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すれ違う感情

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 それから五年が経ち、シリウスは順調に功績を上げていった。ガレッドの下で働き始めてからというもの、あっという間に時間が過ぎ去った気がする。騎士になってからは城への出入りを許されるようになったが、相変わらず自分は場違いな気がしてならなかった。

 偏見の薄いこの国ではダークエルフのシリウスはミステリアスな魅力があると言われ、容姿だけでなく、地位も名誉もあると好意を持たれることも多かったが本人が恋愛に興味がないとわかると好意を持つ女は離れて他の男を求めて行った。
 だが、そんなことはどうでも良かった。シリウスにとって大切なのは、いつか再び彼女と再会できることだけだからだ。


 そんなある日、シリウスの元にガレッドからの呼び出しがあった。

「すまない、また彼女はいなかったよ」
「そうか……」

 ガレッドの言葉を聞いてシリウスは落胆した様子を見せる。シリウスがガレッドに頼んでいた集落にいるはずのアステルの様子を見て来てほしいというものだった。ガレッドはシリウスが騎士になる条件の一つとして彼女の様子を定期的に報告することを約束していた。
 だが、最初の訪問時には既に彼女は集落から出て行ってしまった後だった。その話を聞いたのは彼女が薬を売っていた道具屋のロディで今はあの家を出ていった父親が入れ違いで戻ってきたらしい。
 ただでさえ他のエルフから嫌われているのに父親の作る薬は昔に比べて腕が落ちてしまっていて評判が悪いそうで肩身が狭い思いをしているそうだ。

 最初は自分のことを忘れて新しい男と一緒にいるのではないかと思ったのだが、それならそれで構わないと思っていた。ただ、せめて元気にしているかだけでも確認したいと思い続けていて、今回もガレッドに無理を言って行って貰ったのだ。
 もちろんシリウスも待っているだけではない。騎士や冒険者の情報網を使ってアステルの情報を集めようとしたが、どこからも有力な情報が入らなかった。
 それもそのはずだ。基本的にエルフのような希少な種族が人間の多い世界で生きていく為には姿を隠し、正体を偽って生きているのが普通だからだ。

 結局、アステルの行方がわからないまま数年の月日が流れた。その間にシリウスは戦争に参加して戦功を上げ続けたことで異例の出世を果たすなどして、順調に出世していき、今では騎士団の副団長を務めるほどになっていた。本来ならそれ以上の身分を与えると言われたが、あまり目立ちたくない、自由が減ればアステルを探しに行けないという理由で断った。
それに偏見が薄いとはいえ、まだダークエルフは差別の対象なので地位を上げると色々と面倒なことも増えてくるだろうとも考えてのことだった。

「それからシリウス、討伐の仕事が入ったぞ」

 最近になって魔物の活動が活発になっているため、近くの村で被害が出る前に退治してほしいと依頼されたそうだ。シリウスは二つ返事で引き受けると、すぐに準備に取り掛かったのだった。

 ◆

 遠征の為の騎士たちが集められている中、シリウスはアルムと二人で話をしていた。

「今回はお前さんと俺で行くことになった」
「そうか」
「まぁ、いつも通りだな」
「ああ」

 アルムには五年間、ガレッドの次に世話になっていた為、シリウスはこの男を気に入っており信頼を寄せていた。シリウスとしてもアルムと一緒の方がやりやすい。それに今回の相手はウルフの群れだという。騎士達の中でも実力のあるシリウス達にとっては楽勝だろう。

「シリウス、アルム、今回はよろしくね」

 茶髪の女性が二人に近づいて声をかける。腕には二歳になる息子が抱かれており、シリウスはその姿を見ると微笑んだ。彼女はカレン。五年前にシリウスがガレッドの下に来た時には既に結婚していた。恩人のガレッドの息子……ガレッドの子孫にはシリウスが生涯を捧げるつもりだった。

「よろしくってどういうことだよ」

 アルムが怪しげに聞くと、カレンはにっこりと笑みを浮かべた。

「私も同行するわ!」
「はあ!?」

 アルムが驚くのは当然だった。騎士でもない一般人を連れて行くなど前代未聞である。元々はカレンも騎士を目指していたが、戦闘に向いていないと判断され、家庭を守る道を選んだという経緯があったが、それでも心配だ。

「君たちも彼女を止めてくれないか?遊びに行くんじゃないんだ」

 ガレッドが困った表情をしてシリウスとアルムを見るとカレンは頬を膨らませた。

「大丈夫よ。自分の身は自分で守れるし、いざとなった時はちゃんと戦うもの!ほーんと、心配性なんだからガレッドは……」

「そもそも、なんでそんなについて行きたいんだよ」

 アルムが呆れた様子で言うとカレンは目を輝かせながら答えた。

「今回行く村に有名な吟遊詩人が酒場で歌を披露するそうなの!!ぜひ聞きに行きたいわ!!」

 彼女の言葉を聞いて男達は苦笑いをする。

 ◆

 シリウス達が遠征の拠点に向かった村は小さな村だった。人口も少なく、特産品も無い。あるとすればそこで作られる薬の出来が良く、最近では旅の商人が王都に高値で横流ししていることぐらいだろうか。そんな村の唯一の楽しみは月に一度、広場で行われる音楽会と酒盛りだけだそうだ。

 そしてシリウスはアルムと共に先遣隊として先に出発し、村人達に事情を説明していた。シリウス達の任務は魔物の駆除だが、同時にこの村の安全を確保することも含まれており村長に挨拶をした。後は、この村に滞在して異変が無いか調査することになった。

 とはいっても、元々平和な村なので特に変わったところは無く、調査とは別にアステルの情報を集めることにした。シリウスはアステルのことを思い出すといつも胸の奥が痛むような感覚を覚える。焦燥感が募りながらも平静を保ちながら調査を続けた。

「エルフ?いるよ美人のエルフが」
「本当か?」

 情報収集のために立ち寄った宿屋で店主の話にシリウスが食いつくように尋ねると、店主はニヤリと笑って金をせびる仕草を見せる。
 今まで、嘘の情報を何度もつかまされることが何度もあった。今回も藁にも縋る思いで懐に手を入れると、金貨を取り出して渡す。

「ああ。ただ、あまり表に出てこないけどな」
「名前は?」
「リーチェだよ」
(アステルじゃない……)
「そのエルフの家は?」
「悪いけどそれだけは教えられない決まりがあるんだ」

 シリウスは落胆した。アステルではない別の女の名前が出てきたからだ。だがエルフは隠れ住んでいる。偽名を名乗っている可能性がある。シリウスは諦めずに情報を集めようと宿屋を出ると追いかけて来るようにカレンが子供を抱きかかえて走って来たのだ。

「シリウス!」
「どうした?」
「その……元気だしてね」

 シリウスは一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかったがすぐに理解できた。

「俺は元気だ」

 シリウスがそう答えると、彼女は安心したかのように微笑んだ。

「そう、なら良かった」
「それを言うためわざわざ来てくれたのか?」
「この子がね。シリウスを励ましたいって」

 そう言って彼女は腕の中でシリウスを見て微笑んでいる息子を見た。シリウスはガレッドの息子を見ると自然と表情を緩め、頭を撫でてやり、ガレッドを少し羨ましく思った。

 自分にもアステルとの子供がいれば―――

 シリウスは頭を振った。それから何軒か回って話を聞いたが皆口を揃えて同じことを言うだけでそれ以上詳しい情報は得られなかった。

 ◆

 そして次の日の早朝、シリウスはアルムと共に村の様子を見て回ると村の子供に声を掛けられた。

「おじさん!おじさん達って冒険者?」
「おじさ……!お兄さんだろ!」

 アルムが訂正するが、少年は気にせずに話を続ける。

「僕ね!大きくなったら冒険者になるんだ!だからしゅぎょーしてんの!」
「ああ、ガキはいいねぇ……」

 同僚が子供に話しかけられている姿を見ていたシリウスは他の子供の姿を見てふとあることに気がつき、屈んで目線を合わせるとその女の子の顔をまじまじと見つめた。

「え、なに……?」

 彼女はシリウスがじっと見ていることに気がつくと不思議そうに首を傾げる。その子供は白い頭巾で頭部や耳を隠しているが金色の美しい髪を三つ編みにして肩から垂らし、綺麗な碧眼でここの子供の中でも一際整った顔立ちをしており、何故かアステルの面影を感じたのだ。

「おいシリウス、あんまりその子を怯えさせるんじゃねえぞ」
「あ、ああ」

 アルムに注意されて我に返ったシリウスは慌てて立ち上がると金髪の少女は戸惑った表情を浮かべる。

「あ……」
「ステラ、どうしたの?」
「な、なんでもない……ステラ、もう帰るね!」

 一瞬、ハッとしたステラと呼ばれた少女に彼女の友人が心配をするが、彼女は慌てた様子でその場を走って後にする。

「彼女の母親はアステル……いや、リーチェと言う名前なのか?」

 残った子供達に尋ねると彼らは頷いて肯定する。

「うん、すっごく美人なんだよな」
「お薬作っているしね。飲みやすいの」
(彼女の母親はアステルなのか……しかし、何故こんなところに?)


 疑問が残るものの、シリウスはアルムにこの場を任せてステラの後を追った。しばらく進むと村外れの林の中へ入って行ったのを確認し、シリウスもその後を追う。
 すると、そこには小さな家があり、家の前に金髪の女性が立っていた。遠目でもわかるほどに美しく、長い髪が風に靡き輝いている。シリウスはその女性を見ると思わず息を飲むほどの美しさだった。

(アステル……!)

 ずっと、ずっと会いたかった最愛の人の姿を見つけ、シリウスの鼓動が激しくなる。シリウスは彼女に近づこうとしたが美しい音色が耳に入ると途中で立ち止まった。アステルのそばには吟遊詩人と思われる男がハープを持って歌っていた。

「お母さん、お母さん」

 そして彼女の元にステラが駆け寄り抱き着いていた。アステルは優しい笑みを見せながら娘の頭を撫でながら彼の歌に聞き惚れていた。吟遊詩人の男の耳をよく見ると尖っている。恐らくエルフだ。

「そういうことなのか……」

 彼女は同じエルフの男と結婚をして念願の子宝に恵まれていた。シリウスは目の前の光景を見て安堵をしていた。アステルが生きて、幸せになっていることがわかったからだ。
 だがそれと同時に胸が張り裂けそうな思いが込み上げてくる。何度も彼女には幸せになってほしいと願っていた。決して不幸になってほしくないと思っていた。

「俺がアステルを幸せにしたかった……」

 アステルには心のどこかでまだ自分を必要としてくれていないだろうかという期待を抱いていたのだが、現実では彼女は別の男と結婚して子供を産んでいた。しかも自分の知らないところで。どうしようもない敗北感にシリウスは打ちひしがれそうになる。

 シリウスはアステルに会いたい衝動を抑え、踵を返す。愛した人の家族を壊しては駄目だと自分に言い聞かせて。
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