シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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シリウスの新しい家族

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「リーチェは再婚とか考えてないの?」

 ある日の昼下がりの薬屋でラティーナの何気無い質問に『リーチェ』と呼ばれたアステルは薬の伝票を書いていた手を止めて顔を上げた。突然、何を言っているのかと困惑していると彼女は言葉を続ける。

「だって、あなた。まだ若いし、一人でステラの面倒を見るのも大変そうだし……リーチェなら引く手あまただと思うけど」

 アステルの外見年齢は二十歳の時から止まってしまい、見た目が若く美しいので子供がいると言ってもよく人間の男から言い寄られることが多かった。
 女のエルフは「自分が死ぬまで若いままでいてくれる妻」が欲しいという男の願望を満たしてくれるので奴隷としても非常に人気が有る。

 何度か結婚を申し込まれ、その度に断っていたが最近は少し悩みつつもある。自分が死んでしまった時、ステラの面倒を見てくれる伴侶が必要なのかもしれないと。
 ステラが一人で自立できる成人まで生きてくれるなら寿命の短い人間でも構わないが問題は本当に信用が出来るかどうかを見極める必要があった。

 この村で出会った人間は皆、良い人で信頼できる人ばかりだったがそれでも不安が拭えない。
 エルフとダークエルフの混血児だと聞けば嫌悪するか気味悪がるかのどちらかかもしれないのだ。そう思うとなかなか結婚に踏み切れないでいた。

「そう言うラティーナはどうなの?」
「私は母さんの世話で精一杯だし、あと五年ぐらいは独り身かな」

 ラティーナは苦笑交じりに答える。ラティーナの母親は五年ほど前からずっと部屋に引きこもりっきりなので彼女が母親の代わりに一人で店の経営をしていた。彼女もまた、苦労をしているのだ。

「ああ、もしかして噂のエルフの薬師ですか?」

 ラティーナとの会話を切り上げようかと考えていると、突然見知らぬ吟遊詩人の男が話に加わってきた。彼はとても長い金髪を後ろで一つに纏めて、顔立ちは非常に整っており、気品を感じられる。そして耳が長いのでエルフに間違いないだろう。

「あら、あなたは?」

 ラティーナは首を傾げるとその男は笑顔を浮かべながら自己紹介をした。

「私はラーシェルド。旅の者です」
「私は……人間です……」

 アステルは耳を隠している頭巾をギュッと握ると、それを察したようにラーシェルドは笑った。

「同じエルフですので名乗らずともわかりますよ」

 親しい人には自分の正体は明かしているが、できるだけ他人には人間だと偽っていた。この世界では純血なエルフは貴重であり、希少種。
 なので普通はエルフ同士で助け合って守るために強い結界を張って集落で暮らしている。もし、万が一にも自分の素性がバレてしまえばどんな目に遭うかわからない。

(最近、多いな……)

 正体を隠している筈なのにどうしても情報が漏れてしまうのかこうやってエルフのアステルの姿を一目見ようとやってくる者が後を絶たないのだ。
 このままでは故郷の集落のエルフに居場所を知られてしまうの時間の問題なのかもしれない。ステラがもう少し大きくなったら、この村を離れようかと考えることも多くなっていた。

「……エルフです」

 アステルは溜息をついて、諦めて素直に名乗ると彼は満足そうに微笑んだ。

「お互い、大変ですね。エルフが隠れ住まなくてもいい日が来るといいのですけど」
「ええ……」
「それでは失礼」

 彼は軽く会釈をして店から出て行った。その後ろ姿を見送るとラティーナが話しかけてきた。

「あの人、どこかの貴族なのかしら?随分とお洒落だったわ」
「さぁ……」
「それにしてもエルフってやっぱり大変よね。私の父さんもみんな珍しがって見に来るんだけど……ほら、エルフってすっごく美形だから地味な私と母さんは馬鹿にされて嫌だったのよね……それで母さんは加齢も目立ってきてどんどん内面も荒れていってお父さんを追い出しちゃったの」
「そうだったの……」
「父さんも父さんで素直に離婚して私達を置いて出て行っちゃうなんて酷いと思わない?」
「そうね。本当にそう思う」
 
 アステルの父は他種族同士の結婚だったから上手くいかなかったと嘆いていた。本当にそうならアステルとシリウスもあのままずっと一緒にいたら関係が変わっていたのだろうか。アステルはそんなことを考えて少しだけ、憂鬱になった。

「お母さん!」
「ステラ!勝手に遊びに行ってはダメって何回……」

 薬屋の扉を開ける大きな音がして、そちらを見れば息を切らしたステラの姿があり、彼女は駆け寄ると抱きついた。
 お絵描きをさせていたはずだったのに一人で外に遊びに行ってしまったようでアステルは怒ろうとしたが、ステラの様子が少し変だ。いつもなら何かと言い訳をするからだ。

「しゃがんで」

 母のワンピースをくいくいと引っ張るステラにアステルはその要望通り屈むと彼女は耳元に手を当てた。

「夜のステラと同じの髪と肌の人がいたの」

 ステラの言葉を聞いてアステルの顔色が変わる。

「どこで!?」
「あっち」

 ステラは店の外を指差すとアステルはステラの手を引いて店の外に出た。その場所に着くとそこは人気のない路地裏で、辺りには誰もいなかった。

「その人、ステラの顔見たら『ちっ!』って怒ってどっか行っちゃった……」
「耳は尖っていたの?」
「よく見えなかったけど……たぶん」

 アステルはステラの手を握ると急いで家に戻った。ステラが見たのはエルフ以上に希少なダークエルフ……シリウスなのだろうか?だとしたらどうしてここにいるのだろう。
 焦燥感を抱きながらも家に帰り着くとステラを家の中に入れ、すぐにドアの鍵をかけた。そして屋根の上で寝ていたヴァンにも留守番を頼むと村中を探し回った。

 シリウスを探している最中、たまに王都から来たらしい騎士とすれ違うがその時は特に気にせずに歩き続けた。


 最後に宿屋の中を探してから帰ろうと思い、諦め半分で足を運ぶとちょうど宿から出てきた男の姿が目に入る。銀色の髪に褐色した肌、赤い切れ目の瞳は間違いなくダークエルフの特徴だ。軽装であるが立派な衣服を身につけており、背中には槍を背負っていた。
 昔に比べたらとても大人びて、背も更に高くなり男らしさも増し、何よりもその雰囲気がもう子供ではないと感じさせる。

 その男を見た瞬間、アステルは確信した。間違いなくシリウスだ。久しぶりに見る愛しい人は記憶の中の彼よりもっと魅力的になっていた。

「シリウス!」

 声を掛けるべきか悩んでいると宿の扉が開き、子供を抱きかかえた茶髪の女性が出てきてシリウスの元へと歩み寄ってきた。
 長い髪を三つ編みにしている人間の女だ。その子供も同じ茶髪だが遠くからでは性別はわからない。

「まさか……」

 嫌な予感がし、それは的中した。女性の抱きかかえている子供を見るなりシリウスは穏やかな表情でその子供の頭を撫でたのだ。
 女性はそれを見て嬉しそうにして、シリウスに何かを話しかけ、シリウスもそれに対して相槌を打っている。
 二人の……いや、三人の間には確かな絆があったように見えた。そして幸せそうな家族の姿を見て、アステルは悟ってしまった。

「シリウスは幸せになれたのね」

 自分がいない間に彼は自分以外の大切な人を見つけて、新しい家庭を築いてしまったのだ。それを祝福をしなければならないのに、胸が締め付けられて苦しい。アステルの目からは涙が溢れて止まらなかった。声を殺して泣きながらその場を去った。

 ◆

 よろけそうになりながら家に辿り着き、一度深呼吸をしてから家の鍵を開けた。

「ただいま」

 するとヴァンと輪投げをして遊んでいたステラが駆け寄り、アステルに抱きつく。

「おかえり!どうだった?あの人がステラのお父さんだったの?」
「人違いだったみたい」

 アステルは苦笑をしながら嘘をつくとステラを抱きしめて誤魔化した。

「そっかー、でもよかった。あのおじさん、なんか、怖い感じな人だったし」

 シリウスのことを「怖い感じな人」と聞いて疑問に思ったが子供からしてみれば大人のダークエルフはそう見えるのかもしれない。

(子供を見て嫌悪するような人じゃなかったのに……)

 ステラの顔を見て怒ったと聞いたときは彼は変わってしまったのかと思ったが実際に目にしたのは自分の子供に愛情の眼差しを向ける優しい父親だった。
 どのみち会わないように気をつけて、しばらくはできるだけ家の中で過ごすしかない。
 アステルとステラがシリウスの目の前に現れたら彼の家族は壊れてしまう。ステラを産んだことには後悔はしていないがシリウスの幸せを奪ってしまう原因を作ったことだけは心残りだった。

 それから親子二人で夕食を食べた。今日はかぼちゃのスープとクルミの入ったパンと野菜サラダで質素なものだったがステラは美味しく食べてくれた。アステルはあまり食が進まなかった。
 しかし娘にいつも「残さず食べなさい」と言っている手前、残すわけにもいかないので無理やり口に押し込んだ。

「ねぇ、お母さん」
「ん?」
「ダークエルフってなんで嫌われているの?」

 突然ステラがそんなことを言い出してアステルは口に含んでいたものを飲み込むとステラは不思議そうな顔でこちらを見つめていた。

「昔のダークエルフが悪い事したとか、あと不吉な存在だからって言われてるの」

 アステルはなるべく感情を込めずに答えた。だがステラは頬を膨らませた。

「ステラは悪い事してないのに」
「うん、ステラは良い子よ」

 アステルが微笑むとステラは納得できないようで首を傾げる。

「じゃあお父さんは悪い事したの?」
「お父さんも悪い事は何もしていないわ」
「でもお母さんの昔のお家から追い出されたって……」
「何も悪いことはしていないのにね……どうしてかしら」

 ステラに父は何故一緒に居ないのかを聞かれた時、エルフに見つかったシリウスはお腹の中のステラの存在を知る前に集落を出て行ってしまい、それっきり一度も会っていないと正直に伝えていた。だが、これからはそれはなかったことにしなければならない。

 食事が終わるとアステルはステラを抱きかかえてソファに座り、膝の上に座らせた。そして優しく頭を撫でる。アステルは決心したかのように真剣な表情で話を切り出すと、ステラも察したらしく真面目な顔をする。

「あのね、ステラ。お父さんはね……もう死んでしまったの」
「えっ!?」
「ごめんね……黙っていて」

 また娘に噓を重ねてしまった。だが二度と会えない父親は死んだと言っても過言ではないはずだ。
 もしもステラがシリウスに出会ってしまい、彼女が娘だと明かしてしまえばシリウスの家族は昔のアステルの家族のようにバラバラになってしまう。
 真面目で優しいシリウスは責任に押しつぶされてしまう。それだけは何としても避けたかった。アステルが謝るとステラは嗚咽を漏らしながら涙を流し始めた。

「……うぅ……ぐす……ひっく……」
「本当にごめんなさい……でもお父さんはステラの事が大好きだったから……」

 アステルはステラを抱きしめながら背中をさすった。愛娘を泣かせてしまった。こんなことなら最初からシリウスは死んだことにしておけばよかった。そうすればステラに悲しい思いをさせなくて済んだのかもしれない。
 今まで生きていたことにしてしまったのはどこか期待をしてしまう自分がいたからだ。もしかするといつか再会をして一緒に暮らせるのではないか、と。

 結局、自分はシリウスを諦めることができなかったのだ。だがその願いも叶いそうになく、これから先もずっと会うことはないだろう。ならばせめてステラを育てることだけは許してほしい。
 それからしばらく泣き続けたステラは次第に落ち着きを取り戻してきた。アステルは泣き止んできた娘の目元に残った涙を指先で拭い取る。

「お母さん、悲しかったね……」
「え……」

 ステラの言葉にアステルは驚いた。まさか自分が慰められるとは思っていなかったからだ。そしてステラはぎゅっと抱きついてくる。

「うん、ごめんね……」

 娘を抱きしめ返しながらアステルは再び瞳を潤ませ、静かに泣いてしまった。自分の我儘でステラを苦しめてしまったのに彼女は自分を心配してくれている。
 それが嬉しくもあり、申し訳なくて、母親として情けないと思いながらも今はただこの小さくて優しい温もりを感じていたかった。
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