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依存と共存
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一方、隣の部屋でドアノブに手を掛けて聞き耳を立てていたシリウスはその場に立ち尽くしていた。
(アステルは子供が好きなのか)
アステルが子供好きである事を知らなかったシリウスはその事実に衝撃を受けていた。確かに子供にお菓子をあげたり、怪我を治したなど普段の会話の中に何度か出てきたことがあるのを思い出す。
(それなら自分の子供が欲しいのだろうな)
しかしシリウスがそばにいる限り、彼女は結婚ができないし子供を産めない。それはつまり自分が邪魔をしているという事になる。
(俺がアステルの幸せを奪っている)
そう考えたシリウスの心の中は罪悪感でいっぱいになり、苦しくなった。自分がいなければ今頃アステルは同じエルフと結婚して幸せな家庭を築いていたはずだ。なのに自分はアステルの人生を壊してしまっている。シリウスは己の愚かさを呪った。
(ダークエルフに生まれてこなければ)
そうすればあの地獄の日々を送らずにアステルと出会うことも無かったし、彼女に悲しい思いをさせることも無かった。己の生い立ちを呪ってもどうしようもないが、それでもシリウスは考えずにはいられなかった。
(俺はアステルと一緒にいていい男じゃない)
好意に甘えて三年間を共に過ごしてきたが、本当は迷惑だったのではないか、そう思うと胸が締め付けられるような痛みを感じる。
それにここで隠れ住むのにも限界がある。ロディのような来訪者が現れて自分の存在が知られる可能性もあるのだ。途中で会話が聞こえなくなってしまったがアステルに何かあっても姿を現して助けるのが難しいのも現実だ。
シリウスは覚悟を決めると、ロディが出ていく音を聞いてからアステルの部屋へと向かった。
コン、コン、と アステルの部屋にノック音が響き渡る。ロディを追い返した後、アステルはベッドの上で横になっていた。今日は色々ありすぎて疲れた。早く寝たい気分だったが、部屋の扉を叩く音に意識を覚醒させられる。
「俺だ、開けてくれ」
声の主はシリウスだった。アステルは一瞬、躊躇をしたが、このまま無視しては彼に悪いと思い、ゆっくりと起き上がると扉を開けて彼を迎え入れる。
「どうぞ……」
「ああ……」
中に入ったシリウスは元気のなさそうなアステルの顔を見て不安げに尋ねる。
「何かあったのか?」
アステルは驚いて目を見開かせると、慌てて笑顔を作って首を横に振る。
「な、何も……それよりどうしたの?」
「お前が心配になって様子を見に来たんだ」
「そっか……ありがとう」
アステルは少しだけ嬉しかったがこれ以上シリウスには負担を掛けたくないため、その感情を押し殺すように笑顔を維持した。ロディに求婚をされて体を触られたことを話すわけにいかない。
しかし、シリウスはアステルの様子がおかしいと気づき、彼女の顔をじっと見つめ、彼女の頬に触れながらその顔を覗き込む。突然の行動にアステルはびくりとしたがシリウスの真剣そのものな赤い瞳に見つめられ、目を逸らすことができなかった。
「俺のせいか」
「え?」
「俺のせいでアステルは困っているのか」
「急に……何を言っているの?」
「ならどうしてそんなに苦しそうなんだ」
「それは……」
「俺がアステルを苦しめる原因になっているんだろう、だからアステルは悩んで……」
「ち、違う、ただあの人に体を……」
「体……まさか!」
怒りを滲ませた声で呟くと、シリウスの手が震えだすがアステルは慌てて弁解をする。
「ちょっと触られただけだから……それよりも先は許してないの」
アステルの言葉にシリウスの怒りが収まっていく。かわりに己の無力さに苛立ちを覚える。
もし自分がダークエルフでなければ、エルフであったらアステルのそばに立って彼女を守る事ができたはずだった。しかし、いくら願ってもそれは叶わない。
「すまない……」
「謝らないで……私は大丈夫よ」
アステルは微笑むが、それが強がりであることはシリウスの目から見ても明らかで抱きしめたくなる衝動に襲われるがぐっと堪えた。
(アステルを抱く資格がない)
シリウスはアステルから離れると俯きながら口を開く。
「俺はもうここにいない方がいいかもしれない」
「シリウス!?」
アステルはシリウスの腕を掴むと必死に引き留めようとする。シリウスがいなくなってしまう。それだけは嫌だと。
「俺はアステルに幸せになって欲しい。これ以上、俺がいるとアステルを不幸にしてしまう。それに……子供も産めないしな……ダークエルフと一緒にいてもアステルは幸せになれない。だから……今まで、ありがとう」
シリウスはアステルの手を優しく解こうとするがむしろ彼女は彼の逞しい胸に顔を埋めてきた。
「子供なんて要らない……貴方がいるだけでいいの……」
彼女の声は涙で濡れていた。シリウスはアステルを抱き締めたい気持ちを抑えていたが、ついに我慢できなくなり、引き寄せて強く抱き締めた。
「俺もアステルのそばにいたい……でも駄目なんだ。俺はダークエルフだ……エルフのアステルを幸せにすることはできない」
「幸せになんてしてくれなくていいの、ずっとそばにいてくれるなら」
アステルはシリウスの背中に両手を回すと、彼を強く求めた。二人はお互いの存在を確かめるように長い間そうしていた。
やがてどちらともなく離れて見つめ合うと、自然と唇が重なった。
(アステルは子供が好きなのか)
アステルが子供好きである事を知らなかったシリウスはその事実に衝撃を受けていた。確かに子供にお菓子をあげたり、怪我を治したなど普段の会話の中に何度か出てきたことがあるのを思い出す。
(それなら自分の子供が欲しいのだろうな)
しかしシリウスがそばにいる限り、彼女は結婚ができないし子供を産めない。それはつまり自分が邪魔をしているという事になる。
(俺がアステルの幸せを奪っている)
そう考えたシリウスの心の中は罪悪感でいっぱいになり、苦しくなった。自分がいなければ今頃アステルは同じエルフと結婚して幸せな家庭を築いていたはずだ。なのに自分はアステルの人生を壊してしまっている。シリウスは己の愚かさを呪った。
(ダークエルフに生まれてこなければ)
そうすればあの地獄の日々を送らずにアステルと出会うことも無かったし、彼女に悲しい思いをさせることも無かった。己の生い立ちを呪ってもどうしようもないが、それでもシリウスは考えずにはいられなかった。
(俺はアステルと一緒にいていい男じゃない)
好意に甘えて三年間を共に過ごしてきたが、本当は迷惑だったのではないか、そう思うと胸が締め付けられるような痛みを感じる。
それにここで隠れ住むのにも限界がある。ロディのような来訪者が現れて自分の存在が知られる可能性もあるのだ。途中で会話が聞こえなくなってしまったがアステルに何かあっても姿を現して助けるのが難しいのも現実だ。
シリウスは覚悟を決めると、ロディが出ていく音を聞いてからアステルの部屋へと向かった。
コン、コン、と アステルの部屋にノック音が響き渡る。ロディを追い返した後、アステルはベッドの上で横になっていた。今日は色々ありすぎて疲れた。早く寝たい気分だったが、部屋の扉を叩く音に意識を覚醒させられる。
「俺だ、開けてくれ」
声の主はシリウスだった。アステルは一瞬、躊躇をしたが、このまま無視しては彼に悪いと思い、ゆっくりと起き上がると扉を開けて彼を迎え入れる。
「どうぞ……」
「ああ……」
中に入ったシリウスは元気のなさそうなアステルの顔を見て不安げに尋ねる。
「何かあったのか?」
アステルは驚いて目を見開かせると、慌てて笑顔を作って首を横に振る。
「な、何も……それよりどうしたの?」
「お前が心配になって様子を見に来たんだ」
「そっか……ありがとう」
アステルは少しだけ嬉しかったがこれ以上シリウスには負担を掛けたくないため、その感情を押し殺すように笑顔を維持した。ロディに求婚をされて体を触られたことを話すわけにいかない。
しかし、シリウスはアステルの様子がおかしいと気づき、彼女の顔をじっと見つめ、彼女の頬に触れながらその顔を覗き込む。突然の行動にアステルはびくりとしたがシリウスの真剣そのものな赤い瞳に見つめられ、目を逸らすことができなかった。
「俺のせいか」
「え?」
「俺のせいでアステルは困っているのか」
「急に……何を言っているの?」
「ならどうしてそんなに苦しそうなんだ」
「それは……」
「俺がアステルを苦しめる原因になっているんだろう、だからアステルは悩んで……」
「ち、違う、ただあの人に体を……」
「体……まさか!」
怒りを滲ませた声で呟くと、シリウスの手が震えだすがアステルは慌てて弁解をする。
「ちょっと触られただけだから……それよりも先は許してないの」
アステルの言葉にシリウスの怒りが収まっていく。かわりに己の無力さに苛立ちを覚える。
もし自分がダークエルフでなければ、エルフであったらアステルのそばに立って彼女を守る事ができたはずだった。しかし、いくら願ってもそれは叶わない。
「すまない……」
「謝らないで……私は大丈夫よ」
アステルは微笑むが、それが強がりであることはシリウスの目から見ても明らかで抱きしめたくなる衝動に襲われるがぐっと堪えた。
(アステルを抱く資格がない)
シリウスはアステルから離れると俯きながら口を開く。
「俺はもうここにいない方がいいかもしれない」
「シリウス!?」
アステルはシリウスの腕を掴むと必死に引き留めようとする。シリウスがいなくなってしまう。それだけは嫌だと。
「俺はアステルに幸せになって欲しい。これ以上、俺がいるとアステルを不幸にしてしまう。それに……子供も産めないしな……ダークエルフと一緒にいてもアステルは幸せになれない。だから……今まで、ありがとう」
シリウスはアステルの手を優しく解こうとするがむしろ彼女は彼の逞しい胸に顔を埋めてきた。
「子供なんて要らない……貴方がいるだけでいいの……」
彼女の声は涙で濡れていた。シリウスはアステルを抱き締めたい気持ちを抑えていたが、ついに我慢できなくなり、引き寄せて強く抱き締めた。
「俺もアステルのそばにいたい……でも駄目なんだ。俺はダークエルフだ……エルフのアステルを幸せにすることはできない」
「幸せになんてしてくれなくていいの、ずっとそばにいてくれるなら」
アステルはシリウスの背中に両手を回すと、彼を強く求めた。二人はお互いの存在を確かめるように長い間そうしていた。
やがてどちらともなく離れて見つめ合うと、自然と唇が重なった。
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