上 下
23 / 104

五年後

しおりを挟む
 あれから五年が経ち、アステルの娘、ステラはすくすくと成長して元気な「エルフの女の子」として育っていった。
 子育ては大変だったが片親であることを不憫に思った村人達が協力してくれたのと、もともと子供に対して強い憧れを抱いていたので子育ての知識を昔から持っていたおかげでなんとか乗り越えることができた。

「お母さん、早く!早く!」
「もー、動かないの」

 娘の金色の髪を三つ編みにしているのを待ちきれない様子で急かしてくるので母親になったアステルは苦笑しながら答える。今日は子供達と一緒に遊ぶ約束をしていたので張り切っているのだ。

「いい、夕方になる前には」
「絶対、お家に帰る」

 毎日のように口にしている言葉の途中で被せるようにしてステラが答えるとアステルは笑顔を浮かべた。
 ステラには言葉を話し、考え事や理解が出来るようになった頃には彼女の父親がダークエルフで自分はそのハーフであることを教えた。
 それがバレてしまえば村の人に嫌われて追い出されると言えば、幼いながらもステラはその危険性を理解してくれ、秘密を守ってくれている。
 夜になれば髪と肌と目の色が変わってしまうことを隠して、普通の女の子として過ごしており、今のところは村の人達とも上手くやっていけた。

 作った薬を薬屋に届けるためにステラを一緒に連れて家を出てしばらく歩いていると建物が増えてきた。この辺には住宅が立ち並んでいるのだ。

「ステラ~!」

 ステラぐらいの年頃の子供達が彼女の姿を見かけるなり手を振って呼んできた。どうやら友達のようだ。そして呼ばれた本人は嬉しそうな顔をしてアステルの顔を見てそわそわし始める。

「薬を届けたらね」
「ステラ、もう一人で平気だよ!」
「だーめ、後でいっぱい遊んでいいから、ね?」

 まだ小さい娘から目を離すのは不安だったのでそう告げると彼女は頬を膨らませて抗議する。そんなステラの小さな手を取ってアステルは薬屋へと向かった。

「いらっしゃい、リーチェ、ステラ」

 店に入るとカウンターに座っていた店主の女性に声をかけられた。彼女はラティーナ、アステルよりも少し年下のハーフエルフの店の主人だ。
 父親がエルフで母親が人間、元は父と母で経営をしていた店だが、ある日、薬を作っていた父親が家を出て行き、病んだ母が部屋に引きこもるようになって困っていた所に入れ違いのようにアステルが来てくれて本当に助かったと感謝してくれていた。

 その話を知ったのは仲良くなって三年後のことだった。それを聞いてなんとなく察してしまった。恐らく彼女はアステルの腹違いの妹なのかもしれないと。ラティーナの髪の色と目の色はアステルと同じだが耳の形は人間のものだ。母親似なのか素朴な顔立ちであり、エルフのような繊細な美しさはあまり受け継いでいない。

 彼女の父親の名前を聞けば事実は判明するのだが、それはしなかった。知ってしまえば、ラティーナの顔をまともに見られなくなる。だから彼女が自分のことを妹だと思わないように気をつけながら接してきた。

「ステラはお絵描きして待っててね」
「はーい」

 アステルが持って来た紙とペンを渡すとステラは不貞腐れながらも言われた通りに木箱の上で絵を描き始めるとラティーナが話し掛けてくる。

「よかった。ちょうど回復薬が売り切れたばかりで在庫が空になったから補充したかったの」

 アステルの作る薬はここでも評判が良く、だんだん客足も増えてきている。そのため、定期的に仕入れをしておかないとすぐ売り切れてしまうから大量に作っては持って来るのだが最近では生産が間に合わないほど忙しい。

「最近は王都から商人が来るから余計にね」
「ええ、最近よく見かけるわ」
「よく効く薬だからあっちまで評判が広まっているみたい」
「だから作っても作っても追いつかないわけね……」
「じゃあ……値上げしてみるとか?」
「値上げ……」

 確かにそれも考えたことはあったが値段が上がると買わなくなる人が出て、別の安い薬を買うようになるだろう。それにアステルの薬はそこまで高価なものではないのであまり高くすると誰も買いたがらない。しかしこのままではいずれ品薄になってしまうことは目に見えているため何か対策を考えないといけない。

「値上げが嫌なら中身の量を減らしてみたら?」
「減らす……」
「全体的に少しずつ減らしたらその分一本か二本は増えるわよ」

 確かに値段を上げるよりは中身を減らした方がまだ買いやすくていいかも知れない。しかし、唐突に中身が減ったとなると気づかずにいつも通り使って回復量も減ったとクレームをつけられかねない。
 ならばいっそ値段を上げるべきか……と考えているとラティーナが最後の案を出した。

「一緒に薬を作る人を雇ってみたら?それが一番いいかも」
「うーん、雇う余裕がないし、値上げか減量の方向で考えてみるわ」

 彼女の提案は一理あるがアステルは首を横に振る。本当は人を雇うだけの金はあるがその提案は一番無理だった。ステラのことを考えるとできるだけ他人を家には入れたくないのだ。

(でも……)

 もしも自分に何かあって、死んだ時のために誰か一人、ステラの事情を知っていて面倒を見てくれる人が欲しい。エルフは長命ではあるが無敵ではないのだ。ほんの一瞬、一人のダークエルフの男の姿を思い描いてしまったが慌てて頭を振った。

「ステラ、行こうか」
「うん!」

  大人しくフクロウの絵を描いていたステラに声をかけると彼女は飛び跳ねるようにして立ち上がる。そして店を出て、アステルの許可が出るとすぐに顔を輝かせながら駆け出して子供たちの輪の中に入って行った。
 そんな光景を見ながらアステルは微笑む。あの子が楽しげに遊んでいる姿を見ると本当に良かったと。生まれた時は不安でいっぱいだったが、今では村の一員として受け入れられて本当に幸せだ。

 ◆

 夜になるとアステルはステラと一緒のベッドで寝る。そろそろ一人で寝せるべきか悩んでしまうが愛らしい寝顔を眺めたくてつい甘やかしてしまっているのだ。

「ねぇ、おかーさん」
「なあに?」

 まだ眠くならないステラは目を擦りながら話しかけてきて、アステルは優しく答える。

「お父さんって、どんな人だったの?」

 ステラはシリウスの事を何度も聞きたがる。そうすることで寂しさを埋めようとしているような気がしていた。

「お父さんはとても強くて優しくて格好いい素敵な人」
「えへへ……」

 ステラはまるで自分が褒められたかのように嬉しそうにする。そんな娘の姿が見たくて彼女の父親を悪く言ったことは一度もなかった。

「今のステラと同じ銀髪で目が赤くて、肌の色も黒くて、とても背が高いの」

 そう言ってステラの褐色した柔らかい頬に触れる。その感触が気持ち良いのか彼女は頬ずりするようにしてアステルの手を握った。
 こうして空に月が出るとステラはダークエルフのような色へと変貌をする。その姿を見ると忘れようとしてもシリウスの事を思い出さずにはいられない。今頃何をしているのだろうか。あの人と過ごした日々を思い出すだけで胸が締め付けられる。

「……お父さん居ないと寂しい?」

 それを聞いてステラは少し「うーん」と考えてから答えた。

「ちょっとだけ、だけどお母さんがいるから平気」
「ありがとう、私もステラがいてくれれば幸せよ」

 アステルは微笑みながら娘を強く抱きしめた。

「おかーさんったら甘えん坊さんなんだから」
「ふふっ」

 腕の中にいるこの子がいれば他には何も要らない。それだけはこの子が生まれた時に誓ったことだ。だから何があっても絶対に守ろう。アステルはステラの額に口づけをしてから眠りについた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

処理中です...