シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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ダークエルフは騎士になる

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 時はシリウスがアステルと別れた時まで戻る。
 
 エルフの森を出て、そこからできるだけ遠く離れた街で、シリウスはようやく一息をついた。

(これでアステルとはもう会えないな)

 彼女の幸せを願いながら前の生活、冒険者に戻ろうとその街のギルドに向かった。オーガゴート討伐報酬の金はアステルの家に置いてきたのでまた一から稼ぎ直しだ。そのことに関しては全く気に留めてはおらず、彼女の生活に役立ててほしいと思っている。むしろシリウスの気持ち的には全然足りないぐらいだ。

 そして冒険ギルドで依頼をこなしたりしながら今後の身の振り方を考えようと思った数日後の出来事である。この日からシリウスの生き方が「また」変わったのだ。

「縁があるな、シリウス」

 いつも通り、依頼を眺めていると後ろから聞き覚えのある声がし、振り返るとそこには穏やかな表情のガレッドと、その隣には複雑そうな表情のアルムが立っていた。

「ああ」
「どうした?つらそうにしているな、何かあったのか?」
「別に……」

 いつも通り平静を装ったが、このガレッドには通用しなかったようだ。彼はそれ以上問い詰めてくることはなく、ただシリウスを見つめるだけだ。

「君も大人になっただろう?酒は飲めるか?」

 そう言って彼に酒場へ誘われると断る理由もなかったのでそのままついていくことにした。

 滅多なことでは足を踏み入れない酒場に入り、適当な席について適当な酒を注文するとすぐに運ばれてたグラスを傾け一気に飲み干すとアルコール特有の熱さが喉を通り過ぎた。
 シリウスが成人をした時にアステルがわざわざ作ってくれた葡萄酒を思い出す。あの時の味と比べればとても苦く感じた。
 そんな彼の様子を見ていたガレッドは静かに微笑むと、自分の杯を傾けた。それからしばらくは互いに無言だったが、ふとシリウスは酔った勢いで思ったことを口に出した。

「守りたいのに守れなくて……側にいると不幸にしてしまうんだ……だから……」
「そうか……それは大変だったな」

 その言葉にガレッドは少し驚いた様子を見せた後に何かを察して、優しく語りかけた。

「あ、女に振られたのか?」

 だがずっと黙っていたアルムが急に横やりを入れるとガレッドは呆れたようにため息をつく。シリウスは肯定も否定もせず、再び口を閉じた。
 もう二度と会うことが叶わないのならば失恋したようなものだ。どちらにせよ彼女にとって自分は邪魔者でしかないのだけはわかっている。

「冒険者はモテないからな、やっぱり騎士様の方が良いわってお断りされたんだろ!」
「……いや……それでも俺では彼女を悲しませるだけだ……」
「知っているか?女が旦那に求める職業第一位は騎士で、なってほしくない職業一位が冒険者だぜ?」
「…………」

 話がかみ合っていないなとガレッドは思いながらも二人の会話に耳を貸していた。

「俺もさ、ガキの頃は冒険者に憧れていたんだ。騎士の息子もパン屋の息子も……みんなガキの頃は冒険者になりたがっていた。だけど現実は厳しい。親も元カノもみんな騎士を目指せって言うんだ。結局、俺は騎士になってよ」

 アルムは冒険者を嫌悪していたが、あれはかつての憧れの名残だった。本当は冒険者のシリウスが羨ましかったのだ。

「私が冒険者を辞めて騎士を目指したのも家族を得たからだ」

 ガレッドは昔を思い出したかのように目を細めた。

「冒険者は独り身ならいいが家庭を持つと途端に不安定になる。安定した収入もない。後ろ盾もな、だが騎士になれば給金が出る。それこそ一生安泰だ」

 シリウスは黙っていたが、その話を聞いて心の中で同意していた。確かに結婚をして子どもが出来たら安定した職に就きたいと願うだろう。
 だがシリウスはダークエルフなので冒険者以外の職に就くのは難しい。汚い職に手を染めるダークエルフがいたと何度か風の噂で聞いたことがあるぐらいに選択の幅が狭いのだ。
 するとガレッドは自分のグラスを飲み干し、店員に追加の酒を頼むと、改めてこちらを見た。そして真剣な眼差しで口を開く。

「シリウス、騎士にならないか?」
「は……?」

 突然の提案に思わず間の抜けた声を出してしまう。

「我が国では差別意識が無いように心掛けているからダークエルフの君でも可能性がある。私も全力でサポートしよう」
「い、いや……」
「それに君は誰よりも強く真面目だ。きっと良い騎士になれる」
「ちょっと待ってくれ」

 シリウスは慌てて遮ると、混乱しながらも頭を整理した。まずなぜ自分が騎士団に誘われているのかわからないからだ。

「……実は国の騎士団は冒険者上がりの私が団長を務めているぐらいに人材不足だ」

 アルムは苦笑しながら説明を続けた。

「見ただろあのオーガゴート討伐での腰抜騎士団を」
「ああ……」
「平和ボケと貴族出身の家柄だけで出世した奴が多いんだ。まぁそういう事情もあって、他の国と比べてうちの騎士は弱いんだよ」

 その話はシリウスにも理解できた。確かにガレッド以外の騎士はあまり強そうには見えなかったからだ。

「それで優秀な人材を探していたら君を見つけた。どうか、私の下で働いてくれないか?」
「…………」

 騎士になれば権利と名誉を得られるのかもしれない。そうすればダークエルフの自分でもアステルの側に居られるのではないのかという可能性が沸き上がってきた。

「……騎士になる」

 シリウスは覚悟を決めると、真っ直ぐな瞳でガレッドを見据ると彼は満足そうに、穏やかに笑い、アルムは一瞬だけ驚いた表情をしたがすぐにニヤリとした表情に変わった。

 こうしてシリウスは新たな人生を歩むことになった。


 騎士になる条件としてシリウスはガレッドにある頼みごとをした。それはただ一つ、アステルの様子を見て来てもらいたい……だった。
 ダークエルフのシリウスはもう、あの集落に近寄ることができないが人間で地位のある。そして信用できるガレッドなら可能だと踏んでのことだった。
 アステルが幸せに暮らしているのか知りたかったが、それ以上に彼女がどんな生活を送っているのか気になったのだ。

(アステル……)

 彼女の笑顔を思い浮かべると胸が痛くなるが、もう決めたことだ。シリウスは自分に言い聞かせるように拳を強く握った。

 それからシリウスはガレッドと共に訓練に励み、騎士として必要な知識を身につけていった。
 国での暮らしや、騎士としての生き方に関してはガレッドだけではなく、アルムに教えて貰うことが多かったが娼館で息抜きをしようと言われた時にはきっぱりと断った。

 騎士になると決めてからシリウスの生活は大きく変わった。今までは自由だったが、これからは騎士らしく規律を重んじなければならない。
 そのせいで自由に使える時間が減ってしまったが、彼女の為だと思えば苦ではなかった。そして、つらいことを思い出さないようにするため、仕事に没頭したのも原因の一つかもしれない。

 それでもアステルのことだけは忘れることなどできなかった。
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