シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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冷たい瞳

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「アステル!いるのか!」

 突然の怒鳴り声に二人は驚き、声を潜めて居留守を使おうとするが、先ほどよりも力強く扉を叩かれた。

「叫び声がしたが何があった!いるなら返事をしてくれ!ドアを壊すぞ!」
「ま、待って!大丈夫よ!」

 アステルは慌ててそう言うと近くにあったタオルで足に付いたシリウスの精子を拭き取ってから玄関へと向かう。一方シリウスは淡々と床の後処理を済ませてから奥の部屋へと姿を消した。

 家の扉が開かれ、中へと入ってきたのはエルフの道具屋の男、ロディだった。彼はアステルの姿を見るなり彼女に近寄る。

「何かあったのか?」
「心配かけてごめんなさい。でも本当に何もなかったの、ちょっと足を滑らせて転んでしまっただけだから」

 アステルが平静を装いながら答えるとロディは怪しむような目でアステルを見つめてくる。

「本当か?それならばいいが……」
「それより、どうしたの?薬に何か問題でもあった?」

 届けた薬に何か不備があったのではないかと不安になり、アステルは尋ねる。しかし彼の答えは予想とは違ったものだった。

「いや、話があるんだ。中に入れてもらうぞ」
「え、ちょっと!?」

 アステルが止める間もなく、強引に家の中に入られてしまい、アステルは困った表情を浮かべる。もしもシリウスの存在が知られてしまえば大変な事になるからだ。

「ん?なんか変な臭いがするな……」
「今、薬を作っていたの。だからそのせいだと思う」

 アステルは窓を開けて部屋の空気を換気をしながら咄嵯に誤魔化した。この臭いは先程まで自分とシリウスが交わっていた証拠である。それを知られるわけにはいかない。冷や汗を流し、羞恥心に体が熱くなるのを感じながらもアステルは必死に耐えるしかなかった。

(やだ……シリウスが出したのが……)

 股の間から漏れ出たシリウスの精液が流れ出ている感覚に気づき、アステルは慌ててロディを椅子に座らせて自分も向かい合うようにして座り、話をする事にした。そしてロディは机の上で手を組んで真剣な表情を浮かべると口を開いた。

「それで、どんな用件なの?」
「ああ……実は……お前、俺と結婚しないか?」
「……え!?」

 予想外の言葉にアステルは思わず素頓狂な声を上げてしまう。

「貴方はもう結婚しているじゃない」

 ロディは三年ほど前から既に同じ集落のエルフの女性と結婚をしている。そんな彼がなぜ自分に求婚してきたのだろうかとアステルは戸惑いと疑問を抱いた。するとロディは神妙な顔で首を横に振って苦しそうに言った。

「俺は……子供が欲しい。だが、妻は子供が嫌いで欲しがらないんだ。避妊をしての行為が嫌になってきた。それにあいつも俺の事をもう愛してはいない。ただ義務感で一緒にいるだけなんだ……もう限界なんだよ……」

 あのたまに頼まれる避妊薬はロディ達が必要としていたものだと知り、アステルは納得した。仕入れる量は少量なのに定期的に持ってきてほしいと頼まれていたため、不思議に思っていたのだがそういう事情があったのだ。

「でもどうして私なの……他にも未婚の女の人はいくらでもいるはずでしょ……」
「俺が求めているのは子供が好きで子供を産める健康な女だ。アステルは子供が好きだろ?」

 確かにアステルは子供が好きだ。子供は偏見が染まる前は純粋で可愛らしく、無邪気に笑う姿はとても癒される。たまに怪我をしている子供にこっそり傷薬を塗ってあげたり、お菓子をあげたりすることもある。バレていないと思っていたが、どうやら彼に見抜かれていたらしい。

「それに薬師のお前と商人の俺が夫婦になればお互いに利益になるはずだ。悪い話ではない」

 ロディの言葉にアステルは俯いて考え込む。シリウスと一緒に暮らす今の生活が一番楽しい。彼とずっと一緒なら幸せだ。何より、シリウス以外の男と性行為をするなんて考えたくもなかった。

 だが、もしシリウスの存在を知られてしまえば彼はここを出ていかなければならない。今の暮らしを続けられない恐怖もあった。

(その時は私も一緒に)

 アステルは覚悟を決めるとロディの顔を見てはっきりと答えた。シリウスと離れたくないという気持ちを込めて。

「ごめんなさい、その気持ちには答えられないの……」
「そうか……」

 断られることを想定していなかったのか、ロディはショックを受けたように肩を落とす。エルフの集落で浮いてしまっているアステルはここでは貰い手がいなかったからプロポーズを受け取ってくれるとでも考えていたようだ。

「それにしても家ではそんな格好をしていたのか」

 突然、話題を変えてきたことにアステルは戸惑う。

「いや、いつもは上になんか着ているしスカートも長いだろう?それが今は露出が高くて驚いただけだ」
「あっ……」

 そういえばそうだったと思い出し、アステルは顔を真っ赤にする。今までは大きな胸を隠すためにケープを羽織って、ロングスカートで外出をしていたため、肌の露出は抑えられていたが、今は裸の上に直接服を着ただけで下着すらつけておらず、太ももを大胆に露わにしている。突然の訪問に急いで出たため、こんな姿を晒してしまったのだ。

「なあ、アステル……もう少し考えてみてくれないか?俺達はきっとうまくやっていけると……」

 急にロディは席を立つとアステルの隣へと移動し、彼女の肩に手を回して抱き寄せてくる。

「ちょ、ちょっと」

 いきなりの行動に驚き、アステルは抵抗しようとするが、彼は力強く抱きしめてくると耳元に囁いてくる。

「大丈夫、優しくするからさ……多少肉付けが良くても別に俺は気にしない……」

 ロディの手がゆっくりとアステルの体に触れ、撫でるように触ってくる。その手つきにアステルは嫌悪感を抱き、鳥肌が立った。

 しかし、ここで騒ぎを起こしてしまえばシリウスが彼女を助ける為にやってきてしまうかもしれない。そうなれば彼の存在がロディに知られてしまう。それだけは避けたかった。アステルは必死に我慢するが、ロディの手は止まらず、とうとう太ももにまで伸びていく。

「もう妻を愛していないんだ……だから俺の事を受け入れてくれるよな?」

 ロディの囁きにアステルは母がいながら人間の女と恋をして、家を出た父のことを思い出してしまい、吐き気が込み上げてきてしまった。

「貴方も……私のお父さんと同じなのね……」

 ロディの動きが止まり、恐る恐る顔を上げる。そこには軽蔑のまなざしを向けるアステルの姿があった。普段は大人しく、素直で優しい彼女が初めて見せる冷たい表情にロディは動揺をした。

「一度でも愛を誓ったならちゃんと奥さんと向き合うべきだと思う」
「う……すまなかった……」

 ロディはアステルから離れ、項垂れながら謝罪を口にするとそのまま家から出ていった。一人残された彼女は安堵のため息をつくと、先程のことを思い出した。

 触れられた所が不快で仕方がなかった。この不快感はロディに対してなのか、それとも別の何かが原因なのかわからない。

 だが、アステルにとってロディの求婚を断ったのは正解であったことには間違いない。まだ離婚をしていない状態で何かあれば問題が起こっていたはずだ。それにアステルの頭の中にはシリウス以外の男に抱かれるという考えなど微塵も浮かんではこず、これからもずっと彼と共に生きていきたいという思いだけが強くなっていた。
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