら村中を聞き込みをして情報を集めなさい。私は他の者にも話を通しておく」
「すまない」
シリウスはガレッドに感謝をするとステラの前にしゃがみ込んで視線を合わせる。ステラは不安げにシリウスを見上げていたが目が合った瞬間、すぐに目を逸らす。きっとシリウスが怖いのだろう。無理もないと思うが、今は構わずに話しかける。
「ステラ、お前の母親は俺が必ず助け出してみせる」
「…………」
シリウスの言葉を聞いても黙り込んだままのステラ。しかし次の瞬間、突然、泣き出してしまった。
「おかあ、さん………」
「大丈夫だ」
シリウスはステラの頭を優しく撫でるとステラは泣きながらも小さくコクりと首を動かした。その様子に安心すると、シリウスは立ち上がり、ステラをガレッド夫婦に預けてすぐにその場を後にする。
決意を固めて宿の外に出ると空からよく知るフクロウが飛んできた。アステルのフクロウのヴァンだ。彼はまだ彼女のそばに居たのだ。
その姿を見てシリウスが腕を差し出すとヴァンは静かに降り立つ。するとヴァンはシリウスの顔を見て嘴に咥えていた物を渡した。
それは手紙だ。封を開けて中身を確認するとシリウスは疑問符を浮かべる。その内容を読むとアステル宛でも、犯人の手紙でもないどこかの遠距離恋愛をしている恋人に送られた恋文のようだった。
内容を読み終えたシリウスはハッとする。重要なのは手紙の内容ではない、宛先だ。
「相変わらずお前は賢いな」
恐らくヴァンはアステルの後を追って、囚われている町の民家のポストから適当に手紙を拝借してきたのだろう。これは大きな手がかりになるはずだ。シリウスは早速ガレッドに報告をし、行けそうな騎士を集めてすぐに出発をした。
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